2018年12月、約70年ぶりに漁業法が大幅な改正が行われました。水産庁では現在、水産業を持続可能にするための法整備を進めていますが、そのベースとなっているのがこの改正漁業法です。これからの水産業の土台となるこの法律の改正のポイントをまとめました。
漁業法とは、漁場の総合的な利用による漁業の発展を目的とした、漁業権、漁業の許可、漁業調整委員会等について規定する法律*1です。2018年の改正前の法律は1949年に、漁業生産力の発展と漁業の民主化を目的として、1901年の明治漁業法を基に制定されました。
戦後間もなかった1949年当時は、資源管理は念頭に置かれておらず、漁業権の種類や内容、漁船大型化による大臣許可漁業の増大など、戦後の制度改革や国際漁場への再進出などに伴う事項が主に注目されました*2。
これ以降、日本の漁業生産量は増加し続けました。1977年に排他的経済水域(EEZ)が設定され国外で自由に操業ができなくなったものの、マイワシの漁獲量が急増したため日本の生産量は飛躍的に増加しました。しかしその後、マイワシなどの漁獲量の減少に歯止めがかからず、その結果、現在では日本周辺に生息する魚種45種のうち約半分の資源量が再生産が困難とされる低位となっています。
こうした状況を受けて水産庁は、適切な資源管理を行い、水産資源を維持できていれば、その減少を防止・緩和できたと考えられるものが多くあったとし、改正に踏み切りました。
ではこの改正ではどのようなことが変わったのでしょうか?主なポイントは3つあります。
1. 「持続的」という言葉が明記された
改正前後を比較すると、最も特徴的なのが、漁業法の目的として水産資源の持続的な利用や保存、管理について明記されたことです。つまり、持続可能な利用をすることが、以降に続く条例の基礎となっているのです。
2. 資源管理を科学的根拠に基づいて行う
これまで国では、資源を船舶の隻数や漁具、漁法など操業に関する規制を行っていました(インプットコントロール)が*4、これだけでは漁獲される量がコントロールできません。また、この操業に関する規制は、過去の資源の推移を目安*5としていたため、目標とする漁獲量を下方修正はするものの、資源量を持続可能な数まで増やすことを目指したものではありませんでした。しかし改正後は、具体的な目標として、その魚種の資源が持続可能な状態(Maximum Sustainable Yield、最大持続生産量)を保てるようになるための漁獲量そのものを規制する管理手法(アウトプットコントロール)を原則とすることに変わりました。
その手法がTAC(Total Allowable Catch、漁獲可能量)制度です。TAC制度は、漁獲量が多く国民の生活上重要である*6などの理由から選定された、サンマ、マアジなどについて1997年から採用されています。2021年8月現在、TAC魚種は全漁獲量の6割を占めていますが、改正後は、2023年度までに魚種を15種追加し*7、8割がTAC魚種となることを目標としています*4。
一方、TACは総量規制のため、漁業者間で競争が起こる可能性があります*4。そこで新たに、漁業者あるいは漁船ごとに漁獲量を割り当てるIQ(Individual Qutota、個別割当)方式も採用されることになりました。IQ方式は現在もミナミマグロやベニズワイガニなどで採られていますが*4、2023年度までにTAC対象魚種の漁業に原則導入することとなりました。
TAC魚種以外の魚種については平成30年時点で、45魚種がMSY以外の手法により資源動向を評価されていましたが、改正により、令和3年までに192魚種まで評価対象を増やす(新たに137種の調査を開始)ことになっています*5。
3. 漁業に新規参入しやすくなる
国内の生産現場では漁業従事者の減少と高齢化が課題となっています。今回の改正では新規参入しやすい環境整備も目標となっています。例えば、これまでイカやマグロなど大臣の許可を得た上で行っていた漁業は一斉に許可が更新されていましたが、改正後は、新たに許可をする場合は都度公示されることになりました。また、漁業権によって管理される定置網漁業や沿岸漁業の使われなくなった漁場は、漁場を適切かつ有効に利用している漁業者に優先的に、それ以外(新しく漁場を新設するなど)の場合は地域の水産業に最も寄与すると認められた者が操業ができるよう漁業権を取得できることになりました。
上記以外に、沿岸水域や漁場清掃に漁業者以外も参加しやすくなる制度や、密漁の罰則強化(個人に対する金額としては最高の3,000万円)も決定されました。
以上のように、資源管理を強化したり、これまでになかった制度を導入するなど改正後の法律は野心的な内容になっていますが、課題も存在します。
1. TAC設定に必要な科学的キャパシティの不足
TACを設定するには資源に関する科学的な知見が不可欠ですが、評価対象魚種が拡大する中でこの分野の専門家が少ないこと、また、新たにTAC魚種に追加するために必要な魚種のデータそのものが不足しています。
2. IQの設定や漁業権の付与における公正な配分のあり方
IQを割り当てる際にどのように配分すれば競争が起きにくくなるのか、特に日本の漁業の従事者の約半数以上が従事する沿岸漁業*8は、漁獲する魚種も多様であるため、細かな配慮が要求されます。また、漁業権の付与も、どういった場合に漁場を適切かつ有効にしていることになるのかその基準設定にも配慮が必要です。
3. 新たな資源管理を進めるにあたっての拙速さ
TAC制度は1997年から始まっていますが、2020年時点で対象となっている8魚種14系統のうち、4系統の資源量が健全(親魚量も漁獲圧もMSYを実現するレベル)、3系統が要注意(親魚量はMSYレベルだが漁獲圧が高い、または親魚量がMSYレベルを下回っているが漁獲圧は低い)、8系統が低い状況(親魚量も漁獲圧もMSYを実現できるレベルを下回っている)にあります*9。魚種の追加は必至ですが、どのようにしたら健全な状態を保てるかをまず分析しなければなりません。
4. 資源管理を導入する生産現場での理解の浸透不足
今回の改正のポイントである漁獲量の規制は、漁業者にとっては短期的には収入減に直結するとして、受け入れ難いという意見も多くあります。しかし養殖の現場でも、短期的な不利益が想定される中で中長期的な生産性をあげるための思い切った漁場改革を行い、持続可能な経営を目指す解決策が取り入れられている事例があります。例えば宮城県戸倉のカキ養殖業は、生産規模を大幅に削減し、過密養殖を改善したことで、国際的なASC認証を取得による収益の増加や、労働時間の削減に成功しました*10。漁船漁業でもこうした成功事例を各地でつくることや新しい手法の丁寧な説明が必要です。
漁業法改正を受け、良い影響として周辺の法整備も早速始まっています。例えばIUU(違法・無報告・無規制)漁業を市場から排除するための「水産物流通適正化法」は2020年12月に採択され、現在その内容が議論されています。この法律が施行されてから効果が現れるまでには数年かかるもしれません。しかし、気候変動による海洋環境の変化などで資源量も従来より予測しにくくなる中、サプライチェーンの企業と生産現場が一丸となって課題に立ち向かうことがより一層求められるようになっています。こうした法律の動向を追う、自社製品のサステナビリティを高める準備をする、一般消費者と海や水産資源の現状の情報共有を行うことなどが企業がまずできることかもしれません。
今回の改正について評価できること、また他の課題についても知りたい方はこちらもおすすめ!
https://www.wwf.or.jp/activities/opinion/3814.html
(参考文献)