世界で戦える漁業を次世代に残す。地域の暮らしを守るため

世界で戦える漁業を次世代に残す。地域の暮らしを守るため

明治15年創業。気仙沼に拠点を置き、遠洋マグロ延縄漁業を専門に行う臼福本店の5代目代表を務める臼井壯太朗さん。7隻の船は、気仙沼の3隻の他、3隻は南アフリカに、1隻はスペインに拠点をおき、大西洋で操業しています。

厳格な資源管理の元に操業を続けるだけでなく、地元気仙沼の給食で地元の魚を食べられるようにする「気仙沼の魚を学校給食に普及させる会」を立ち上げたり、船員が暮らしやすい快適でおしゃれな船をデザインオフィスnendoと一緒に作ったりと、様々なことに取り組んでいます。

2020年8月には、タイセイヨウクロマグロ漁業で世界初となるMSC認証を取得しました。様々な挑戦の背景にある思いとは。臼井さんはどんな未来を描いているのか。伺いました。

“襟を正す”から言えることがある

──臼福本店では、数千万円のコストと数年間の準備を経て、タイセイヨウクロマグロ漁業で世界初となるMSCを取得しました。申請に対してWWF(世界自然保護基金)から異議を申し立てられるなど、取得までには多くの困難があったと思います。そこまでしてMSCを取ったのには、どのような思いがあったのでしょうか?

以前から海の資源を損なわないような漁業を徹底していたので、正直にいえば、資源管理の観点からは数千万円のコストと手間をかけてMSCを取る必要はありませんでした。認証を取ると、持続可能な漁業をしていることが付加価値になり、魚の販売価格が上がると言われますが、いまの日本の市場はまだその段階ではないと考えています。

それでもMSCを取ったのは「サステナブルの看板」を背負うことに意味があると思ったからです。MSCは、国際的に認められている、いわば世界で一番の認定です。東京オリンピック・パラリンピックでSDGsの機運が高まっているいま、その看板を背負うことは、漁業界で発言力を高めるために大事だと思ったんですよね。

日本の漁業には課題が山積みです。漁業者だけでなく、行政や消費者など、様々な人と協力して現状を変えていかなければなりません。特に、法改正や規制改革は必ず必要なこと。まずは自分の襟を正すことで、様々な立場の人に意見を聞いてもらえるようになると考えました。

いまの形の漁業のまま、息子の世代にバトンを渡してはだめだと思います。私の役目は色々な面で、日本の漁業を世界で戦える漁業にしていくこと。品質で絶対に負けないとか、それがしっかり売れる状況にするとか、働いている人が輝けるとか。若い人が誇りを持てる産業に変えたいと思っているんです。

複合的に問題解決しなければならない

──日本の漁業には課題が多く残るということですが、臼井さんの立場から見て、特に変えなければならないと感じることはどのようなことでしょうか?

まずは、違法だったり、無報告、無制限な状態で獲られた魚(IUU漁業)が国内に入ってこないようにすることが重要です。

例えば、マグロの違法操業。遠洋マグロ漁業は、国際機関による管理が徹底されています。操業が許可されている船はホワイトリストに載っていて、登録されていない船で獲られた魚を水揚げしたり、流通させることは禁止されています。

しかし、そのルールを逸脱した船が世界中で乱獲していて、その魚が日本には入ってきやすい状態です。日本の法律上、すべての加工品で原産地表示が義務付けられているわけではありません。原料の産地を100%特定できないことを理由に輸入を禁止する法律もないので、マグロのサクなど加工されていると、どこで獲られたかわからないものが大量に輸入されています。

IUU漁業で獲られた魚は、厳格な資源管理をしている魚と比べて値段が安いので、市場にどんどん出回ります。結果、いくら資源管理を徹底して認証を取ったとしても、真面目にルールを守っている日本の生産者はどんどん潰れて、海外の輸入比率が大きくなってしまうんです。

──IUU漁業をなくすためには、流通しないように厳格な規制が必要ということですね。臼井さんは養殖に対する問題意識もあると伺いました。

はい、養殖のやりすぎも深刻な問題だと考えています。日本近海で魚が減っていますが、なんで減ってるかといったら、獲りすぎだからです。でも、沿岸漁業者も、遠洋漁業者も、小型船の人たちも、みんな乱獲はやめようといって、獲る量を減らしています。

