水産養殖に接点のなかった人材、技術、企業、資金を導入することで、水産養殖の課題を解決するというウミトロン。その代表的なサービスのひとつである「ウミトロン セル」も、画期的な技術で水産養殖が抱える問題を改善するツールとして注目を集めています。
「ウミトロン セル」は、スマートフォンやクラウドを使って生簀の遠隔餌やり管理を可能にした、水産養殖向けスマート自動給餌機。現場作業の軽減、休憩・休息の自由度向上、ムダ餌の削減による環境負荷の低減などを実現するほか、温室効果ガス排出量削減の効果もあることが発表されました*。
今回はウミトロン代表取締役の藤原 謙さんに、「ウミトロン セル」の開発秘話や、海外で展開しているサービス、今後の展望などについて伺いました。
——ウミトロンの主なサービスのひとつである、遠隔給餌サービス「ウミトロン セル」の誕生秘話をお聞かせください。
私の故郷である大分県の水産研究センターに、愛媛大学を紹介してもらったのが最初です。愛媛大学は、愛媛県愛南町の廃校になった小学校を使って、南予水産研究センターという水産に特化した研究所を運営しています。そこで研究をされていた先生に、新しい取り組みに関心のある水産養殖の生産者を紹介してもらいました。
当初、私はデータ分析や環境モニタリングなどを行うことをイメージしていましたが、実際に生産者と話してみると、それよりもまず餌やり作業が大変であること、餌代が高くて困っているのだということがわかりました。そこで餌やりの労務改善やコスト削減のための製品をつくることにしました。
南予水産研究センターは、教室に畳を敷いて泊まり込みで研究ができるようになっています。そこを3カ月間借りて、単身で生活しながら開発に取り組みました。まずは試作品をつくって生産者のもとへ持っていき、使ってもらって改善点を見つけるという作業を一緒に行いました。
それからは研究所と生産者の所を行き来しながら、試作品の改善を重ねました。海の環境は厳しく機器が壊れやすいので耐久性を改良したり、使い勝手を改善したりして、第6世代まで試作品を作りました。
——生産者と共につくり上げるというプロセスだったのですね。
この開発プロセスで良かったのは、お互いを知れたことです。最初は困っている生産者を助けるくらいのつもりで現地に行ったのですが、生産者から見れば1人で突然現れた私のほうが困っているように見えたようで、逆に心配されてしまったんですよ。それほどですから当然私たちは水産養殖のことを知りませんでしたし、生産者も私たちに何ができるかということがわかりませんでした。
そこで、すぐ壊れてもいいのでとにかく試作品を持っていきました。するとどんどん新しいアイディアが出てきて、お互いを学ぶことができたのです。生産者から「こういうのができるんだったら、こういうふうにもできる?」と言われて、改善を重ねる。そのようにして「ウミトロン セル」を作り上げていきました。
——2022年6月には、ウミトロン セルで生育されたサステナブル・シーフード「うみとさち」のASC認証マダイをイオン、イオンスタイルで限定販売されました。反響はいかがでしたか。
反響は大きかったですね。水産養殖は認知が低く、消費者からすると、養殖の魚が実際どのような育て方をされているのか、どういう人たちが生産に関わっているのかなど、全体のバリューチェーンが見えづらいという課題があります。
ですので、大手小売業者に「うみとさち」のASC認証マダイを扱ってもらい価値訴求をしてもらうことで、水産養殖の認知向上につながったのは良かったと思っています。
——ウミトロンはシンガポールに支社がありますが、シンガポールをもうひとつの拠点として選んだのはなぜですか。
水産養殖の課題は日本だけのものではなく、世界的規模で考えるべきものです。社が掲げるミッション「持続可能な水産養殖を地球に実装する」に立ち戻れば、海外の問題解決にも取り組まなければなりません。
シンガポールは小さな国でほとんどの食料を輸入していて、現在は自給率を上げることを大きな目標としています。植物工場の運営や、高層ビルで行うヴァーティカル・ファーミング(垂直農法)などに力を入れていて、水産も2030年までに自給率を30%にするという政府目標があり、狭い沿岸域を活用した養殖や、高層ビルを使ったエビの養殖など、新しい取り組みを行っています。
新しい水産養殖に積極的に取り組んでいるシンガポールで地域に合わせたサービスを提供するために、支社を設立しました。
——海外事業の今後の展望をお聞かせください。
水産養殖が盛んな地域にそれぞれウミトロンのオペレーションを立ち上げ、地元の水産養殖の慣習に合った形でサービスを提供してきたいと考えています。
すでに海外向けに展開している「ウミトロン リモラ」は、サーモンの大規模養殖向けに給餌の最適化を行うサービスです。海老の生育観測や健康状態の確認をする「ウミトロン イーグル」も海外向けのサービスとして展開しています。
水産養殖はそれぞれの地域の人たちが独自につくり上げてきたという背景がありますので、サーモン養殖とエビ養殖でもやり方が全然違いますし、同じタイ科の養殖でも日本のマダイと地中海のタイでは必要な機材の規模や、生産量、プロセスなどが全く違います。コストやサプライチェーンを展開先の慣習に合わせることを、海外展開のひとつの方針にしています。
——ウミトロンのサービスに対する、ニーズの高まりは感じていますか。
感じています。生産の現場は人手不足が問題で、この5、6年の間にも加速度的に深刻化しています。働き手が少なくなり、若い人がなかなか参入していきません。そのため自動化を進めて休みが取れる体制をつくるという変化が起きていて、ウミトロンのサービスに対するニーズも高まっています。
——新たな事業の構想や、今後の展望をお聞かせください。
既存サービスの改善や更なる価値提供はもちろんですが、今まで水産養殖にあまり接点がなかったような事業者と、新しい取り組みを行っていきたいと考えています。すでにスタートしている例としては、東京海上日動火災保険と提携して養殖保険の研究開発を行ったり、ENEOSと提携して、ブルーカーボンへの取り組みとして日本の海の海草・海藻を増やす活動を行ったりしています。
これまで水産養殖と接点がなくても、持続可能な食料生産の重要さを感じ、何かに取り組みたいという事業者は年々増えています。そのような事業者に、どんどん水産養殖に参画してほしいと考えています。
——最後に、イノベーションを起こすには何が必要だと思われますか。
水産養殖は魅力的な産業で、採算性も改善できる余地があるにも関わらず、人がいなくなることで廃れていってしまうという実情に直面しています。イノベーションを起こすには、技術的なところからスタートするのではなく、まず人が集まることが必要です。
産業そのものが魅力的になることで人が集まり、そこに自然と新しいマーケットや新しいテクノロジーが生まれ、イノベーションが起きるのだと思います。
水産養殖を、次の世代の人たちがやりたいと思う、人が集まる事業にすることでイノベーションを生み出す。その形を実現したいですね。
藤原 謙(ふじわら けん)
宇宙航空研究開発機構(JAXA)にて人工衛星の研究開発に従事した後、三井物産株式会社にて衛星を活用した農業ベンチャーへの新規事業投資及び事業開発支援を実施。2016年4月、ウミトロン株式会社を設立。東京工業大学大学院 修士(工学)、University of California, Berkeley 修士 (MBA)。
https://umitron.com/ja/
取材・執筆:河﨑志乃
デザイン事務所で企業広告の企画・編集などを行なった後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター/フードコーディネーター。大手出版社刊行女性誌、飲食専門誌・WEBサイト、医療情報専門WEBサイトなどあらゆる媒体で執筆を行う。