「認証はあくまでツールにすぎない」 MSC審査員が語る認証制度への本音。

「認証はあくまでツールにすぎない」  MSC審査員が語る認証制度への本音。

海のエコラベルであるMSC認証は「水産資源と環境に配慮し適切に管理された、持続可能な漁業で獲られた天然の水産物の証」です(※)。世界でMSC認証を取得している漁業数415件に対し、日本はわずか10件と日本のMSC認証普及は未だ十分とは言えません(2021年2月時点)。

持続可能な水産業を目指す上で必要でありながらも、日本ではなかなか根付かないMSC認証。認証制度は一体どのような課題を抱えているのか。今後、認証が普及していくために何が必要なのか。

海洋管理協議会 日本事務所(以下、MSCジャパン)で働いた経験を持ち、現在もMSC認証の審査員としても活動されている、鳥取大学地域学部准教授の大元鈴子先生にお話を伺いました。

※引用元:https://www.msc.org/jp/what-we-are-doing/thisiswildJP

 

自ら審査できない「もどかしさ」

ーー大元先生は、MSCジャパンでの勤務経験をお持ちであり、現在では数少ない日本人のMSC認証審査員でいらっしゃいます。どのようにMSC認証に関わるようになったのでしょうか。

もともと大学院の修士課程までは漁村のジェンダーについて勉強していました。漁業=男のイメージが強いですが、漁網を直したり、魚を加工したりする作業では女性が活躍していることが多いんです。

博士課程ではカナダに留学し、指導教官のフィールドであったベトナムで、エビ養殖を研究することになりました。家族経営の養殖漁業者がヨーロッパでは有名な有機認証「Naturland」を取得していたことが、水産物に対する国際認証との初めての関わりですね。


ヒューマンエコロジーと海洋資源管理の研究者らと一緒に。

 

ベトナムで7ヶ月の現地調査をした後、カナダに戻ったのですが、なかなか論文を書きあげることができませんでした。もう論文に触りたくないみたいになってしまって。そんなとき偶然、MSCジャパンの求人情報を見つけました。半分逃げる気持ちで、大学院に籍を置いたまま、MSCジャパンでフルタイムで働くことにしたんです。

当時のMSCは、日本事務所代表と私の2名体制でしたので、漁業へのアウトリーチ(※)のみならず、認証規格翻訳や、MSCロンドンから代表が来た時の通訳など、様々な実務経験をつませてもらいました。しかし、どうしたらもっとMSC認証が広まるのだろうかと悩みも感じていました。MSCは認証基準の策定者であり、規格への適合性を審査するのは別の機関。漁業者に対して認証取得を提案しますが、自分たちで認証審査をすることはできません。当時は、審査員のほとんどが外国人で、日本語で審査できる人材もおらず、もどかしかったですね。

研究者になりたいという夢は変わらなかったので、MSCジャパンを退職し、きちんと学位を取得し、本格的に研究者を目指し始めました。研究員として研究を続けている中で、海外の審査機関からMSC認証の審査員をやらないかという誘いを受けました。審査員として実際に漁業を審査するようになって、MSC時代に感じたのもどかしさはありませんが、かなり神経を使う役割だと感じています。

※アウトリーチ:支援が必要であるが届いていない人に、積極的に働きかけて情報や支援を届けること。

 

審査員からみた認証審査の課題

ーーMSC認証の審査をする中で、どんなことが大変なのでしょうか。認証について課題だと感じているところはありますか。

大きく分けて二つの課題を感じています。一つ目は、データの整理がしづらいことです。日本では、漁獲量・魚種などのオフィシャルなデータを保管している場所が複数存在します。保管場所は、水産庁や漁協、漁業者など、地域や漁法によってさまざま。データが分散していることが、認証審査で必要なデータの整理を難しくしています。

二つ目は、そもそもデータが集まりにくいことです。漁業者が自主的に資源管理のルールを定めている場合も多いのですが、認証基準の解釈の仕方次第で「当てはまるものはない」と漁業者が判断し、なかなか出てこないこともあります。審査をする上で証拠となるデータや文書はあればあるほど良いので、どんな形のものでも出してもらえたら、審査がスムーズになります。

