気候変動はすでに世界の水産業に影響を及ぼしており、水産業およびそのサプライチェーンの安定性にも影響を与え始めています。多様な地域から天然漁業および養殖によって魚介類を調達している日本の水産企業にとって、これは環境問題にとどまらず、深刻な財務・経済問題です。
そこで、今回、気候変動が日本の水産業にもたらす財務的影響について、英国のシンクタンクNGO、Planet Trackerの海洋チーム長 フランソワ・モニエ氏に寄稿いただきました。
Planet Trackerのレポート「Catch it like it’s hot: Climate change hits seafood finances and demands systemic adaptation(今こそ行動を:気候変動が水産業界の財政を直撃、体系的な適応策の必要性)」は、水産業がなぜ早急に気候変動への適応策に投資する必要があるのかを説明しています。レポートでは、海洋における気候変動の主な5つの要因―海水温の上昇、海洋酸性化、貧酸素化、海面上昇、異常気象―に関連する83の異なるリスクを整理しました。
これらのリスクは将来の遠い脅威ではなく、すでに水産業の収益性に影響を与えています。海洋の物理的変化は、水産バリューチェーン全体における経済・財務リスクの主要な要因となっていますが、現状のリスク管理はその変化に十分対応できていません。
また、これらの要因は単独で発生することは少なく、同時に発生し、相互に影響し合うことが多くあります。つまりひとつの気候ショックが複数の連鎖的影響を引き起こし、短期間でサプライチェーン上の複数の問題へと発展する可能性があるということです。例えば海水温の上昇は、サンゴの白化、種の分布変化、熱ストレスなどを同時に引き起こし、それらがさらに相互作用します。下図は、海洋の気候変動に関連するリスクがどのように水産業、さらにはより広範な金融・経済システムへ波及するかを示しています。
本稿では、この5つの主要要因がすでに水産業の財務面にどのような影響を及ぼしているのかを解説します。

1971年以降、海洋は人為的な地球温暖化によって発生した熱の93%以上を吸収してきました。その結果、魚類はより冷たい海域や深い水深へ移動する傾向があり、従来の漁場で獲れていた魚種が入手しにくくなっています。同時に、繁殖パターンの変化や魚体サイズの小型化も引き起こされています。さらに海水温上昇は海流を変え、海域の水温、栄養塩分布、商業的価値の高い魚種の回遊パターンを大きく変化させます。
CO₂濃度の上昇、海流の変化、鉛直混合*1の変化、表層水温の上昇が組み合わさると、栄養循環が乱れ、有害藻類ブルーム*2が発生しやすい環境が生まれます。こうした藻類は水中の酸素を消費し、場合によっては毒性を持つため、他の生物にも悪影響を及ぼします。
83の気候関連リスクのうち、担保価値の毀損、信用リスク、特定産業への依存に関連するリスクの全てが、海水温上昇の直接または間接的な影響を受けていることが確認されました。日本では、函館周辺での水温上昇がスルメイカの不漁の原因と考えられています。水温上昇は産卵海域の縮小、繁殖力の低下、産卵時期の遅れを招いています。また、水温上昇はコンブの収穫量減少を招き、サンマ、サバ、サケといった主要漁業資源の分布変化も引き起こしています。
貧酸素化は海水温上昇の副次的影響であり、海流と海流循環の変化によってさらに悪化します。水温が上昇すると海水中に溶け込む酸素量は減少し、特に表層で顕著となります。1960年から2010年にかけて海洋の酸素量は約2%減少しました。これは好気性生物の生息域を縮小させ、栄養循環を変化させ、極端な場合には生物の死亡を引き起こします。また、魚類が深海へ移動する能力にも影響し、その結果捕食者に晒されやすくなったり、逆に捕食者が深海で捕食することの妨げになったりします。短期的には商業的に価値のある魚種の漁獲量増加につながる可能性がありますが、長期的には漁獲量減少が懸念されます。
酸素濃度は、信用リスクの88%、CATボンド*3 関連リスクの75%に影響を及ぼすとされており、特に養殖業は貧酸素化の影響を受けます。
日本の水産企業に関連する例として、アメリカオオアカイカへの影響が挙げられます。この種はもともと東部太平洋の低酸素海域に生息していますが、海中の酸素量の低下により生息域がさらに縮小しています。彼らは適応する準備も十分にはできていません。さらに酸性化と組み合わさることで表層海域への移動が妨げられ、生態行動や餌取り、成長、繁殖が変化し、漁獲にも影響を及ぼす可能性があります。
海洋酸性化は、5つの主要要因の中でも特に高付加価値の貝類漁業に壊滅的な影響を与える可能性があり、サンゴ礁にも深刻なダメージを与えます。大気中のCO₂が海水に溶け込むことでpHが低下し、炭酸イオン濃度が減少します。これは貝殻やサンゴ形成に不可欠な石灰化プロセスを根本から妨げてしまいます。
