知られていない、定置網の本質。選択的な漁獲ができる沿岸漁業の未来。

知られていない、定置網の本質。選択的な漁獲ができる沿岸漁業の未来。

日本伝統の漁法、定置網。沿岸や沖合へと魚群を探しに行く他の漁とは異なり、文字通り海中の定まった場所に網を置き、回遊する魚群を誘い込む方法から、地域の沿岸に根付いた「待ちの漁」として知られてきました。

しかし、その「待ちの漁」という形式上、狙った魚種だけを漁獲することが難しいのも事実。それによって、多魚種を獲ることが前提になっています。そうした事実から、近年では「資源が枯渇しそうな魚種も漁獲してしまうのでは」「資源管理が難しい漁法なのではないか」という意見も寄せられると言います。

そうしたなかで、「定置網はサステナブルな漁業になる可能性を持っている」と断言し、定置網漁業の持続可能性や、その未来について語る人がいました。それは有限会社泉澤水産の泉澤宏さん。

泉澤さんは、岩手県釜石市の漁場を中心に、宮城県、静岡県、北海道など全国9つの漁場を経営し、各地で定置網漁業を行なっています。さらに、70年ぶりの改正となった漁業法にまつわる内閣府の規制改革推進会議にも出席するなど、定置網漁業の第一人者として知られています。

そんな泉澤さんに、定置網漁業の未来について伺いました。

 

定置網も、「選択して魚が獲れる」漁業

ーーいま、定置網漁業についてどういった議論が起きているのかを教えてください。

指摘としてあるのは、「定置網漁業は漁獲コントロールができるのか?」というものです。

水産資源を管理・保護していくためのルールとしてTAC(漁獲可能量制度)があるでしょう。現在、日本では漁獲量が多く、特に資源管理が必要な7つの魚種が対象となっていますが、これから5年も経てば、漁獲量ベースで8割、魚種で言えば20種類くらいが規制の対象になるんじゃないかと思われます。

そうなった時に、「どの魚種を獲って、どの魚を獲らない」という選択的な漁業が定置網にできるのかという指摘がある。ここで私が伝えたいのは、そもそも定置網は、魚種を選択的に獲れる漁業だということ。

 

 

定置網は、地域や季節によっても獲れる魚が変わります。だからこそ、既にある漁具も魚種選択が意識されているんです。

多獲性(※)のサバやイワシを獲るために大量に漁獲できる昔ながらの型式があったり、潮の速いところでブリなどの回遊魚を獲るための型式、あるいは北海道に行くとサケだけに特化した型式があったり、「何の魚種を獲るために、どんな定置網の型を選ぶか」という選択が意識されてきました。

※イワシ、サバ、アジなど一度に大量に漁獲される魚類。資源量・漁獲量の変動が激しいことでも知られる。

そもそも定置網の場合、網を起こして(=操業して)水揚げ作業をするまで、魚は定置網の中で基本的に生きているわけですよ。網を起こさずに放置しておくと逃げていく魚もいるので、そこにも選択的漁獲の可能性がある。

最近、一部の漁具をIT化したことでわかったのですが、時間帯によって定置網のなかに入ってくる魚群の魚種が異なっていました。ということは、「時間帯によって定置網の入り口の開け閉めをコントロールして、獲る魚群を選択する」ということも理論的には可能なわけです。

 

 

ーーでは、漁具の改良や定置網漁法のDX化さえ進んでいけば、より確実に、ほかの漁業と同じような選択的な漁獲ができると。

そうです。巻網漁業やトロールといった漁業のスタイルによって、漁獲コントロールの方法が違う。定置網漁業にも、定置網らしい資源管理の方法があるはずです。

ーー"待ち"の漁業にも、たくさんの可能性があったんですね。

一方の巻網とかトロールは、積極的に魚群がいるところに移動していって獲る、運用漁具を使った漁法です。これらの漁法は魚がいるところに行くわけですから、魚が減ってきていても、魚群を探し当てて漁獲するということができてしまう。また意図しない混獲もある訳で完全な漁獲コントロールは困難です。

