日本の水産企業 人権対応 今後の課題は?

日本の水産企業 人権対応 今後の課題は?

劣悪な労働環境のもと仕事をさせられたり、強制的に労働や性的搾取などをさせられている、いわゆる「現代奴隷」と言われる人々の数は少なく見積もっても世界で4,000万人以上いると言われています。

水産業も例外ではありません。2021年、中国の遠洋漁船による東南アジア人の強制労働や国際条約で禁止されているサメのヒレ切り行為などの違法な捕殺が報告されており、犯罪行為を犯した漁船が漁獲したマグロ類が、最終的に日本市場に入ってきていることが指摘されました※1

ビジネス全体を見ると2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」が国連で採択されて10年以上経ちました。日本でも2020年に関係省庁から「『ビジネスと人権』に関する行動計画」が公表され、企業の人権問題への対象を求める政策がすすめられています。

では、日本の水産企業の人権問題への取り組みはどれくらい進んでいるのでしょうか。現状と今後の課題について、国際人権NGO、ヒューマンライツ・ナウが作成した「日本の水産業関連会社に対するアンケート結果報告」から紐解いてみましょう。

報告書によると今回調査対象となったのは、日本の水産関連会社11社(マルハニチロ株式会社、 日本水産株式会社、イオン株式会社、株式会社セブン&アイ・ホールディングス、三菱商事株式会社、三井物産株式会社、伊藤忠商事株式会社、住友商事株式会社、丸紅株式会社、株式会社極洋、横浜冷凍株式会社)。ヒューマンライツ・ナウから各社にアンケートが送付され、極洋と横浜冷凍の2社以外から回答を得ました。

○人権方針

まず、人権尊重責任の取り組みの柱となる「人権方針」の策定状況については回答のあった9社全てが策定していました。特に、住友商事では役職員を対象に有識者セミナーやイーラーニングを定期的に実施していました。人権方針の策定は人権問題の取り組みの基礎となりますが、策定をして終わりではなく、いかに社員に浸透させていくかが実効性のカギとなります。そのため、「継続的な研修が必要不可欠」であり、さらには「その実効性の検証」も必要と報告書は述べています。

○サプライヤーの把握とサプライヤーリストの公開

水産業界のサプライチェーンは複雑です。漁業・養殖業者といった生産現場だけではなく、卸売業や加工、流通、輸出業者などさまざまな事業者がかかわっています。自社製品の生産、製造にどの国のどんな事業者がかかわっているのかをまず把握することは、人権侵害を未然に防ぐだけでなく、問題が発生した際に責任の所在を明らかにし、迅速に対応することに繋がります。またその情報を公開することで透明性と説明責任を果たすことができます。

しかし、サプライヤーリストの把握や公開については、9社全てが一次サプライヤーを把握しているものの、公開には至っておらず、二次、三次サプライヤーについては原産地や水産物によって把握状況が異なるなど、取り組みに改善の余地があることが明らかになりました。

○人権デュー・ディリジェンス

人権デュー・ディリジェンスについてはどうでしょうか。人権デュー・ディリジェンスとは、サプライチェーン上の人権リスクを特定し、予防、軽減、救済することを意味します。この点については回答のあった9社の内、1社を除き、実施していました。ただ、イオンのようにどのような方法で人権デュー・ディリジェンスを行ったかについて公開している企業がある一方、全く明らかにしていない企業もありました。人権デュー・デリジェンスは実施方法が具体的に決まっているものではないため、報告書は「具体的な実施方法と内容についての情報開示」を今後の課題としてあげています。

○ステークホルダーエンゲージメント

人権リスクを見出していく上で重要になるのがステークホルダーエンゲージメントです。事業によって影響を受けるステークホルダーの視点に立ち、どのような人権侵害が生じる可能性があるのか、常にさまざまなステークホルダーと情報収集を行うことが人権リスクを見出すことにもなり、予防・軽減措置をとることにつながります。

この点においては、マルハニチロと日本水産は海洋サステナビリティのための国際的なイニシアチブである“SeaBOS”を通じて、また三菱商事は国際環境NGO、WWFジャパンを通じて定期的な情報交換を行うなどさまざまな取り組みが見られました。報告書では、実施した事実だけでなく、取り組みによって提起された人権リスクやそれに対する対応方針などを開示することが望ましいとしています。

○救済手続き(グリーバンス制度)

人権侵害は起こらないことが一番ですが、重要な対策の一つとして、起きてしまった場合に、被害者の救済へのアクセスを保障するために、グリーバンス制度を予め設置しておく必要があります。自社だけでなくサプライヤーの労働者も利用できるグリーバンス制度を設置している企業は2社(イオン、セブン&アイ・ホールディングス)のみで、マルハニチロは漁船上の労働者が利用可能な制度を一部設置していました。

グリーバンス制度は単に苦情受付窓口を設置すればいいというものではありません。水産業であれば船上にいる労働者が利用できるかどうか(通信環境)、多言語に対応しているかどうか、そもそも、対象者に制度が周知されているかどうかも重要になります。

この点、イオンの場合は多言語対応をしていたり、マルハニチロの場合は全てではないものの一部の海外グループ会社を対象に船上の労働者がアクセスできるよう制度を実施していました(但し、仕組みの詳細は不明)。

今後求められる課題4点

報告書では、各社が人権方針を策定し、指導原則に則った一定の対応をしていることを一定評価するものの、以下の5点を今後の課題としてあげています。

・二、三次サプライヤーを含むすべてのサプライヤーの把握と公開
・モニタリング手法として、管理者対象のアンケートだけではなく労働者を対象としたインタビューの実施と結果の公開
・実効的な監査体制や人権デュー・ディリジェンス体制の実施と、そのプロセスや結果の公開
・漁船乗組員の労働者が現実的にアクセス可能な実効的な救済制度の構築
・水産業のステークホルダーとの継続的なダイアログの実施

これらの実施には労力も経費もかかるものではありますが、誰かを犠牲にせず、安心して食べられる水産物を提供するためには必要なものであり、ビジネス上、競争力の強化にも役立ちます。日本の水産業界の人権侵害対応はまだはじまったばかりですが、世界的な潮流をふまえ取り組んでいくことが、今後の成長戦略のカギとなるでしょう。

 

日本の水産業関連会社に対するアンケート結果報告ダウンロードはこちら

※1 2019から2020年の間に、中国の水産会社「大連遠洋」が運営するマグロ漁船「ロンシン629」の乗組員10人が長時間労働を強いられた上に、不十分な食事、水しか与えられず、病気になっても治療を受けさせてもらえなかったため死亡。漁獲されたマグロは、洋上で転載され、最終的に三菱商事とその子会社、東洋冷蔵​​に購入された。(詳細