投資家が注視する水産物サステナビリティ。 指標と対話の場をつくり、水産企業と金融をつなぐ。(Part 1)

投資家が注視する水産物サステナビリティ。 指標と対話の場をつくり、水産企業と金融をつなぐ。(Part 1)

近年、水産業界でサステナビリティが推進されている要因のひとつとして、金融界のESG投資の拡大があります。投融資組織がESG投資をする際に参考にする情報の一つが、FAIRRによる評価です。FAIRRイニシアチブは非営利の機関投資家ネットワークで、投資家に向けて食品のサステナビリティ指標や企業評価を提供してきました。2024年からは水産物のトレーサビリティをテーマに「FAIRR 水産物トレーサビリティ・エンゲージメント」を実施、2026年5月には主要水産関連企業のサステナビリティ評価した「Coller FAIRR水産物インデックス」の公開を予定しています。金融視点からみた水産物サステナビリティの現状評価や今後の課題について、FAIRRで自然・海洋プログラム統括責任者をつとめるマックス・ブッシェーさんに聞きました。

 

マックス・ブッシェー(Max Boucher)
彼は、投資家ネットワークFAIRRにて2021年より自然・海洋プログラム統括責任者を務める。FAIRR参画以前はブルームバーグで8年間勤務、株式調査アナリストを務め、後にESGやサステナブルファイナンスへの関心を育てる。カナダの名門ビジネススクールHECモントリオール校卒、CFE資格保持。
FAIRR公式URL:https://www.fairr.org/

6月11日にブッシェー氏が登壇するイベントが開催されます。ぜひご参加ください。

金融業界でサステナビリティが大きなテーマに

――今のお仕事で水産物のサステナビリティに関わるようになった、経緯や背景をうかがえますか?

私の専門は金融です。大学でも金融を学び、FAIRRへ移るまで10年近く、この分野で働いてきました。

私にとって金融の仕事は、幅広い分野に触れられるところが魅力でした。ベビー用品から高級アパレルブランドまで、さまざまな業界のビジネスダイナミクスを理解し、企業情報を収集・分析し、投資適性を評価する中で、だんだんとサステナビリティの存在感が大きくなってきたのです。

――いつごろのことでしょう?

2010年代末ですね。2018年には金融業界で、サステナビリティとESGが大きな話題になりました。当時私が働いていたブルームバーグでも、関連した取り組みを拡大し始めていました。チョコレートなど私が扱っていた分野にも、人権問題、児童労働、環境保全などサステナビリティにかかわる課題が多かったので、とても興味をひかれ、金融のリスクとしてのサステナビリティ関連分野について深く知りたいと思いはじめました。

――2021年にFAIRRに入られたのは、何かきっかけがあったのでしょうか? 

金融業界でサステナビリティに真剣に取り組もうとして気づいたのが、変化を起こすにはコラボレーションしかない、ということです。FAIRRはまさにコラボレーションの場で、400以上の金融機関、100社以上の企業にリーチしています。ここから呼びかけるコラボレーションはとてつもないパワーを発揮でき、それが私にとって大きな魅力でした。

2021年当時、投資家にとって「自然」はまったく新しい分野でした。これをどう扱って投資判断に組み込めはよいのか、誰もわかっていなかった。まだTNFDもなく、何のフレームワークもない時期です。

2025年10月大阪開催のTSSS2025で、投融資機関と水産物のトレーサビリティをめぐるパネルセッションに登壇したブッシェーさん(右から2番目) 2025年10月大阪開催のTSSS2025で、投融資機関と水産物のトレーサビリティをめぐるパネルセッションに登壇したブッシェーさん(右から2番目)

投資家視点で見た、水産物ビジネスのリスクとその対策

――FAIRRという組織について、基本的な目的や動き方を教えていただけますか?

FAIRRは投資家のネットワークで、2015年にジェレミー・コラーによって創立されました。発端は、コラー自身がプライベートエクイティ(未公開株)の投資家として、特に食品業界に投資する上で、サステナビリティの適切な情報がないと感じたことです。そこで投資家がサステナビリティを理解し、投資に組み込むための仕組みが必要だと考えた、これが原点です。

ジェレミー・コラーが最高投資責任者をつとめるジェレミー・コラー財団が、FAIRRの資金を提供しているので、FAIRRメンバーに会費は必要ありません。メンバーの投資家たちはFAIRRの全活動にアクセスでき、取り組みに参加します。ワーキンググループ、ラウンドテーブル、社内研修会、エンゲージメントなどさまざまな形があり、全メンバーが何かしらの活動に参加しています。

FAIRRは機関投資家のネットワークで、目的は食品セクターにおけるリスクと機会への対応を支援すること。参加する機関投資家は450、投資総額は75兆ドルに上り、大きな影響力を持つ(画像はFAIRR公式サイトより)FAIRRは機関投資家のネットワークで、目的は食品セクターにおけるリスクと機会への対応を支援すること。参加する機関投資家は450、投資総額は75兆ドルに上り、大きな影響力を持つ(画像はFAIRR公式サイトより)

 

──その中で水産物への関心が?

ここ5年間で、会員の間でも海洋に対する問題意識は急速に高まっています。多くの投資家にとって、「自然」の分野に目を向けるきっかけは気候変動であり、温室効果ガスでした。続いて森林破壊、そして今、海洋が視野に入ってきています。投資家にとって海洋は未知の分野でしたが、データさえあれば漁業資源の限界は明解で、ある意味、農業による森林破壊などよりもわかりやすいと言えます。

――水産物を対象にした具体的な取り組みは、どこから始まったのですか?

