海洋管理協議会(MSC))&水産養殖管理協議会(ASC)
資本市場アウトリーチ部門責任者
レイ・ディラーニ
MSCとASCの国際的な水産認証を運営する非営利団体で、サステナブルファイナンスを担当するレイ・ディラーニさん。Part1では、金融のメインストリームからNGOに転身し、金融とサステナビリティとのつながりを先導し育ててきたお話、そしてMSC、ASCからこの秋に発表予定の「漁業ファイナンスモデル」についてうかがいました。Part2では、海洋サステナビリティと金融の関係をめぐる大きな変化とアジアへの期待、水産企業の動き、また水産エコラベル認証の新たな意味について、お話を聞きました。
レイさんが登壇するセッション「ネイチャーポジティブな水産業へ導くブルーファイナンス」の情報はこちら!
――水産資源の保全と経済的な利益の追求は、両立が難しそうです。金融セクターの視点から見て、そこはどのようにお考えですか?
大事なのは、利益を長期的に考えることだと思います。たとえば天然魚を考えてみれば、目先のキャッシュフローのために水産資源を破壊してしまったら──原因が過剰漁獲でも、餌の減少でも、生態系の破壊でも──キャッシュフローそのものが成り立たなくなる。貸し付けは回収できなくなり、多くの関連企業にも影響がおよびます。明解でシンプルな話です。
ただ、このすべてにわたって金融セクターは圧倒的に知識が不足しています。それは金融セクター側の不備ではありますが、現実的には、彼らがあらゆる業種をすみずみまで理解することは困難です。中でも水産業界は構造が複雑で、把握が難しい。
ですから大事なのは、水産業の状況について金融セクターへの教育を進めることと、長期的な考え方を根づかせることです。長期的な考え方を根付かせることができれば、金融の視点でもサステナビリティの議論が切実な意味を持ってきます。
――なるほど、筋が通ります。金融といえば短期視点を重視するイメージもありますが。
そういう取引もあります。一方でクオンツ運用やAI運用では、極端な超短期化も進んでいます。金融全体では、超短期と超長期の両極が引き延ばされていると言ってもよいかもしれません。
たとえば年金や、国の金融資産を運用するソブリンウェルスファンドは、長期的な視点での運用が中心です。平均寿命が延び、従来の枠を超えた長期的な金融市場も顕在化しています。私たちが手を組みたいのは、こうした分野です。少なくともデイトレーダーではなく、数年以上の投資分野を想定しています。秋に発表予定の金融モデルで想定しているのは、10年枠です。長いですが、桁外れの長さではありません。
2025年3月に東京で開催された、機関投資家に向けた水産企業の情報提供に関するセミナーに登壇したディラーニさん(右端)。スライドは金融利益と社会的インパクトのバランスをとった、サステナブルファイナンスの説明(セミナーについて詳しくはこちら)――ブルーファイナンスを、漁業者や養殖業者の側から積極的に活用することもできるのでしょうか?
ひとつ、よい例があります。ほんの数ヶ月前、ペルーでマルアナゴの漁業・加工・輸出をしているペルーペスという水産企業に対して、新しい債務保証枠による融資第一号が発表されました。MSCとクラーモンディアルという投資顧問会社が、他のNGOや銀行とともに実現したブルーファイナンスです。*
これによってペルーペス社は、サステナビリティ認証に必要な設備やモニタリングのため、また運転資金の補強として追加の融資を受けられることになりました。こうした事例をアジアでも展開し、さらに拡大していきたいと考えています。
ペルーペスはその後、2026年5月にMSC漁業認証を取得した。左から、クリスティアン・バジェホ(MSCラテンアメリカ、プログラムディレクター)、ダリオ・アルビテス(ペルーぺスCEO)、ジュリッサ・メロ(MSCラテンアメリカ漁業担当)、――水産業、漁業者の間でも、ブルーファイナンスへの関心は広がっていますか?
はい、他にも飼料メーカー、水産養殖、水産加工など、幅広い関係者から関心が高まっています。でも今はまだ、言葉は聞くけどよくわからないという人が多いので、まずはブルーファイナンスや、生物多様性フレームワークに沿った財務情報開示の指針、TNFDについて、より広く知ってもらうことですね。TNFDが提供するリスクマネジメントと情報開示の枠組みは、ブルーファイナンス推進の核心を支えるものです。
――水産企業は、どうしたら実際にブルーファイナンスを利用できるのでしょう?
