アメリカ拠点のNGOオーシャン・アウトカムズ(Ocean Outcomes、以下O2)は、世界各地域の漁業現場で変化を導くために活動しています。2018年からは東アジアでのプロジェクトを立ち上げ、現在は台湾と韓国を中心に活動。2026年1月にはシーフードレガシーとのパートナーシップを結び、世界の水産物の大きな割合を生産・消費する東アジア地域が水産物サステナビリティの牽引役となる将来へ向けて、活動や連携を展開しています。台湾支部のキーパーソン、ホートゥ・チャン(Ho-Tu Chiang)さんにお話を聞きました。
ホートゥ・チャン(Ho-Tu Chiang)
台湾の沿岸警備隊での勤務を経て2023年にO2に参加。彼は台湾での漁業改善プロジェクトで計画・調整・研究・技術支援を担当している。また台湾漁業局、農業委員会、その他のステークホルダーと連携し、漁業に関する会議やワークショップの運営を支援。中央警察大学 水上警察学科卒、米ニューヨーク市立大学ジョン・ジェイ刑事司法大学 国際犯罪・司法修士。
――最初のお仕事は沿岸警備隊とうかがいました。どんな経緯で水産サステナビリティの分野に関わるようになったのですか?
私は18歳で警察大学に入り、沿岸警備に興味を持ちました。国際的な仕事をしたかったことと、もともと海に行くことも好きで、ばくぜんと海に関するすべてに興味がありました。仕事では最初の2年間は沿岸警備の現場で、遭難者の捜索や救援から麻薬密輸の取り締まりまで、さまざまな分野に接し、その中で特にIUU漁業の問題に強く興味をひかれました。
――お仕事の現場体験から生まれた興味だったのですね。
現場での2年間の後、本部へ異動になり、行政の担当者とも接する中で、自分のプロフェッショナルなスキルをもっと高めたいと思いました。そこで奨学金を受けて、ニューヨーク市立大学で犯罪司法を学びました。
――O2との接点はどこで生まれたのですか?
アメリカの大学では、NGOとのコラボレーションが珍しくありません。それでNGOにもさまざまなタイプがあると初めて知り、NGOでのキャリアが視野に入ってきたのです。帰国して少し経った頃にO2から、これから立ち上げる台湾でのプログラムに興味はないかとオファーをもらいました。そしてO2のビジョンや彼らがアジアでやろうとしていることに、強くひかれたのです。
遠洋で操業する漁船は、乗組員の苛酷な労働環境などに関して人権問題のリスクを抱える。台湾では近年、この問題に注目が集まっているという(写真・Ocean Outcomes)――O2は現場志向で、地域の漁業現場に踏み込んだ活動を積極的に展開されていますね。台湾での活動を紹介していただけますか?
O2本体の設立は2015年で、今年で11年目になります。ごく初期からMSCなどのエコラベルや漁業改善プロジェクト(FIP)を重視し、市場主導型のツールを活用してサステナブルシーフードを推進してきました。東北アジア地域のプログラムに着手したのは、2018年頃です。日本と中国では、すでに有力な組織が活動していたことと、台湾と韓国が大規模な遠洋漁業を展開していたことから、ここにフォーカスしました。
アジアでの活動では、3つのテーマを掲げています。まず社会的責任、現在のフォーカスで言えば人権問題。次が環境問題。混獲問題や海洋資源の保全です。3つ目が経済面です。これらに当事者の企業とパートナーシップを組んで取り組みます。
――活動では、どんなハードルがあったのでしょうか?