最初は2020年、養殖がテーマでした。養殖では、餌に使う天然魚が大きなビジネスリスクになりえます。実際、魚油に使われていたペルーのイワシが不漁で、1年で価格が3倍まで高騰したことがあります。利幅の小さいビジネスでは、コストの一部でも3倍になると利益を出すことは困難です。

投資家としては、養殖会社がこのリスクに対する策を講じているかどうかを知りたい。そこで餌の成分や原材料の調達について、かなり踏み込んだ調査分析を行いました。

――2024年には水産物のトレーサビリティ・エンゲージメントを開始されています。トレーサビリティに着目したのはなぜですか?

評価の第一歩は、情報を収集して、全体像を理解することです。扱っている魚がどこから来たのかわからなければ、サステナビリティの達成も人権リスク排除も困難です。トレーサビリティからスタートすることは必然でした。

FAIRRは乱獲や違法行為、生物多様性の損失などを水産物のバリューチェーンから排除する目的に向けて、WWF、国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEP FI)、ワールド・ベンチマーキング・アライアンス、プラネット・トラッカーと連携して、2024年より「FAIRR水産物トレーサビリティ・エンゲージメント」を開始。対象となった水産関連企業7社のうち4社は日本企業。画像は2024年12月に発行されたフェーズ1の報告書(詳細および報告書はこちら)。フェーズ2の中間報告書は2026年2月に公開の予定)FAIRRは乱獲や違法行為、生物多様性の損失などを水産物のバリューチェーンから排除する目的に向けて、WWF、国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEP FI)、ワールド・ベンチマーキング・アライアンス、プラネット・トラッカーと連携して、2024年より「FAIRR水産物トレーサビリティ・エンゲージメント」を開始。対象となった水産関連企業7社のうち4社は日本企業。画像は2024年12月に発行されたフェーズ1の報告書(詳細および報告書はこちら)。フェーズ2の中間報告書は2026年2月に公開の予定)

水産企業の情報発信と、投資家との対話をサポート

――FAIRRのトレーサビリティ・エンゲージメントでは、対象企業7社のうち4社が日本企業でした。日本の企業と接してきて感じられることはありますか?

特徴として感じたことのひとつが、日本企業は成功が確実になるまで取り組みを公表しないことです。これはヨーロッパの企業とは対照的です。慎重なのも悪いことではないのですが、投資家としてはもっと早く情報がほしい。私たちも文化の違いは受け入れつつ、信頼を得た上で、積極的な発信を促しています。

2番目に、巨大な企業グループがあって、かつそれが統一的に管理されていないこと。グループ全体でベストプラクティスを洗い出し、それを共有できれば、グループ全体のベネフィットになるのにと思いました。

また総じて、投資家とコミュニケーションすること自体に、まだ慣れていないように感じます。一方で、複数の日本の水産企業がSeaBOSのような国際的コラボレーション組織に参加し、GDST基準の策定にも関わっていることを見ると、変化は始まっています。また最近では、私も登壇したTSS2025でJRSRの発足が発表され、日本企業がトレーサビリティやデューデリジェンスについて協働する枠組みができたとことも、その変化の速さや強さを印象づけるものでした。こうした、既存の枠組みを越える取り組みの必要性と効果は、日本企業も理解しています。今はそれを咀嚼し、実践に移すのに時間がかかっているということでしょう。

――企業に変化を促す上で、どんな方法があるのでしょうか?

投資家からの後押しは効果的です。「まだ成果が出なくても、始まっている取り組みの公表が、金融市場に対するポジティブなメッセージになる」と伝えてきましたが、以前に比べると、少しずつ情報開示が進んでいます。

――投資家の声というのは個別の投資家ですか、それとも集団として?

FAIRRがエンゲージメントに着手するときは、全メンバーに共有して参加を呼びかけますが、具体的な議論の場では人数を絞り込みます。双方向の対話を中心にしたいからです。そこではFAIRRは一歩さがって、企業と投資家との対話を尊重します。

しかし食品業界は非常に複雑で、基本的に金融機関の人は食品ビジネスについて知りません。そこで私たちは、企業側の改善ポイント、他社との比較、業界先端の状況などを共有し、しっかり理解した上で対話の席につけるように投資家をサポートします。生産的な対話のためには、こうした準備が重要なのです。

もちろん他にも、大人数のウェビナーや中規模のラウンドテーブルもあります。状況、トピック、達成したい目標によって、枠組みを変えます。

FAIRR水産物トレーサビリティ・エンゲージメントでは、対象7社(左端)が、上に並ぶ各項目について情報を公開している度合いについて、緑・黄色・オレンジ・赤の4段階で示した(フェーズ1報告書より)FAIRR水産物トレーサビリティ・エンゲージメントでは、対象7社(左端)が、上に並ぶ各項目について情報を公開している度合いについて、緑・黄色・オレンジ・赤の4段階で示した(フェーズ1報告書より)

 

Part2では、2026年に動き出す投資家向けの「Coller FAIRR水産物インデックス」について、その仕組みや手順、投資家と企業の双方にとっての意味、そして水産業界で変化を起こすための動き方についてお聞きします。

 

 

取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。

 

 

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