みんなが減らしている中、誰が乱獲しているかといったら、大手企業が巻網だったり、蓄養だったり、大量に獲っているんです。近海で漁業をしている地域では、一本釣りの船などでは産卵時期を禁漁にしているのに、蓄養のための天然幼魚を獲ってしまうのです。

天然魚を養畜するのではなく、人工で育てた親魚から孵化させた魚を養殖する「完全養殖」も増えてはいますが、食べている餌は、天然の小魚から作られたフィッシュミールだったりもします。見方を変えると、養殖は育てる漁業ではなく、世界中の海から魚を先取りして乱獲しているとも言えます。

結果として、世界中でも、私たちの地域でも、魚の個体数は増えているのに、餌をちゃんと捕食していないためにやせ細った栄養失調の魚が増えています。天然魚の中で、トロの乗った魚は減り、赤身の魚が増えているのです。

養殖は確かに必要です。ただ、天然魚を獲るのが悪で、養殖が環境に優しいかというと、そういうわけでもありません。養殖のやりすぎで天然資源が減ることは大きな問題だと思います。

蓄養するための天然幼魚や餌となる天然の小魚の資源も管理しないと枯渇してしまいます。国際的にも、大型魚の規制ばかりで小魚への対策はあまり取られていません。全体を考えれば、食物連鎖で下に位置する魚の乱獲も規制すべきだと思います。ただ、どれかが正しくて、どれかが悪いと言うつもりはありません。選ぶのはあくまでも消費者の方たち。現状をきちんと表に出して消費者が選べるようにすることで、日本の水産物の流通は変わるのではと思います。

他にも、消費者に食の背景を知ってもらったり、船の整備コストに関わる規制を緩和したり、若い人が漁師になりたいと思ってもらえるような職場環境づくりをしたり、複合的に考えて取り組まなければならない課題が山積みです。

自分たちの世代ではどうなっちゃうんだろう?という焦り

──臼井さんは強い問題意識を持っていますが、その思いはいつ芽生えたのでしょうか?

昔から課題感を持って取り組んでいたわけではありません。ルールを厳格に守っていなかった時期もあります。

ところが、15年ほど前から、大西洋のクロマグロがいなくなると騒がれはじめました。正直、自分たちの世代になったときに、世の中どうなっちゃうんだろうと怖かったですね。目の前の利益追求だけでなく資源管理も必要になるし、若い漁師が減っても船員は確保できるのかって。

その頃に、世界の漁場で管理をしっかりすることになり、国際的にマグロ漁船を減らす方針が取られました。日本でも、船を減らすための政策が取られ、600ほどあったマグロ漁船が半分ほどに減りました。その後も年々減り続けており、現在は150隻という数まで減ってしまっております。

これは、地域の漁業に大きな影響があるんです。遠洋延縄マグロ漁船が水揚げする場所は、大量に買い取れる市場や商社がいる港に限られます。私の船も、気仙沼ではなく、静岡と神奈川の港で水揚げします。

しかし、船の整備をしたり食料を積んだりするのは気仙沼です。遠洋漁業をするには、整備費用プラス、燃油や漁具や食料などの購入も合わせて、1隻で年間1億円近く油や整備にお金がかかります。そのお金を地域で使うことで整備会社や食糧の会社の経営が維持され、マグロ以外の他の漁業者も船の整備などができます。マグロ漁船は地域に貢献してないといわれることもありますが、どこかが欠けてしまうと、港町としての機能が失われてしまうんです。

遠洋漁業の船が減った時、国内の船の整備費用も跳ね上がり、外国に整備に持っていく人が増えました。気仙沼の業者さんの仕事がなくなり、潰れてしまうとみんながいいはじめ、これじゃヤバイと思って私の会社の船はすべて日本で整備してもらいました。

外国の方が安いかもしれませんが、品質が悪くて、大切な船員を乗せる船を預けられないと思いましたし、気仙沼に持ってくればみんなが助かると思ったんです。当時のことを誰も覚えてないと思いますが、そんなことを考えていました。

次世代に残さなければならないもの

──そんな大変な状況の中で、問題から目を背けたり、船を売ってしまったり、海外に拠点を移そうとは考えなかったのでしょうか?

