日本の銀行が果たす水産業界のサステナビリティ向上への可能性と期待

日本の銀行が果たす水産業界のサステナビリティ向上への可能性と期待

力強いブルーエコノミーを実現するための、健全な海洋の価値

海洋は、様々な商品やサービスの基盤であり、その多くは健全な生態系の上に成り立っています。水産物の生産、生産地での消費、ソフトコモディティとしての取引なども健全な海洋が提供するもっともよく知られたブルーエコノミーが提供するサービスです。

しかし現在、希少生物を殺傷したり海洋の生息域を破壊するような漁業が、海洋生態系の健全性を脅かす最大の脅威となっています。さらに、気候変動および生息地の破壊などの問題も、複合的に問題として加わっています。同時に、養殖業においても天然漁業においても、水産業における人権の問題、労働者の安全確保の問題、および労働基準違反などがますます、メディアで注目を集めるようになっています。水産業界のサプライチェーンは複雑かつ不透明であり、複数の国をまたぐものです。そのため、これらの自然、気候、そして社会に関わる問題はしばしば、人目に触れることなく見過ごされています。しかし、これらの問題は、水産企業に対しても、水産企業に融資する金融機関に対しても、評判、市場、および規制の面で著しいリスクを生じさせる可能性があります。

日本は、水産物を多く消費生産する国です。そのような国においては、水産業界のサステナビリティ確保は、海洋の健全性だけではなく、食料および収入を海洋に依存する人々にとっても極めて重要です。さらに、日本の銀行は、水産物のバリューチェーン全体の企業にとって、主要な貸し手、アドバイザー、および投資者であるため、上記のリスク全てにさらされている可能性があります。しかし同時に、業界の取り組みのパフォーマンス向上を促進できる、唯一無二の立場にもあるのです。

 

 

水産業界における環境および社会面のリスクの経済的影響

世界自然保護基金(WWF)と Metabolic による 2021年の調査では、今後15年で、富栄養化、乱獲、生息地の質の低下、および病気の発生などの要因で、約1兆 9,300億 – 2兆8,900 億米ドルもの水産業界関連のアセットと収益¹がリスクにさらされる可能性があることがわかりました。近年、投資先の気候関連のリスクへの対応においては、著しい前進が見られます。しかし、World Benchmarking Association(WBA)がこのほど行った分析では、金融活動が自然界にもたらす影響を特定するプロセスを確立していると回答した金融機関は、5%未満にとどまっていることが判明しました。

日本の企業およびその投資家は、特にこうしたリスクにさらされている可能性があります。Planet Tracker による 2020 年の調査では、水産物を短期的に集中して行う生産方法による環境への影響が「大規模水産企業の財務にも現れ始めている」ことが明らかになりました。大規模水産企業の中で最も大きな割合を占めるのは、日本の企業です。そして、日本の天然漁業および養殖業による生産量は、1985年から2017年にかけて85%も下落し、すでに斜陽の様相を呈しています。Planet Tracker は、その大きな理由として、海洋資源への過剰な負荷を挙げています。

 

1: これは、天然漁業および海産養殖業両方のバリュー・アット・リスク(VAR)を合わせた見積もりです。額の幅は、サステナブルな開発を行った場合と現状維持(BAU)の場合を表しています。

 

水産業界関連の E&S リスクの管理および機会の特定のための枠組

金融機関は、世界経済をよりサステナブルな事業慣行に移行していくにあたって、強力な役割を果たし得ます。WWFのシンガポールのサステナブル金融チーム(WWF-SG)では、こうした役割を認識し、2017年を皮切りに、毎年、『サステナブル・バンキング・アセスメント(SUSBA)』という報告書において、銀行が環境および社会面の取り組みをどれほど導入できているか、その進捗を評価し、その結果を公開してきました 2 。

2020年に、WWFでは、銀行が環境および社会面の取り組みをどのようなアプローチで導入しているか、その範囲と質について詳しく評価するため、業界ごとの評価を追加し、まずは重要な業界である、エネルギーとパーム油から調査を開始しました。

