学習院大学
法学部 政治学科 政治学研究科 政治学専攻 教授
阪口 功
環境問題の解決は、もはや政府だけの役割ではない——。企業やNGO、そして消費者までもが主体となる「グローバル・ガバナンス」の視点から、日本の水産業を見つめ直すと、そこには根深い構造的課題が浮かび上がります。
なぜ日本では資源管理が進まず、国際的にも遅れをとってしまうのでしょうか。漁業制度の歴史的背景から現場の実態、さらには認証取得の停滞まで。地球環境ガバナンスのスペシャリストとして長年にわたり国際環境政策と水産資源管理を研究してきた学習院大学教授 阪口功先生に、その本質と課題を伺います。
阪口 功(さかぐち いさお)
1994年、筑波大学卒業。地球環境ガバナンスや国際関係論を専門とし、2004年、東京大学大学院 博士号取得。日本学術振興会特別研究員、イェール大学国際地域研究センター客員研究員などを経て、2005年より学習院大学法学部教授。2017年にPew海洋フェローを受賞。グローバル・ガバナンス論を主軸に地球環境レジームや水産資源管理などを研究。
——阪口先生が専門とされているグローバル・ガバナンスとは、どういったものなのでしょうか。
私は政治学、その中でも国際政治、国際関係論を専門としています。伝統的な国際政治は国家や国際機関を軸に考えますが、グローバル・ガバナンスはそれだけではなく、NGOや企業、さらに消費者も問題解決のアクターとして捉えます。

中でもNGOは抗議運動などを通じて国際的な課題に取り組んできたケースも多くありましたが、抗議運動は一過性で終わることが少なくありません。また、大手企業を対象にすることが多く、中小企業はあまり対象になりません。ですが、グローバル・ガバナンスのためには、幅広い企業と一緒になって問題解決に取り組む必要があります。この30年ほどで、企業も「問題の原因」から「問題解決に貢献するステークホルダー」として積極的に捉えられるようになりました。NGOや企業と消費者、そして政府が力を合わせて問題解決を図っていくというのが、グローバル・ガバナンスの特徴的な考え方です。
——そうした視点から、特に水産政策に注目されたのはなぜでしょうか。
もともと国際的な環境問題に関心があり、大学の卒論では国際捕鯨委員会による商業捕鯨モラトリアムを扱って、博士論文ではアフリカ象の保護と日本の象牙取引の問題を研究しました。その後は生物多様性条約の分析などをしていましたが、2009年頃から国際漁業資源、特にマグロ・カツオ類の減少に注目するようになりました。
そして、大西洋マグロ類保存国際委員会(ICCAT)や中西部太平洋マグロ類委員会(WCPFC)、インド洋まぐろ類委員会(IOTC)など5つの漁業管理機関にオブザーバーとして参加しました。当時はその中でも太平洋クロマグロの資源管理が非常に大きな問題になっていて、資源が極端に枯渇し、日本各地の一本釣りやはえ縄の漁業者が苦境に陥っていました。
しかし日本は、資源管理の強化に抵抗するばかりで、国際的にも孤立。資源の枯渇が続くなか、産卵期に日本海に集まる太平洋クロマグロを大規模な巻き網漁船が一網打尽にして安値で市場に流す一方で、零細漁業者が苦しむという日本の構図に私は疑問を抱き、なぜこんな不合理なことが起きているのか、国内の構造に問題があるのではないかと考えるようになりました。
ですので近年は、国内の各地の漁業者・養殖業者や流通関係者の相談に乗ることが多くなっています。日本の漁業改革に大きな影響を与えてきた水産業改革委員会では第三次から委員を務めていて、第四次の現在も国内の漁業法制度の課題と改革について報告しています。
——阪口先生は認証制度についても研究されていますね。
はい。国際条約のような政府間の仕組みは、コンセンサス主義ということもあり構築に時間がかかりますので、問題への対応が遅れがちです。そこで、民間の認証制度を国際的に普及させ、市民社会の力で問題解決を図るという流れが冷戦後に進んできました。MSC、ASC、BAPなどがその代表例です。ただ、日本ではこれらがなかなか普及しません。マーケット側では認証制度を支持する企業が増えても、認証製品の多くは輸入水産物で、国内の水産物で認証を取得するものがなかなか増えないのです。
なぜかと言えば、国内に資源管理やモニタリングの制度がしっかりと導入されていないからです。認証を取るためには資源管理の枠組みを構築し、モニタリングによりデータを集めなければなりませんが、日本は「データを取っていないので資源状況が分からない」という例があまりに多いのです。養殖でも同じ状況です。
——日本の資源管理の実情についてもう少し詳しく教えてください。
