香港サステナブルシーフード連合(HKSSC)
事務局 マンディ・ウォン
世界屈指の水産物貿易のハブであり、無類の海鮮好きの街としても知られる香港。しかし、豊かな海鮮料理が日々の食卓を彩る一方で、水産物の持続可能性に関する人々の認知度は決して高いとは言えず、IUU(違法・無報告・無規制)漁業やトレーサビリティといったアジア共通の課題も横たわります。
これらの課題に業界として取り組むプラットフォームが、香港サステナブルシーフード連合(Hong Kong Sustainable Seafood Coalition、以下HKSSC)です。事務局として企業間の対話を支え、海鮮料理を愛してやまないマンディ・ウォンさんに、サステナブルシーフード推進の取り組みを伺いました。
マンディ・ウォン(Mandy Wong)
水産業界の課題に可能な解決策を提供することに専念する業界主導のプラットフォーム香港サステナブルシーフード連合(HKSSC)の事務局として、メンバー企業の責任ある調達をサポートし、サステナブルシーフード・フェスティバルなどのイベントを牽引する。2012年〜2016年グラスゴー大学で海洋・淡水生物学を学び、2021年、香港大学で環境管理の修士号を取得。2022年より現職。ADMキャピタル財団が一般市民向けに水産物の持続可能性を推進するイニシアチブ「Choose Right Today」の運営も担う。企業や消費者に向けて、水産物の持続可能性を普及させ、地域市場でのサステナブルシーフードの主流化に取り組んでいる。
――1カ月にわたるサステナブルシーフード・フェスティバルを終えて、今どのようなお気持ちですか?
ホッとしました!数ヶ月かけて準備し、水産業界の企業が一堂に会しました。それぞれがどれだけサステナブルシーフードの推進に取り組み、支え合っているかを感じてもらえたと思います。何より、水産物の持続可能性という理念に、これだけ多くの人々が賛同しているのだということを実感し、励まされました。
――フェスティバルの参加者はどれぐらいでしたか?
フェスティバルは、消費者向け(B2C)のオンライン・キャンペーンと、業界向け(B2B)のビジネスフォーラムの2部構成です。オンライン・キャンペーンには、香港、マカオ、シンガポールの企業が50社近く参加し、6月中1カ月間、サステナブルシーフード料理を様々なレストランやホテルで提供・宣伝しました。そして、締めくくりとして6月30日に開催したビジネスフォーラムには、100を超える業界メンバーが参加しました。
2026年6月に香港で開催されたシーフード・フェスティバル2026より、ビジネスフォーラムのパネルディスカッション――年に一度のビッグイベントですね。いつ、どのようにして始まったのでしょうか?
もともと2022年、HKSSCのメンバー企業間の議論から始まりました。サステナブルシーフードの認知度を上げる必要があるという共通認識から、フェスティバルをやろうということになったのです。
香港でスタートして年々規模が拡大し、3年前からシンガポールも参加都市に加わりました。オンラインキャンペーンは参加費無料で、同じ価値観を共有する企業ならどこでも歓迎しています。
――日本からも申し込めば参加できるということですね?
はい、いつでも歓迎です。この5年間で、香港とマカオの企業の参加が増え、徐々にシンガポールにも広がりました。日本や台湾や韓国の企業もこのフェスティバルに参加してくれるようになれば、素晴らしいことだと思います。
――今年はBAP(Best Aquaculture Practices)認証に焦点を当てたのですね。
BAP認証は、今年のスポンサーである世界水産物連盟(Global Seafood Alliance)が運営しています。私たちはMSC、ASC、BAPなど、様々な認証の水産物を平等に見ています。今年はBAP認証との特別なパートナーシップがあったので、フェスティバルでBAP認証のシーフードにスポットライトを当てることにしました。
エールビール入りの衣で揚げた一本釣りのタラ(MSC認証)と、三度揚げのフライドポテト、マッシーピー、タルタルソースを添えて(写真提供:Gordon Ramsay Pub & Grill, Londoner Macao)――オンライン・プロモ―ションには料理の写真が沢山使われていますね。
お客様の食欲をそそる、魅力的な料理の写真はこのフェスティバルの鍵です。食通として、シェフたちの創造性と革新性に敬意を表します。このフェスティバルが実現したのは、美味しい料理をつくってくれたシェフたちのおかげです。
――印象に残る料理はありましたか?
