日本の豊かな海と水産業のV字回復を目指して 水産改革の道のりを行く(後編)

日本の豊かな海と水産業のV字回復を目指して 水産改革の道のりを行く(後編)

水産資源の適切な管理と水産業の成長産業化を両立させ、漁業者の所得向上と年齢バランスの取れた漁業就業構造の確立を目指して、水産庁は水産政策の改革に取り組んでいます。その柱として「漁業法等の一部を改正する等の法律」(改正漁業法)が2020年12月に施行され、「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律」(水産流通適正化法)が2022年12月に施行されました。

水産庁長官として改革の旗を振る神谷崇さんと、持続する豊かな海を目指すソーシャルベンチャーのリーダーとして水産業界で模索してきた花岡和佳男。立場の違いを超えて信頼関係を築いてきた二人が、2023年の年初に当たり、水産改革のビジョンを描いた前編に引き続き、後編ではビジョンを実現するための資源管理や流通の課題と展望を語り合います。

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科学的な資源管理の意義を伝える

花岡:海と水産業のV字回復について、2022年の東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS)でもご発表いただきました。ちゃんと管理すれば水産資源は回復するんだと。

神谷:いろいろ論点があります。大規模な埋め立てが進んだから昔のようには戻らないと言うけれど、すでに大規模な埋め立ては昭和で終わっています。昭和が終わって30年以上経つのに、その間ずっと魚が減っているのはおかしいじゃないですか。それに、外国漁船のせいだと言うけれど、外国船が獲っていない魚も減っていますからね。

ちょっと気をつけなきゃいけないのは、環境が大きく変わりつつあって、ちゃんと管理しているのに減っていく資源もあることです。

花岡:気候変動の影響は見えますか。

神谷:はい。そういう資源があるから資源管理なんかしても意味がないじゃないかと言われないように、減ってしまったら減ってしまった中で最善の管理をする。逆に、増えていく資源は乱獲にならないようにする。それから、スケトウダラのように一度減ったけれど、管理したら回復する資源もあります。資源の状況によってきっちり対応していくことが大事だと思います。

 

水産庁長官 神谷 崇さん(撮影:帆刈一哉)

 

花岡:なるほど。環境要因は資源管理をしなくていい理由にはならず、むしろ資源管理の重要性は増しますよね。それに、環境要因対策にこそ、海洋データの収集や分析における規模拡大や制度向上が必要です。

神谷:資源管理と言うと、とにかく漁業者に負担を強いて魚だけ増やせばいいんだと、話がすり替えられて、「魚だけ増えても現場の漁業者がいなくなったら何の意味もないじゃないか」と言われます。そう言われ続けて、ここまで来て振り返ると、魚もいなくなったし漁業者もいなくなった。やはり、我慢すべきときは我慢。魚が増えれば、新しい漁業者だって入ってきますから。

花岡:その逆はないですもんね。

神谷:あくまでも持続的な生産を目指して漁業者がみなハッピーになるための資源管理です。そこが誤解されやすいですね。我々の伝え方がうまくなかった部分もあります。どうしても役所は、プレゼンに間違いがないように、リスクヘッジのような内容がぎっしり詰まって、読む人はなんだかわからなくなってしまう。もっとシンプルにメッセージを伝える訓練が我々には必要です。

 

水産政策の改革の進捗状況。資源管理対象魚種の拡大などの取り組みを進めている。(資料提供:水産庁)

 

花岡:ステークホルダーの中に科学に対する不信感やアレルギーがあるということもTSSSでお話いただきました。漁業者にとっても科学は味方であり有効なツールになるということを理解してもらえるといいですね。

神谷:例えば銀行からお金を借りるときは、数値に基づいた返済計画を立てますよね。資源評価では数値目標を立てても、「そんなもん当てになるか」と言われる。そうじゃなくて、例えば10年後に利益が10%増えるような経営をしたいのであれば、水産資源がどうなるのか、変動する中でもベスト・アベイラブルな(利用可能な最先端の)科学の評価に基づいて、今、最適な獲り方をするということが不可欠になってきます。

 

環境の変動と政策の転換

花岡:かつて日本には世界最大の水産大国というプライドがあったじゃないですか。それがいつの間にか、クジラとかマグロとかウナギとか、獲りすぎ、食べすぎだとして悪者扱いされて、そのレッテルだけが根付いて、日本の未来世代が国際人として海外に出ていく時に足かせになってしまうというのが僕の大きな懸念です。やっぱり海とのつき合い方を知っているのが日本人だというアイデンティティをもう一度取り戻したいと願っていますが、神谷長官はどう思われますか。

