文化の違いは豊かさであり、難しさ 国境を越える水産物の流通を追いかける(前編)

文化の違いは豊かさであり、難しさ 国境を越える水産物の流通を追いかける(前編)

アメリカのNGOフィッシュワイズ(FISHWISE)のメンバーで、環境、経済、人権の観点から(水産物)生産国のサプライチェーンのトレーサビリティ向上を支援するプロジェクト、Seafood Alliance for Legality and Traceability(SALT)に専任で取り組んでいる松井花衣氏。日米両国で学び、働いた経験から「自分はサステナブル・シーフードを推進する企業をサポートする立場で活動したい」と語ります。日本ではまだ特殊な存在として扱われがちなNGOと政府、企業とのコラボレーションについて、また文化のギャップをまたいだ生活と仕事から感じてきたことを交えて、お話をうかがいました。

 

サプライチェーン改善の専門家

──NGOの役割は日本にいるとなかなか身近に感じにくいのですが、まずお仕事について少しうかがえますか?

水産資源の保全を目的とするNGOは、アメリカとヨーロッパで50以上あって、専門性を活かして活動しています。フィッシュワイズはサンタクルーズを拠点に活動し、水産物の国際的サプライチェーンを改善することで、海洋生態系の保全とともに、水産業にかかわる人たちの生活維持をめざしています。

フィッシュワイズの主な仕事は、水産関連企業とパートナーシップを結んで、環境や社会に責任のある水産調達を支援することです。具体的には企業の調達方針づくりをサポートしたり、複雑なサプライチェーンをたどって調査分析を行ったり、業界団体の支援を行ったりしています。ターゲットやアルバートソンズ、ハイビーなど全国規模の小売企業ともパートナーシップを結んでいます。

私のいるSALTは、フィッシュワイズの中でもアメリカ政府の国際支援にかかわるプロジェクトを担当しています。支援主体は米国の開発援助や人道援助を統括するUSAID(アメリカ合衆国国際開発庁)で、水産物を生産・輸出している国に対する支援プログラムの提供にたずさわっています。

──水産物の生産国……たとえば、どんな国ですか?

多くの地域とコミュニケーションをとっていますが、ベトナムやインドネシア、ペルーを中心とした南米でもプロジェクトを展開しています。

 

欧米で流通している水産物の多くは、他国から輸入される。国境をまたぐ流通網をすみずみまで確認して出所のたしかなものだけを扱うことは、容易ではない

テクノロジーより難しいのは「人」

欧米など水産物の輸入国では、規制がどんどん厳しくなっています。それに見合う生産・流通体制を構築できるように、水産物の生産国を支援する仕事です。たとえばデジタル漁獲証明書を導入し、サプライチェーン全体のトレーサビリティを確保する体制づくりを支援しています。いつ、どこで、どうやって獲ったかの情報を共有することで、IUU(違法・無報告・無規制)漁業を発見したり、漁船での労働環境を知るための情報を得ることができます。

トレーサビリティと言うとテクノロジーのイメージが強いのですが、実際にプログラムとして回していくには、さまざまな立場の人と人をつなげていくことが大事です。

──意外と泥臭いお仕事なんですね?

政府、漁業現場、流通……いろんな立場の人たちを巻き込んで、全員が何かしらの利点を得られるようにするのは難しいですね。テクノロジーよりも、難しいのは人をつなぐところです。テクノロジーを導入の上で、実際に現場でトレーサビリティを実現するプログラムを構築するには、ステークホルダーとの対話が必要です。そのプロセスを支援するために、今年の2月に「トレーサビリティ原則」を発表しました。

もちろん私たちが直接入って行けないところも多いので、現地のNGOの力を借ります。NGOにも政府系に強いところ、漁業者に強いところなど、いろいろなタイプがあります。誰と誰をつなぐか、対話の場に誰を呼ぶのか、国ごとに事情も違うし、本当に難しい。そういったことを含めて、「テクノロジーは簡単、難しいのは人」というのは本当です。

 

※SALTのトレーサビリティ原則(Comprehensive Electronic Catch Documentation and Traceability (eCDT) Principles)は、SALTが各国のステークホルダーとの対話を通して「どこに何があれば取り組みが進むのか」のニーズを探り、実態に即したハウツーのポイントを抽出したもの。オープンリソースとして誰でも利用できる(リンク:英文

SALTの実施する、水産物トレーサビリティのためのシステム導入。生産国の漁場から市場、流通、加工、輸出入、輸入国での流通まで一貫した情報共有によって、出所のたしかな水産品を流通できる(SALT公式サイトより

 

アメリカでの学生生活と、環境活動との接点

──松井さんはなぜ、アメリカのNGOでのお仕事をするようになったんですか?