定置網の場合は固定漁具だから、そこに魚が泳いで来ないといつまで経っても獲れない。魚が増えれば漁獲機会は増えるし、いなければ漁獲機会もおのずと減るというふうに、資源状況に大きく左右されるわけです。ある意味で、資源量を把握するための定点観測所のようなことだと思います。

こうした話を正しく伝えていけば、世間の人からも「待っているだけの漁業なら、資源の管理なんてできないでしょう」と言われないんじゃないかと思います。

 

日本の漁業の課題

ーー固定漁具で行う定置網漁には、地域の職業としての側面が強いと感じます。

歴史を遡れば、津々浦々に「定置網ができるから、そこに集落がある」という土地がありました。雇用の受け皿になっていたり、そこで獲った魚を買うことで魚商の方々の仕事が生まれていたりと、地域に根ざした漁業なんです。

定置網ができなくなればそこの集落がなくなるというくらい、大きな生活の基盤だったんですよ。そういう土地は、時代の変化によって少しずつなくなるのかもしれないけれど。

ーーそうした定置網の存続について、どう思われていますか?

今後、定置網が存続していくかどうかは地域によって差が出ると思います。行政のリソースをどこに費やして、どこの港を存続させていくかって、マーケット次第なところが大きい。今は企業や団体を守ることで、そこに所属する個人個人を守っているけれど、それはそのやり方の方が、行政としては管理しやすいから。

ただ、国として守るべきなのは国民の個人個人。だから本当は、企業や団体、集落を守る以外の考え方もあるはずなんです。インフラ整備する場所を決めて、機能を集約させて。その分、協業化を推進したり、漁業できる地域をもっと広域で考えたりすることもできる。

ーー「泉澤水産」では、岩手県以外の漁場も経営されていますね。それも同じ考えから?

そうですね。漁業は気象に左右されるから年によって漁獲量の変動が大きい。地域によっても全然違うし、同じ島でも北と南ではまったく漁獲量が違うわけで、それを自分たちの懐のなかで平準化できるようにしないと、沿岸漁業は経営として持続できない。

 

 

だから、遠く離れたところに複数の定置網を運営しています。「ここがダメな年でも、ここで獲れるように」というリスクヘッジですね。本当はそうやって、どんな地域にも「ダメな時といい時」のサイクルが来る。けれど、漁業では自分たちの地先(=管理している漁場)でしか魚を獲れないので、もしその漁場が10年ダメなら、もうそのエリアの漁業は衰退してしまう。

ーー泉澤さんにとって、日本の漁業の一番の課題はなんだと思いますか?

事業の零細性が払拭できないことだと思います。その零細性を払拭するためには、規制緩和や国による漁師個人に紐づいた直接管理が必要になってくると思います。

いわゆる「間接管理」の問題ですね。今は一定期間その漁場で漁をするためには、漁業権を取得する必要がある。その土地の漁業協同組合に参加して、売り上げの一部を支払うなど、漁業協同組合ごとの取り決めに従う必要があるんです。

必要なのは、事業所や漁業者個人がクォーター(漁獲可能量の配分)を直接受けることと、ライセンスを受けることだと思います。そうすれば、国の直接管理のもとで、漁師たち個人で販売努力をすることもできる。よくノルウェーや北欧の漁業が理想的だと言われているけれど、その違いは産業のあり方の違いです。

彼らは一気通貫で、経営体としての在り方を生産から加工流通まで全部やっています。だからクリーンで待遇のいい労働環境を作ることができている。日本の場合、漁師はただ魚を獲るだけという零細性が、漁師個人の持続性を妨げていると思います。

現在の間接管理のシステムが整った当時は、100万人近い漁業者がいたそうです。それだけの数の漁業者に「あなたはこの海域を」と個別に管理することは難しいけれど、現在の漁業者の数は14〜15万人。状況は変化しているのですから、制度自体を変えていくべきだと思います。

 

定置網漁業のDX化で、仕事が変わる。

ーー冒頭でもお話しされていた、IT化やDX化の可能性についても具体的に聞かせていただけますか?

