前編では、「サステナブル・シーフード」には魚だけでなく、自然環境の大きな要素としての海洋への視点、将来世代の生活権への視点が必要であること。そしてグローバルコモンズとしての海洋を守る上で、金融業も無関係ではないこと、気候や自然環境に関連する企業リスクを公開する制度の導入によって、お金の流れが変わり始めていることを紹介いただきました。(前編を読む)
後編では続けて、ビジネスと企業の動きにフォーカスします。
――もともと「お金儲け」が生存原理だったはずの産業界や金融が、地球環境問題に耳を傾けるようになったのはなぜでしょう?
それは実際に環境破壊が進んで、ビジネスが成り立たなくなってきたからです。
実例はたくさんあります。たとえばバンコクで洪水が起きて部品工場がストップすれば、日本での製造が止まり、世界中のサプライチェーンが影響を受ける。環境資源が持続可能でなくては、ビジネスも持続可能ではないということに。みんな気づき始めているんです。
……というのが表の話です。しかし理由はもうひとつあります。
――と言うと?
新しいゲームが始まろうとしているんです。スウェーデンのある蓄電池メーカーは、自社の全工程がグリーンだという発信を始めています。電気は水力発電、工場は完全にカーボンフリーだと。……一部でもブラックな部分が残っていたらグリーンとは言えない。これが新しいルールです。
GX、グリーントランスフォーメーションができなければ、国際マーケットから排除されてしまう。どうやってこの新しいゲームで次の勝者になるかの戦略を、みんなが練っている。もっと言えば、GX競争を先取りして一歩先んじてやろう、そういう競争が始まっているのです。
――その方向転換は、日本ではどのように受け取られているのでしょう?
日本は、はっきり言って取り残されています。日本で「失われた30年」と言われる1990年代以降は、世界では激変の30年でした。
日本の停滞を招いた弱点のひとつが、専門性は大事にするけれど広い視野を持てないことです。シーフードの分野でも専門性だけでなく、社会、経済、政治、国の将来像を見なくては。小さい魚は獲らないように網の目を大きく……それも大事ですが、それだけ見ていたのでは先へ進めないんじゃないでしょうか?
今、地球で起きている問題の根っこはひとつです。海の問題、陸、空、森の問題は、別々の話ではない。長いトレンドで見ればひとつの要因から起きたことが、さまざまな分野で、それぞれの問題として顕在化している。そういう理解のしかたがあるんじゃないですか?
――そこからの変化が起きるには、何がきっかけとなるでしょうか?
きっかけは市民の声です。そのためには市民が現実を知ること、企業や政府は知らせることが第一歩です。そして市民の声を先取りして出していくのがNGOです。NGOの層が薄いことも、日本の弱点のひとつです。
それから、企業がもっとそれぞれの声を出すべきです。僕が仲間と一緒にJCI(気候変動イニシアティブ)*を立ち上げたのも、そのためです。
民間と政府が互いに互いを注視し、それぞれの立場で発言し、行動し、互いの背を押す、意志を持った関係性を促すことも、JCIの目標のひとつです。
日本では昔から「三方よし」とか「里山、里海を大事に」といった話をしますね。こうした自分の身の周りの視点だけでは、今のグローバルな、国境を越えた問題は解決できません。実際にブラジルの森の問題が、日本にもすごいインパクトを及ぼしているのが現実です。「世界あっての日本」であって、「日本あっての世界」ではないんです。
今、何より足りていないのは、この意識でしょう。極東の島でこじんまりと、和気あいあいと幸せに暮らす……ことは、もうできません。そんな時代ではない。
――末吉さんがそうした視点に目を開くことができたのは、どうしてでしょう?
海外での勤務生活が長かったり、帰国してからも海外との接点が多かったからでしょうか。日本と比べて、彼らの方が「本質」から攻めますね。それと問題意識が強い。これは大事です。
日本には、日本のよさがあります。でも弱点は、とかく表面にとどまりがちなんです。日本での議論はたとえば「CO2削減で、石炭火力発電はやめろと言われるけど、電気が足りない、どうする?」といった、目先の対策が中心。今の地球の大気中CO2濃度がいくらか、なぜその濃度になったのか、このまま増え続けるとどうなるのか、それを防ぐためにはどうしたらよいのか、という発想がありません。
――自分で根本から考えないこともですが、自分たちの意見を表立って言わない企業が多いことも、肌で感じます。
そうですね。「陰徳あれば陽報あり」という言葉があります。「よいことは黙ってやるものだ」という、そういう考え方は、たぶん儒教の影響だと思います。
一方では経団連のような団体があって、「みんなで言う」チャネルを持つ代わりに、団体の意見と違うことを個別に発言はしにくい、という文化もあったと思います。
でも、そうした企業文化は今まさに変わりつつあります。JCIもおよそ700の会員のうち、500社を越える企業が参加しています。今どき「業界団体の言うとおりにしていたら業績が落ちた」というわけにはいきません。結果は自分の責任なんだから、自分の考えを言えばいい。そう変わってきた理由は簡単で、世界のマーケットで、世界の風に吹かれ始めたからです。企業としては当然の行動です。
そして今の時代、国民も、企業が「何をめざしているのか」に関心を持っています。うちの会社はこんなことを考えている、と伝える義務が企業にはあるし、消費者はそれを知りたがっています。
今はもう、社長が自社のことだけ語っていればよい時代ではありません。社会問題に対しても発言するのが、これからの経営者です。ビジネスは社会全体を相手にしているのですから、本業だけに専念しているのがよいCEO、ではないんです。
末吉 竹二郎
UNEP FI特別顧問。1967年東京大学経済学部卒業、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。1994年ニューヨーク支店長、取締役、96年に東京三菱銀行信託会社(NY)頭取。98年日興アセットマネジメント副社長に就任、在任中にUNEP金融イニシアティブ(FI)運営委員に任命される。2002年以降は環境問題に本格的に関わり、UNEP FI東京会議を招致、「東京宣言」の発表に尽力。2003年UNEP FI特別顧問に就任。2011年、公益財団法人自然エネルギー財団代表理事副理事長。2018年、JCI(気候変動イニシアティブ)設立、代表就任。同年、公益財団法人WWFジャパン会長。
取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。