ーー認証取得が進まないのは、認証制度が日本の文化や漁法に適合していないからだとも聞きます。たとえば、日本でも盛んな定置網漁業は、多様な魚種が入ってしまうことから資源評価が難しく、認証取得できないという意見もあります。

いえ、魚種や漁獲量をデータで語ることさえできれば、漁法自体は関係ありません。なので、「定置網だから」「多様な魚種が入るから」という理由で、認証審査が受けられないわけではありません。

混獲がひどく、入っている魚が全て絶滅危惧種だなんて日があるならば、認証取得は難しいかもしれませんが、データさえあれば審査を受けることはできます。漁獲時にダイナマイトを使用していないとか、シャークフィニング(※)をやっていないという基本事項を満たせば審査は受けられますし。ただ定置網の場合、漁獲する魚の種類が増えるので、審査の工数も増え、審査費用は上がるかもしれませんね。

ーー審査にかかる費用は大きな課題なのでしょうか。

そうですね。漁業者からすれば決して安いものではないと思います。しかし、審査機関からみてもMSC認証の審査は儲かるものでもないようです。これはMSC認証の審査員が稼げないことも意味します。日本だけでなく、世界的にも審査員一本で生活するのは大変です。

かといってこれ以上、審査費用を上げてしまえば、漁業者のMSC認証を取得するインセンティブを下げてしまいかねない。ここは本当にジレンマですね。

※シャークフィニング:サメのヒレを取ること。サメのヒレを体から切り落として、残りの体を海に捨てること。世界的に批判が高まっており、国・地域によっては禁止・規制措置がとられている。

 

認証はあくまでツールである

ーー必要である一方、普及が難しいのが認証制度。国際認証の必要性と普及の難しさについて、どのように考えられていますか。

認証は間違いなく有効なものですが、単に普及すれば良いというものでもありません。認証が普及することで、原料を仕入れる企業側が「ラベルがついているから良いんでしょ」「ラベルがついているものを使えば叩かれない」と考え、生産の現場に訪れなくなるならば認証として失敗です。

認証はあくまでツールです。生産の現場は直接知っているけれど、生産地までの距離が遠く、毎回見にいくことはできないから、認証ラベルで確認の代わりを果たしてもらう。特に食べ物に関する認証についていえば、認証ラベルを通して生産者の顔や地域の特色に思いを馳せるものであるべきです。

しかし、実際は認証を知らなかったり、販売促進ラベルだと誤解している人が多い。これが日本で認証文化が根付いていかない原因になっていると感じます。

なので、私は大学の授業で学生に対して、街中でエコラベル付きの商品を探してきなさいという課題を出しています。消費者に対する啓蒙は難しいですが、一人一人が認証について正しく理解するという地道な取り組みが、認証普及につながると考えています。私の講義を聞く毎年50人なので、影響はほんのわずかですけど。

ーーほとんどの人が、自らエコラベルを探すという経験はないと思います。確かに、一度エコラベルのことを知ると、その後もエコラベルを気にするようになりますね。「正しく知る」ということがとても大切なんですね。

また、認証を生産地と商品をつなぐツールと捉えているので、国際認証だけでなく、もっと多様な認証があっていいと考えています。兵庫県の豊岡市で生産している「コウノトリ育むお米」は地域に根付いた認証「ローカル認証」を活用しています。

豊岡市では、コウノトリの野生復帰を支援する稲作を規格化しています。一度絶滅したコウノトリを野外にはなすためには、餌となるカエルやドジョウが生きられる無農薬や減農薬の環境の田んぼからつくる必要がありました。使用できる農薬や肥料に対する基準と同時に「オタマジャクシに足が生えたのを確認してから田んぼの水を抜いてください、そうすれば成長したカエルがコウノトリの餌になります」といったルールが存在するのがローカル認証の面白いところです。生産者の自主性にゆだねた基準ですが、こんな風に言われれば自然とオタマジャクシを見ちゃいますよね。

ローカル認証によるコウノトリの餌場となる水田作りと合わせて、コウノトリが安心して巣作り、子育てができるよう人工巣塔も建てられています。今では、200羽以上のコウノトリが自由に空を舞っています。

