香港、マカオ、シンガポールのホテルやレストランが参加し、サステナブルシーフードを使った料理やを消費者に届ける「シーフードフェスティバル(SEAFood Festival、以下フェスティバル)」。香港サステナブルシーフードコアリション(Hong Kong Sustainable Seafood Coalition、以降HKSSC)が主催するこのフェスティバルが2026年に5周年を迎えました。
2022年当初は30事業者の参加でしたが、今年は45以上の事業者が参画するまでに成長しました。また、今年、フェスティバルのために90以上の料理が考案され、厳選された25以上の魚介類が使用されました。1か月にわたって行われたフェスティバルの締めくくりとして、6月30日に香港で開催されたビジネスフォーラムには、生産者、サプライヤー、ホテル、レストラン、シェフ、調達担当者、認証機関、サステナビリティの専門家、投資家、CSOなど、多様な関係者、約100人が集まりました。
HKSSC 事務局のマンディ・ウォンさんこの5年間の最も大きな変化は、参加するホテル、レストランの数だけではありません。開会挨拶で、HKSSC 事務局のマンディ・ウォンさんは「フェスティバルが始まった当初、活動の中心は、買い手や売り手にその必要性を『知ってもらうこと』だったが現在では、企業のリスク管理、事業の持続可能性、責任ある調達、さらには持続可能な水産物生産への投資機会へと議論が広がっている」とその進展ぶりを語りました。
サステナブルシーフードに取り組むことは、環境意識の高い消費者や企業による取り組みから、長期的な企業の生存戦略として欠かせない戦略として進化しました。その変化を象徴するのが、5年目を迎えた今回のフェスティバルでした。
香港は世界でも特に水産物の消費量が多い地域の一つで、1人当たりの年間水産物消費量は世界平均(21.1kg)のおよそ3倍とされます*。一方で、香港に供給される水産物の85%以上は160以上の国と地域からの輸入に依存しています。
これは、香港の水産物の消費や調達が、世界各地の漁業や養殖業に影響を与えることを意味します。同時に香港も、気候変動、資源の減少、IUU漁業、地政学的な混乱など、世界の水産物サプライチェーンで起きる変化の影響を強く受ける可能性があります。
こうした市場で企業が責任ある調達を進めるには、単に認証マークの付いた商品を選べばよいわけではありません。どの魚種が、どこで、どのような方法で漁獲または養殖されたのか、透明性を確保し、リスクを評価しながら改善に取り組む生産者を支えていく必要があります。
HKSSCは会員事業者に対し、調達方針の策定、魚種ごとのリスク評価、サプライヤーとの連携、社内研修などを支援しています。リスクが高いと評価された水産物であっても、直ちに取引をやめることだけが答えではありません。漁業改善プロジェクトや養殖改善プロジェクトに参加し、進捗を測定・開示している生産者であれば、調達を継続することが改善への需要をつくる場合もあります。
HKSSC技術顧問のローガン・ハウ博士HKSSC技術顧問のローガン・ハウ博士は、フォーラムの中で「調達を改善するためのプロセスが重要だ」と述べ、持続可能な水産物市場を構築する上で押さえるべき視点を強調しました。
左から、サマンサ・デ・メロさん、オードリー・アンダーヒルさん、ステファン・チャン博士、フォーラムのパネルディスカッションで繰り返し取り上げられたもう一つのテーマが、香港産水産物の価値でした。
香港では、輸入された食材の方が高品質であるという認識が根強く、地元で生産された水産物の価値が十分に知られていないそうです。ハイアットのアジア太平洋地域 ESG担当ディレクター、サマンサ・デ・メロさんは、オーストラリアやニュージーランドでは、消費者が農水産物の産地を州や地域の単位で捉え、身近な生産者から買うことに価値や誇りを感じていることを紹介しました。
これに対して香港では、地元の養殖場や漁業者と、消費者が食べる魚介料理とのつながりが見えにくくなっており、「輸入品の方が良い」という考えを変え、香港で生産された食材を選ぶことが、地域の産業や海、生産者を支える行動であると伝えていく必要がある」と語りました。