台湾でゼロから活動を始める中で、ひとつ目のハードルは、私たちのようなNGOを理解し、受け入れてもらうことでした。多くの企業はNGOと協働したことがなく、コンサルタントやメディア企業と誤解されることもありました。
O2では東アジアでの活動にあたり、社会的責任、環境のサステナビリティ、経済発展、の3つをテーマとして掲げ、3つを一体として実現するために、地域の企業パートナーと協働する(画像・Ocean Outcomes)――海の上でのことよりもまず、コミュニケーションやコラボレーションが課題だったのですね。
もちろん海上にも問題はたくさんあります。大きな課題はデータの不備です。O2ではよく「データなくしてマネジメントなし」と言います。ところが、あると思っていたデータが、科学的・客観的に不十分だったということも少なくありません。
台湾で近年特に問題になっている人権についても、データ、つまり事実が見えていないことが大きな問題でした。特に遠洋漁船で起きていることは見えづらく、事故が起きても現場の詳細や原因については信頼できる情報がない。船主もどんなデータがあればよいのか、そのデータを得るにはどうしたらよいか、わからないことだらけでした。
そこで私たちは、現場に電子モニタリングを導入するパイロットプロジェクトを立ち上げ、研修を提供し、電子モニタリングシステムを提供する事業者を複数、紹介しました。複数あった方が健全なエコシステムが育つからです。そして現場でシステムを使ってみてもらって、結果を共有します。

このプロセスを行政や関心のある企業とも共有し、電子モニタリングの動画分析と読み取りを行う人材育成も支援しています。まだ途中ですが、今年の後半にはここ2年の進捗をレポートにまとめられる予定です。
パイロットプロジェクトとはいえ、現場の動画を目の当たりにして驚く人は多く、それをきっかけに、船上の安全向上や魚の品質向上について、企業内での議論が始まったりもしています。もともと意図していたことではなく、いわば副次的効果なのですが、ポジティブなリアクションです。
――パイロットプロジェクトに、水産企業、漁業者、行政、大学などが関わっているのですね。
そうです。市場から電子モニタリングを求められているのは確かなのですが、今はまだ自主活動として、導入の実際を見てもらうことに専念しています。これは今後、安心して導入してもらうための、布石という意味もあります。というのも台湾の遠洋漁船は、マグロはえ縄漁船だけで800-900隻あります。その1割の80隻だけでも膨大なデータで、扱うには準備がいります。
――なるほど、助走期間が必要なのですね。
企業はデータを足がかりに、顧客ニーズをよく理解して対応し、市場を獲得したい考えがあります。一方行政は、法整備や施行に役立てるためにデータを求めますが、大量のデータが一気に入ってくることへの懸念も抱いています。あまり急に多くの問題が発覚すると、取り締まりの負荷もあるし、現場からの不満が噴出することもありうるからです。
テクノロジー自体もまだ新しく、改善が必要です。特に海上で使うものは、できるかぎりシンプルで、間違えにくい、使いやすいものでなくてはなりません。
ホートゥ・チャン(Ho-Tu Chiang)さん (左から二人目)は、電子モニタリングの導入が台湾のマグロ漁業にとって長期的な利益につながる、と語る(写真・Ocean Outcomes)――人権デューディリジェンス(HRDD)がそれだけ、大きな課題になっていることもうかがわれます。
水産業における人権問題は、近年ますます議論の的になっています。そこには乗組員、人材エージェント、船長、船主、行政、管理組織などの関わる複雑な構造があり、管理組織が2国にまたがることも少なくありません。
過去には社会的責任監査(ソーシャル・オーディット)を受ける例もありましたが、問題を発見するだけで、状況は変わらないことも少なくありませんでした。そこで私たちは、問題を解決していくプロセスを軸に、テクニカルサービスの提供を考えています。それも関係者のビジネス現場をふまえて、問題の起きやすいポイントや、複数のバイヤー間で発生する微妙なダイナミクスなどを深く理解した上で動きます。
それでも近年は、HRDDについてオープンに話してくれる人が増えていると感じます。一例を挙げれば台湾では、漁船の乗組員を雇うのは船主の役目です。その顧客である水産企業は、船上の状況も、実際にどうやってクルーを集めているかも知らない。しかし最近はそこにリスクがあるという意識が生まれて、たとえば禁止されている高額の斡旋手数料が発生していないか、乗組員が借金を負わされていないか、確認することは普通になりました。まだ多数派ではありませんが、変化は起きつつあります。
O2は地域の行政、業界、市民社会とのコラボレーションを重視し、特に船上の当事者である乗組員の声に注目する。写真は船上に集まったパートナーたちとO2スタッフ、上段右端がホートゥ・チャン(Ho-Tu Chiang)さん(写真・One-Forty)
Part2では今年、2026年に予定されている東アジアでのサステナブル・シーフード関連活動とその目標について、またアジアの文化を尊重した、サステナビリティへの腰を据えた取り組みについて語っていただきます。
取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。
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