DX化で、これからの定置網はより選択的漁獲ができるようになっていくはずですからね。泉澤水産でも、2つのDX化に取り組んでいます。

1つは、漁獲量報告のための水揚げのデータ化。各漁場から送られてくる水揚げ量の数字を、全て自動でデータ管理できるようにしたい。

それと、定置網をやっている漁師としては「たくさんある網のパーツがリアルタイムでどこにあるのか知りたい」という悩みがあるんです。

たとえば1個の網でも、垣網、登網、運動場、などたくさんのパーツに分かれて、それぞれ違う場所に置かれている。それら漁網や漁船にタグを付けて、Google Map上に表示して、位置関係を見られればいい。

それが実現すれば、作業中の船同士がいちいち電話でお互いの作業や漁網の位置を確認する、なんてことがなくなります。網を起こす船がどこにいるのかも、回収した網がどの倉庫に管理されているのかも、漁師がスマホ1つで確認できるようになるはずです。

ーー定置網の管理が一気にやりやすくなるんですね。

さらに実現させたいのが、漁場毎の魚群探知機のデータと水揚げのデータ管理を連動させること。その時々の漁で獲れた魚種と漁獲量を長期で学習させていくと面白いんじゃないかと。定置網についても、この位置でこの時期、この時間帯に揚げたというデータを蓄積していく。

すると、網を起こす前に「いま、この漁場ではイワシとサバとこれで何トンくらいの水揚げが期待できる」と自動で予測できるようになる。その精度が高まれば、クォーターがいっぱいの魚種が獲れそうな時に網を起こしに行かなかったり、反対にクォーターが余っている魚種が予測できた時に積極的に網を起こしに行ったりすることができる。資源管理の観点で言えば、問題点としてあった「魚種の選択」も可能になるはずです。

それに、実現すれば沖に行って魚を獲るのは一瞬の作業になる。「漁具の管理など、仕事の段取りの方に長い時間をかける」というのが定置網の仕事になっていけたらいいなと思いますよ。

 

 

ーー定置網の漁業には、まだまだ可能性が隠れていますね。

定置網には、定置網ならではのメリットもあります。

それは端的に言えば、従業員がもっと自分たちのプライベートな生活を大切にすることができる、家で寝ていられるということです。他の漁法の場合、船の上で生活したり、深夜の出航になったりと、どうしても特別な生活リズムになる。

一方の定置網は、家に帰ることと漁業が両立できるんです。網起こしと水揚げ作業だけなら、午前中の4時間もあればできるし、魚群探知機で見て、もし魚がいなければ操業する必要がありません。

将来的には定置網漁の仕事をもう少しマニュアル化、単純化して、専門的な技術が必要ないようにすれば、いろんな人たちが参入したり、就職できるようになる。そんな職種になり得る、数少ない漁業だと思います。

海外だと、職業を一生のものとして定めない文化もあるでしょう。だから日本でも、たとえば若くて身体が動くうちは、「サラリーが高いから10年くらい海で働こうか」という選択肢だって、選ぶことだってできる。そんな状況をつくっていけたらと思います。

 

 

泉澤 宏
有限会社泉澤水産 社長
小学生で網起こし(水揚げ)を手伝うなど、幼い頃から家業としての定置網に親しんできた。自らの代で岩手県外にも拠点を広げ、現在は宮城県女川町を中心に、北海道、岩手、宮城、静岡での9か所の定置網の経営と、生鮮水産物の販売を行なっている。漁業法改正にまつわる規制改革推進会議にも参加するなど、定置網漁の第一人者として知られる。