その橋渡しを担うのが、ホテルやレストラン、そしてシェフです。
マンダリン・オリエンタル香港のエグゼクティブスーシェフ、サイモン・ガスリッジさんは、「さまざまな部門が持続可能性のために努力しても、最後はシェフにかかっている」と語りました。サステナブルシーフードも、料理としておいしく提供されなければ、消費者の日常的な選択にはなりません。シェフには、食材の背景を理解し、その価値を料理とメニューの言葉に変える力があります。
また、ガスリッジさんは、単にメニューに産地や認証を書くのではなく、シェフ自身が養殖場や加工現場を訪れることが大切、と指摘。シェフが生産者と会い、育て方や環境への配慮を直接知ることで、食材の説明が「紙に書かれた情報」ではなく、自ら信じて伝えられる物語になることの重要性を強調しました。
ホスピタリティ業界からの視点
ドミノ効果を牽引
サイモン・ガスリッジ
マンダリン・オリエンタル香港、エグゼクティブ・スーシェフ
「このフェスティバルは、当ホテルが責任ある調達管理と顧客教育に注力している姿勢を反映した、重要な取り組みです」 マンダリン・オリエンタル香港のエグゼクティブ・スーシェフ、サイモン・ガスリッジ氏は、フェスティバルの影響力をこう強調しました。
同ホテルはHKSSCと5~6年間*提携しており、サイモン氏はこのフェスティバルに2度参加しています。フェスティバルは、単なるプロモーションイベントを超えた取り組みであり、卓越した料理、ゲストとの関わり、環境保護を融合させる実践的な手段を提供すると同時に、ビジネス価値をもたらし、長期的な環境への影響を促進するものとコメントしました。
フェスティバル期間中に持続可能な水産物を調達することは、困難を伴ってきました。サプライヤーの協力のおかげで、ここ数年はメニューの調整を維持できていますが、特に広東料理レストランでは、ナマコや魚の浮き袋など、持続可能性の証明がない食材について代替品の検討が勧められました。
この課題を克服できたのは、2つの重要な要因によるものでした。1つは、トレーサビリティに関するHKSSCの綿密なサポートです。アジア産の魚種について内部でトレーサビリティを確保することは困難であるため、HKSSCの支援はホテルにとって極めて重要でした。具体的には、HKSSCは厨房チームがハタの選定を12~14種類から1つの持続可能な選択肢に絞り込むのを支援し、学名や魚の目視による識別方法について指導を行いました。
2つ目は、シェフや調達担当者を含む厨房スタッフを対象としたワークショップであり、なぜ水産物の持続可能性に取り組む必要があるのか、またどの水産物を使用できるのかを明確にするものでした。
このフェスティバルでの経験は、調達部門と厨房チームとの関係を強化しました。現在、調達チームはサプライヤーの審査において積極的な役割を果たしています。もし新しいシェフが持続可能でない品目を注文しようとした場合、調達チームはすぐにガスリッジさんに連絡し、代替品を提案できるようにしています。
今後、マンダリンホテルでは、現在「使用不可」とされている品目も含めることができるよう持続可能な調達を拡大し、現在入手可能な供給量によって制限されている地元および地域の漁業をさらに支援することを目指しています。
「ホテル業界は互いに追随する傾向があります。私たちのマンダリン・オリエンタル・ホテルは常に先導すべきだと考えています。そうすれば、他のホテルが、5つ星ホテルが変化を起こし、取り組みを表明しているのを見れば、ドミノ効果が生まれるでしょう。問題は、彼らがいつ実行に移すかだけです。いずれにせよ、それは実現するでしょう」
ホテル業界における意識の著しい高まり
サマンサ・デ・メロ
ハイアット・ホテルズ・コーポレーション、アジア太平洋地域ESG担当ディレクター
ハイアット・ホテルズの香港クラスターは、香港にある4つのホテルで構成されています。グランド・ハイアット・香港、グランド・ハイアット・マカオ、ハイアット・リージェンシー・香港(沙田)、 ハイアット・リージェンシー・香港(尖沙咀)、ハイアット・セントリック・ビクトリア・ハーバー・香港の4軒で構成されています。
