「魚を大事にして欲しい」 祖父から受け継いだ阿蘇海を守る若手漁師 (後編)

「魚を大事にして欲しい」 祖父から受け継いだ阿蘇海を守る若手漁師 (後編)

前編では第4回「ジャパン・サステナブルシーフード・アワード」のU30部門チャンピオンに選ばれた「京都・阿蘇海 ハマグリ資源管理プロジェクト」を進めた京都・阿蘇海の漁師、村上純矢氏にハマグリ資源回復プロジェクトを始めたきっかけや、これまでの阿蘇海の資源状況、そして京都府農林⽔産技術センター海洋センターと協力して資源管理を取り組むことになった経緯などをお話いただきました。

後編では続けて、なぜ科学的根拠に基づいた資源管理ができたのか、またこれからの水産業界に求めることなどについて伺いました。

 

科学的根拠に基づいた資源管理

――これまで資源管理は漁業者のできる範囲で行われてきていて、それは必ずしも科学的な根拠に基づいているものではないこともあります。その点についてどう思われますか?

村上:僕らはハマグリだから科学的な根拠に基づいた資源管理ができました。ハマグリの資源管理においてはデルリー法*という手法を用いていて、毎年漁獲しながら測定する資源量のデータをもとに減少傾向や全体の資源量、適切な漁獲量を求めます。ここで重要なのは資源が移出入しないことです。例えば魚だったら泳いで他のところに行ったり、逆に来たりしますよね。ただハマグリは基本的に動かない。こうした内湾性で完結している環境だからこそ比較的簡単に科学的根拠に基づいた資源管理ができました。

現在では各都道府県が連携していないため、魚のように移動する対象物は科学的根拠に基づく資源管理ができていません。これを実現していくためには、各都道府県が連携して取り組んでいく必要があります。

 

*「DeLury 法は移出入のない資源の漁獲量と努力量データから, 努力あたり漁獲量の減少傾向を利用して資源量と漁具能率を推定する方法であり, 除去法または Leslie 法とも呼ばれる。」(https://www.ism.ac.jp/editsec/toukei/pdf/47-2-277.pdfより引用)

ーーもし今後、県などが連携するようになったら、他の水産資源も科学的根拠に基づいた管理ができて状況は大きく変わってくるかもしれないということですね。

村上:そうですね。ただ、なかなかそうした動きは難しいので自分たちのところだけでも管理するということは第一歩とは言わずとも、半歩前に進んでいると思います。できる範囲のことでもしないと駄目なんです。

――2年間の自主禁漁期間がありましたが、その時は反対などありましたか。

村上:さまざまな取り決めについては基本的に運営委員会が決めます。この運営委員会は漁協とは別なもので、それには僕は入っていないんです。父親は入っているので、そこからハマグリのことなど話してもらいました。

2019年4月からの自主的な禁漁期間についても最初に運営委員会が決めました。一度2020年に解禁する予定でしたが、ハマグリの身入りがまだ良くなかったので延期しました。解禁してほしい人たちもいましたけど、もう少し我慢することにしました。

――ハマグリの資源管理がひと段落したら次はアサリなどにも取り組む予定はありますか。

村上:恐らく無理だと思います。原因不明で日本全体で数が減っているので……。アサリは「採り過ぎた」というレベルではなくて、もっと広いところまで話を絡めていかないと資源管理ができないと思います。オオノガイも増やせないですね。オオノガイは砂泥にしか生息していないのですが、最近災害が多いせいで砂が大量に流れ込んでしまっていて。

僕はアサリの養殖はしていますけど、天然アサリを対象とした漁業はほぼ無理だと思います。

――養殖される際、稚貝はどこから持ってきたものなのでしょうか?

村上:地元に稚貝があるんですよ。年変動はありますけど一番多い時には300万個くらいは出荷しています。だから純国産で、自分のところの湾の稚貝で今は養殖できています。まだ独立していなかった頃の話ですけど、囲い網をして自然環境で稚貝を残そうとしたそうです。ただそれが難しくて、稚貝の販売・養殖に切り替えたみたいです。

別次元すぎて驚かれたハマグリ

――資源管理を始めてハマグリの質は変わってきましたか?

村上:結局一番良い時期に採っているので質は自然と良いものになったと思います。昔は夏場の方が採りやすいこともあって、ハマグリの産卵が終わった9月にも採っていました。そのため身の厚さが貝の3分の1くらいでペラペラのものもありました。ただ、しっかりと安定した価格で売っていくなら、そういったことはやめなきゃいけないと言う話もセンターとしました。それで一番良いタイミングで解禁するようになったんです。

――ほとんどをお店に直販しているそうですが、飲食店さん等のリアクションはどうですか?