2023年には、第3の業界として、水産業界も評価対象に加わりました。それは、水産業界は主要なタンパク源の供給元としての重要性を増しているとともに、 ESG 関連の課題も大きくなっているからです。WWF シンガポールでは、水産業界のベースライン評価において、銀行は現在貸付先の水産企業における環境および社会面のリスクをどのように管理しているのか、そして具体的にどの分野が具体的にどの分野が最も追加支援を必要としているかを理解するために、水産企業への貸付額が大きい、41 の貸し手 3の一般開示資料を分析しました。このうち 20% 超を占める日本の 9 行も分析対象となりました。

 

2: 2022 年 1 月に公開された最新の SUSBA アセスメントでは、11ヶ国の54行を対象としました。その中で特に注目したのは、ASEAN 、日本、および韓国の銀行です。これは、この地域が気候および自然関連のリスクに対して特に脆弱であるからです。

 

3: 2022年の海産業界についてのベースライン評価は、バリューチェーンの生産、中流、および下流における重要な海産企業に最も多くの資金を提供していることが特定された 41行を対象としました。評価対象とする銀行の選定方法について、さらに詳しくは、報告書Above Boardの 4 – 5 ページをご覧ください。2022 年のベースライン評価の対象となった全ての銀行の一覧は、13ページをご覧ください。このベースライン報告においては、評価結果は全て匿名化されています。

 

2022年の銀行の水産業界向けポリシーのベースライン評価で得られた重要な知見

WWF の調査によって、多くの銀行がこの分野の環境・社会リスクの管理の必要性を認識しつつも、現段階の方針は、こうしたリスクへの防止や管理には不十分であることが浮き彫りになりました。

1.  評価された銀行の半数余りは、水産業界に環境・社会リスクが存在していることを認識している旨を表明しています。しかし、水産業界についての方針を開示しているのは、わずか 20% でした。方針を開示している銀行においては、天然漁業を行う顧客に対する基準が最も確立されています。たとえば、MSCやASCなどのサステナビリティ認証に関連する提案や、IUUを撲滅し、一般的な人権、労働者の人権を尊重する責任が含まれていたりします。
しかし一方で、養殖業者や川下の企業に対して期待されている、その他の詳細な重要項目については示されていないことが多いです。例えば、漁獲管理戦略の記録、環境収容や環境への影響分析、外来種や遺伝子組み換え/ゲノム編集によるリスクを最小限に抑えるためのプロセスの導入、飼料原料のサステナビリティの確保などが挙げられます。
評価された日本の 9行においては、現在水産業界についての方針を開示している銀行はありませんでした。

2.  評価された銀行のほぼ全て、具体的には98%は、グリーンな金融商品(グリーンボンド、グリーンローン、サステナビリティリンクローン)を提供していました。しかし、そのほとんどは、現時点ではエネルギー業界における気候関連のリスクへの対応を意図したものであり、食料システムのサステナビリティ、または特にブルーエコノミーを支えるために設計された金融商品は、依然としてはるかに少数にとどまっていました。とはいえ、水産業界のサステナビリティについての取り組みは加速しており、評価した銀行のうち 7 行(17%)(うち 2 行は日本の銀行)はすでに、具体的に水産業界を対象にして、そうした商品を開発していました。

 

 

最後に、Ocean Risk and Resilience Action Alliance(ORRAA)および国連環境計画金融イニシアチブである Sustainable Blue Economy Finance Initiative(SBE FI)など、コミットメントに基づくサステナブルな水産業界への金融イニシアチブに現在参加している銀行は、評価された銀行のうちわずか12%にあたる5行にとどまりました。しかし、評価の時点では、評価されたいずれの日本の銀行も、こうしたイニシアチブには参加していませんでした。

 

日本の銀行は水産業界においてどのようにサステナビリティ向上を促進できるか

持続可能な海洋経済への移行を加速していくにあたり、2030年までの目標、SDGs目標14である「海の豊かさを守ろう」、そして生物多様性枠組およびパリ協定にて示されている各目標を実現するには、今後の数年間が極めて重要となります。気候および自然関連のリスク管理を推進する動きが引き続き活発化し、私たちの海洋資源を守ってサステナブルな形で管理していくことにコミットメントを表明する国が増える中で、銀行は確実に、それぞれの水産業界関連の環境・社会リスクを効果的に管理し、ネイチャー・ポジティブのソリューションに投資する機会を積極的に模索していかなければなりません。

