1954年に発足したルレ・エ・シャトーは、地元との共存、食文化の豊かさや多様性を重視したおもてなしを継承するといった強い信念を持ち、お客さまと心のこもった関係を築きたいと願う個人経営のホテルオーナーやシェフが加盟しています。世界的なシェフであり、長らくルレ・エ・シャトーの幹部を務めたオリヴィエ・ローランジェ氏に、組織が掲げる信念や活動内容などを伺いました。
――「ルレ・エ・シャトー」は、どのような組織なのでしょう?
「ルレ・エ・シャトー」は、サステナビリティを追求するブランドです。シェフやレストランのあるべき姿について言及するだけでなく、社会的かつ具体的な活動も行っています。
現在「ルレ・エ・シャトー」には、65ヶ国の約580のホテルとレストランが加盟しており(2023年1月時点)、皆で一丸となって社会的な活動に取り組んでいます。
日本にも、「ルレ・エ・シャトー」に加盟しているホテル、旅館、レストランがあり、合計すると19施設にのぼります。また、海洋国家である日本の社会に対する責任は大きいとの意識から、ルレ・エ・シャトー日本韓国支部では、グローバルのビジョンに加え、シーフードレガシーと協同し、新たに行動指針を作成しました。
――2014年11月に「ルレ・エ・シャトー」は、ユネスコの会合で、20項目の「ルレ・エ・シャトー ビジョン」を宣言されました。「ルレ・エ・シャトー ビジョン」とは、どのようなものなのでしょう?また、20項目のコミットメントは、どのような経緯を経て策定されましたか?
「ルレ・エ・シャトー ビジョン」には、「責任ある漁業を徹底的に推進する。海洋生態系の脆弱化に歯止めをかけるためにあらゆる手段を支持する。これにより、漁業資源と海洋生物多様性の保護に参加する」(Vision 5)、「食材の無駄遣いや乱獲を抜本的に削減し、その土地の旬の食材を使うことで、天然資源や生態系の保護に貢献」(Vision 6)といったコミットメントがあります。
これらのコミットメントは、ユネスコの会合のために策定したものではなく、それまでの「ルレ・エ・シャトー」の取り組みや姿勢を正式に文書にまとめたものになります。
例えば、「ルレ・エ・シャトー」の過去の取り組みに、「料理におけるクロマグロの使用禁止」があります。
当時は、大西洋と地中海域のクロマグロが大幅に減っていることが明らかにされた頃。「ルレ・エ・シャトー」のトップだった私は、この事実を受け、「ルレ・エ・シャトー」に加盟するすべてのホテルとレストランに、料理にクロマグロを使うのをやめるよう指示しました。「まずは『ルレ・エ・シャトー』に所属するトップシェフたちの行動を変えることで、世の中の流れや政治を動かせるのでは」と考えたことが、クロマグロの使用禁止に踏み切った理由です。
このアクションは、数多くのメディアで取り上げられましたし、かなりの反響を呼びました。また、クロマグロを扱う漁業関係者は、商売の要であるクロマグロ漁を批判されたとして、怒りの声をあげました。
「シェフからも反対の声があがるかもしれない」と思いましたが、ルレ・エ・シャトーのシェフはすぐにクロマグロの使用禁止に賛同してくれ、一丸となってこのキャンペーンを支持しました。
クロマグロを取り巻く状況を考えれば、クロマグロの使用を控えるのが正しいことは、誰の目にも明らか。世間では、クロマグロの使用禁止を擁護する声が大きくなり、結果的に政治が動いたのです。
その後、体重30kg未満のクロマグロは原則禁漁とされたほか、大西洋と地中海域のクロマグロ漁獲枠は、ピーク時の3分の1程度にまで削減されました。
なお、「ルレ・エ・シャトー」でクロマグロの使用禁止に踏み切った約10年後、地中海で大々的に漁業を行う企業の社員が「ルレ・エ・シャトー」の本部にやってきて、私にこう言いました。「あなたに対して友好的な感情をもつことはできません。でも、あなたの10年前の決断は、正しく、素晴らしいものだったと言わざるを得ません」と。
聞けば、クロマグロ漁において規制が設けられた結果、健全な漁業が行われるようになり、海にクロマグロが戻ってきたそう。そして、漁業関係者の生活も安定するようになったのだとか。クロマグロの使用禁止を行った当初、私たちを敵視した漁業関係者も、長い年月を経て私たちの決断を認めてくれたのです。
こうした「ルレ・エ・シャトー」で行ってきた取り組みや姿勢を表現したものが、「ルレ・エ・シャトー ビジョン」です。
「ルレ・エ・シャトー ビジョン」は、今後も漁業関係者に影響を与え続けるでしょう。また、海をあるべき姿に保つうえで、大きく貢献するはずです。
――「ルレ・エ・シャトー」では、今後、どのような取り組みを行っていくのでしょう?
