日本の豊かな海と食を誇れるように。飲食店から伝える海の今

日本の豊かな海と食を誇れるように。飲食店から伝える海の今

東京の原宿にある、サステナブル・シーフードを専門に扱う飲食店「Sincère BLUE(シンシアブルー)」。ランチはビジネスパーソン向けに作られたブイヤベースのラーメンや定食を提供。夜は、前菜ブッフェスタイルで食事を楽しむことができます。シーフードを贅沢に使った料理をリーズナブルな価格で味わえるカジュアルなフレンチレストランです。

このお店を立ち上げた石井真介さんはフランス料理の一流シェフ。シンシアブルーから徒歩3分の場所で、ミシュラン一つ星の本格フレンチレストラン「Sincère(シンシア)」を経営してきました。また、料理人とジャーナリストがサステナブル・シーフードについて学び、一般の方向けの啓蒙活動を展開する組織「Chefs for the Blue(シェフス・フォー・ザ・ブルー)」に所属して、料理人の立場から持続可能な漁業実現に向けて実践しています。

そんな石井シェフが、なぜ、価格帯も形態も違うサステナブル・シーフードを中心としたレストランを立ち上げたのか。日本の水産環境を守るため、料理人という立場からどのような世界を目指しているのか。思いを聞きました。

多様なサステナブル・シーフードを扱う、カジュアルな飲食店

──サステナブル・シーフードを中心に扱った飲食店をなぜ立ち上げたのでしょうか?

サステナブル・シーフードに関する情報発信拠点を作りたいと思ったからです。日本には、サステナブル・シーフードを扱っている飲食店はほとんどありません。飲食店が食材を仕入れるときは、値段、質、使いやすさなどを考慮して決められますが、そもそもサステナブル・シーフードかどうかは選択基準に入っていないのです。

その背景には、お客さまから求められていない、という現実があります。お客さまから「MSC認証のある魚はないの?」「サステナブル・シーフードが食べたい」と言われることはありません。消費者もサステナブル・シーフードのことを知らない。必要性がないから、飲食店が食材を選ぶ時に選択肢に上がらない。

飲食店は、食事を楽しんでもらうだけでなく、食の背景を知ってもらう場所でもあります。そこで、シンシアブルーを開業することにしたんです。

「サステナブル・シーフードを中心に扱っている」と銘打てば、お客さまに「ブルーって海のことかな」「サステナブル・シーフードってなんのことだろう」と自然な疑問を持ってもらいやすく、コミュニケーションの中で海や魚のことを伝えることができます。

また、カジュアル路線のお店にすることで、より多様なサステナブル・シーフードを扱うことができます。国産魚では、MSC・ASC認証を取っている魚の選択肢に限りがあり、いろんな種類の魚を扱おうとすると、必然的に海外産の冷凍された魚を使うことになります。

しかし、シンシアのような高級路線の飲食店では、鮮度が高い国産の生の素材を使うので、海外産の冷凍魚を使う選択肢はほとんどありません。そこで、シンシアとは価格帯も業態も違うカジュアルな路線でサステナブル・シーフードを中心に扱うお店にしました。

ただ、僕のような小さな店がサステナブル・シーフードを扱っても、社会に大きな影響はありません。この場所だけで完結させずに、間接的に他の飲食店の考え方にも影響を与えていけるような、フラグシップのようなお店にしたいと考えています。

例えば、シェフス・フォー・ザ・ブルーに所属するシェフに使ってもらったり、イベントをする。他の飲食店の人に来てもらうことで、冷凍でも使いやすくておいしいとか、認証を得た魚でも高いわけじゃないことを知ってもらい、サステナブル・シーフードが選択肢に入るようにしたいと思っています。

料理人は料理のことだけ考えればいいと思っていた

──石井さんは2017年のシェフス・フォー・ザ・ブルーの立ち上げ時から参加されていますが、海や魚に対する危機意識はいつ頃から持たれているのでしょうか?