中学3年のときに父の転勤で、家族でアメリカへ引っ越しました。そこから現地の高校に通い、その頃から海の環境に興味を持って……日本には海洋保全を学べる大学がなかったので、そのまま現地ノースカロライナの大学に進みました。大学はたいへんでしたが楽しかったです。海が近くて、環境保全に関するプログラムも豊富でした。

夏と冬の休みは家族のいる日本に帰っていて、その間、何かできる活動はないかと探したのですが、「海・保全」で検索して、グリーンピースのインターンしか見つかりませんでした。

──たしかに、海の環境保全活動は今も少ないかもしれませんね。里山保全などはよく見かけますが……。

グリーンピースのインターンでは、資料の翻訳などをメインにお手伝いさせていただきました。日本では環境系のNGOの活動に抵抗感のある方もまだ多いかもしれません。若かったのであまり文化の違いなどを深く考えずに「正しいことは正しい」と思って単純に行動できたのかもしれませんね。そんな経験もして、自分としては表に出て「出る杭」になるよりも、企業をサポートするような役割の方が活躍できると思うようになりました。

期待と違った水族館の仕事

──そのままアメリカで環境保全の活動に進まれたんですか?

いえ、実は違うんです。大学を出て一度日本に戻りました。都会で働いてみたくて、東京都内の水族館に就職したんです。営業企画の部門でした。

アメリカでは水族館の役割として、自然科学の視点で生態系について教えたりもします。その延長で環境保全の教育活動を行うことも多いので、そういう仕事をしたいと期待していました。

しかし実際に入ってみると「環境」の「か」の字も出てきません。それでも生き物を見せる場だからこそ、その生きる環境を大事にすることもプログラムに入れたいと思っていたのですが……しまいには「保全の話はするな」と上司に言われてしまいました。

──そうなんですね……どうしてでしょう。

お客様は癒しを求めて来るのだから、水族館という場がになう役割は、海に興味を持ってもらうきっかけづくりまで。私が大学で学んだような海洋保全の教育活動は少し重いトピックだったのだと思います。でも私はやりがいを感じられず……2年弱で辞めました。

「積極的に守らなくては、なくなってしまう」

──ご自身が海洋保全に関心を持たれた根っこには、何があったのでしょう?

もともと水族館や動物園が大好きで、物心ついた頃には、生き物に関係する仕事がしたいと思っていました。それと子どもの頃に「七つの海のティコ」という、主人公にシャチを連れた女の子が出てくるアニメを見て……シャチじゃないんですが「イルカといっしょに泳ぎたい!」と思いました。小学校の卒業文集にも「夢はイルカと泳ぐこと」と書いていました。

イルカと泳ぐ夢はわりあい早く、アメリカでの家族旅行先でかないました。その後、高校時代のサマーキャンプでカナダのバンクーバー島へ行ったときに、イルカやシャチのいる無人島をシーカヤックで巡ったんです。自然しかない美しい環境の中で「こういう場所は、積極的に守っていかないと、なくなってしまうのかもしれない」と強く感じました。それが保全をはっきり意識した最初かもしれません。

 


バンクーバー島付近は自然豊かな海が広がり、ホエールウォッチングの名所でもある

 

(後編へ)アメリカで暮らす中で、持続可能性への企業の意識が「進んでいる・遅れている」と単純には語れないことを実感している松井さん。生活者としての実感とともに、企業とNGOの関係にも見える日米の違い、日本企業への期待を語ります。

 

 

松井 花衣
米国NGOのFishWiseにてSeafood Alliance for Legality and Traceabilityプログラムのシニア・プロジェクト・マネージャーとしてコミュニケーションとオペレーションに携わる。FishWise入社以前はシーフードレガシーにて東京・サステナブルシーフード・シンポジウムの企画運営や企業向けのツールキットの開発などを中心に日本とアメリカの両国で活動。現在は4匹の保護犬とアメリカ、ノースカロライナ州に在住。

 

取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。