社員の消費行動変革を通じた新しいCSRのカタチ。社食を活用した「食べる社会貢献」

社員の消費行動変革を通じた新しいCSRのカタチ。社食を活用した「食べる社会貢献」

パナソニックの社員食堂では、月に1回MSC・ASC認証を取得した水産物を使ったメニューが提供されています。提供日には食堂に「サステナブル・シーフード」と書かれたのぼりが立ち、メニューだけでなく、水産資源の危機的な状況やMSC・ASC認証について説明されたチラシやパネルなども並びます。

この活動は2018年3月にスタート。これまでに提供したサステナブル・シーフードを使った社食は約8万食(2020年11月末現在)になっています。

なぜ総合電機メーカーのパナソニックが、社員食堂でサステナブル・シーフードを使ったメニューを提供しているのでしょうか。この取り組みについて、パナソニックCSR・社会文化部の喜納厚介さんに伺いました。

サステナブル・シーフードメニューが人気メニューに

──社員食堂でサステナブル・シーフードメニューを出すというこの取り組みは、いつ頃からはじまったのでしょうか。

2018年にスタートして、今では国内48拠点(2020年12月末時点)で導入しています。社員の皆さんに興味を持ってもらい、食べてもらうために、月に1回イベントのような形で実施しています。

社員食堂の運営は、拠点ごとに違う給食会社に行っていただいており、認証水産物を取り扱うためのCoC認証も各拠点毎に給食会社に取っていただいています。

社食では通常10種類ほどのメニューを提供していますが、その中で20%以上の人に選ばれると人気メニューと呼ばれます。そのため、サステナブル・シーフードを使ったメニューを提供する際は20%を目標にしています。

なぜなら、食べていただけないと興味や関心をもっていただけないと考えているからです。そのために、給食会社には、味だけでなく、見た目も美味しそうで、健康にもよさそうなメニューの開発をお願いしていますし、私たちも水産資源の危機的な状況やその対策としてのサステナブル・シーフードの重要性、当社が日本で初めて社食での提供を始めていることを説明したチラシの配布や、パネルの展示、イントラネット上での告知などを行っています。

その結果、サステナブル・シーフードのメニューは毎月美味しいと評判になり、本社の社員食堂では30%を常に超えるほどですし、他の拠点でも20%を超えることも多く、用意しているサステナブル・シーフードメニューは完売することがほとんどです。


社食で提供されている料理(写真提供:パナソニック)

──各社のメニューや使う水産物はどのように決めているのでしょうか。

メニューに関しては給食会社の方にお任せしていますが、季節に合わせた旬の魚種を考えて、その中で認証があり手配できる食材を探す、という流れで行っているそうです。普段社食で使う魚種と違うものも多く、そういう意味では、かなりご苦労されていると聞きます。

サステナブル・シーフードの認証には、MSC・ASC認証以外もありますが、WWFが持続可能性を担保できていると唯一公認しているMSC・ASC認証を選択しています。社員食堂に導入するのはあくまでスタートで、水産資源の危機的状況やサステナブル・シーフードについて社員に知ってもらい、消費行動を変えることがゴールと考えています。ですので、MSC・ASC認証を知ってもらい、普段から社外でもこれらの認証商品を選んでもらえるようにしたいので、ロゴマークの訴求や情報提供にこだわっています。

海の課題×企業の枠を越える×個人が参加できる=社食

──どういった経緯で社員食堂でサステナブル・シーフードを提供することに決まったのでしょうか

パナソニックは、20年ほど前から海の豊かさを守るための社会貢献活動をしていました。環境学習からはじまり、海を保全するような活動にも広がっています。2014年からは、東日本大震災の復興支援も兼ねて、南三陸・戸倉のカキの養殖支援をさせていただいています。

その支援先が、2016年3月に日本初のASC認証を取得されたことが、今回の取り組みを考えつく直接的なきっかけになりした。「生産」において支援できるのであれば、「食べる」こと=「消費」を通じれば、より持続可能な取り組みになると考えたからです。

また、この支援を通じて、水産資源の危機的な状況や、その対応策としてサステナブル・シーフードがあること、世界ではその取り組みが進み一般の認知度も高まっていることを知りました。にもかかわらず、日本では取り組みも、その認知度も非常に低いと知ったことも、大きな要因でした。