当時、海外に拠点を移したほうがいいと周りからも言われましたが、そんなことは考えませんでした。漁業という、地元気仙沼が誇る国の基幹産業を残したかったんです。

「一次産業の価値」は、20代の頃にスペインのカナリア諸島に住んでいたときに感じたことです。ヨーロッパは、国策として一次産業を大切にしています。国民にもその気持ちが根付いていて、フランスでも、スペインでも、イタリアでも、ドイツでも、みんな自国が世界一だと口を揃えていうんですよね。みんな自国の一次産業を誇っているんです。

もっといえば、国という単位ではなく「うちの地域のチーズが世界一」といういい方をします。幼い頃から、地域や食の背景を触れる機会が多く、国のものを食べれば国が豊かになるとをみんながわかっているんです。

一方で、日本では、アメリカの牛肉がいいとか、ヨーロッパのワインがいいとか、そもそも安いものがいいとかいう話題ばかりです。ヨーロッパと何が違うのか考えてみると、ヨーロッパは隣国とつながっているんですよね。侵略の歴史がある中で、国境を守っているの誰かといったら、軍隊ではなく農家なわけです。

農家が土地を耕すことが、国土を守ることにつながっているんです。だから、食の産業を国として支えているんだと感じました。

では、日本の国境はどこにあるでしょうか。国土に目が向きがちですが、日本の本当の形は200海里の枠なんです。そして日本の国境を誰が守ってきたかといえば、ヨーロッパの農家と同じように、漁師なんです。国境を守ってきたというより、漁場を守ってきたから、他国が入ってこれなかったんです。

しかし、日本の一次産業は全体的に衰退しています。子どもたちは農業をやってもお金にならない、誇りにもならない、楽しいところで仕事をしたいといって、みんな都会に出てしまいます。土地を手放して、田舎を手放して、お金に変えてマンションに住んでしまう。すると、農業で栄えた地域が限界集落になり、次第に森になってしまいます。

沿岸漁業者も同じです。元来、離島や沿岸部の基幹産業は漁業でした。しかし、儲からないので、その土地を離れて都会に出て行ってしまい、基幹産業は衰退してしまいました。

そんな状況を続けてはならないし、なんとか次の世代に漁業を引き継がなければなりません。

そう思ったからこそ、漁業をやめたり、国外に拠点を移すことは一切考えませんでした。それに、資源管理が始まり船が減り始めた頃は希望もあったんです。漁獲量が厳格に管理されるようになれば、流通量が減るので魚価が上がると予測されていたからです。

ところが、実際には国産の天然魚の流通が減った分、海外の養殖魚や乱獲された魚が輸入されるようになりました。養殖魚は全身トロなので日本でよく売れるんです。天然の魚のトロのほうが少し高値が付きますが、天然魚はほとんどが赤身なので、1匹あたりの値段は安くなってしまうんです。

脂を乗せるために天然の小魚から作られたフィッシュミールを食べさせられた養殖魚の方が市場での評価が高い。それがどうしても納得できませんでした。その頃から、養殖のやりすぎが天然魚に与える影響を意識し始めました。

──そんな思いから様々な活動をするようになり、東日本大震災が起きてその思いはさらに強くなったと。

そうです。震災があって、あらためて食の大切さを感じましたし、次世代に残したいものがなにか、強く意識させられるようになりました。

震災が起きて、衣食住のすべてがなくなりました。とはいえ、着るものは何日か同じ服を着ればよかったし、家が被災しても体育館やテントで生きていけることがわかりました。でも、食だけはそうはいかなかった。食べるものがないと、俺たちは生きていけないんです。水がないと、食べ物がないと、生物は生きていけない。そんな事実を、究極の状態になって初めて実感したんです。

自分のまちや会社を再建するとともに、震災で気づいたことを伝えていくことが自分の役目と思うようになりました。特に伝えなければならないと思ったのが、食、エネルギー、そして人の繋がりの大切さでした。

