後編では続けて、具体的な取り組みのプラットフォームについて、そして日本へのメッセージをうかがいます。
――アメリカの食品ビジネスでは、安全性とサステナビリティがリスクマネジメントの要、というお話がありました。具体的にはどのような対応が行われているのでしょう?
リスクマネジメントを支えているのは、各種の認証制度です。食品安全性ならGFSI*が、個別の認証制度を世界基準で承認しています。10年前には日本でほとんど知られていなかったと思いますが、2018年には東京でもGFSIが「世界食品安全会議2018」を開催しています。
食品の安全規格として、SQF(アメリカ)やBRC(イギリス)などとともに、日本のJFS(Japan Food Safety)規格がGFSIに承認されたのは、大きな前進でした**。こうした認証は、最高レベルの安全性の保証です。私のような大口のバイヤーとしても、それだけで十分なリスク管理になります。
同様に、シーフードのサステナビリティを保証しているのがGSSI(Global Sustainable Seafood Initiative、世界水産物持続可能性イニシアチブ)です。GSSIの承認を受けた認証制度としては、ASC、MSC、BAPなどがあり、日本独自のサステナブルシーフード認証であるMELもそうです。こうした認証があれば、大手を振って世界市場に出すことができます。
安全性のGFSIとサステナビリティのGSSIに加えて3つめに、エシカルソーシングにフォーカスするイニシアチブ、SSCI***があります。サプライチェーンの始点から終点まで、人権侵害などの問題がないことを保証するものです。この3つが国際市場でものを言う3本柱となります。
――日本の生産者たちはどのくらい、そうした条件をクリアできていますか?
たとえば鹿児島拠点を拠点とする、グローバル・オーシャン・ワークスグループの「アクアブルー」は養殖ハマチでASC認証を取っていますが、そのハマチは9割がた、うちが買っているんじゃないでしょうか。ASC認証があるということは、GFSIとGSSIの両方をクリアできているということです。
実はハマチはもっと欲しい魚種で、本当は今の3倍も4倍も買いたいんですが……他にも仕入れ元の候補はあるのですが、生産設備がGFSI、安全性の認証を取れていないので扱えず、悔しい思いをしているところです。
――買い手の顧客企業との間には、意識のギャップがありそうですね。
そうですね。でもありがたいことに、日本でも複数の生産者が我々のリクエストに応じてGFSIを取っています。認証を取った直後の生産者から、待ってましたとばかりにコンテナ1本分を購入したこともあります。
サステナビリティは大事だけれど、そこに食品安全性が加われば、世界のマーケットが目の前に開けます。そうすることで、サステナブルな水産品をより広く、多く、遠くまで、届けることができます。
私が扱う買い付けでも、生産者がGFSI、GSSI、SCCIをクリアしていれば、アメリカのどんなうるさい大企業にでも持っていけます。顧客から個別の認証を求められていなくても、安全で、サステナブルで、社会的に責任ある調達ができていると、安心していられるのです。
――ところでCCLでうたわれている、寿司とシーフードを「クリーンでグリーンに」というテーマに、ご自身はどうやってたどりついたのですか?
私がアイルランド政府商務庁で働いていたときに、オーガニック認証サーモンの養殖業者と出会ったのが始まりでした。
アイルランド西部にある養殖場でしたが、そこで話を聞いて、自分がふだん接している食べものに使われている薬品の多さを知って驚きました。そのサーモンの北米輸出を支援して以来、私はクリーンなサーモンのファンになってしまったのです。
――そこから寿司へはどうやって?
アイルランド政府商務庁を辞めた後、友人の紹介があって、アメリカでシーフード部門を立ち上げようとしていた日本の商社でスーパーフローズン(超低温冷凍)の水産品を扱う部門にコンサルタントとして就職しました。
その部門は2008年に、鮮魚の小売と卸の「魚力」に売却され、私もいっしょに日本へ移りました。魚力の在職中は、店頭にも立って「イラッシャイマセー」と叫んでましたよ! 日本全国の漁港を訪ねたり、魚力では本当にたくさんのことを学びました。
その後2016年に独立して今の会社を立ち上げると、クライアントから私の経験と知識を彼らの寿司事業に役立てることを求められた、というわけです。日本での経験が、今のCCLの仕事につながっています。
今では自分でも寿司の大ファンで、本マグロが大好きです。……でも実は、日本人の妻が結婚前、私を寿司店に連れていくまでに1年かかりました。ある日ついにマンハッタンの寿司店に連れていかれ、ひと口食べて私はトイレに駆け込み、口の中のものを吐き出しました。ところがトイレから戻ると、彼女は店主と笑い転げている。「何がおかしいんだ? 僕らは生の魚なんて食べたことないんだよ」と憤慨して言うと、「あれは野菜ロールよ」。目からうろこが落ちた瞬間でした。
――率直なところ、企業とNGOとの関係はどんなものなのでしょう? 企業にとって得るものはあるのでしょうか?