村上:僕がハマグリを採り始めてから禁漁期間を含めて6年経ちますけど、最初の2年はあまり直販してませんでした。ただ一軒だけ資源管理する前から直販している飲食店があって、そこに去年卸したら「品質が別次元すぎてびっくりした」なんて驚いていました。

 


村上さんが採る本ハマグリ。大きいものでは写真のように300g近くになることも。

 

漁業者は普段仲買人との接点が少ないのですが、僕の姉の同級生で仲買人を継がれた方がいて、あと僕自身がセリをできるだけ見に行っていることもあって仲の良い仲買人がいたんです。その方から資源管理を始める前、身入りが悪いってクレームが入るようになったんです。「どうにかならんのやろか」って。それで他の漁師も流石にまずいなと感じるようになりました。

そこで海洋センターに身入りが悪い時期のハマグリを検査してもらって、ひどさを確認しました。けど漁師は悪い物の中で比較的質の良い物を見て「これいいな」って言うんです。だからそういう感覚もずれていたんですよね。漁師と仲買人の接点がないので身が悪いとか知らないんですよ。

だからこそ資源管理をして、良い時期に良いものを出すっていう感覚にみんなでしていく必要があるんです。

――漁師の数も減少する中で、村上さんは若い世代に漁師をどのように捉えて欲しいですか?

村上:魚の数自体が減っているので、棘のある言い方になってしまいますけど、今さら漁業者が増えても獲るものがないんですよ。僕の同世代とかが増えたら面白いですけど。昔は魚が獲れて儲かって、それで後継ができてという流れが当たり前でした。けど今は魚が少なくなってしまったので……。

――なるほど。難しい問題ですね。それでは漁獲量については一旦置いておいて、若い方が増えたら新たなムーブメントが起こしやすくなると思いますか?

村上:そうですね。隣の湾で同じ歳の子が漁師になっていますし、他のところでも2歳上の子が「海の民人育成プラン」**を使って入ろうとしているんです。面白いですよ、やっぱりそういう若い子が増えてくると話もできるし、いろんなことができそうなので。問題解決もしやすくなると思いますね。

 

**京都府の水産業の振興と北部地域の活性化に向けて、新たな個人漁業者や漁業経営体の育成、若手漁業者の経営力向上、加工・海業等の漁村ビジネスおこしのリーダーを育成する制度。https://www.pref.kyoto.jp/suiji/12400027.html
 
村上さん

 

魚をもっと大事にして欲しい

――水産業界全体はどのように変わっていってほしいですか?

村上:もっと魚を大事にするようになってほしいですね。もちろん漁師は魚を獲ってくるのが仕事です。ただそれだけではなくて、魚の扱いも全て大事にして、そしてその魚にちゃんと価値をつけられるような漁師が増えるのが一番良いなと思います。魚の扱いが雑な今のままでは美味しくないんだもん、消費者が魚離れしますよ。

ーー​​企業など大量にロットが必要になる側に対しては、今後どのように変わっていってほしいですか。

村上:まずは僕たちのやっていることを理解してもらいたいですね。どのような流通ルートにせよ理解してやっとスタートだと思うので。そこは早急に変わって欲しいです。

資源管理を短期的なものとして考えているのかもしれないですよね。ハマグリなんて、今保護しているものも少なくとも5年後まで増えてこないです。 だから、採れるハマグリの量が少なくても上手く利用してもらわないと、僕らの取り組みが報われない気がします。

それぞれがちゃんと正しい知識とか背景を理解してないと伝わらないですよね。数がないから高い。価格が高いのはなぜか、未来を見据えているからだということくらいはわかって欲しいです。

 

村上純矢(むらかみ じゅんや)
京都府出身の25歳。3歳から祖父に連れられ阿蘇海へ漁に出る。中学卒業後には念願の漁師となり、19歳の時に独立する。溝尻地区最年少の漁師として阿蘇海刺し網や貝掘り、延縄、一本釣りなど様々な漁法で漁を行う。
22歳の時にはハマグリ資源管理の必要性を京都府漁業協同組合溝尻地区運営委員会に訴え、その後京都府農林水産技術センター海洋センターと連携しながら資源回復プロジェクトを進める。また神経締めの技術を磨くなど魚の高品質化と付加価値向上を目指している。

 

取材・執筆:長澤奈央