2021年9月、WWFとニチレイフレッシュ、アサリの生産者である泰宏食品有限公司の協働により、2021年9月に中国で初めてMSC認証を取得した黄海沿岸 鴨緑江河口域のアサリ漁。
環境保全価値が高い場所とされる黄海や鴨緑江の生物多様性を守るための礎として、また、持続可能な水産物の供給を推進するうえでも重要な出発点として世界でも注目される今回のMSC認証取得ですが、その道のりは決して容易なものではありませんでした。
今回のMSC認証の取得に向けて協働したニチレイフレッシュ 國田英紀さん、WWFジャパン 吉田 誠さん、元WWFジャパンで現在シーフードレガシー COOの山内愛子が、MSC認証取得までの苦労や取得後の変化、今後の展望を語ります。
(なお、この取り組みは2022年に開催された第4回 ジャパン・サステナブルシーフード・アワード(JSSA)のコラボレーション部門のチャンピオンに選ばれました。JSSAの詳細はこちら)
山内:
今回の中国産アサリのMSC認証をめざすために、まずFIP(Fisheries Improvement Project、漁業改善プロジェクト)への取り組みを2016年にスタートしました。予備審査でデータや書類を集めるのに苦労はありませんでしたか。
國田:
ニチレイフレッシュが泰宏食品に派遣していた技術顧問が皆を牽引してくれました。この顧問はヨーロッパでMSC認証の水産物の検品立ち合いを行った経験がありましたので、皆と一緒に学びながらやらなければならないことを整理していったのです。WWFチャイナの海洋担当もアドバイスをしてくれました。
山内:
このプロジェクトを引き継いでMSC認証取得までを担当した吉田さんに聞きたいのですが、予備審査を経てどのような課題が見えてきましたか。
吉田:
予備審査でデータや資料は集めていただきましたが、MSC認証の取得までを見据えるとまだまだデータが不足していました。漁業管理をはじめ改善が必要な課題が多くありました。
山内:
アサリの場合は稚貝が収穫される産地の資源量や、どれくらいなら獲っても持続可能なのかというデータの収集も難しかったのではないでしょうか。
吉田:
それらは、遼寧省東港市の漁業局、大連海洋大学、遼寧省海洋水産科学研究院(LOFSRI)、中国水産加工流通協会(CAPPMA)、MSC中国事務所などに協力いただき調査を進めることで少しずつわかってきました。これだけ中国の専門家が集まり、官民が協力したケースは珍しかったのではないでしょうか。
山内:
WWFが全体のコーディネートをしながら、國田さんや現地スタッフが泰宏食品をサポートするという形でしたね。
國田:
中国ではMSC認証自体がほとんど知られていなかったので、最初に泰宏食品から「これは実際に取得してどういう意味があるのか」と聞かれました。ヨーロッパなどではMSC認証の取得が進んでいて、アジアの水産物にも普及してくるということをニチレイフレッシュからも説明して、ではやってみようと泰宏食品の合意を得ました。
そんな中、2017年頃にアサリの同業他社がASC認証を取得しました。そのこともあって私たちの審査が停滞した時などには「ASC認証でもいいのでは」という声もありました。ASC認証はMSC認証よりも審査期間が短いという印象もありましたから。ですが中国で2番目にASC認証を取得するよりは、初志貫徹で中国初のMSC認証取得をめざそうと励ましました。
山内:
その時、國田さんは、海洋環境や周辺生態系と共生するアサリ「漁業」だということをしっかりアピールするためにも、また、基準が異なるASCで再スタートするよりも漁業を対象としている認証制度であるMSC認証の取得でいこうと言っていましたね。
國田:
環境への配慮が必要だと認識したのは、ある出来事が影響しています。ニチレイフレッシュが2006年に中国産アサリを扱い始めた当時は、手掘り漁のアサリを扱っていました。ところが2008年頃に現地調査に行ってみると、手掘り漁を行なっていた浜が高速道路の建設で埋められてしまっていたのです。環境に配慮しなければ優良な浜が失われていき、アサリの事業自体が持続できないと危機感を覚えました。
山内:
FIPを終えて、MSCの本審査に入った時のことをお聞かせください。
國田:
MSCの本審査に入ると、より多くの項目が課題として挙がりました。特に苦労したのは、中国福建省の莆田(ほでん)市から送られてくるアサリの稚貝の管理体制に関するデータです。このデータは中国政府が保有しているため、十分な提供がなかなか得られず苦労しました。
そこで泰宏食品が大連海洋大学の教授に相談し、学生に莆田市の稚貝のセンターに住み込んでもらって報告書を作成しました。それをもとに中国政府からも資料提供の許可を得ることができました。
山内:
本審査は泰宏食品が各方面に協力を求めたことで超えられたとも言えますね。泰宏食品が多様な関係者の協力を得られた背景はどのようなところから来ているのでしょうか。