サステナブルシーフード料理の多様性が広がっています。2022年にフェスティバルが始まった頃は、タラやサーモンのフィレをフライパンで焼く西洋風の料理法やスタイルが多かったのですが、今ではもっとアジアの料理も増えています。
広東風のエビ料理など、様々なスタイル、バリエーションがあります。そして日本料理も。例えば醤油だれのタラの料理などがありました。日本発のMEL認証の水産物によって作られた料理もあります。シマアジを使った創作料理は、海藻のモズクや梅干しで味付けされていました。真鯛の薄造りのレモンだれ添えや、ロブスターのポップコーン天ぷらもありました。
海老(BAP認証)とライチの揚げ物、酢と唐辛子のソース添え――レストランやホテルのシェフたちの間で、サステナブルシーフードの認知度が上がり、様々な料理に使うモチベーションが上がっているということでしょうか。
そういう面もありますが、別の角度から見ると、企業の間でサステナブルシーフードについて、認識が広がっているのを感じます。企業は、「責任ある調達」という持続可能性の目標を達成するために、サステナブルシーフードを調達し、自社の社員食堂も含め、企業全体で使おうとしています。それが、シェフたちもサステナブルシーフードを使うことに前向きな理由だと思います。
シマアジ(MEL認証)と、もずく、梅干し添え(写真提供:Zoku, The Hari Hong Kong)――香港は国際ビジネス都市で、水産物貿易のハブでもあります。香港出身のマンディさんにとって、シーフードはどのような存在ですか?海鮮料理は好きですか?
大好きです。海の幸なら何でも、食卓に出てくると嬉しかったですね。家でのシェフである母や父の“魔法”で、とても美味しい料理でした。それが家族との大切な思い出でもあります。
私たちだけでなく、近所の人たちや友人たちもみんな海鮮好きです。どこのレストランで一番美味しい海鮮料理を食べられるか、生鮮市場にどんな海産物が新しく入ったか、といったことがいつも話題になります。
貝類やアワビのような殻のあるものから、鱗のある魚まで、様々な種類や形の魅力的なシーフードがあります。豚肉、鶏肉、牛肉と比べるのが適切かどうかわかりませんが、海鮮には、より多くの選択肢があると思います。
国際ビジネス都市、香港の風景(写真提供:マンディ・ウォン)私の実家は、漁船から新鮮な海産物が生きたまま入ってくる沿岸部にあり、近所の生鮮市場によく行きますし、さらに、最高に新鮮な魚介が欲しいときは、西貢(*)まで買い出しに行くこともありました。
西貢(サイクン)の水上シーフードマーケット(写真提供:マンディ・ウォン)――どうやって調理するのですか?
香港の家庭で典型的なのは蒸し料理です。風味や食感をよく保ってくれる調理法です。蒸した魚、エビ、ホタテ、アワビなどを様々なソースと合わせて楽しみます。シンプルで簡単、比較的時間がかかりません。そして本当に美味しいんです。
それもありますね(笑)。私は幼い頃、BBCの番組など、様々な野生動物のドキュメンタリーをよく見ていました。陸から海まで、野生の生き物が好きになったのは、それがきっかけですね。食という側面で言えば、人間と環境、生態系が食を通じてどう結びついているかということに興味を持つようになり、持続可能な資源の利用、とくに水産資源の利用について学びたいと思うようになりました。
幼い頃からマンディ・ウォンさんを魅了してやまない美しい海と魚――香港の高校を卒業した後、一人でイギリスのグラスゴー大学への進学を決めたのは、大きな決断だったのではありませんか?
はい、本当に大きな決断でした。情熱に突き動かされたのですが、家族の支えがなければできなかったことでしょう。イギリスを選んだのは……世界最高峰の教育環境ですし、異なる世界を探究したいという冒険心だったと思います。
――イギリスでの4年間はいかがでしたか?
