金融界にとっても必然、 ブルーエコノミーをあたりまえの経済に(Part 1)

金融界にとっても必然、 ブルーエコノミーをあたりまえの経済に(Part 1)

海洋管理協議会(MSC))&水産養殖管理協議会(ASC)
資本市場アウトリーチ部門責任者
レイ・ディラーニ

サステナビリティ分野でも、金融業界でも、急速に関心が高まっている「サステナブルファイナンス」。その中で、水産物の国際的な認証において大きな役割を担ってきたMSCとASCが、客観性の高い指標として関心を集めています。金融業界での豊かな経験を活かし、2つの団体で金融による海洋サステナビリティ推進を先導する、レイ・ディラーニさんにお話を聞きました。

 

レイ・ディラーニ (Ray Dhirani)
サステナブルファイナンスの専門家として、MSC(海洋管理協議会)およびASC(水産養殖管理協議会)におけるキャピタルマーケット分野を統括。主にブルーファイナンスに関する銀行、投資家、政策立案者との連携を担う。米ペンシルベニア大学ウォートン・スクールで経済学学士取得、ニューヨークのメリルリンチで8年間の勤務を経て、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで環境・開発修士を取得。その後国際環境NGO、WWFで英国のサステナブルファイナンスチームを率いた後、2024年よりMSC/ASCで資本市場アウトリーチ部門の責任者を務める。

 

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金融のメインストリームからの転身

――大学を出て、最初は金融業界に入ったとうかがいました。当初はサステナビリティとの接点はなかったのですか?

大学では経済学と金融を学び、卒業してすぐメリルリンチに入って8年間勤めました。仕事も周囲の人間関係にも満足で、充実した毎日を楽しんでいましたが、サステナビリティについてはほとんど知りませんでした。

一生その仕事を続けるつもりでしたが、今にして思えばメインストリームの金融はとても狭い世界でした。何年か経った頃、数字の達成や金額より、もっと大きな目的のために働きたいという気持ちが芽生えてきました。世界にポジティブな変化を起こす仕事をしたいと思ったのです。

ちょうどその頃、旅行で訪れたチェコである展覧会を見て、衝撃を受けました。地球環境の現状と改善について、気候変動、森林、海洋など分野ごとに表現した、巨大な屋外展示でした。それを見て自分も環境について勉強したい、自分にできるやり方で未来のために役立つことをしたいと思いました。

それで選んだのが、環境・開発学の修士課程でした。環境課題と開発要件、人口問題、食糧問題などを組み合わせて扱うので、それまでに学んだことを活かせると思ったからです。

金融とサステナビリティを結びつける新たな道へ

――金融や経済学の知識をサステナビリティに生かすというのは、当時まだ新しい考え方だったのではありませんか?

大学院を出てWWFに入った2010年代後半、サステナブルファイナンスという考え方はまだほとんど知られていませんでした。そのときの私の目標が、サステナブルファイナンスを企業の経営会議で議題になるテーマに育てたいということでした。

――WWFの方でも、そういうことを考えていたのですか?

WWFも金融のシステムを変えることをめざして、金融分野の経験者を探していました。でも当時、それに応えて金融の仕事を離れる人はあまりいなかったと思います。今でこそ、NGOと金融の間の人材交流はかなり増えていますが。

それから10年間WWFで仕事をして、他のNGOや政策決定者たち、業界とも協力して、サステナブルファイナンスを企業の経営会議のテーマに育てるという目標は達成できたと思います。今ではサステナブルファイナンスは大きな分野となり、グリーンファイナンスに続いてブルーファイナンスも育ってきています。WWFで仕事を始めた頃には存在しなかったものです。

2025年3月に東京で開催された、機関投資家に向けた水産企業の情報提供に関するセミナー「日本の水産企業のトレーサビリティの国際的評価」に登壇したディラーニさん2025年3月に東京で開催された、機関投資家に向けた水産企業の情報提供に関するセミナー「日本の水産企業のトレーサビリティの国際的評価」に登壇したディラーニさん(セミナーについて詳しくはこちら)

2つの非営利団体でサステナブルファイナンスの担当を兼ねる

――現在はMSCとASCと2つの団体でお仕事をされていますが、兼任は珍しく感じます。どうしてそのような形になったのですか?

ファイナンスの中心である大手投資家や銀行の視点からすると、水産物関連のフレームワークをまとめて議論して「サステナブルシーフード・ポートフォリオ」をつくりたいのです。漁業と養殖を分けるのは、彼らにとっては複雑で効率が悪い。一人に話をして両方に対応できた方が、合理的なのです。

もちろんMSCとASCは別の組織で*、理事会も別なので、ややこしいこともあります。でも一方で2つは近しい関係にあり、発信やコミュニケーションの場を共有することも少なくありません。

*MSC(海洋管理協議会)は天然魚を対象とした漁業、ASC(水産養殖管理協議会)は水産養殖を対象として、それぞれサステナビリティ認証を行っており、両者でほぼあらゆる水産物をカバーする。

――今たずさわっているお仕事について、もう少しお聞かせください。

今の仕事につくときから考えていたのが、銀行だけでなく投資家、NGO、政策決定者、データ調査会社など幅広い関係が必要だということです。幅広い関わりによって、大きな投資のチャンスを見逃さないことなどを含めて、広い視野と長い見通しを持って金融と協働できるからです。