Planet Trackerは、水産業(水産企業と水産に関連する金融機関)における信用リスクの75%がpH変化の影響を受けると指摘しています。
日本では、北海道の亜寒帯沿岸が国内の貝類漁獲量の60%を占めます。ここではウニやホタテが漁獲されていますが、冬季の酸性化と夏季の温暖化の影響を受け始めています。すでにpH低下が観測され、サケやタラなど多くの魚種の餌となる小型巻貝が脅かされています。今後こうした状況が悪化すれば、他の重要な資源にも影響が及ぶのは時間の問題です。
海面上昇は、海水の熱膨張と氷河・氷床の融解が加速することによって主に引き起こされます。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、2050年までに世界の平均海面水位が24cm(17~32cmの範囲)上昇すると予測しています。
これは沿岸コミュニティやインフラに脅威を与え、沿岸資産の損傷、マングローブや河口域などの育成環境の侵食を招きます。また、内水域や養殖に重要な淡水域への塩水の侵入が進み、汽水・淡水生物に悪影響を及ぼします。
Planet Trackerは、資金流動性リスク*4は100%、CATボンド関連リスクは75%が海面上昇の影響を受けると指摘しています。
アジアのメコンデルタでは、海面上昇によって塩水が川に侵入する期間が長くなると考えられています。塩水の主流河川への侵入によって、エビが生きられる塩分濃度の最適範囲を超えつつあります。すでに約7万9,000ヘクタールの養殖地(主に汽水におけるエビ養殖)が影響を受けており、これは世界のエビ養殖面積の約5%に相当し、エビを取り扱う日本企業にも影響を与えています。
気候変動は、異常気象の頻度と強度を高め、海洋に影響を与えています。1982年から2016年の間に海洋熱波の発生頻度は2倍に増加し、発生期間や強度、影響範囲も拡大しています。
Planet Trackerの調査によると、気候変動に起因する83のリスクのうち、運用リスクおよび担保価値の低下に関連するリスクの全てが異常気象の影響を受けていることがわかりました。
日本では、台風や海洋熱波の強度・頻度が増加すると予測されています。すでに北海道沖や本州の太平洋側(東北)では、黒潮続流の流路変化によって、冷たい亜寒帯水が暖かい亜熱帯水に置き換わり、海洋熱波が大幅に増加しています。
これらの理由から、水産業は包括的な気候適応および緩和戦略を早急に進める必要があります。多くの企業は温室効果ガスの排出削減などの緩和策を進めている一方で、適応への投資は依然として限定的です。気候変動への緩和と適応は、海洋生態系の健全性維持だけでなく、投資資本の保護と天然漁業、養殖にかかわる水産企業の長期的存続にも必要不可欠です。
Planet Trackerは、水産バリューチェーン全体に対し、適応投資の強化をするよう強く求めています。特に大規模企業は資源と能力を有しており、小規模事業者を支援・牽引する役割が期待されます。
前向きな動きとして、一部企業はすでに気候変動に関連する金融リスクを軽減するため適応戦略を導入し始めています。日本では、マルハニチロがベーリング海のスケトウダラやペルーのカタクチイワシに対する気候変動影響を評価し、異なる気候シナリオ下での資源量変動を分析しています。
また、ブリやカンパチ養殖では、水温上昇による成長不良への対策として沈下式養殖生簀の導入・拡大を進め、生産対象種の多様化にも取り組んでいます。さらに、高水温耐性の高いスギの生産にも参入しています。
しかし、これらの取り組みだけでは十分ではなく、緩和と適応の両面でさらなる対応が必要です。下図は、今後実施すべき主要なアクションを示しています。

フランソワ・モニエ
プラネット・トラッカー 海洋チーム長
フランソワは、金融、自然保議、持続可能な食糧生産の分野で15年の経験を持つ。プラネット・トラッカーでは金融を手段として活用し、海洋に依存する、または海洋に影響を与える企業において変革を推進する役割を担っている。海洋チームでは漁業・養殖・深海採掘に焦点を当てた研究を行なっており、投資家に対して生態系健全性の重要性を財務面から示すとともに、将来の利益を守るために企業に対してどういった変革を求める必要があるか助言を行なっている。プラネット・トラッカーへの参画前は、Exane BNP ParibasやCapital Groupで金融アナリスト、Conservation Capitalで自然保護金融のスペシャリストを務めた。
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