──水族館を辞めて、すぐNGOの仕事に入られたのですか?
ちょうどその頃、アメリカへの引越しが決まっていたのですが、ビザの手配などに数ヶ月かかるとわかり、時間をもてあましていました。そんな時、シーフードレガシーの求人を見つけて、パートタイムで半年間働きました。アメリカへ引っ越してからもそのまま、結局4年半シーフードレガシーでお世話になりました。自分のやりたかった海洋環境保全の仕事で、アメリカへ行っても続けられたのはありがたかったです。
シーフードレガシーで花岡さんにお会いしたとき、水族館での経験をお話ししたんです。彼も海外と日本のギャップを体験していて、「海外で学んだこと、海外で正しいとされていることをそのままぶつけてもだめ。日本流のやり方が必要」と言われて、まさしくそのとおりだと思いました。企業の中でやりたいことを進めるやり方も違うし、消費者の意識も違います。
──そう考えると、水族館の経験もできてよかったんでしょうか?
そうなんです!海を守ることに対する一般社会の温度感、というか、今考えると多くを学ぶことができてよかったと思っています。
──松井さんはずっとアメリカで生活されていて、消費者として暮らしていく中でも日米の違いを感じることはありますか?
環境への意識という面では、オーガニックや環境に配慮した商品の選択肢は、日本よりずっと多いですね。普通に手に入るところにあります。
自分はこういう仕事なので、パッケージを裏返して見たりもしますけど(笑)、そんなことをしなくてもスーパーで魚を手にとればMSCやASCの認証(※)がついているのは普通です。イメージとしては半分以上でしょうか。企業として、消費者から訴えられたくないという意識が強いこともあるかもしれませんが、企業責任としての環境や社会課題への取り組みは進んでいると感じます。
ただし日本と違って、スーパーで手に入る魚の種類はすごく少ないですよ。白身魚と、マグロ、エビ、サーモンがあれば、一般には十分です。だから認証品を並べやすい、ということはあります。それ以外の魚は、みんな家庭ではどう料理していいかわからない。凝ったシーフードは「レストランで食べるもの」という感覚の人が多いと思います。
──それは日本とはだいぶ違いますね。
今も年に1、2回日本に戻りますが、日本は魚もいろんな種類があるし、野菜も多いし、食べものへの並々ならぬ情熱を感じます(笑)。その点は、アメリカに住んだからこそ「日本人でよかった」と思います。
──お寿司などは欧米でもずいぶん浸透しているイメージですが?
アメリカナイズされた巻きものは浸透していて、あれはあれでおいしいけれど、繊細な日本のお寿司とは別物ですね。お寿司といえば、フィッシュワイズが調達方針をサポートしたスーパーで、店内にイートインのお店を出すスタイルの寿司店が「スーパーの調達方針を100%達成した」という報告がありました。日本人感覚として、お寿司でサステナブル100%はすごい!と思いましたが、でもよく聞いてみると、寿司ネタはマグロ、エビ、サーモン、カニカマがほとんど。
別の寿司店では、資源に問題が多いという理由でウナギをネタから外したところがありました。生魚がダメな人にも食べられるので、ウナギはアメリカで人気なんです。ウナギを外せば売上に響くのでは、と思って聞くと、そうでもないと言う。アメリカ人はタレの味を楽しんでいるので、クリームチーズとサーモンを具にして、天かすをかけて、蒲焼のたれをからめたもので満足だった、と言うのです。
こういう話を聞くと「寿司店で調達方針を100%達成」はたしかにすごいけど、お寿司と言えども日本とは全く異なる実態に、いまだに驚きます。
──企業の調達方針をサポートするというお話ですが、もう少し具体的にうかがえますか?
