定置網こそサステナブル。二刀流で拓く定置網の可能性(後編)

定置網こそサステナブル。二刀流で拓く定置網の可能性(後編)

前編で、定置網はサステナブルな漁法だと説いた野呂秀樹さん。海の現場での仕事と定置網の研究を続けながら、現在は母校の東京海洋大学に戻り博士号の取得を目指しています。(前編を読む)

 

後編では、実際にどのようにして定置網の研究を行なっているのか、そしてそこからどのような事実が分かったのか、また、日本の漁業を存続させるために必要なことや今後の展望などについて伺います。

 

定置網と魚に発信器をつけ、魚の行動を解明する

——野呂さんが行っている定置網の研究の内容を教えてください。

定置網で30キログラム未満のクロマグロ小型魚を獲らないようにしながら、ブリやタイなど獲りたい魚だけを獲るための研究です。「どうすればクロマグロ小型魚を獲らないようにするか」ということは「どうすればクロマグロ小型魚が獲れるか」ということと表裏一体ですので、まず、どういうメカニズムでクロマグロ小型魚が定置網の中に入ってきているのかを数字で表そうとしています。

実際の方法は、バイオテレメトリーという小さな音波発信器を20個ほど定置網に取り付け、定置網の周りに受信機を設置して、60秒間に1回音波を発して海中の定置網の形状を把握します。そこへ、1秒に1回音波を発する発信器を取り付けた魚を放流します。さまざまな形状の定置網に魚を放流し、どのように入ってきて、出ていっているのか、1800時間分のデータを収集しました。現在は東京海洋大学の大学院で、集めたデータの解析を行っています。

 

超音波発信器の取り付け場所

 

——研究を進める際にはどのような苦労がありましたか。

研究は株式会社ホリエイの研究として、大型定置網を使って行なっています。大型定置網は一カ統※で2億円します。2億円の設備を魚を獲るためではなく試験漁場として扱うというのは、これまでは考えられなかったことだと思います。堀内社長の理解と、社員である漁師たちの協力がなければなし得ませんでした。

※定置網は網や土俵を入れて操業するためのセットがあり、セットには垣網、箱網、金庫網(落とし網)、ロープ、土俵(アンカー)、浮子などがある。これら一式を「一ヵ統」と呼ぶ。

 

クロマグロの視野を解明! 定置網改善のヒントに

——データの解析を進める中で、どのようなことが分かってきたのでしょうか。

すでに学会で発表したのですが、解析の結果、まず、クロマグロ小型魚が網を認識する距離(視野の広さ)が分かりました。視野の広さが分かることによって、どういったメカニズムで定置網に入ってきて出ていくのか、もしくは出ていかずに留まるのか、ということがわかりました。それによって、定置網の魚捕部分の入口である漏斗口(じょうごぐち)の適正な幅を推測することができるようになります。

クロマグロ小型魚は夜になると視野が狭まり、網を認識できなくなって定置網に入っていきます。そのまま夜が明けて明るくなると視野が広まり、自分の周りにある網が見えて近づかなくなるため、外に出られなくなり定置網の中に留まります。昼でも潮が濁っている時は視野が狭まるため、網が見えず定置網への出入りが激しくなります。

 

漏斗口の魚の出入りや、網への接近の状況について新たな発見があった

 

漁師によっては、このメカニズムは改めて言われてみれば「なるほど」というものにすぎないと思いますが、今まで科学的な解明はなされていませんでした。こういった情報を発信することで、あらゆる漁業者が「うちの定置網はこういうふうに変えれば良い」「こうすれば獲りたい時に獲りたい魚が獲れる」というヒントを得ることができるのではないでしょうか。そのためにも、今後も研究で分かった新たな情報を発表していく予定です。

 


TSSS 2022(東京サステナブルシーフード・サミット2022)にて

 

まずは魚の生態を解明する基礎研究に資金を

——日本の漁業を存続させるために水産事業者ができることは何でしょうか。

世界的に自然環境が大きく変わっている中で、これからは真に環境負荷の低い漁業を推進していかなければなりません。私は日本サーモンファーム株式会社でサーモンの海面養殖も手がけています。サーモン養殖は陸上で行うと、水を循環させて水温を低く保つためにエネルギーを使わなければなりません。それよりも海水温が低くサーモンの生態に合う青森の海に網を張って養殖した方が環境負荷が低いはずですし、ノルウェーやチリから飛行機を飛ばしてCO2を出しながら輸入するよりも理に適っているはずだと考えているからです。それよりもっと良い方法は、そもそも資源管理をして海で魚を獲ることだと言えるでしょう。

魚ごとの生態に合った方法を見つけ、国内で賄ったほうが環境負荷が低い。その考え方を根底に持っても良いのではないでしょうか。そのためにはまず魚の生態を理解するための基礎研究が必要です。ですから、水産事業者にはそういった研究に投資をしてほしいと思います。定置網のメカニズムが徐々に分かってきているのと同じように、魚の生態や資源量の増減のメカニズムも科学的に解明できるはずです。

——最後に野呂さんの今後の展望をお聞かせください。

まずは博士号の取得が現在の目標です。「獲りたい魚を獲れる定置網」や「魚の生態に合った環境負荷の低い水産」を説明するためにも、博士号の取得は有効だろうと考えています。特に海外ではドクターに対する信頼が大きいですから、基礎研究の必要性を説けば資金も集まるのではないでしょうか。

魚は獲りすぎなければ短期間で自然に増えてくれる、他にはない非常に優秀な資源です。人間はそれを管理しようとするのではなく、自然の力を少しだけ借りて活用させてもらうというスタンスであるべきです。そのためには生物の生態を知り、定置網のようにサステナブルな漁法を残していかなければなりません。

 

 

野呂 英樹(のろ ひでき)
青森県出身。2009年に東京海洋大学大学院にて海洋科学修士修了。青森県庁に水産技師として入庁し、許認可・研究などを経験。2014年に(株)あおもり海山に転職し、水産物の加工や販売を行っている。また、親会社の(株)ホリエイの漁業現場では、マグロの神経抜きを定着させ、研究機関らとともにマグロの調査研究を行う。日本サーモンファーム(株)の立ち上げにも関わり、漁業・養殖・加工・研究・行政と幅広い知識経験を有する。

 

取材・執筆:河﨑志乃
デザイン事務所で企業広告の企画・編集などを行なった後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター/フードコーディネーター。大手出版社刊行女性誌、飲食専門誌・WEBサイト、医療情報専門WEBサイトなどあらゆる媒体で執筆を行う。