高校生の頃には魚が減っていることを感じ始めていました。幼少期、釣りが好きで父と毎年訪れていた千葉の館山では、ヒラメを釣る餌としてまずは生きたイワシを釣っていました。サビキ釣りといって、いっぱい針が出てる仕掛けを海に降ろすと、降ろした瞬間にイワシがワーッと食いついてくるんです。それが楽しかったことが思い出に残っています。

ところが、あるとき急に、いつも乗っていた船でイワシを釣らなくなったんです。船着き場で生きたイワシを買うんですよ。なんでかと聞くと「イワシがもう獲れないからだ」と言われました。その時に、魚が減っていることをはじめて体感しました。

その実感は、歳を重ねるごとに強くなりました。例えば、料理人になりたての頃は、魚屋さんが買いすぎた魚をおすそ分けしてくれることがありましたが、年々そういうことがなくなり、海がシケて魚がないと言われる日もでてくるようになりました。また、10年ほど前、渋谷のお店でウナギ料理を出していたときには、突然ウナギの値段が二倍になったんです。その値段は下がることなく、今もそのままです。

出典:統計局小売物価統計調査

ただ、魚が獲れなくなっていることは理解しつつも、何か行動に移していたわけではありません。「料理人の仕事は料理」「海の問題は自分たちがやることじゃない」と思っていたんです。魚は市場に行って買えばいい。お金を払えばいいと考えていました。

魚が減っていることを実感する一方で、フランスに修業に行ったことで、日本の海や食の豊かさを実感するようにもなっていました。

フランスといえば、世界三大料理に数えられるほど食文化が豊かな国です。しかし、内陸部のお店では、魚介類はあまり扱っていません。当時は、三ツ星を取ったお店ですら、週に1回沿岸地域で魚を大量に買い付け、卸して冷凍したものを小出しにして使うような状況でした。

そもそも、魚介類を食べる習慣があまりないんです。フランスの若い人の中には魚介類を食べたことがないという人もいるほどでした。僕が憧れていた「美食の国」はそんな状況でした。

かたや日本は、魚で溢れています。魚介類を食べたことない人はほとんどいませんし、フランスでは三ツ星レストランですら手に入れられない生きた魚が、日本ではどこでも手に入ります。その現実を知ったときに、日本は恵まれた国だと感じました。

当時は、料理の腕を磨くことで頭がいっぱいでしたが、このときの経験が、今の活動にもつながっています。日本はこんなに豊かな海・食文化があるのに、未来のために管理できていない。料理人が意識をもっと高く持ち、僕たちの力でなにかできたらと考えています。

コミュニケーションの引っ掛かりをつくる

──行動を始めるきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

フードライターの佐々木ひろこさんに声をかけられて、30人くらいのシェフで集まって勉強会をはじめたことです。シンシアの営業後の深夜に集まって、講師を招いての勉強会。それが、シェフス・フォー・ザ・ブルーの始まりでした。

その頃、僕自身「僕たち料理人は美味しいものを作ればそれでいいのか」と、罪悪感に近い疑問を持ち始めていました。美味しい料理を作るのが僕の仕事だと思ってましたが、僕たちが美味しい食材を仕入れることで、誰かが不幸になっているかもしれないと想像したら、すごくいやだったんですよね。

人間は生き物を殺して食べています。だからといって、絶滅しそうな生き物を何も考えずにただ殺していいのだろうか。それは人に対しても同じ。自分たちが美味しいものを享受している影響で、誰が貧困に陥っているとしたら、それでいいのだろうか。自分の生活のために、他の生き物や他の人に悪影響を与えていたら、それは間違ってるだろうと。

そんなことを感じているときに佐々木さんに声をかけられたので、すぐに一緒にやることにしました。勉強会で聞く専門家の話は、正直かなりショックでした。特に、「サバの文化干し」の話が個人的には衝撃的でした。日本で売られているサバの文化干しは、ほとんどがノルウェーから輸入された冷凍サバで作られていると知ったんです。獲れたてのサバを船から下ろし、そのまま塩漬けにして浜辺で干しているイメージでしたが、そうじゃなかったんです。

サバの文化干しやホッケの塩焼きなど、パックになった魚はコンビニに行けばすぐに手に入るので、魚が減っているという危機感を持ちづらいんですよね。ウナギやマグロも同じで、獲れないとニュースでは言われますが、実際の生活の中では簡単に手に入るので、実感がない人が多い。

日本の流通企業は優秀すぎて、消費者の手元には魚が届き続けています。しかし、気づかない間に海外産に置き換わっている。それって怖いことだと思います。僕たち料理人ですら気づいていないので、一般の方はなおさら知らないことだと思います。

そんな現状を知ってもらうために料理人ができるのは、料理で提案すること。シェフス・フォー・ザ・ブルーでは、キッチンカーでサステナブル・シーフード料理を提供するイベントを開催しました。料理を提供するだけでなく、サステナブル・シーフードとは何かを伝える資料も作って一緒に配りました。

また、自分のお店では、持続可能な漁法で獲られている「タイセイヨウクロマグロ」を使った料理を提供することにしました。「大西洋」という言葉を入れたのは、あえて引っかかりをつくりたいと思ったからです。