今、考えている計画は、「ルレ・エ・シャトー」の加盟店のキッチンから全てのプラスチック製品をなくすことです。
すでに多くの人が知るとおり、海に流れ出たプラスチックは、永続的に環境や海洋生物に悪影響を与え続けます。まずはトップシェフの集団である「ルレ・エ・シャトー」がキッチンからプラスチックを排除することで、やがて世界中のレストランや調理学校もプラスチック製品を避けるようになるでしょう。
ちなみに2023年1月より「ルレ・エ・シャトー」の副会長は、マウロ・コラグレコ(Mauro Colagreco)氏が務めます。彼は「脱プラスチック」にとても熱心に取り組んでいるので、彼と力を合わせて「ルレ・エ・シャトー」における「脱プラスチック」を進めていきたいですね。
また、もう一つ、取り組みたいことがあります。それは、女性スタッフに支払われる給与の体系改善です。
国によって程度は異なりますが、男性スタッフよりも女性スタッフの給与のほうが低いケースが多々見受けられます。同じポジションにあり、同じ内容の仕事をしているのであれば、性別に関わらず同じ給与が支払われるよう、徹底的に取り組みを進めていくつもりです。
ーーサステナブル・シーフードの普及・推進など、サステナブルな活動に取り組んでいる日本の企業へのアドバイスもいただけたらと思います。サステナブルな活動をうまく進めるためには、どのような心構えなどが必要でしょう?
すでに世間の潮流や人々の意識は大きく変化しているので、すぐに行動を起こさないと、手遅れになってしまいます。サステナビリティを追求する企業こそ、これからの時代、収益を上げ続けるといっても過言ではないでしょう。
ただ、サステナビリティの実現に取り組んでいるように見せかけて、実態が伴っていない「グリーンウォッシュ」をするくらいなら、何もすべきではありません。本腰を入れてサステナビリティの実現に取り組まなくては、やがて消費者に見透かされ、ブランドや企業の価値が失墜してしまいます。
なお、サステナビリティは、地球環境のためだけにある言葉ではありません。働く人の環境を整えることも、サステナビリティの追求に値します。例えば、企業であれば、男女間の格差解消や労働条件の改善にも取り組むべきでしょう。
公正さがなければ、サステナビリティは存在し得ません。公正な姿勢をもって、サステナビリティの追求に取り組んでいきましょう。
OLIVIER ROELLINGER(オリヴィエ・ローランジェ)
1955年、フランス・ブルターニュ地方にある小さな港町、カンカルで生まれる。24歳の時、料理の道を志し、独学で料理を習得。1982年にカンカルでレストラン「メゾン・ド・ブリクール」をオープンし、2006年、「ミシュラン」三ツ星を獲得する。トップシェフとして活躍する傍ら、1989年、500軒以上の一流ホテルやレストランで構成された、世界的な非営利会員組織「ルレ・エ・シャトー」に加盟。2014年〜2022年まで副会長を務める。早くよりサステナブルシーフードや持続可能性の大切さを唱え、レストラン業界などに影響をもたらしてきた、パイオニア的存在。
取材・執筆:緒方佳子
スキューバダイビング専門誌などの編集・ライターとして勤務したのち、フリーランスに転身。現在は、紙媒体とWEB媒体の双方で自然や食、旅行の分野の記事を中心に執筆。