「ベーリング海での漁」
そう聞くと、世界一過酷な真冬のズワイガニ漁を思い浮かべるかもしれません。しかし、ベーリング海はカニだけでなく、日本人にとって馴染み深いスケソウダラの世界一の漁場でもあるのです。さらに、ベーリング海でのスケソウダラ漁は世界最大規模の漁業の一つであるとともに、持続的な漁業を実現するため、生態系に与える影響を最小限に止める努力をするなど、世界で最も規模の大きなサステナブル漁業でもあります。今回、私たちは、ベーリング海でサステナブルな(持続可能な)スケソウダラ漁を行う世界最大の漁船、アラスカ・オーシャン(Alaska Ocean)に乗船することができました。世界最大の漁船、一体、船内はどうなっているのでしょうか。ツアーをレポートします。
巨大な甲板。漁の時はここが魚であふれる。
世界最大の漁船アラスカ・オーシャンはその名の通り、アラスカでスケソウダラを中心とした白身魚の漁を行います。約150人の乗組員が働き、1日200トンの魚を漁獲、加工する設備を備えています。1回の航海は約12日間、2100トンの切り身やすり身に加工された魚、450トンの魚粉、そして60,000トンの魚油を港に持ち帰ります。
乗船中、最も驚いたのがアラスカ・オーシャンを保持するグレイシアー・フィッシュ・カンパニー(Glacier Fish Company)の取引先は日本人の私たちにとって身近であったことです。営業・マーケティング担当副社長のナップさんがグレイシアー・フィッシュ・カンパニーの白身魚が使われている商品を実際に用意してくださいました。
圧倒的に多いのが日本の商品です。
思わず目を疑うような、日本人なら知っている商品ばかり。実はアラスカ・オーシャンで加工されるすり身の主要輸出国は日本を中心とするアジア諸国であり、品質向上や管理を目的として日本からの技術者も2名乗船するそうです。ナップさんが紹介してくださった商品はMSC認証を受けた魚を使用したものですが、肝心のMSCのロゴは見当たらず。
MSC認証を受けた魚の加工や流通、販売を行うにはCoC認証(Chain of Custody)とよばれる認証が必要となります。これは認証水産物が適切に管理され、非認証原料の混入やラベルの偽装がないことを認証するためのものであり、CoC認証を取得していない事業体に一度でも所有権が移ると、それ以降、認証製品として取り扱うことができなくなってしまいます。ナップさんが紹介してくださった商品は、販売や流通にかかる会社がこのCoC認証を取得していなかったため、MSC認証が表示されていなかったのです。シアトルで日本の食品関連業界のCoC認証取得拡大という課題が露わになることに。魚のクオリティー自体はMSCの認証基準を満たしている「かくれMSC」、まだまだ日本にはあるかもしれません。
続いて、船内の加工設備を見学。漁獲されたスケソウダラはまず1匹ずつ計量が行われます。混獲された魚については1匹ずつ報告書が書かれ、別加工されます。計量後は専用の設備で頭や内蔵が処理され、あっという間に3枚おろしに。フィレは人間の目でダブルチェックが行われ、仕分け、パッキングされます。
切り身の冷凍パッケージ
すり身も同様、船上で加工され、パッキング、冷凍保存されます。魚が漁獲され、処理、加工、パッキング、冷凍されるまでの時間はなんと約45分。最新技術を駆使したスピード処理で鮮度を保ったまま加工、冷凍保存ができる仕組みになっています。
パッケージされた商品はこの冷凍棚で冷凍され、その後冷凍庫で保管されます。
切り身やすり身にならない骨や内蔵はというと、こちらは魚粉や魚油に加工され、廃棄される部位はゼロだそうです。魚に脂がのった時期などは魚油が取れすぎるため、船のエンジンにまわすそうです。魚油で動く船、驚きです。最新の設備を駆使し、無駄なく高品質な商品を加工するアラスカ・オーシャンですが、どのようにサステナビリティに取り組んでいるのでしょうか。
アラスカ・オーシャンは主に東ベーリング海で漁を行います。この海域の大きさはカリフォルニア州とほぼ同じサイズです。アラスカ・オーシャンが漁獲するスケソウダラは約35年に渡るデータ収集と科学に基づいた管理が行われており、「責任のある漁業」のモデルケースとも言われています。漁船には科学者が乗船し、漁獲された魚から無作為にサンプリングを行い、魚のサイズや年齢、漁獲海域の情報を収集し翌年の漁獲量の策定を行います。このようなデータは資源の健康度を把握する上でとても重要であり、こうしたデータの蓄積がアラスカの資源管理を支えているのです。
実際に船に乗船する科学者がアラスカの資源管理についてのプレゼンをしてくださいました。
また、先の科学者とは別に漁船にはNアメリカ海洋大気局(NOAA)のトレーニングを受けた監察者が乗船し、1回の漁獲毎に漁獲海域(経度や緯度を含む)、日時、漁獲量、混獲された魚の数と種類、性別の割合などの情報を収集し、政府に報告する義務が課されています。その他、乗船毎に漁船が安全基準を満たしているかの確認を行うなど、監察者の業務は多岐に渡ります。
こうした情報を基に設定されたTAC(Total Allowable Catchの略、漁獲可能量のこと)は安定しており、スケソウダラを中心としたアラスカの水産資源は持続可能な形で利用されています。それを示すのがアラスカ海域の高いMSC認証取得率です。日本を含む太平洋北西部のMSC認証取得水産物は同エリアの水揚げ量のたった5%なのに対し、対岸のアラスカ近海ではなんと83%を記録しています。つまりアラスカ産の水産物の少なくとも約8割がサステナビリティに配慮した漁法によって獲られたものになります。
主な操業海域の総漁獲量に占めるMSC認証魚介類の割合
MSC Annual Report 2018-2019より
日本ではクロマグロの漁獲量が守られない、とニュースになりますが、アラスカではこのような問題は発生しません。日本は海域ごとに定められた漁獲上限に向かって「早い者勝ち」システムなのにし対し、アラスカは1隻ごとに上限が定められています。つまり、漁船は他の漁船と争うことなく(もちろんより良い漁場と時期を巡って場所取り争いはあるそうですが)魚の価値がより高くなる旬の時期に安心して漁が行えるのです。この上限を越えてしまった場合、政府より厳しい罰則が課されるため、漁獲された魚は1匹ずつ計量し上限を厳守するとのこと。ここまで厳格な資源管理があるからこそのMSC認証取得率世界一なのですね。
アラスカ・オーシャンで漁獲した魚は冷凍保存される前に追跡可能な番号が記載されます。この番号は先に紹介した監察者が収集した情報とリンクしており、もし商品に問題があった場合トラッキングが可能となります。MSC認証取得というだけでは差別化にならないアラスカならではのシステムです。
パッケージには追跡用の番号が記載されています。
科学に基づいた情報による漁獲枠の設定と資源管理を徹底するための厳しい規則を政府が設けた結果、アラスカは世界有数のサステナブル漁場として持続可能な利益が生まれています。サステナブル・シーフードにおける日本と世界の差が垣間見えた今回のアラスカ・オーシャンツアー。すべてが想定以上、驚きの連続でした。ちなみにアラスカ・オーシャンの親会社であるグレイシアー・フィッシュ・カンパニーのパートナーには、ニッスイUSAも名前を連ねており、サステナブルな漁業を支援しています。
根本的な規則を変えることは難しくとも、CoC認証の取得普及など、日本のマーケットが取り組めることはたくさんあると思える乗船となりました。