国際金融のスペシャリストが語る。日本の水産が進むべき道とは(前編)

国際金融のスペシャリストが語る。日本の水産が進むべき道とは(前編)

2021年9月、ニューヨークで「国連食料システムサミット」が開催され、水産を含めた食を「システム」として捉え持続可能な食料システムへと転換していくことの重要性が示されました。東京大学内のグローバル・コモンズ・センター※も、まさにその食料システムの改善を目標に掲げ設立された機関です。

グローバル・コモンズ・センターのダイレクターを務める石井菜穂子さんは、国内外の金融機関を経て、2012年には地球環境ファシリティ(GEF)のCEOに就任。そして2020年にGEFでの任期を終了し、東京大学理事、同大学の未来ビジョン研究センター教授、グローバル・コモンズ・センターのダイレクターに就任しました。

地球環境を守るため世界の最前線で活動を続ける石井さんに、サステナビリティに関心を持ったきっかけや、理事として参加しているSeaBOSについてお話を伺いました。

※グローバル・コモンズ・センター・・・グローバル・コモンズ(地球という人類の共有財産)の責任ある管理(Global Commons Stewardship)に関して国際的に共有される知的枠組みの構築を進めるため、2020年に東京大学未来ビジョンセンター内に開設。

 

石井菜穂子(いしい なおこ)
東京都出身。1981年東京大学経済学部卒業、大蔵省入省。IMF政策審査局エコノミスト、ハーバード大学国際開発研究所研究員、世界銀行東アジア局(ベトナム担当)、金融庁証券取引等監視委員会特別調査課長、財務省国際局開発機関課長、世界銀行スリランカ担当局長等。2006年「長期経済成長を支える制度に関する研究」で東大博士(国際協力学)。2010年副財務官。2012年地球環境ファシリティ(GEF)の統括管理責任者(CEO)に就任。2020年より東京大学理事、未来ビジョン研究センター 教授、グローバル・コモンズ・センター ダイレクター。

 

地球の危機的状況に関心のなかった自分に、社会に、ショックを受けた

——石井さんは1981年に大蔵省(現財務省)に入省され、国際通貨基金(IMF)、世界銀行などを経て2012年に地球環境ファシリティ(GEF)のCEOに就任されました。サステナビリティに関心を持たれたきっかけは何だったのでしょうか。

私が大蔵省に入った当初は、世界的にもサステナビリティに対する関心は低かったと思いますし、私自身にとっても全く身近なものではありませんでした。

そんな中、私がサステナビリティに関心を持ったのは、2012年にGEFのCEOが公募されることになり、私に声がかかったことがきっかけです。それが2010年頃で、地球環境問題について調べるようになりました。そして、科学的知見を次々と突きつけられ、地球環境が非常に切羽詰まったところまできていることがわかりショックを受けましたし、自分を含め財務省やIMF、世界銀行などの金融機関も、社会全般も、それまで地球の危機的状況にほとんど注意を払ってこなかったということにもショックを受けました。

 

水産業によるPlanetary boundaries(人類が生存できる安全な活動領域とその限界点)への影響
(グローバル・コモンズ・センター 資料より)

 

その後、徐々にサステナビリティの問題が注目を集めるようになり、2015年にはSDGsや国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)のパリ協定といった形で結実し、それが底流となって社会が目覚めつつあると思います。ですが、日本はまだサステナビリティに対する取り組みが本腰ではないと感じています。

 

海のサステナビリティに向け、皆が歩む道筋を描く

——石井さんは、世界的大手の水産会社10社と科学者による国際イニシアチブであるSeaBOSにも参加されています。関わりを持ったきっかけは何だったのでしょうか。

SeaBOS立ち上げの準備が本格的に始まった2016年前後から話は聞いていました。SeaBOSの発端は、世界の水産物関連企業の上位に位置し水産業の未来を左右すると判断される企業「キーストーン・アクター」が連立することで、大きなシステムチェンジができるのではないかという発想でした。当時私はGEFのCEOで、その仕事の中でも水産資源を含めた海のサステナビリティは大きな課題でしたので、SeaBOSの立ち上げに関心を寄せていました。

2018年にSeaBOSが発足した当時も私はGEFにいたのですが、SeaBOS マネジングディレクターのマーティン・エクセル氏と国際会議で会う機会があり、活動状況などは聞いていました。2020年にGEFの任期を終了して日本に帰国したのち、2021年にマーティン氏からSeaBOSの理事になってほしいと声をかけられ、参加しました。

——実際にSeaBOSに参加されて、どのようなことを感じていますか。

私自身はSeaBOSで動きはじめてまだ2年ほどなのですが、やっと基盤ができつつある段階だと思います。一社ではできないことを皆で実現するというところまで持っていくためには信頼関係の醸成が必要で、短期間で簡単にできることではありません。参加しているのは皆ライバル企業ですし、ライバル同士協力して何かをしようということに慣れていない企業もあります。

欧米では企業がプレコンペティティブステージ(非競争領域)とコンペティティブステージ(競争領域)を区別して、プレコンペティティブステージで業界のルールをつくったり皆で投資をしたりすることで業界を整え、そこからコンペティティブステージに入って競争をスタートするということがよくあります。日本の企業も経験を重ね、この概念を理解する必要があります。

また、SeaBOSは科学者と企業が協力し活動する組織ですので、その両者の信頼関係を構築することも重要です。科学者は海のために重要なことを提言し、それに対して企業は受け入れたり議論をしたりというふうなキャッチボールができるようになっていってほしいと思います。

協働して問題に取り組むという経験が少ない中で重責を担っているのがSeaBOSですが、重要な機会ですので、日本の水産とサステナビリティのために継続し、やるべきことを実現していってほしいと思っています。また、日本の企業同士はもちろん海外の企業とも協力して、世界の海のためにできる取り組みを進めていくことがこれからの課題です。

——これから水産業界が変わっていくために、SeaBOSにはどんなことを期待していますか。

SeaBOSが目指していることは、消費者を含めて水産がどのように変わっていけば利益を生み出すと同時に広く一般にサステナブル・シーフードを供給できるかという道筋を描くことです。SeaBOSが正しい道筋を描くことができれば、それは中小企業を含めた全ての関係者にとって良いことであるはずです。

簡単には解決できない大きな問題に関して、それに対処するためのルールをつくるのがSeaBOSの役割です。例えばIUU漁業の問題も、まずはSeaBOSのキーストーン・アクターが協働して取り組むべきで、1社だけ、もしくは中小企業だけで解決することはできません。必要に応じてSeaBOSがまず道筋を描き、その道をどのように進むかを中小企業の皆さんにも考えていただくことになるかと思います。

 

後編では、食料を「システム」と捉える概念や改善のために必要なこと、私たちが今後持つべき姿勢などについてお話を伺います。>>>

 

取材・執筆:河﨑志乃
デザイン事務所で企業広告の企画・編集などを行なった後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター/フードコーディネーター。大手出版社刊行女性誌、飲食専門誌・WEBサイト、医療情報専門WEBサイトなどあらゆる媒体で執筆を行う。