國田:
何より、泰宏食品の経営者夫妻のホスピタリティです。先代からの経営方針として人のつながりを大事にしている会社ですから、何かあった時には皆が助けてくれるのです。
山内:
FIPの取り組みを正式にスタートした2016年から2021年のMSC認証取得まで、足掛け5年の挑戦でした。長い闘いだったと思いますが、今振り返ってみていかがでしたか。
國田:
FIPの取り組みに時間がかかった時は、ニチレイフレッシュの社内でもいつになったら取れるんだという声がなかったわけではありません。しかし初めての経験でしたので、経営層は待ってくれました。そのおかげで成し遂げることができたと思います。
吉田:
当初の予備審査結果から作成した計画では、1〜2年でのFIPの完了をめざしていました。実際にはそれよりもだいぶ時間がかかってしまいましたが、皆さんが根気強く一緒に取り組んできたからこそ、MSC認証の取得という成果につながったのだと思います。
山内:
MSC認証を取得したことで、中国、日本のマーケットに変化はありますか。
國田:
今回の取得を機に、中国のインターネット通販の会社などから泰宏食品に、自国のMSC認証アサリを取り扱いたいという問い合わせがあるそうです。健康価値を高める食材として、MSC認証を取得した水産物への関心が高まっているようです。
日本のマーケットでも、ニチレイフレッシュは今回MSC認証を取得した中国アサリを価値ある水産物としてアピールしています。その結果、昨年は業界No.1クラスのコンビニエンスストアに採用されました。
このコンビニエンスストアはトレーサビリティの追求が厳しかったのですが、泰宏食品の担当者が説明をしっかりできるようになっていたので、この時の審査もすぐにクリアすることができました。MSCの審査のためにやってきた内容が、基準の厳しいお客様にも対応できると実感できた一例です。
山内:
MSCは一度認証を取得すると更新をする必要があります。更新のためにはさらに改善が求められるという厳しい認証制度ですが、そのための準備は考えていますか。
國田:
MSC認証を取得した時から、次の課題は4年後の更新の審査ですね、と吉田さんとも話していました。次の審査では、最初の審査でも難しかった稚貝の管理体制に関する情報がポイントになると思います。コロナ禍で中国への入国は規制されてはいますが、残りの2年をかけてまた取り組んでいくつもりです。
山内:
FIPやAIP(養殖業改善プロジェクト)は、現場にとってはゴールである認証取得まで長い道のりとなります。そのため中国アサリのケースでも、もっと早く認証を取得できないのか、という現場の焦りはありましたが、一方で、複数年にまたがるこのプロジェクト期間を通じて、全ての関係者によるMSC認証の原則や基準そのものに対する理解が深まったと思います。
こうした事例は、プロジェクトの位置付けがMSC認証を取得することで終わらずに、MSC認証を通じた事業そのもののヴィジョンを関係者が共有しつつ認証を維持し続けるための重要なプロセスであることを示しているとも言えます。
今後の皆様の継続的な取り組みに期待しています。
國田英紀(くにた ひでのり)
北海道大学水産学部漁業学科卒業。株式会社ニチレイに入社。水産加工品の販売、量販店向けの生鮮加工品流通の業務に従事したあと本社にて海外加工担当となり中国・東南アジアでの加工業務を取り進める。2006年より株式会社ニチレイフレッシュ・貝類の担当となりアサリ、かき、刺身貝製品、シーフードミックスにて貝類の製品開発および製品の販売普及に務める。
吉田 誠(よしだ まこと)
WWFジャパン海洋水産グループ所属。南米、東南アジア、中国などで、日本が輸入・消費している水産物(シーフード)の持続可能な生産と、現地の自然保護活動のコーディネートを担当。海外のWWFスタッフとも協力し、多くの生物が息づく海の自然と、漁業・養殖業、流通、消費のサプライチェーンを結んだ視点で活動に取り組む。
山内愛子(やまうち あいこ)
東京水産大学資源管理学科卒業。東京海洋大学大学院博士課程修了。海洋科学博士。日本の沿岸漁業における資源管理型漁業や共同経営事例などを研究した後、WWFジャパン自然保護室に入局。持続可能な漁業・水産物の推進をテーマに国内外の行政機関や研究者、企業関係者と協働のもと水産資源および海洋保全活動を展開。2019年にシーフードレガシーに入社。国内NGO等の連携である「IUU漁業対策フォーラム」のコーディネーターを務める。
取材・執筆:河﨑志乃
デザイン事務所で企業広告の企画・編集などを行なった後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター/フードコーディネーター。大手出版社刊行女性誌、飲食専門誌・WEBサイト、医療情報専門WEBサイトなどあらゆる媒体で執筆を行う。