例えば、2025年の秋に広島県などで起きた養殖牡蠣の大量死は、消費者にも広く印象に残った事例かと思います。原因は夏の猛暑による海水温の上昇や塩分濃度の上昇だとされていますが、海水温の上昇についてはうなずけるものの、塩分濃度の上昇については、国土交通省の公開データなどを見ると実際に起きていたかどうかは疑問が残ります。
私は、今回の大量死の原因は昔から続く過密養殖だと考えています。広島ではほとんどの牡蠣が垂下式で養殖されていますが、過密養殖によって環境劣化が進み、以前から3割、5割のへい死は頻繁に起きていました。それが今回は9割になっただけです。しかしながら、ベントス(底生生物)がどれだけいるのか、海底の土にどれだけの硫化物が含まれているかなど、環境への影響を養殖漁場の直下できちんと調べていないのです。
広島湾全体でもベントスや底泥の定点観測をしているのはわずか4地点で、観測は年1回。これでは海のなかで実際に何が起きているか分かりません。ですが、天然の牡蠣や広島湾の外側で行われている延縄式(シングルバスケット方式)の低密度養殖の牡蠣はへい死していませんので、海水温や塩分濃度よりも過密養殖の影響を第一に考えるべきでしょう。それなのに現場では、生存率が低ければ密度をさらに上げれば生産量を確保できるだろうという、驚くべき意見も見られるようです。
延縄式(シングルバスケット方式)の牡蠣の低密度養殖——日本の資源管理は、他国と比べてどういう状況でしょうか。
私から見れば、先進国の中で日本の漁獲漁業の管理は極めて遅れている、養殖については途上国の方がむしろ良いのではないかと思えるくらいです。特に近年、養殖水産物の輸出を担う途上国は先進国のマーケットで信頼してもらうために、管理水準を上げて国際認証を取得する動きが強まっています。しかし日本は管理以前に、資源評価のためのデータ収集、養殖漁場の環境評価のためのモニタリングが十分にできていません。
というのも、1949年に制定された漁業法以来、日本の法制度は「漁業者主体の漁業調整」による管理を基盤にしていたため、海をどう使うか、どのように管理するかは、漁業者間の話し合いと主体性を尊重し、行政による管理はほとんど前面に出てこなかったのです。
漁業法に基づき定められる管理のためのルールは漁業者が主体となり作られるものであり、国レベルの水産政策審議会も、都道府県レベルの海区漁業調整委員会も、形式は変わってもいまだに漁業者代表が大きな比重を占めています。水産政策審議会に設置されている資源管理分科会になると8割近くが漁業者代表になっています。海区漁業調整委員会も同じです。科学的な資源管理よりも漁業者の利害調整が優先される構造が、現在も温存されていると言えます。
——それでは、資源評価やTACの運用は日本ではどのようにしていけばいいでしょうか?
2018年改正漁業法ではTACを基本に資源管理を行うことになりましたが、TAC管理は資源評価が的確にできなければ成り立ちませんから、正確な漁獲データが必要です。大臣許可漁業のような大規模漁業は比較的データがありますが、県知事が管理する中型・小型船や零細漁業になると、資源評価に必要な漁獲データが非常に乏しいと言わざるを得ません。


改正漁業法ですべての漁業者に報告義務が課されたとはいえ、今まで報告義務が緩かったところ、急に厳格な報告を求めても簡単にはいきません。2025年のスルメイカに関するTAC管理でも、小型イカ釣り漁船がなかなか対応しきれず、集計が上がった時にはすでに枠を超えていた、ということが起きています。枠を超過する事態になり、資源管理分科会は非科学的なTACの増枠案を承認しましたが、漁業者として真正面から異議を唱えたのはごく一部でした。このように日本の場合、TACの勧告が漁業者の利害調整の結果として出てきます。この構造から変えていく必要があります。
日本の水産の構造的な問題を厳しく指摘する阪口先生。依然として多くの魚種で漁獲データが乏しく資源評価ができていないため、資源管理の実現が難しくなっていると言います。これから日本の水産はどう歩んでいけばいいのか。Part 2では、国内外の好事例や、グローバル・ガバナンスの観点からそれぞれの立場で果たすべき役割について伺います。
取材・執筆:河﨑志乃
編集者・ライターとして企業広告の制作に携わった後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター/フードコーディネーター。「衣食住医」を専門とし、あらゆる媒体で執筆を行う。
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