まずパートナーとして組んだ企業が調達方針を作るところから、専門家としてサポートします。その後、実際に調達されているものを追跡して、方針にのっとったものになっているか分析します。
たとえば協力しているパートナー企業にサプライヤーの情報をもらって、そのサプライヤーのところへフィッシュワイズのスタッフが出向いて「○○社(パートナー企業)に売られている魚はどこから仕入れたか」さかのぼって「その魚はいつ、どこで獲られたものか」まで情報を集めて分析します。そして結果をCSRレポートに載せられるように、情報をとりまとめるところまでやります。
調達方針を立てて、実施し、達成を確認し、発信まで私たちが関わります。日本だと企業の調達方針づくりに協力することはあっても、その先まで関わる例は少ないでしょうね。
──その違いは、どういうことなんでしょう?
ひとつには、NGOが企業や社会から信頼されていることがあります。だからNGOが検証することで、企業としても消費者やステークホルダーの信頼を得られます。それと、企業側にも専門性の高い分野は専門家にまかせるという、割り切りがありますね。
水産物の流通は複雑です。どこかで数字が合わず、そのズレを追っていくとIUU漁業、違法漁船や奴隷労働の問題が出てくることもあります。海のことは陸よりも見えにくく、国境をまたぐ複雑さもあります。そこは専門家の力を活かした方がよい、という考え方です。
──日本だと、まずは社内で何とかしようと考えがちかもしれませんね。
日本は、NGOに対する社会的信頼がまだ薄いこともあると思います。それから、日本ではわざわざNGOなどの第三者が入らなくても、消費者が企業をある程度信頼しています。
たとえば2015年には、奴隷労働に由来する水産物がタイの水産企業を通じて世界市場に流通していた問題をAP通信が報道しました。その魚をウォルマートなど大手スーパーが売っていたことに、アメリカでは大きな衝撃が走りました。そんな経験もあって、消費者が無条件には企業を信頼できないのです。NGOが入ることで消費者の信頼が得られる。だから企業にとってもNGOが必要。フィッシュワイズに入ってわかりましたが、企業とNGOのパートナーシップは想像していた以上に緊密ですね。
──日本でも今後は同じようになっていくのでしょうか?
日本で企業が消費者から信頼されていることは、悪いことではありません。ただ、水産物は国際的に取引される商品です。そして世界の水産業の中で、日本企業は大きな一角を占めています。そんな中で、国際社会での信頼を得て事業を維持するには、日本だけを見ていたのでは取り残されてしまいます。
サステナブル・シーフードの分野で、日本の国際的な役割への期待は大きいと感じます。近年ではSeaBOS(※)の活動を牽引するなど、国際的な動きへの日本の水産企業の貢献も注目されています。
サプライチェーンの膨大な情報の調査分析については、日本企業ももっとNGOなどの専門組織の力を利用してよいと思います。そうすることで情報が外にでてくるのでは、という期待もあります。日本企業はいいことをしていても、なかなか発信が見えてきません。社内と関係者だけが共有していたり、年1回のアニュアルレポートだけの発信ではもったいない。
たとえばニッスイグループは、自社の調達している水産物を全量調査して、認証品、認証ではないが改善計画に取り組み中、由来不明の割合を公表して、次の目標を設定しています。こうした取り組みがもっと広く認知され、評価されるといいなと思います。
──日本人は「ちゃんとできてから公表」したがるかもしれませんね。
せっかくよい取り組みをしているなら、もっと広く知らせていいと思います。欧米なら、たとえば目標を明示しておいて、そこへ向けて前進しているなら、現状が5割でも堂々と出します。
それも文化の違いですね。私もずっとアメリカで暮らしていても、日々カルチャーショックです。そして日本に帰国すると、また逆カルチャーショックがあります(笑)。その文化の違いを含めて、やっぱり人が肝心であり、いちばん難しいところだと思います。
松井 花衣
米国NGOのFishWiseにてSeafood Alliance for Legality and Traceabilityプログラムのシニア・プロジェクト・マネージャーとしてコミュニケーションとオペレーションに携わる。FishWise入社以前はシーフードレガシーにて東京・サステナブルシーフード・シンポジウムの企画運営や企業向けのツールキットの開発などを中心に日本とアメリカの両国で活動。現在は4匹の保護犬とアメリカ、ノースカロライナ州に在住。
取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。