債務保証枠の他にも、ブルーローン、サステナビリティ・リンク・ローン、ブルーボンドなどさまざまな形があります。支援の対象となる取り組みについては、TNFDの漁業・水産養殖の指針も参考になるでしょう。
そして実際の申請や融資を受けるための第一歩としては、すでに銀行など既存の金融機関と関係があるなら、そこでの相談から始めるのがよいでしょう。またMSCだけでなく、他のNGOでもブルーファイナンスの資料とりまとめを始めていたり、お手伝いできるところがあります。
――アジアや日本の水産企業で、ブルーファイナンスを活用できているのはごく一部の大企業です。中小規模の漁業者、水産業者にも、活用の道はありますか?
たしかにサステナビリティ認証自体、多くの中小企業にとってハードルが高いのは事実です。そこで知ってもらいたいのが、2年前に始まった「MSC漁業認証取得に向けた改善プログラム」(MSC改善プログラム)*です。MSCの認証規格を使いながら、まだ準備が必要な漁業を対象とし、5年間の支援やアドバイスによってMSC漁業認証の取得をめざします。特にアジアと南米では高い関心が寄せられ、すでに参加し着手しているところもあります。
また金融でも、中小規模の事業者が資金調達をしやすくするしくみづくりを進めています。ここでも、私たち認証運営団体が役に立てる方法を常に探っています。
MSC漁業認証を取得した、ペルー沖でのマルアナゴ漁業(写真・©Gustavo Carrasco / MSC)――MSCやASCはもともと、水産品がサステナブルかどうかを消費者に示す、いわゆる「エコラベル」認証として出発したけれど、今、金融界に対してまったく新しい役割を担いつつあるということですね。この状況はどのように理解したらよいですか?
要因としてまず、金融セクターが強力なKPIとして使える指標を求めています。たとえば新しい「ブルーボンド」を発行しようと思ったら、裏付けとなるクライテリアが必要です。そこにMSC、ASC認証がはまります。グローバルで、科学的指標にもとづき、第三者機関の監査を受けているからです。
もうひとつ、政策決定セクターとの連携もあります。私たちはTNFDと水産分野について活発な協働、連携を展開しています。TNFDの漁業・水産養殖の指針24項目のうち、実に17項目がMSCの認証項目と重なっています。基準の互換性の対照表もあります。つまりMSC認証を取得している企業は、それだけでTNFDの開示項目の大部分をおさえられるのです。
MSC、ASC認証は、投資家の負荷も減らせます。投資家は水産企業に認証情報の提供を求めれば、それだけで企業のサステナビリティ実績を確実に、継続的にチェックできます。認証は定量的で、客観的で、世界共通の指標だからです。
――国際的な認証の担う役割がこのように拡大してきたのは、なぜでしょう?
ひとつには、金融マーケットの目が厳しくなって、単に「サステナブルです」と言うだけでは通用しなくなったからです。国際的に通用する、第三者による科学的な評価が求められ、MSC、ASC認証ならその条件を満たせる。国際的な認証が単なる消費者向けのラベルを超えた役割を担う力を持っていることに、金融セクターも、政策決定者も、そして認証の運営団体自身も気づき、活用しはじめているのです。
特にアジアでの展開は非常に興味深く、期待しています。というのはアジアの消費者市場で、国際的なエコラベル認証は、ヨーロッパほど力を発揮できていません。需要を推進する要因が異なるからです。しかし一方、アジアの金融機関からは、評価基準や認証を投融資方針に組み込むことへの関心がとても高いと感じています。私たちもアジアでの活動に力を入れていて、日本、インドネシア、シンガポールなどの国がリーダーシップをとって、ブルーファイナンスを育てていければと思っています。
そもそも、金融セクターにサステナビリティを取り入れるという意味で近い位置にあるTNFDへの登録企業は、最初から日本企業が最多でした。そこには関心の高さもうかがえるし、それが今後の基準になっていくだろうという見通しもあると思います。
本質的には、認証運営団体がすることはサステナブルシーフードの基準づくりです。それが消費者だけでなく、金融セクターにも、政策決定セクターにとっても意味を持ち、産業のレジリエンスやリスク回避に直結すると認められ、力を発揮できるのは、とても嬉しいことです。
MSC「海のエコラベル」のついた水産製品の販売額は、日本でも伸びてはいるが、欧米主導が現状。一方、アジアの金融セクターからの関心の高まりは目を引くという(画像は「MSC年次報告書 2024年度」より。報告書はこちら)――水産におけるサステナビリティは、いくつもの要因がからみあった巨大で複雑な課題です。立ち向かう上でのカギは何でしょう? 変化を起こそうとしている人へのアドバイスがあれば、お願いします。