検討をスタートした当時、世界では天然漁獲量全体の10%ほどがMSC認証を得ていましたし、ドイツでは、一般の人の67%がサステナブル・シーフードについて知っていて、普段から魚を買うときに意識しているというデータも目にしました。

その後、世界全体のMSCの割合は増え15%を越えましたが、日本だけがどんどん遅れている状況でした。逆に、これだけ魚を食べる日本が変われば、世界が大きく変わるとも言われていました。

ちょうどその頃、会社としては、2018年の創業100周年に向けて、社員に社会貢献活動への参加を促進する施策を検討していたので、社員食堂へサステナブル・シーフードを導入すれば、メニューを選択するだけで、気軽に社会貢献ができるプログラムになるのではと考えました。また、企業としてSDGs目標14「海の豊かさを守る」の達成に貢献できる活動であることも大きなポイントになりました。


パナソニックでは2014年より南三陸・戸倉でカキの環境配慮型の養殖業復興支援を行い、2016年3月に戸倉カキ生産部会が日本で初めてASC認証を取得

──海の課題に取り組もうというテーマの中で、なぜ社食というアイディアにたどり着いたのでしょうか?

サステナブル・シーフードを広めるための金銭的なサポートをしてほしいという話もありましたが、企業からの寄付は、どうしても業績に左右される部分があり不安定になりやすいため、寄付だけではない、続けられる仕組みが必要だと考えました。

サステナブル・シーフードが広がらない背景に、一般の人の認知度が低いことがあります。チェーンの飲食店で導入して、CMなどを打てば一気に広がるかもしれません。しかし、サステナブル・シーフードを使ったメニューは、需要がまだ大きくなっていないことや、認証取得費用等でどうしてもコストがアップする部分があるので、消費者に、サステナブル・シーフードの社会的な価値への理解と、美味しいというイメージが広がらないと定着しないと考え、ビジネスベースで広めていくのはなかなか難しいかもしれないと思いました。

一方で、社員食堂という場所は「伝える場」として有効ではないかと思いました。社員食堂の場合、会社が提供する情報を社員の皆さんは素直に聞いてもらえます。水産資源の危機的状況やその対策としてサステナブル・シーフードの存在、MSC・ASC認証マークのある商品を買うことが社会のためになることを伝えるのに、社員食堂はぴったりだと思いました。

また、この取り組みは当社だけでなく、業界を越えたムーブメントにできるのではないかとも感じました。大きな企業であれば社員食堂がある会社も多い。この取り組みを他の企業にも導入していただくことで、大きな社会課題に企業が連携して取り組むという、新しい社会貢献の形になり得ると考えたのです。


社食の様子(写真提供:パナソニック)

個人的には、一般の人が関われることも大事だと思いました。以前は、家電製品をエコ家電に変えて消費電力を減らすなど、環境に対して個人が関われることがありました。しかし、家庭内の家電はほとんどがエコ家電に変わり、個人で社会に貢献できることが少なくなっているように感じていました。CSRやESG投資の文脈で、会社としての社会貢献活動は増えていると思いますが、個人が関われる取り組みももっと必要ではないかと考えていたんです。

水産資源の危機的な状況を知ったこと、企業にもSDGsへの貢献が求められるようになったこと、企業の枠を超えた取り組みを考えていたこと、個人ができる活動はないかと考えていたことなど、いろいろなタイミングが重なって、社員食堂でサステナブル・シーフードのメニューを出すことに決まりました。

給食会社との役割分担を明確にして、win-winな関係を築く

──社員食堂の運営自体は給食会社が行っているとのことですが、どのようにこの取り組みに賛同してもらい、協力関係を築いたのでしょうか。

MSC・ASC認証を取得した魚を提供するには、食堂を運営する給食会社にCoC認証を取得いただくことが必要になります。私たちの会社では100ほどの社員食堂があり、大小40社程度の給食会社が関わっていますが、取り組みを始めた当初は、CoC認証を取得している会社はゼロでした。

そもそも、サステナブル・シーフードという言葉やMSC・ASC認証を知らない方がほとんどでした。取り組みの背景を説明しても、コストが上がることや業務オペレーションが変わることに対して否定的な意見もあり、最初はほとんど響きませんでした。

その中で1社、オリンピックの調達に関する委員会に参画していた会社が興味を持ってくれました。オリンピックでは、提供する食事のサステナビリティも厳しく要求されます。オリンピックの時にやらなければいけないなら、練習も兼ねていい機会と思ってもらえたのだと思います。

