定置網こそサステナブル。二刀流で拓く定置網の可能性(前編)

定置網こそサステナブル。二刀流で拓く定置網の可能性(前編)

「超音波テレメトリーによる定置網箱網の形状モニタリング」と題した定置網についての講演で、2022年度日本水産工学会学術講演会の学生優秀賞を受賞した野呂英樹さん。

野呂さんは東京海洋大学を卒業後、青森県庁の水産技師を経て民間の「株式会社あおもり海山」へ移り、マグロ漁や商品開発など現場の仕事をこなしながら「定置網で獲りたい魚を獲る」ための研究を重ねています。

定置網は資源管理管理に適さないと言われがちですが、野呂さんは「定置網こそサステナブルな漁法」と主張します。その理由はなぜでしょうか。

漁師と研究者という二つの立場を巧みに使いながら、定置網の研究を行う野呂さんに、これまでの歩みや、定置網について研究することの重要性などについてお話を伺います。

 

野呂 英樹(のろ ひでき)
青森県出身。2009年に東京海洋大学大学院にて海洋科学修士修了。青森県庁に水産技師として入庁し、許認可・研究などを経験。2014年に(株)あおもり海山に転職し、水産物の加工や販売を行っている。また、親会社の(株)ホリエイの漁業現場では、マグロの神経抜きを定着させ、研究機関らとともにマグロの調査研究を行う。日本サーモンファーム(株)の立ち上げにも関わり、漁業・養殖・加工・研究・行政と幅広い知識経験を有する。

 

青森県庁職員から、民間企業で海の現場へ

——海洋科学を学ぼうと思われたきっかけをお教えください。

私は青森市内の海の近くで育ちました。幼い頃から海が好きで、よく自転車に乗って釣りに行っていました。そういった環境だったこともあり、ずっと海に関わる仕事をしたいという思いがあって、大学は迷わず東京水産大学(現 東京海洋大学)に入学しました。大学では水産資源の持続的な有効活用のための調査方法を学び、さらに大学院に進んで海の資源量を推定するための漁具の研究開発を行いました。

——大学を卒業後、青森県庁の水産技師の道を選んだのはなぜですか。また、どのような仕事をされていたのでしょうか。

青森を活性化するには漁業の底上げが不可欠だと感じていて、まずは県の職員として水産の法律や漁業の実態を学びたいと思い青森県庁の水産技師になりました。青森県庁では、私が5年ぶりの水産技師としての採用でした。当時は水産の専門職の採用が少なく、水産庁でも採用枠が1名しかなかったことを覚えています。

水産技師になって最初の2年間は水産事務所に所属し、漁船の検査を行なったり、漁業の許可を出す仕事を担当していました。

その次の2年間は研究所に所属し、昆布やナマコ、貝類の研究をしていました。定期的に資源量や生態、成長具合を調査し、ウニやウバガイの年齢査定なども行なっていました。また、当時から磯焼けが進んでいたため、原因となっていたウニを移動させたり、ウニに餌を与えることで身入りが良くなるか調査したりしました。当時はナマコが中国で特に高く売れていたので、地元のナマコをどう活用していくかという研究も行っていました。

最後の1年は、水産普及員として青森の各地の漁港を回り、漁協や漁師の元へ足を運びました。時には漁師とお酒を酌み交わし、悩みを聞きながらそれらを解決するための方策を考え、青森県庁に予算要求をして事業を起こすという取り組みを行っていました。

——青森県庁から民間の株式会社あおもり海山に移られたきっかけは何だったのでしょうか。

いつかは民間に移り、海の現場で仕事をしたいという考えがあったように思います。水産普及員として現場を回り漁師と話す機会が増えたことで、その思いが強くなったのかもしれません。

県庁職員の頃から自分で事業を起こすことを考え、地元の魚を二束三文で売るのではなく適正な価格で取引を行うためのNPO法人「Fair Trade Fishery.(フェアトレードフィッシャリー)」を立ち上げました。私の思いに共感してくれた10人の若手漁師たちに理事になってもらい、魚の試験出荷を行っていました。青森県庁の仕事をしながら、Fair Trade Fishery.の運営も行うという日々でした。

そんな中、水産普及員時代にマグロに関する業務もあったことから、マグロを扱う漁業会社「株式会社ホリエイ」の堀内精二社長と出会いました。当時、堀内社長が水産加工会社「株式会社あおもり海山」の立ち上げを予定していて現場の責任者を探していたため、私が手を挙げたというのが転職の経緯です。株式会社あおもり海山に入った翌年から、沖へ出てマグロを締めるなど、株式会社ホリエイの仕事もするようになりました。

 


株式会社ホリエイの漁業現場では、マグロの神経抜きを定着させた

 

「よくわからない定置網は廃止すべき」とならないために

——県庁職員としての経験が、現在の仕事に役立ったと思われることはありますか。

県庁職員時代に水産庁とのつながりを持てたことかもしれません。青森県庁を辞した2014年頃から水産庁でマグロの資源管理がスタートしたことから、マグロの資源管理を行うためには定置網の調査研究が不可欠であると訴え、水産庁の理解を得て定置網の研究をスタートすることができました。

——マグロの資源管理のために、定置網の調査研究が必要だと思われたのは何故ですか。

マスコミではよく、「定置網は迷い込んだ魚を一網打尽にする」という表現をされることがあります。その結果、「定置網は廃止すべきだ」という声が上がりかねません。しかし実際には、定置網にどんな魚がどれくらい入ってきて、どれくらい出ていっているのかということは正確には把握されていません。「よくわからないから廃止」という流れを避けるために、定置網を科学的に評価できる環境を整えるべきであり、そのための調査研究が必要だと考えました。

本来定置網は、海の中で自然に生き自然に増えていく魚を獲るという、資源管理に適した非常にサステナブルな漁法です。魚の生態と定置網の実態を正しく把握しながら、存続させていくべきものだと思っています。

 

>>> 青森県庁から民間の株式会社あおもり海山に移り、定置網の研究を始めて8年になるという野呂さん。後編では、定置網の研究の具体的内容や、日本の水産への思いなどを伺います。

 

取材・執筆:河﨑志乃
デザイン事務所で企業広告の企画・編集などを行なった後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター/フードコーディネーター。大手出版社刊行女性誌、飲食専門誌・WEBサイト、医療情報専門WEBサイトなどあらゆる媒体で執筆を行う。