そこから、業界関係なく色々な活動をはじめました。それが、気仙沼や地方、ひいては日本や漁業の復興につながっていくと信じています。

船主とは、人の暮らしをつなぐコーディネーター

──MSCを取得して新しいスタート地点に立ったいま、臼井さんが描く未来を教えてください。

今回、数千万円の費用をかけてMSCを取ったことは、ある種のチャレンジでもあります。MSCを取った魚が、日本の市場でどう評価されるのか。正直、これまでと変わらない値段で取引されてもいいかなと思っています。そうだとしたら、それが日本の現状ですから。

MSCを取ってすぐに、シンガポールやアメリカ、カナダからのオファーはたくさんありましたが、日本企業からの引き合いはほとんどありません。安く売って欲しいという依頼はありましたが、適正に評価してくれないところに売る気は一切ありません。

結果的に、MSCを取っても日本では誰も使ってくれないとなったら、悲しいけどそれでもいいと思っています。逆に、ちゃんと評価してくれることがわかれば、MSCの価値が見えて他の人も取ろうと思えるのではと考えています。

個人的には、将来的には認証なんてなくなればいいと思っています。だって、道の駅で売られる野菜みたいに、生産者の顔を出して「私が作りました」って堂々と言えばいいじゃないですか。たとえ知らない人でも、名前が書いてあるだけでちゃんと手作りだとわかるし、それでいい。

ちゃんと顔を出して責任を取るようになれば、認証なんていらないと思います。なぜ認証が必要か、顔を出させないのかっていったら、誤魔化そうとしてるからです。ちょっと高くても、道の駅の野菜の方が安心して美味しいものが食べられると思うんですよね。私自身そうしていきたいし、そういう世界をつくりたいです。

私の役目は、五代続いているこの会社とその周囲の環境を、次の息子たちの代に受け渡すことだと考えています。息子だけじゃなく、会社で働く人だったり、漁師さんたちだったり、あとは取引先だったり、そういう人たちにどうやって引き継ぐかを考えています。

漁業は、漁師さんだけでは成り立たないし、船だけあっても成り立ちません。船を整備してくれる人がいないと成り立たない。私は仕事柄、世界中の港町で船を整備しますが、日本の職人さんの技術力は本当に高いと感じます。職人さんの技術も次の世代につなげていかないとなりません。

様々な技術の集合体が船。作るだけじゃなくて、整備して、ずっと維持していく必要があります。船は、乗組員の家であり、食品工場でもあります。いわば、方舟なんです。そんな大切なものなので、自分の息子や親兄弟を乗せるくらいのつもりで整備しなければダメです。そういう気持ちって大事だと思うんですよ。私は漁師さんを安心できるものじゃないと乗せられないし、自分が乗りたいものにしていきたいと思って、「第一昭福丸」もデザイン会社と一緒につくりました。

私は船主という立場で、全体をコーディネートするのが仕事。漁師さんだったり、エンジンやパイプの修理するプロだったり、そういう人たちに集まってもらって、プロの仕事をしてもらって、経済、産業全体をしっかり回していくのが、船主の役割だと思っています。

一方で、自分自身のことを漁師とも思っています。船主なので漁師ではありませんが、魚を獲る人だけが漁師とは思っていません。漁師と思っていなければダメなんですよね。

資源管理や漁業のことだけでなく、食育だったり、働く環境だったり、そういうものも全てを含んで、次世代に残す。そのために必要なすべての課題に取り組んでいます。何を持続可能にしたいかっていったら、魚だけじゃない。人の生活や暮らしを持続可能にしたいんです。

そのために、やるべきことを続けています。

臼井壯太朗

昭和46年生まれ。専修大学卒業後、石巻にて海事会社に勤務後、「日かつ連(旧日本鰹鮪漁業協同組合連合会)」に入社。平成8年、スペイン・カナリア諸島の、ラスパルマスに駐在。平成9年家業である株式会社臼福本店に入社。平成14年専務取締役就任。平成21年第41代(社)気仙沼青年会議所理事長に就任。平成24年に現職の五代目代表取締役に就任。現在に至る。学生時代はフェンシングで’95 ユニバーシアード福岡大会出場の経験を持つ。

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