まず新しい方法、今までとは違った方法を試してみること。そして信頼性のある客観的なデータの確保。そのデータを、企業が意思決定に使う情報とつなげること。つなげるためには、サステナビリティと水産市場において何が推進力となっているかを理解すること。
データ、意識の高まり、理解の浸透、意思決定を左右する要因、新しい考え方を実装するために必要なことは何か……さまざまな細かい要因がすべて大事で、変化を後押しする力になります。
そしてもうひとつ、そもそもの究極の目的に立ち戻ることです。漁師、養殖業、水産業で生計を立てている人々、海からタンパク源を得ている人々にとって、最終的に求めることは何なのか。それ以外はサプライチェーンの透明性も報告項目も、どれも手段にすぎません。手段にばかり注目していては本末転倒です。
それぞれの活動を重ねた先にある、長期的に意味のある価値を意識することが大事です。それが業界全体を動かしていくことになると思います。
金融と責任ある水産養殖とが、ともにひとつの流れをつくっていくことで、双方の道が開ける。画像はASC公式サイトで、ディラーニさんがその意義を語ったインタビューページより(こちら)――2年前の東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS2024)では「2030年までにサステナブルシーフードを主流に」という目標を掲げました。主流化には何が必要だと思われますか?
金融で言うなら、ブルーファイナンスが投資のデフォルトになれば、わざわざ「ブルー」と言う必要もなくなります。信頼できる認証や裏付けのあるサステナビリティ要素を、金融機関が効果的に取り入れ、それが常態になっていくこと。2030年まであまり時間はありませんが。
でも私たちはたしかに前進しているし、これからの変化をアジアが牽引してくれたらすばらしい。今、起きている意識の高まり、変化へ向けた勢いを見ると、それは可能だと思います。また地政学的にも、政治的に難しいことになっているアメリカとの違いも大きい。
もちろん一直線には進まないし、まだまだ普及啓蒙も必要ですが、現状にはとても期待しています。
──本当に、時間はあっという間です。
シーフードは海洋だけでなく気候、自然、食糧安全、人の暮らしなど、たくさんの多様な要素と結びついています。つまり水産サステナビリティをないがしろにすれば、これらすべてを踏みにじることになるのです。
論点はクリアだし、私たちは前進しています。でも危機は予想されていたよりも急速に進んでいる。だから私たちは、さらに急がなくてはなりません。サステナビリティを金融システムの基本に直接組み込むことで、変化のスピードを上げられます。それが私の仕事で最もやりがいのあるところでもあります。その先に見えているのは、「ブルーエコノミー」が経済そのものになる風景です。
今のブルーファイナンスは、10年、15年前にグリーンファイナンスが立っていた位置にあって、今こそこの分野を確立させるタイミングです。金融市場の変化が確実に海洋状況の改善につながるように、組み立てていきたいと考えています。
――力強いお話をありがとうございます。金融のメインストリームから飛び出して活動の場を移られたときの思いで、大きな目的に存分に取り組まれてきたのですね。
NGOに移った最初の頃は熱帯雨林や気候変動などの分野にも関わりましたが、今は水産サステナビリティが専門です。実はそこには、個人的な思いがあります。
半年前に亡くなった父は、海が大好きな人でした。おかげで家族みんなが海に興味を持ち、海で過ごすようになりました。私は子どもの頃、カナダの大西洋岸で育って、家族でよく海岸へ行きましたが、今もロンドンの住まいから車で1時間ちょっとのところに、家族の大好きなビーチがあります。海とつながっていること、海のサステナビリティに取り組むことは、私にとって父から受け継いだ、家族のレガシーでもあるのです。
レイ・ディラーニ (Ray Dhirani)
サステナブルファイナンスの専門家として、MSC(海洋管理協議会)およびASC(水産養殖管理協議会)におけるキャピタルマーケット分野を統括。主にブルーファイナンスに関する銀行、投資家、政策立案者との連携を担う。米ペンシルベニア大学ウォートン・スクールで経済学学士取得、ニューヨークのメリルリンチで8年間の勤務を経て、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで環境・開発修士を取得。その後国際環境NGO、WWFで英国のサステナブルファイナンスチームを率いた後、2024年よりMSC/ASCで資本市場アウトリーチ部門の責任者を務める。
取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。
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