最初に考えたのは、水産への投資額が大きい日本、アメリカ、一部ヨーロッパ、イギリスの金融組織でした。今では開発途上国のインドネシアなど東南アジア、メキシコなど他国にも広がっています。

――なるほど、ご自身の提案によって取り組みを広げてきたのですね。

そうです。MSC、ASCの両方に、金融市場に対して構造的な関係を構築しグローバルな金融市場の動きをつくっていくことが重要だと考える幹部がいて、後押ししてくれています。おかげで信頼を得て仕事を任され、クリエイティブに展開を考えることができたのは、恵まれていました。ブルーファイナンスは今まさに大きく成長している分野で、特にアジアでは今後数年間でとてもエキサイティングな展開が期待できます。

MSCプログラムに参画している漁業は700を超え、世界の天然魚介類の総漁獲量の2割を占める(「MSC年次報告書 2024年度」より。認証取得・審査中・一時停止保留中・MSC改善プログラム参加を含むMSCプログラムに参画している漁業は700を超え、世界の天然魚介類の総漁獲量の2割を占める(「MSC年次報告書 2024年度」より。認証取得・審査中・一時停止保留中・MSC改善プログラム参加を含む(報告書はこちら)
ASCの認証対象は飼料、養殖場、CoC(流通)と幅広く、認証された養殖場は2200箇所を超える。2024年次報告書の概要ASCの認証対象は飼料、養殖場、CoC(流通)と幅広く、認証された養殖場は2200箇所を超える。2024年次報告書の
概要および全文はこちら

ブルーファイナンスを、海洋サステナビリティを後押しする強い力に

――成長途上ということですが、その「ブルーファイナンス」について、ご自身の視点でもういちどご説明いただけますか?

私にとってブルーファイナンスとは、海洋の状況を変え、サステナブルシーフードの供給を支えるためにグローバル資本の力を活用していくことです。最終的には金融市場の力を活かして、漁業と水産養殖の両方でポジティブな状況をつくり出すことが目標です。

具体的にはサステナビリティ関連のローン市場、ブルーボンドの利用などの形がありますが、対象や地域によって異なる文脈をふまえての取り組みになります。

――銀行、投資家、政策決定者、さらに漁業、養殖、水産加工など……それぞれのプレイヤーにとって、ブルーファイナンスはどんな意味を持つのでしょう?

金融セクターでは、健全な海洋が健全な経済に、そして健全な金融につながることを理解しはじめています。また一方、政策決定者はTNFDなどの形で、企業の自然関連リスクの財務情報開示の指針を出しています。それが金融業界に対しても、リスク対応を含めた適切な資本配分の指針となり、インセンティブを与えています。サステナビリティに対応しなければ世界経済、ひいては金融市場全体が打撃をこうむるという認識は、かなり高まっています。

変化は少しずつ起きていて、その中にMSCやASCの役割もあります。最終的に、金融セクターは大きな役割を担うことになるでしょう。だから今こそ、ブルーファイナンスをスケールアップすべきタイミングだと言えます。

――異なるプレイヤー間で、意識の違いはあると思いますか?

投資家にとっての海は、他にも多数あるテーマの中のひとつなので、海や水産物と直結した業界とは、捉え方が違ってきます。

また地政学的、政治的な条件もあります。アメリカは現在、政治的に厳しい状況なので、金融機関の中には実際には動きながらも、そう見られないように気を遣っている例もあります。一方でヨーロッパやアジアでの動きは、どんどん広がっています。特にアジアでは近年、海洋経済、食糧確保といった文脈でのサステナブルシーフードの重要性に注目が集まりつつあります。

私たちのしていることも、その文脈の中にあります。中でも大きいのが、10月に東京で開かれる、サステナブルシーフード・サミット(TSSS)で発表を予定している、「漁業ファイナンスモデル」です。

水産業への融資の道を拡げる、「漁業ファイナンスモデル」

――TSSSで発表予定の「漁業ファイナンスモデル」についてどのようなものか概要を教えてください。

今までも、MSCやASCまたは他の基準を使って、その金融取引を「ブルー」である、とタグ付けすることはありました。新しいモデルではもう一歩進んで、信頼性の高いサステナブル認証を、メインストリームの金融モデルそのものに組み込もうとしています。金融セクターによる資本配分の中で、長期的なリスクのありかを想定し、認証によってリスク除去が可能であることを示し、金融機関に伝えるものです。

これは金融セクターの行動原理の、本質に近いところに斬り込む新しいアプローチです。秋に発表したら早速、銀行や金融機関に使ってみてもらって、さらに充実させていただけたらと考えています。

――「漁業ファイナンスモデル」を発信する対象は、主に金融セクターということですね?

直接的な相手は金融業界ですが、資金を求める水産企業やNGO、ジャーナリストにとっても、サステナビリティを金融に直結させるモデルとして使っていただけます。理解を広げることで、逆に金融セクターの関心も高まり、サステナビリティを組み込んだ新たな金融商品が生まれるといった相乗効果も期待しています。

基本的には金融に対して実質的な効果を発揮したいので、内容はかなりテクニカルなものになります。現在は仮想も含みつつ、アカデミックな情報をもとにした初期の検証からは、MSC・ASC認証の有無によってかなり大きな違いを出せると考えています。

Part2では、サステナビリティと金融をめぐる大きな変化とアジアへの期待、水産企業の動き、また国際的な認証に金融機関から期待される、新たな意味についてお聞きします。

 

 

取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。

 

 

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