おおいにあります。現在のように安全でサステナブルなシーフードを流通させるために不可欠なのが、第三者による認証です。このために活躍するのが、非競争コラボレーションです。いわゆるNGOの活動とも重なりますが、多くの企業が参加しています。
私たちが参加している活動のひとつに、水産物のトレーサビリティーの基準づくりを行う、GDST(Global Dialogue on Seafood Traceability)があります。生産から流通の末端までをシームレスにつなぐトレーサビリティが確保できないことには、安全性もサステナブルもあやしくなってしまいます。
このトレーサビリティを確保するには、第三者の認証が不可欠です。企業が「この魚はサステナブルな漁法で東京湾で釣りました」と言ってもダメです。直接の利害関係者では信頼性が担保できないのです。
だから、NGOや非競争プラットフォームは私企業にとってベネフィットになるか?というご質問への答は、100%イエスです。
私たちはGDSTに参加することで、完全に透明性の確保された、トレーサブルなサプライチェーンを手に入れました。これでクライアントからの信用度が上がり、新しい取引も成立しています。GDSTに参加した直接的な結果として、ビジネスが伸びているのです。
マグロの資源保全を目的とするGTA(Global Tuna Alliance)にも参加したことで、北米中のスーパーと商談ができるようになりました。最大クライアントのWegmansも、GTAに参加しています。こうして長年にわたり、いろいろな団体とつきあってきたことが、考え方はもちろんですが、ビジネス面でも大きなベネフィットにつながっています。
私はいつも日本のASC、MSC、MELの事務局と連絡をとりあって、日本の水産関連で誰が認証を取ったか、常に探しています。認証がまず第一の指標となって、商品を扱える取引先の選択肢に入ってくるからです。
――日本の水産業者と取引する中で、どんな印象をお持ちですか? 率直に望まれることなどは?
日本はシーフードについて、圧倒的なレベルの高さを世界から認められています。西洋では店頭に届く前に魚の半分が捨てられてしまいますが、日本では魚の9割を活用し、あらゆる食べ方を知っている。
各国料理の中でも、過去50年間アメリカで最も大きく伸びたのは日本食です。特に魚、水産物については全世界で最も傑出していると見られています。寿司と刺身の生まれた国──イメージによる先入観と言えばそうですが、日本はあらゆる意味でシーフードを知り尽くしていると思われているのです。
日本はこの状況を利用するべきです。これ以上の売り込みもマーケティングも必要ない、するべきことは「買い手を理解すること」だけなのです。つまり私が言いたいのは、アメリカへ商品を持ってくるなら、買い手を理解してほしい。英語のラベルをつけてほしい。栄養表示もこちらの様式に合わせてほしい。そしてせっかくなら、私たちが何を買いたいと思うか、聞いてほしいのです。
これは日本の水産物輸出促進に関わる方々に言いたいのですが、お金をかけて欧米のバイヤーを日本に連れていくよりも、むしろ逆に、日本の生産者にここへきて、一般消費者を見てほしい。スーパーマーケットで3時間、買い物客を観察してほしい。
たとえば「ふりかけ」をこちらで店頭に置いたとします。普通の主婦がこれを見たら「え?これ何?どうしたらいいの?」となるでしょう。でも「天然素材の調味料で、減塩で、子どもも食べられる」とわかれば、手に取ってくれるかもしれません。相手の言葉で、伝わるように説明することが必要なんです。
日本の今のアドバンテージは、永久には続かないのではないか、と私は思っています。だからこそ、今のうちにそれを利用して、日本の水産品をきちんと浸透させたいのです──高品質なのはもちろん、安全で、サステナブルで、エシカルなサプライチェーンから来たと、胸を張れるものとして。
Michael McNicholas(マイケル・マクニコラス)
アイルランド出身、ニューヨーク州在住。日本の商社、鮮魚小売・卸売企業を経て、2016年にCCLを創立。北米でテイクアウト寿司を提供する企業を主な顧客に、安全で持続可能な最上品質の食材を提供する。同社が初めてアメリカに本格導入した超低温冷凍マグロは、現在では全米2,000を越える小売店・飲食店に展開。他にも米国の地元漁業者に日本の漁法や加工法を紹介するなど、寿司や刺身の食文化のローカライズに尽力。
取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。