 

株式会社シーフードレガシー代表取締役社長 花岡 和佳男(撮影:帆刈一哉)

 

神谷:その気持ちは私にもあります。役所に入って以来、一度も回復していない右肩下がりの状態をV字回復させたいと、そういうつもりで取り組んでいますので、方向性は同じだろうと思います。

これから大事になってくるのは環境変動です。2年前から水産庁では「不漁問題に関する検討会」(不漁検)を開いています。2年経ってみると、やはり、北太平洋全体で何か大きく変わりつつある。もう元に戻らない方向に行きつつあるのではないかと思います。例えば、ズワイガニ。日本海のズワイガニが有名ですし安定してますが、太平洋の福島沖でも結構ズワイガニって産業として獲れていたのが、震災以降、激減してしまったんです。

花岡:ほとんど漁業活動がないから増えるはずだったのに……。

神谷:どんどん減っています。アラスカのように管理しているところでも、今年は禁漁になっています。つまり、サンマとかサケといった表面を泳ぐ魚だけではなく、深い海の底も含めて、何かが起こりつつある。やはり、大規模な調査をやった上で、政策転換の踏ん切りをつける時期が来ているのではないかと。そうなると漁業の構造なども変わらざるを得ない部分がありますよね。

花岡:具体的にはどのようなことでしょうか。

神谷:今までの資源評価のやり方で管理できる水域と、大きく見直さないといけない水域をはっきり分けて、複雑に入り混じった議論をきれいに仕分けする必要があります。気候変動の影響が顕著な北太平洋の方は大きく漁業の転換を図って、例えば、サケの孵化放流をどうするか、それで補えない部分は養殖をどうするか、そういうことを考えていくんだろうと思います。

花岡:なるほど。漁業構造や管理のあり方を変える大きな転換ですね。気候変動に対応する水産資源管理のリーダーシップを、日本がアジアや世界に対して発揮して行きたいですね。

神谷:もう一つは国際情勢の変化です。養殖のエサはほとんどが輸入なので、円安でエサ代が高騰しているわけですね。どう対応するかというときに、実は日本のマイワシって、ざっくり言うとTACが100万トンあるのに、60万トンしか獲ってないんです。わざわざエサを輸入しなくても、日本産のマイワシで賄えるようにすればよいのですが、実際、みなさん獲りたくないから獲っていない。

マイワシをちゃんと獲って、しっかり加工のエサにして、養殖業者に安い値段で届くようにするにはどうしたらいいか。海から養殖場までの一連のチェーンに右肩上がりの戦略が見えるような具体案をこれからつくっていく必要があると思っております。

 

日本の海のポテンシャルを生かす

花岡:日本の排他的経済水域(EEZ)の面積は世界6位です。その大きなEEZのポテンシャルを100%活用できているのでしょうか。本来は生態系的にも豊かな海ですし。水産だけじゃなくて、海の生態系も大事だと思いますが、そのあたりの海洋環境分野について、水産庁はどういうアプローチをしていくべきでしょうか。

神谷:もちろん水産資源は豊かな生態系の上に成り立つものですが、大きなエコシステムへのアプローチは、水産庁だけでは無理です。我々は個々の資源でアプローチしないといけないのです。いや、もっとエコシステム・アプローチが大事だと言って、そのやり方に乗り換えたら結局どっちも進まなかったという失敗をしかねません。ですから、個々の資源のアプローチをちゃんとやりながら、さらに将来に向けて、全体の生態系も取り入れたような、もっと広いネットワークのデータ収集体制は必要だろうと思います。

花岡:長官がおっしゃるように、これからは輸出を増やしていかないと、もう業界としては成り立たないと僕も思っています。日本のマーケットは縮小していますが、世界人口は爆発的に増えていますので、そこに日本の大きくて豊かな海のポテンシャルを最大化させて、世界の食料安全保障に貢献していくことで日本の水産業が持続的に潤っていくという、そういう姿になってほしいなと思いますね。

神谷:昭和30年代や40年代は、水産物の自給率って100%を超えていたわけですよ。ですから、そういう状況を再現できたらいいなと思うんですが、昔のように、ここで獲れないからもっと沖に行って獲ろうということではなくて、日本の水域の中でベストな資源管理をして、それを達成することが大事なんだと思います。

 

キビナゴの群れが回遊する日本の豊かな海(写真撮影・提供:山本竜史)

 