また、給食会社におまかせするだけではなく、社員に対しての説明やPRなど食べてもらうための盛り上げ策は私たちもやるということを提案したので、理解、支援を得られ、日本初での導入が実現できたのだと思います。

さらに、サステナビリティへの関心が高まりつつある中で、SDGsへの取り組みを行う先進企業としてのイメージアップにもつながることもお伝えすることで、win-winのストーリーを共有できたこともポイントだったと思います。


毎月イベント形式でサステナブル・シーフードを使ってメニューが提供される(写真提供:パナソニック)

また、実際に社員食堂を担当している社内の人事・総務部門などとの調整は、私たちが主体となって徹底して行いました。通常、サステナブル・シーフードの導入などに興味を持つのは私たちのような社会貢献部門や環境部門ですが、実際に給食会社の窓口をして社員食堂を運営しているのは、人事・総務部門がほとんどです。すると、社会貢献部門や環境部門が人事・総務部門に提案するだけだと人事・総務部門の負担が重くなるため、どこかで検討が止まってしまったり、断念することもあります。

その様な内部の問題を回避するために、まず、社内の関連部門の総括責任者と方向性の合意を取りつけた上で、各拠点の責任者の方と個別に説明・話を進め、質問や困ったことがあれば、まずは全部私に聞いてもらうことにしました。かつ、給食会社への説明を直接行い、課題や問題点をちゃんとお聞きするということをやらせていただいたのも、導入まで進めることができた一つの要因だと思います。

サステナブル・シーフード社食導入企業、給食会社、メーカー、流通企業、関係者とのネットワークを強固に

──自社での導入がどんどん進んでいますが、今後はどのように広げていくことを考えているのでしょうか。

この取り組みは私たちだけでなく、他の企業でも導入していただくことで、より大きな社会的なインパクトを生む活動につながっていくと思います。現在、社食でMSC・ASC認証のある魚を扱っている会社は私の知っている範囲だけで当社以外に7社あります。

その中で、デンソー、ENEOSホールディングス、三井住友海上火災保険、タムラ製作所の4社は導入のサポートをさせていただきました。デンソーに関しては私たちのプレスリリースを見てご連絡いただき、約30拠点ほぼ全てに導入されました。パートナーの給食会社から提案いただき、導入に至った企業もあります。

また、私たちが使っているサステナブル・シーフード宣伝用ののぼりやチラシを他の会社で使っていただくために社名などの修正をデザイン会社の協力を得て実施し、導入時に活用いただける支援もしています。


社食ではサステナブル・シーフードの重要性を伝えている(写真提供:パナソニック)

今後は、社員食堂でサステナブル・シーフードを導入している会社や導入を考えている会社が集まる企業ネットワークを立ち上げたいと考えています。導入するまでのハードルの乗り越え方や、社内関連部門との円滑な連携、認証取得のための業務負荷低減やコスト削減の方法、社員向けのアピールのやり方などのノウハウを共有する予定です。

大きな社会的なインパクトを生むためには、食品メーカーや食品流通企業とも連携させていただく必要があると考えています。現在、市販用のサステナブル・シーフードは、イオン等の企業が大量に扱っておられますが、社員食堂という業務用市場向けのサステナブル・シーフードの市場はまだまだ小さいため、現状では、業務用仕様の食材が少なく、給食会社に負担がかかっています。

例えば、個包装になっていて、いちいちひとつずつ開封作業があったり、すごく手間がかかります。ネットワークをつくり、まとまった量の流通を作ることで、業務用の規格を作ってもらうこともできるのではないかと考えています。

他にも、低コストでCoC認証を取得するサポートや、食材の確保が難しい小さな給食会社向けに流通のサポートなど、企業ネットワークを作ることで広がりが生まれると考えています。

巨大な「海の課題」に取り組む企業の中で、私たちの活動はかなり変わっていると思います。水産物を扱っている会社、業界とは競合にはならず、すべての企業とパートナーになりうる活動と思っています。

そういう意味でも、私たちができること、やらなければならないことはまだまだたくさんあります。この活動をしっかり続けていけば、日本のサステナブル・シーフードの認知度を高めるために貢献ができる。大きな社会問題に対して、本業ではない私たちにできることもある。そういう思いで活動を続けています。

喜納厚介
パナソニック株式会社 ブランド戦略本部 CSR・社会文化部