人生で最高の時間の一つです。ヨーロッパ中を旅して、各国の野生動物や異なる文化に出会いました。イギリスでもスペインでもフランスでも、魚屋や生鮮市場を訪ねて楽しみました。この習慣は、香港に戻った今も続いていますよ。
グラスゴー大学で海洋や淡水の生物学を専攻した英国留学時代――グラスゴー大学を卒業後、香港大学大学院の修士課程で環境管理を専攻したのは、どのような考えからですか?
学部時代には生態学の確かな基礎を身につけましたが、それをどうやって実践で応用するかを学びたいと思いました。そこで、理論と実社会での応用とのギャップを埋めるために、環境管理を専攻して政策への理解を深め、また業界の実践の中で科学を伝えるのに必要なスキルを身につけました。
香港へ戻ったのは、香港がグローバルな水産物貿易のハブで、海鮮好きの街だからです。水産資源の持続可能な利用について、人々がもっと知る必要があると思い、そのために貢献したいと考え、香港で仕事をすることにしました。
――学術的な研究よりも、業界と一緒に仕事をする実践的な世界に導かれたのは、むしろ自然な流れだったのですね。修士課程を終えた時点で、すでにHKSSCは設立されていたのでしょうか?
はい、私が修士課程にいた頃、HKSSCは既にありました。2018年に、水産業界で情熱を持った企業人や専門家のグループによって設立されたものです。彼らは、アジア地域の水産業の課題を特定し、可能な解決策を議論するためにサステナブルシーフード・シンポジウムを開催し、IUU漁業やトレーサビリティといった喫緊の課題への解決策の一つとして、業界主導のプラットフォームを結成しました。
――どのような経緯でHKSSCに関わるようになったのですか?
修士課程修了後、私はADMキャピタル財団の海洋イニシアチブ、「Choose Right Today」というプロジェクトの運営に関わることになりました。これは、乱獲の問題や水産物の持続可能性について、消費者の意識を高めることに注力するプロジェクトです。ADMキャピタル財団はHKSSCのシード資金提供メンバーでもあり、私はその縁で、HKSSCのメンバー企業の対話をサポートする事務局として参加することになりました。
――HKSSCの事務局としての役割について、もう少し詳しく教えてください。
HKSSCの事務局でフルタイムのスタッフは私だけで、もう一人はパートタイムのテクニカルアドバイザーです。
私の役割は多岐にわたり、メンバー企業のミーティングの進行やコミュニケーションから、サステナブルシーフード・フェスティバルのようなイベントの開催、責任ある水産物調達についての助言などの現場での実践的なサポートまで、幅広い業務に関与しています。
香港サステナブルシーフード連合(HKSSC)のメンバー企業のビジネスミーティングで進行役を務めるマンディ・ウォンさん(写真提供:マンディ・ウォン)――事務局ではどんなご苦労がありますか。
フェスティバルに関して言えば、それぞれ事情が異なる企業と協力するのは簡単ではありません。メニューにサステナブルシーフードを取り入れるタイミングが合わなかったり、経営陣と話し合う時間が必要だったりします。そして経営陣が変わると、またイチから議論をやり直すこともあります。
中には、サステナブルシーフードについてほんの少ししか知らない企業もあり、理解を築く会話には自然と時間がかかります。もしその企業が今年はまだフェスティバルに参加する準備ができていなければ、私たちはその会話を、翌年以降の参加につながる種を蒔くことだと捉えています。
Part 2では、ウォンさんから見た日本のサステナブルシーフード推進の進展、サステナブルシーフード主流化を実現するための戦略、そのためのアジア圏の国々の連携について伺います。
HKSSC 事務局のマンディ・ウォンさんが登壇するサステナブルシーフード・サミットのプログラム詳細・参加はこちら
・10月21日13:20-14:40:「市場の力で東アジア発のグローバルインパクトを生むには」
東アジア市場はいかにして世界を変える「テコ」となり得るか。生産現場の環境課題や社会課題の改善に
東アジアでの責任ある購買を直結させるメカニズムについて議論します。
取材・執筆:井内千穂
主に科学技術と文化に関する記事を日本語と英語で執筆。中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2024年、法政大学大学院公共政策研究科サステイナビリティ学修士課程修了。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。
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