一般の人にはあまり知られていないかもしれませんが、大西洋のクロマグロは10年くらい前に絶滅しかけました。そこから適切な管理を徹底したことで復活し、今ではマグロが安定して生息する状態に戻りました。今絶滅の危機にさらされている太平洋のクロマグロも、しっかりと対策すれば持続可能になる。そんなことをコミュニケーションの中で伝えるために、「大西洋」という言葉に引っかかりを持たせました。

ただ、相手が興味を持ってくれない限り、こちらから話しかけるのは難しい。僕の店の場合、フランス料理を食べに来ているお客さまに対して、突然、魚の持続可能性について話し始めるのは違和感がありますから。

そんな課題に直面しているとき、空き物件の情報をもらいました。シンシアの近所。かつ、原宿という場所は料理のクオリティを打ち出す店はあまり多くありません。この場所で、カジュアルにいつでも来れる店があれば、サステナブル・シーフードを多くの人に知ってもらえると思い、シンシアブルーを立ち上げることにしました。

日本の食の価値を認識することがスタート地点

──シンシアブルーを立ち上げたから今だからこそ感じることや、これからの展望はありますか。

正直なところ、飲食店がCoC認証*を取って運営するのはかなり大変です。いきなり他のお店が導入するのはハードルが高い。だからこそ、このお店は自分たちだけで完結するのではなく、他の料理人に使ってもらったり、情報発信の拠点にしたり、いろんな形で活用していきたいと考えています。

個人的には、日本人の食べ物に対する考え方を変えるような発信をしたいです。海外と比べて日本の資源管理が遅れていることに危機感がありますし、反対に自然環境も含めた日本の食の素晴らしさに気づいてもらいたいという思いもあります。

日本の料理は世界に誇れる料理です。そんな素晴らしいものなのに、自分たちで大事にできていない。海の資源も含めて世界に誇れるはずなのに、全くできていません。日本の素晴らしい食文化を世界に誇れるように、まずはその価値を自分たちでしっかりと認識して、共有することがスタートだと思います。

日本の飲食店は、値段が安いことを強みとすることが多い。消費者もその感覚に慣れすぎていて、飲食業界全体が安売りされすぎています。利益がほとんど出ない構造になっていて、その結果、今回起きた新型コロナウイルス感染症の拡大などで消費が落ち込むと、急に立ち行かなくなります。

本来は、安さを推すのではなくて、お店の活動や考え方などエシカルな面でも選んでもらわないといけないと思うんですね。「安いから来てください」ではなく「僕たちはこんな食材を使って、こんな思いで作ってます」ということを伝えて、応援してもらえるように変わらなければならない。

誰しもが生活に余裕があるわけではないので、価格で選んでしまうのはわかります。でも、いつもより多くお金を出しても、しっかりとした考えを持つ店を選ぶような選択も世の中におは必要だと思います。そのために、飲食店もしっかりしなきゃいけない。時代に合わせて変化していかないと、飲食店は存続できません。

僕たち料理人は生産者と消費者の間にいるので、料理人が与える影響は大きいと思うし、両者をつなげる役割を持っていると思います。料理人はもっと責任を感じるべきだし、世界に誇れる日本の食をもっと活かさなければならない。このままだと、本当に宝の持ち腐れだと思うんですよね。一番海が豊かな海を持つ日本が、一番資源管理ができていない国って考えると、すごく情けない。

でも、僕は日本が好きなんですよね。日本人って、フランス人などと比べても確かに説得力がなかったり、一つの方向に流れちゃったり、悪いこともあります。でも、日本人ってそういう点含めても優しいし、いい部分すごいある。もっとそこを生かして、盛り上げられるんじゃないかなと思います。

石井真介
調理師学校を卒業後、「オテル・ドゥ・ミクニ」や「ラ・ブランシュ」を経て渡仏。フランスで本場の二つ星、三つ星レストランを経験し、2004年に帰国。
その後、「フィッシュバンク東京」で副料理長を2年間務め、2008年より「レストランバカール」のシェフを7年間務める。2016年4月、自身のレストラン「Sincère(シンシア)」をオープン。国内外の名店で培ったエッセンスをベースに、クラシックかつ遊び心のあるフランス料理で、四季折々のメニューを提供。日本ならではの素晴らしい食材を活かした日本のフランス料理を表現している。

*CoC認証とは・・・
製品の製造・加工・流通の全ての過程において、認証水産物が適切に管理され、非認証原料の混入やラベルの偽装がないことを担保する認証。

詳細やその他のサステナブル・シーフードに関する用語はこちらでも解説しています
https://seafoodlegacy.com/sustainable-seafood-dictionary-2/

この記事をシェア