ルレ・エ・シャトーは1954年にフランスで設立された、世界の一流ホテルとレストランの非営利会員組織で、現在は世界60カ国の560施設が参加。日本・韓国支部の副支部長、山口浩氏は、オーナーシェフとして神戸北野ホテルを切り盛りするかたわら、支部のレストラン部門トップとして、近年ではサステナブル・シーフードの取り組みに力を入れています。シェフとして、なぜ、どうやってシーフードを守るのか、お話を聞きました。
──ルレ・エ・シャトーは、ホテルとレストランと両方の団体なのですか?
基本的にレストランのある宿泊施設の集まりで、「料理とおもてなしで、よりよい世界をつくる(Making a better world through cuisine and hospitality)」というスローガンを掲げています。本部では会長が宿泊施設部門、副会長がレストラン部門を代表し、日本・韓国支部でも同じく、料理人の私が副支部長をつとめています。
本部の副会長、オリヴィエ・ローランジェ氏は海に近いブルターニュの出身で、20年前からサステナブル・シーフードへのとりくみを唱えている先駆者です。まだ世界でも、そんな話をしている人はほとんどいない頃でした。
──そこから、山口さんもサステナブル・シーフードに関心を持たれたのですか?
いや、最初は違いました。ルレ・エ・シャトーの会員は高級ホテルや旅館なので、食材を注文すると、値段が上下することはあっても「手に入らない」ということはほとんどないんです。なので海の資源が枯渇しかけていると言われても、最初はなかなか実感できませんでした。
本部からは日本へも、持続可能な水産物への転換を呼びかけられていたのですが、僕がルレ・エ・シャトーに入った2011年頃は、日本で取り組むにはまだ時期尚早でした。
私たちの仕事で、お客様が求めるものを出さないことは難しい。例えば本部から、クロマグロは絶滅危惧種なので使用をひかえるようにと言われても、支部としてなかなか会員にそうは言えません。特に関東では刺身といえば赤身文化、マグロのないお刺身なんて、という感覚です。そんな呼びかけをしたのでは「何のための団体だかわからない」と会員に反発されるのが関の山でしょう。「ルレ・エ・シャトーは環境団体じゃないんだから」とも思っていました。
そのうち海外からは繰り返し「海の資源の枯渇」について伝わってくる。でもそれが、自分の感覚とどうも一致しなくて、少し調べてみるようになりました。
──最初は本部からの呼びかけに後押しされていたんですね。
だんだんと水産資源の現実を知るようになると、そこには自分の思っていたのとは違う風景がありました。漁業者も、資源の枯渇を実感していても、聞かれないと自分からは言わないんですね。意識して調べていくと、海の資源枯渇が本当のことだとわかってきました。
それと並行して、お客様の意識も急速に変わってきました。30年前の日本では、フランス料理に使う食材の7割は輸入品でした。フランス料理には、フランスそのものが求められていたからです。それがだんだんと変化して、今では「日本の食材をフランス式に食べる」ということが広く通用しています。たとえばフランス料理でタケノコを出すなんて、昔なら考えられなかったことです。
それだけでなく、食と健康の関係や、フードマイレージ※など食べものと環境負荷のつながりに対する意識も変わってきました。そういうお客様の嗜好の変化は、料理人が出すべきものと強くリンクしています。僕らはお客様に言われて出すのでなく「半歩先」を行くようにしています。その意味でも、レストランをなりわいとする人間として、サステナブル・シーフードを推し進めなければいけないと思うようになりました。
本格的に自分たち支部の意識を変えていかなければ、と考えたのは、日本人のアイデンティティという視点もあります。日本人の中には「自然」が深く根を下ろしている。その自然の中で、「海」は大きな位置を占めているのです。日本は山と海の国で、海へ出ればすぐに深い海溝がある。自然災害にも苦しめられますが、自然の恵みが豊かで、全国で食べられている魚は400種とも500種とも言われています。こんな国は他にありません。
──しかし、実際に動きを起こすのは簡単ではなさそうです。みんな同じ考えを共有してくれたのでしょうか?
サステナブル・シーフードを推進していくのは、料理人としての義務だと今は思っています。それをみんなにわかってもらおうと考えて日本・韓国支部でつくったのが、2018年にフランスで開催された「世界料理評議会※」で発表した、6項目のマニフェストです。
このマニフェストはルレ・エ・シャトーのメンバーのためにつくったものですが、日本中の料理人が一緒に動いていくことを考えています。そのためにすごく気をつけているのは、前向きな呼びかけにすることです。最初から「これはダメ、あれはダメ、ねばならない」と言ったのでは、「そんなの無理」と思われてしまう。だから「応援します」「目指します」「伝えます」なんです。
フランスでの発表後、マニフェストは2019年の9月に日本・韓国支部の総意として採択し、10月にプレス発表しました。翌年、もっと具体的な指標を、と考えてつくったのがロードマップです。SDGsの期限である2030年までの長期ロードマップと、さらに「がんばれば届く目標」として3年ごとのロードマップを立てました。「水産物の80%を生産者までトレースバックできるように」などの4項目です。1年活動してみて、まだ調査の必要なものも多く、アワビ、ウニ、アユなどは十分なトレースバックができていませんが、手応えは感じています。「魚がどこから来ているか、その資源の状態はどうなのか」には、これからはシェフとしても目を向けていかなければと思っています。
実は海の資源のためにも守っていかなければならないのが、漁業なんです。僕も地元の浜で、漁労長や漁協の参与と「一緒に海の資源を守りたい」と話をします。でも、魚を獲っている現場では「また規制か」という受け取り方をされてしまう。今までいろんな規制を次々かけられて、うんざりしているんです。
そうした現場のマイナスイメージを変えて、資源を守ることが漁師の未来を維持することにもなる、とわかってもらいたい。それを一人ひとりに説得していく方法もあるけど、僕が今、考えているのは、「年に2千万円稼ぐスター漁師」を育てることです。
瀬戸内で言えば、今の季節ならハモ。僕らが買うときは1本が数千円、高ければ1万します。でも漁師の立場から見れば、ハモを船いっぱい獲って浜に出してもほとんど燃料費と相殺で、その漁でついでに獲れた雑魚を売った1万円ほどが利益になるくらい。30日漁に出ても30万円にしかならない。これで子どもに「漁師を継いでくれ」とは言えません。
(後編)魚の価値を上げることが、海の資源を守ることに。その中で、シェフにしかできない役割とは? 戦略的に考えるサステナブルを語ります。
山口 浩
フランス料理界に新風を巻き起こした「水のフレンチ」をベルナール・ロワゾー氏に学ぶ。2000年に神戸北野ホテル運営会社を設立、代表取締役に就任。以後、総支配人・総料理長として指揮をとり、地元兵庫の食材を積極的に取り入れた料理を発信。フランス共和国政府「農事功労章シュヴァリエ勲章」、「卓越した技能者(現代の名工)」、「黄綬褒章」など数々の賞を受賞。
取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。