国際金融のスペシャリストが語る。日本の水産が進むべき道とは(後編)

国際金融のスペシャリストが語る。日本の水産が進むべき道とは(後編)

前編で、海のサステナビリティへの大きな道筋を描くSeaBOSの役割とその重要性について語った石井菜穂子さん。日本国内のみならず海外の企業とも協力して世界の海を守っていけるよう、SeaBOSの活動を支援しています。

また、石井さんは「ここ10年が人類の生存の分岐点。企業や個人の行動を変えねばならない」と警鐘を鳴らし、「食料システム」改善の必要性を訴えています。食料を「システム」と捉える概念や改善のために必要なこと、私たちが今後持つべき姿勢などについてお話を伺います。

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廃棄までを含めた「食料システム」から広い視野を得る

——石井さんは「食料システム」を見直すことの重要性を説いていらっしゃいますが、まず、食料を「システム」として捉えるというのはどういうことなのでしょうか。

2021年9月、SDGs達成のためには持続可能な食料システムへの転換が必要不可欠だという考えをもとに、ニューヨークで「国連食料システムサミット」が開催されました。これは農業生産・消費という通常の観点から離れて、食をひとつの「システム」として捉えようとする新たな試みで、非常に意義のあるものであったと思っています。この国連食料システムサミットに合わせて、日本でも農林水産省が「みどりの食料システム戦略」を策定しました。

食料を生産・消費だけで捉えるのではなく、飼料や種苗から始まって生産・貿易・消費、そして廃棄まで考えるのが「食料システム」です。バリューチェーンを通じたシステムとして見ることによって、食料の全体を理解することができます。

水産のみならずあらゆる食料の生産・消費・廃棄全体を捉えること、また、食料がどこからどのようにつくられたのかにも注目するのが食料システムの特徴です。日本は6割以上の食料を輸入していますので、アフリカの貧困やインドネシアの熱帯雨林伐採なども食料システムの一部として考えなければなりません。

 

日本の水産資源も、輸入に関するものがより環境負荷が高いとされている(グローバル・コモンズ・センター 資料より)

 

また、温暖化ガスの3割が食料システムから排出されていますし、生物多様性喪失の最大の原因は食料生産のための土地利用転換です。また、淡水の7割は食料生産に使われていますし、化学肥料の環境負荷も問題になっています。食料をどうやってつくり、使って、捨てるかという問題と地球環境には深い関係があるため、食料をシステムとして捉えることで私たちも地球環境を身近なものとして考え、食べるものを選択するという行動を起こすことができます。

——グローバル・コモンズ・センター※でも食料システムの改善を目指しておられますが、問題解決のために大切なことは何だと思われますか。

ここ10年が人類の生存の分岐点です。まずは地球と人間の関係が行き詰まっているということを、科学的根拠とともに日本や世界の意思決定者に理解してもらうことが大切です。そこから問題解決のためにどうしたらいいかという段階になれば、SeaBOSが良いモデルになると思います。マーケットシェアの高い企業が集まれば「ひとりでは何もできない」という言い訳はできなくなります。

そうすれば、各社がどこと仲間になれば何ができるかということを考えるようになります。私たちはこれを「マルチステークホルダーのコアリッション(連立)」と呼んでいます。グローバル・コモンズ・センターはこのマルチステークホルダーのコアリッションを支援し、国際的に同じような活動をしている企業や機関とも協力していくために活動をしています。

 

※グローバル・コモンズ・センター・・・グローバル・コモンズ(地球という人類の共有財産)の責任ある管理(Global Commons Stewardship)に関して国際的に共有される知的枠組みの構築を進めるため、2020年に東京大学未来ビジョンセンター内に開設。石井さんがダイレクターを務めている。

 

グローバル・コモンズは他人事ではない。一人ひとりが問題解決の一部に

——石井さんの今後の展望を教えてください。

 


TSSS 2022(東京サステナブルシーフード・サミット2022)にて

 

グローバル・コモンズ※の問題は自分に関係ないと思っている個々人にも問題解決の一部になってもらうために、より建設的な道筋をつけていくのが私の今後の目標です。SeaBOSはその好例ですし、将来的には中小企業にも関わるような問題にも、SeaBOSの参加企業や水産の支援団体などと協力して取り組んでいきたいと思っています。

食料システムについても、グローバル・コモンズ・センターで農林水産省との共同プロジェクトを進めていて、ここでは牛肉や米、コーヒー、パームオイルなどについて、システムをサステナブルなものに転換するための取り組みを行なっています。

また2021年には、カーボンニュートラルを見据えたTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)に続く、自然(Nature)保護を見据えたTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)が設立されました。グローバル・コモンズ・センターはこのTNFDにナレッジパートナーとして関与しています。

自然はカーボンほどシンプルではなく、認識もバラバラですし難しい問題です。ただ、これに本気で取り組まなければ「自然はタダで使いたい放題使える」という認識は無くなりません。自然という資源は有限であるという認識をいかに経済システムの中に盛り込み、どうやって自然に経済的価値付けをすればそれを守っている中小企業にも利益がもたらされるか、TNFDやSBTi※と協力しながら模索していきたいと思っています。

水産業のキーストーン・アクターのみならず中小企業にも、自分達に関わることとしてグローバル・コモンズを捉えていただきたいと思っています。現在の経済システムは、自然資本にいちばん近い中小企業が自然をサステナブルに使うことに対して、対価を払えていないことがほとんどです。

中小企業がサステナブルな操業をしない限り資源は枯渇してしまいますから、サステナブルな操業に対しては正当な対価が支払われる必要があり、そのためには自然資本への価値付けが必要不可欠なのです。この課題をクリアできれば、身近な問題はもちろん、南北問題や貧困問題といった大きな問題も変わってくるだろうと思います。

 

※グローバル・コモンズ・・・世界規模で人類が共有する資産。大気・大地・森林・海洋などの地球環境や生態系、自然資源などを指す。
※SBTi・・・Science Based Targets initiative 。WWF、CDP(旧カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)、世界資源研究所(WRI)、国連グローバル・コンパクトによる共同イニシアティブ。企業に対し、気候変動による世界の平均気温の上昇を、産業革命前と比べ、1.5度に抑えるという目標に向けて、科学的知見と整合した削減目標を設定することを推進している。

 

 

石井菜穂子(いしい なおこ)
東京都出身。1981年東京大学経済学部卒業、大蔵省入省。IMF政策審査局エコノミスト、ハーバード大学国際開発研究所研究員、世界銀行東アジア局(ベトナム担当)、金融庁証券取引等監視委員会特別調査課長、財務省国際局開発機関課長、世界銀行スリランカ担当局長等。2006年「長期経済成長を支える制度に関する研究」で東大博士(国際協力学)。2010年副財務官。2012年地球環境ファシリティ(GEF)の統括管理責任者(CEO)に就任。2020年より東京大学理事、未来ビジョン研究センター 教授、グローバル・コモンズ・センター ダイレクター。

取材・執筆:河﨑志乃
デザイン事務所で企業広告の企画・編集などを行なった後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター/フードコーディネーター。大手出版社刊行女性誌、飲食専門誌・WEBサイト、医療情報専門WEBサイトなどあらゆる媒体で執筆を行う。