2023年にHKSSCに加盟して以来、香港の4つのハイアットホテルは、毎年6月の「世界海洋デー」に特別メニューを提供して祝っています。「このイベントが始まって以来、各ホテル内で持続可能なシーフードに対する意識が高まっています」とメロ氏は指摘しました。
また、シェフや調達チームが持続可能なシーフードの認証制度を理解できるよう、社内研修も実施しています。さらに、持続可能なシーフードの選定には多種多様な魚種を見分ける専門知識が必要であるため、こうした支援は不可欠です。HKSSCの専門家による指導のおかげで、ホテル側はこれらの課題をうまく克服してきました。
今後の課題として、持続可能なシーフードのサプライチェーンの強化と、進捗を維持するための公共部門からの支援の獲得の2点を挙げました。1点目は、持続可能な水産物の調達についてです。調達は依然として困難が伴い、サーモンやロブスターのような魚種は調達しやすいものの、その他の魚種については依然として課題が残っています。この点を改善していくことが必要です。また、「民間セクターによる消費者の意識向上や持続可能な水産物の生産拡大には限界がある」と述べ、公的な支援の必要性を強調しました。同ホテル内だけでなく、政策面でも持続可能な水産物を推進する取り組みが継続されることは、心強いことです。
地元の食材を支援することは、すべての食材を香港産に置き換えることではない。ホテルのように世界各地から多様な顧客を迎える事業者にとっては、品質、供給量、季節性、価格などとのバランスも必要になります。だからこそ、一つか二つの料理からでも、産地と生産者の物語を丁寧に伝えることに意味があります。
約100人の参加者が集まった、HKSSCによるサステナブルシーフード・フェスティバルのビジネスフォーラム今回のパネルディスカッションで特徴的だったのは、料理や調達だけでなく、養殖技術や金融までが同じ議論の中に置かれていたことです。
陸上養殖企業のオアシス・ワン・インターナショナルのステファン・チャン博士からは、魚の遺伝的選抜、疾病管理、種苗生産、閉鎖循環式の養殖システムなどを組み合わせ、生産工程全体のトレーサビリティと環境負荷の低減を目指す取り組みが紹介されました。
一方、投資家である、ADMキャピタル財団のビジネスフォーネイチャースペシャリスト、オードリー・アンダーヒルさんは、環境面の効果だけでは投資判断情報としては十分ではなく、社会面やガバナンス、収益性、資金使途、市場需要、データの信頼性まで示す必要があると指摘しました。サステナビリティは投資判断に付け加えられる「飾り」ではなく、企業の成長可能性やリスクを判断する重要な条件になりつつあります。
開会挨拶で、マンディーさんは、この関係性を「力強いエコシステム」と表現し、「真の持続可能性は、単独では実現できない」と語りました。
養殖業者が良い水産物を育てても、買い手がその価値を理解しなければ市場は広がりません。企業が調達方針を掲げても、シェフが料理として魅力を伝えられなければ、消費者の選択にはつながりません。そして、生産方法を転換し、事業を拡大するためには、金融や政策の後押しが欠かせません。
5年間でフェスティバルは、サステナブルシーフードを「知ってもらう」イベントから、生産、調達、料理、消費、金融をつなぎ、市場の仕組みそのものを変えていく場へと進化してきました。
今日、メニューに載せる魚を選ぶこと、サプライヤーに産地を尋ねること、地元の食材の物語を伝えること。その一つひとつの選択が、水産物供給の未来を形づくるのではないでしょうか。
フェスティバルの5周年は、これまでの成果を祝う節目であると同時に、香港を起点にアジアのサステナブルシーフード市場を次の段階へ進める、新たな出発点でもあるのです。
HKSSC 事務局のマンディ・ウォンさんが登壇するサステナブルシーフード・サミットのセッションはこちら
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