認証の根拠となる科学的な証拠と合わせて、クスッと笑ってしまったり、思わず確認してしまうことを基準化する。そして消費者もローカル認証のラベルから、生産者のストーリーを知ることができる。生産者と商品を物語でつなぐのがローカル認証です。

現在はお米を中心に、ローカル認証が各地で使用されていますが、漁業でもこれを応用できるのではないかと考えています。漁業において国際認証とローカル認証を併用することで、漁業者と消費者がつながりながら、資源管理も達成される仕組みになれば良いですね。

 


漁に同行したこの北海道のサケ定置網の網元は、魚を食べるシマフクロウ(絶滅危惧種)の保全も行っている。

 

認証取得への挑戦が容易で、スタンダードな未来へ

ーーオリンピック・パラリンピックの流れの中で、国際認証は少しずつ広まっているようにも感じます。国際認証をめぐる意識に何か変化は起きているのでしょうか。

これまで漁業者にとっての関心事は、MSC認証をとることによって儲かるのか、儲からないのか、ということでした。大手量販店が買ってくれるなら認証取得しようという漁業者が多かったんです。金銭的な利益になるのかならないのかは非常に大事で、経営者として当然ですよね。

しかし、今、地域の共通ルールとして国際認証が注目されています。金銭的な利益以外のところに国際認証のニーズを見出している漁業者が増えているのです。

例えば、南三陸のASCを取得した牡蠣養殖では、認証を筏の適切な数の指標として活用しています。グループで取得した国際認証があれば養殖筏を個人が勝手に増やすことがかなりしづらくなるからです。筏の数の制限は密殖(※)を防ぐことになり、地域の水産資源の品質担保につながります。

海洋環境が悪化するいま、これからも漁業と養殖を続けていけるように、複数の漁業が共同で、また地域全体でルールを設けようという動きが強くなっています。この場合、国際認証の取得は、差別化をはかるためではなく、協働のためのプラットフォームとして機能しています。

※密殖:漁場の適正数よりもに過大に養殖することで、栄養分の不足などを起こし、養殖物の品質低下をもたらす

 

ーー今後、より認証を広めていくためにはどんなことが必要なのでしょうか。

やはり、認証取得のハードルを低くすることが、認証普及につながると感じています。今は日本にも認証取得をコーディネートする会社がいくつか存在しています。漁業者一人だけで認証を取得するのはハードルが非常に高いので、漁業者が積極的にコーディネート機関を頼っていくことが必要になります。

 


「Hooked」というカナダの有名な魚屋のオーナーと。海外では、魚屋も積極的にサステナブルシーフード業界を牽引している。

 

費用的な観点から言うと、認証を継続するためのコストは大きいので、認証を取得した後は無理して継続しなくてもいい場合もあるのではないかと考えています。まずはみんなでお金を出し合い、MSC認証を取得する。無事取得できたなら、有効期間の5年が経過したら継続しない選択肢もあるのではないでしょうか。国際認証はこういうものか、このレベルを守ればいいんだなと分かれば、前向きにやめてもいいと考えています。まずは取得を目指してみることが大事です。

将来、MSC認証を取得する漁業がどんどん増え、認証取得者がマジョリティになるとき、認証は不要になると思います。不要になるまで、まだ時間がかかると思いますが、認証制度自体は1990年代にできたもの。システム的にはすでに歴史が長くなっています。認証が普及した世界では、漁業の持続可能性がどう担保されていくのか。認証制度の次の仕組みが出てくるのが楽しみで仕方ありません。

そんな未来を実現させるために、私にできるのは認証を正しく伝え、審査すること。地道な努力を積み重ねていきたいですね。

 

大元 鈴子
大学院博士課程において、ベトナムの小規模家族経営による養殖エビが国際認証制度を通じて、価値化される過程を研究(地理学博士)。2009年から2013年にかけて、Marine Stewardship Council 日本事務所に漁業認証担当マネージャーとして勤務し、持続可能な漁業と水産物に対する国際認証とエコラベル制度の実務に携わる。その後、地域で生産される食が環境的・社会的地域課題を同時に解決するような流通の仕組みを「ローカル認証」と名付けて研究。2017年10月より鳥取大学地域学部准教授(現職)。

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