水産流通適正化法への期待

花岡:2022年12月1日に特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律(通称:​​水産流通適正化法)が施行されました。すでに世界2大輸入水産市場であるEUやアメリカでは、IUU漁業に由来する水産物の輸入を阻止する施策がされている中で、世界第3の輸入水産市場である日本もようやく第一歩が踏み出せたのかなと思います。まだ対象魚種が少ないなどの課題はありますが、2年ごとの見直しも約束されています。そのあたり、世界の水産業界全体に対する日本のマーケットの責任とか、日本のマーケットが世界の水産業界に果たしうる役割をどう考えておられますか。

神谷:かつては世界中のいい魚は日本に来るというような感じでしたが、最近、輸入も含めて水産物の消費が減ってきていますし、さらに今の円安なんかで見ると、ますます輸入は減ってくると思うんですよね。

円安になってくると、むしろ、輸出は自動的に増えていきます。例えば、イワシなども、実は養殖のエサとして引っ張りだこで、銚子などから輸出されています。同じ1ドルでも、日本の業者からすると100円で売れたものが、今は円安で140円、150円で売れているわけです。

そうなってくると、日本から輸出される水産物はサステナブルであるという認知をどのように定着させていくかが大事だし、一方で、そのためには、輸入品についても一貫したルールにする。つまり、輸出を基軸にして、輸入水産物もサステナブルにしていくという話がどんどん進んでいく気がします。

かつてのように、世界中の高い魚が入ってくるという状況は、中国などにシフトしているのではないでしょうか。日本に入ってきている魚は、ノルウェーのサバとかサーモン。高級魚じゃなくて、普段食べる魚に段々シフトしてきている感じがするんですよね。

 

水産改革の課題と展望を語り合う水産庁長官 神谷 崇さんと株式会社シーフードレガシー代表取締役社長 花岡 和佳男(撮影:帆刈一哉)

 

花岡:確かにその傾向にありますよね。高いクオリティを求めることができなくなって、コストカットされたものしか輸入できなくなってくるときに、それがサプライチェーンにおける人権の問題やIUU漁業の問題につながっていくのは大きな懸念です。

神谷:それはあると思うので、トレーサビリティの確保は、IUU漁業対策をどう進めていくかという課題と表裏一体で、そこはちゃんと進めていかないといけないと認識しています。

花岡:水産流通適正化法は、世界から注目が集まっていて、日本国内であまりニュースになってないのがちょっと残念です。一方で、国内の中間流通業者から、現場では面倒くさいというネガティブな意見も多いと聞きます。しかし、それに対して、正当にやっている事業者を不公平な競争から守るものだと伝えると腑に落ちる。そういうふうには考えたことがなかったとおっしゃる方もたくさんいます。さっきの話にもつながりますが、改革のビジョンや施策の目的がもっと伝わるといいなと思います。明るい未来を描きたいのは、みなさん共通するところですから。

神谷:そうですね。ですから、役所が不得手な「伝える」という部分をどんどんフォローしてもらえると有り難いですね。

 

水産庁は策定したロードマップに沿って水産改革に取り組んでいる。(写真提供:水産庁)

 

花岡:水産流通適正化法もそうですし、新たな資源管理の推進に向けたロードマップの策定など、水産改革に取り組む水産庁のリーダーシップに期待しています。

私たちもこれからも、サステナビリティの追求を通じた日本の水産業の成長産業化に貢献していきたいと思います。

 

神谷 崇(こうや たかし)
1962年福岡県生まれ。1985年、九州大学農学部水産学科卒業。同年4月水産庁入庁。2006年 石川県農林水産部次長、2008年 水産庁国際課漁業交渉官、2012年 水産庁漁業調整課首席漁業調整官、2014年 水産庁資源管理部参事官、2016年 水産庁漁場資源課長、2017年 水産庁資源管理部長を経て2020年 水産庁次長。2021年7月水産庁長官に就任。
花岡 和佳男(はなおか わかお)
1977年山梨県生まれ。幼少時よりシンガポールで育つ。フロリダ工科大学海洋環境学・海洋生物学部卒業後、モルディブ及びマレーシアにて海洋環境保全事業に従事。2007年より国際環境NGOグリーンピース・ジャパンで海洋生態系担当、キャンペーンマネージャーなどを経て独立。2015年7月株式会社シーフードレガシーを設立、代表取締役社長に就任。国内外のビジネス・NGO・行政・政治・アカデミア・メディア等多様なステークホルダーをつなぎ、日本の環境に適った国際基準の地域解決のデザインに取り組む。

 

取材・執筆:井内千穂
中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2016年〜2019年、法政大学「英字新聞制作企画」講師。主に文化と技術に関する記事を英語と日本語で執筆。

写真撮影:帆刈一哉