英国ウナギ事情。日本の外からウナギの問題を見つめ直す(後編)

英国ウナギ事情。日本の外からウナギの問題を見つめ直す(後編)

違法に漁獲された水産物の流通を阻止するための法律「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律」(水産流通適正化法)が2020年12月に成立し、その施行に向けた制度検討会議が開かれています。2021年8月の第4回会合では規制対象となる魚種をまとめ、国産水産物(特定第一種水産動植物)については、当初から想定されていたアワビ、ナマコに加え、シラスウナギ(ウナギ稚魚)も対象とする案が固まりました。また、輸入水産物(特定第二種水産動植物)は、サンマ、イカ、サバ、マイワシの4種を規制対象とする案をまとめました。国産、輸入ともに対象魚種を使った加工品も規制の対象になる見込みです(注)。

二ホンウナギの専門家として、現在イギリスで研究中の海部先生は、ウナギの問題をどう見つめ直しているのか、帰国後の展望を含めてお聞きしました。(前編を読む)

 

(注)第4回水産流通適正化制度検討会議の配布資料

 

違法なシラスウナギに由来するウナギを食べていいのか

――ご著書『結局、ウナギは食べていいのか問題』の中で、「ウナギを守ろうとする消費者の声が大きくならない限り、ウナギの問題が解決するとは考えられない」と書いておられます。土用の丑の日には特に沢山のウナギの蒲焼が売られていますが、それらも違法なシラスウナギから養殖されたウナギかもしれないのは消費者にとって悩ましい状況です。違法なウナギに手を出さないために、何か消費者にできることはありますか。

正確には「違法なウナギ」ではなく「違法行為が関わっている可能性の高いウナギ」です。

密漁でなくても、シラスウナギを安く買い叩く公的な仕組みによって、漁業者が搾取されている構造的問題もあり、それは別の意味で違法である可能性もあります。そう考えると、選択肢がない。ただし、「食べるべきではない」と言ってしまうと二極化してしまうので、ウナギを食べることを否定するつもりはありません。

また、このことは重要な問題ですが、「違法行為が関わっている恐れ」への注目が大きすぎることによって、漁業管理や環境回復の必要性が取り上げられにくくなっていることもまた、大きな問題です。違法行為が一掃されたとしても、ニホンウナギが危機的な状況にあることに変わりはありません。

――ヨーロッパウナギのシラスは1990年代からアジアにどんどん輸入され、2009年にはワシントン条約によって国際取引が規制されましたが、その後もヨーロッパからアジアへ密輸されているのでしょうか。

最近のイギリスの自然史博物館のポッドキャストでも、ウナギの密輸の問題が取り上げられていました。ヨーロッパウナギの密輸は、野生生物に関わる犯罪として金額で世界最大規模だという報道もあります。

――日本でもそうですが、シラスウナギの密漁や密輸の取り締まりはなぜ難しいのでしょうか。

一番の理由は価格が高いことです。高く売れるために密漁を行うインセンティブがどうしても高くなります。やる人が多ければ、取り締まりも難しくなります。それに、密漁はひと気のない海で行われますし、シラスウナギは持ち運びが簡単ですよね。宅急便ですぐ送れますし、スーツケースに入れて運ぶこともできるので、取り締まるのが難しいと考えられます。

 

シラスウナギ(ウナギの稚魚)の採捕と流通をめぐる違法取引が行われている。

 

シラスウナギが水産流通適正化法の規制対象に

――シラスウナギが水産流通適正化法による規制対象になることは一歩前進と言えるでしょうか。
大きな前進だと思います。由来が明らかでないものは買えないということになるので、流通が透明化される可能性が出てきたと思います。以前は、シラスウナギは規制対象のまな板に載ることすらありませんでした。業界の反対が強かったようです。

――業界の中にも持続可能なウナギの養殖を目指す取り組みもあります。企業としてできることは何でしょうか。

流通に関わる企業や生活協同組合であれば、やはり、シラスウナギ流通の透明化を求める声を上げることですよね。また、シラスウナギが流通適正化法の対象となったことで、「出自が明らかで違法行為が関わっていないことを証明されたシラスウナギ」の養殖が可能になります。流通に関わる組織は、違法行為が関わっていないことが明らかなウナギを仕入れるべきであり、そうでないウナギを仕入れている企業はコンプライアンスに問題があることになります。

――水産流通適正化法の施行に向けた8月の制度検討会議で、シラスウナギも規制対象とする案がまとまりました。どのように受けとめておられますか。

「一種」(特定第一種水産動植物=国産水産物)に指定されたことは大きな一歩ですが、「二種」(特定第二種水産動植物=輸入水産物)に入らないこと、また、シラスウナギ、つまり、稚魚だけが指定されていることは課題です。今後、「二種」にも指定し、また、養殖後のウナギも指定すべきです。

 

ウナギの国際的な資源管理の比較研究を日本で生かすには

――イギリスで取り組んでおられる共同研究について教えてください。

研究テーマは、ニホンウナギとヨーロッパウナギの国際的な資源管理の仕組みの比較です。その中で最も重要視しているのは、科学的な知見がどのように資源管理に生かされているのかということです。

私にとっても新しい分野なので、政治学の研究者とも共同で研究を進めています。既存の文献から評価の枠組みを引用し、その枠組みにそれぞれの資源管理の仕組みを当てはめて、各項目について評価していくという形を採用しています。

 

Honorary Conservation Fellow(名誉保全フェロー)として海部先生が2020年8月より研究を行っているロンドン動物学会の本部(写真提供:海部健三)

 

――その比較の枠組みの中で、東アジアの仕組みが優れているところはなさそうですか。

例えばシラスウナギの採捕量を間接的であれ制限しているのは東アジアの特徴でしょう。違うところはたくさんあります。科学の使い方もそうですが、ステークホルダーを重視するのは、アジアの特徴のようです。ヨーロッパはどちらかというとドライな感じがします。イギリスの研究者の中にも、ステークホルダーをもっと大事にすべきだという意見がないわけではありませんが、日本の状態が良いと言えるのか、今のところわかりません。

――半年後には日本に帰国されるとうかがいました。イギリスでの研究成果を、帰国後、日本でどのように生かしていきたいと考えておられますか。

誰でも読める形で、学術論文として公開するのは当然ですが、水産庁にも結果を報告する予定です。東アジアのウナギ専門家会合が開催されることになっているので、専門家グループを組織する際の参考にしてもらいたいと思っています。

もちろん、古い体質を残そうとする力もますます強くなるものと思われますが、日本の水産業界は必ず変わっていくだろうと私は考えています。一人の専門家として、ウナギの問題への取り組みを通じて、なるべく良く、そして、少しでも早く、変化の動きを進めていきたいと思います。

 

海部 健三
1973年東京都生まれ。一橋大学社会学部を卒業後、社会人生活を経て2011年に農学博士。東京大学大学院農学生命科学研究科特任助教、中央大学法学部准教授を経て、2021年4月より同教授。国際自然保護連合 (IUCN) 種の保存委員会ウナギ属魚類専門家グループメンバー。2014年度・2015年度、環境省ニホンウナギ保全方策検討委託業務の研究代表者。ロンドン動物学会Honorary Conservation Fellowとして2020年8月よりロンドンにて研究活動中。

 

取材・執筆:井内千穂
中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2016年~2019年、法政大学「英字新聞制作企画」講師。主に文化と技術に関する記事を英語と日本語で執筆。