水産物分野のESGリスクや機会に対する取り組みが始まったばかりというのは日本の銀行だけではありませんが、彼らは水産業界が持続可能な慣行を推進する上で、リーダーシップを発揮できる唯一無二の立場にいます。
特に、TNFD(Task Force for Nature Related Financial Disclosures)の提言が今年後半に最終化され、公表されると、銀行はESGのリスク管理のための関連方針の策定を急ぎ始めると予想されます。特に、水産業界のように、健全な自然資本に依存していることが明らかな分野ではなおさらです。
そのため、貸付先の水産企業を通して環境・社会リスクにさらされる危険を減らし、サステナブルな水産業界に移行していくための機会を捉えるために、日本の銀行が実施できる、そして実施すべき取り組みを以下に挙げます。

水産業界を対象に、顧客の期待を国連環境計画金融イニシアチブの Sustainable Blue Economy Finance Initiativeベストプラクティスについてのガイダンスおよび提言内容に沿う方針を策定および公開すること(特に「Above Board framework」の 指標 2.1.1 – 2.4.5)

1.  水産業界関連の環境・社会リスクに対して、銀行全体で生物多様性、気候、森林破壊、および人権をテーマに策定しているより幅広い方針の一環としての対応を検討すること

2.  それぞれの水産業界の貸付先の評価を定期的に行って E&S リスクにさらされる危険がないかを確かめ、顧客に積極的に働きかけてサステナビリティ向上を支援すること
金融犯罪に関するそれぞれの方針およびプロセスを拡張して、違法、無報告、無規制(IUU)漁業も対象に含めることを検討すること。

3. 既存のグリーン金融の枠組を活用して、「ブルー」分野に的を絞った金融商品を開発し、よりサステナブルな水産業界への移行を支えること

 

 

銀行がこれらの提言を実施できるよう支援するための、今後行うべき事項およびリソース

現在の水産業界に広く蔓延する、海洋環境に負荷を与える漁業の存在や違法な操業によって、環境面、社会面、および金融面で重大なリスクが生じていることは、多くの証拠によって明らかになっています。こうしたリスクの影響は、今まさに、サプライチェーン全体、およびサプライチェーンに貸付を行う貸し手にも及んでいるのです。同時に、水産業界に破壊的かつ違法な慣行をやめさせ、よりレジリエント、サステナブル、そして責任ある仕組みに移行させるにあたっては、金融業界も大きな役割および責任を引き受けるべきであるということも、ますます明確になっています。しかし、金融業界の対応は、現時点では緩慢なものにとどまっているというのが実情です。

金融機関が上記の提言内容を実施するのを支えるために、WWF では、各自のペースで学べるeラーニング講座 Seafood Sustainability 101 for Finance Professionals を開発しました。この講座は現在、無料で提供されており、受講者を募集中です。さらに、シーフードレガシーと提携して、4月21日に日本の金融機関を対象にウェビナーを実施しました。ウェビナーには、20の金融機関を含め、約170名の方々がご参加くださいました。

WWFでは、銀行がどのようなアプローチで貸付先の水産企業の気候および自然関連のリスクに対応しているかの上記の調査に加えて、15の日本の投資元を含めた、各国のアセットマネージャーがこれらの問題にどのように対応しているのかについても、このほど調査結果を公開しました。また、自然保護および生物多様性についての取り組みに注力している 5 団体からなる連盟に参加し、投資家の力を活用して、極めて重要な自然および生物多様性関連の影響およびリスクについて水産企業に働きかけを行うイニシアチブを、このほど立ち上げました。

2023年を通して、WWFでは、上記の提言内容が各機関のポリシーおよびアプローチに取り入れられるよう、ベースライン評価の対象となった金融機関と相互に働きかけられる体制の構築を目指します。来年には、年次の進捗を報告予定です。

上記の調査またはイニシアチブのいずれかについてさらに詳しい情報が必要であれば、シーフードレガシー<info@seafoodlegacy.com>までお問い合わせください。

 

WWF-US、Ocean ESG マネージャー
ローレン・メーガン・リンチ