「モルディブ」と聞くと、青い海やリゾート地を思い浮かべる方が多いかもしれません。モルディブはインド洋に浮かぶ小さな島々からなる国。全部で1,192もの島から成り立っています。ハネムーンの場所として人気が高く、日本からは年間約4万人の観光客が訪れています。
その観光業と深く結びつき、モルディブの経済を支えているのが水産業です。輸出産品のうち、なんと90%以上が水産業関連。労働人口の約3割の人が水産業に従事しています。
「漁業は私たち国家の生命そのものです。私たちが生活する土地、私たちを囲む海、どれもがモルディブで生きる私たちにはなくてはならないものなのです。漁業とモルディブ、そしてそこに生活する国民は永遠に途絶えることのない強い絆で結ばれているのです。」
− 第二代大統領 マウムーン・アブドル・ガユーム
漁業は国家の生命そのもの、というほど漁業はモルディブにとって主要な産業であり、アイデンティティーでもあります。漁業の中でも盛んなのが、カツオとキハダマグロの一本釣り漁業。1,000年以上続くこの伝統的な漁法を保護するため、モルディブでは、国・NGO・マーケットが協力してカツオ一本釣りのブランディングを行っています。国をあげてMSC認証を取得することで伝統的な漁法を保護しているのです。
この取り組みは、モルディブをサステナブル・シーフード業界をリードする存在にまで押し上げました。モルディブは一体どんなブランディングを行ったのか。そして、その取り組みはどんな変化をもたらしたのか。この二つを解説していきます。
インド洋は世界有数のマグロ類の漁獲海域です。モルディブでは現代に至るまで小さな漁船で生き餌を利用した伝統的なカツオの一本釣り漁業が続いていました。
しかし、21世紀に入りモルディブのEEZ海域外で大型漁船によるまき網漁などが盛んに行われ、カツオが減っていきました。また、生き餌となる魚も減る一方で需要が急増。操業コストが高くなり、カツオ一本釣りを続けることが困難になったのです。
こうした伝統的な漁業への影響を懸念し、2009年7月、政府とモルディブ水産加工輸出協会(Maldives Seafood Processor and Exporter Association)は「混獲がゼロに等しく、環境に優しいモルディブの一本釣りカツオ」のブランディングを強化するため、MSC(海洋管理協議会)の認証取得に向けて動き出します。MSCを取得することによって一本釣りでとれたカツオに付加価値をつけ、伝統的な漁法を守ろうとしたのです。
一漁業団体ではなく国規模での認証取得は初めての取り組みであり、審査には時間と労力がかかりましたが、2012年11月に「モルディブ一本釣りカツオ」はインド洋初となるMSC認証を取得しました。
モルディブの一本釣りカツオは冷凍や缶詰に加工され、MSC認証を取得した数少ないマグロ類として、サステナブル・シーフードが広く普及するヨーロッパを中心に重宝されています。MSC認証取得以前も「環境に優しい方法で漁獲されたカツオ」として通常よりも高い値段で取引されていましたが、MSC認証取得後は需要が急速に拡大。供給が追いつけない状況が続いています。
この貴重なカツオ資源を守るため、EUのマーケットは援助を始めます。EUマーケットとモルディブ一本釣り漁師の架け橋となったのが、一本釣り漁を支援するNGO団体、International Pole and Line Foundation(IPNLF)です。モルディブ産のカツオを取り扱う小売企業やサプライチェーンはこうした専門NGOとパートナーシップを結ぶことで、自社の持続可能な一本釣りカツオの調達を実現しています。
EUマーケットの支援一例(2017年ごろ)
マークス&スペンサー
(イギリス高級志向スーパーマーケット/マーケットシェア5%)
全てのツナ缶、90%以上のサンドイッチにてモルディブ産の一本釣りカツオを使用。有効的な資源管理方法や生き餌に関する調査・研究に資金を提供。
ミグロス
(スイス最大の小売/マーケットシェア50%)
マグロ類に関しては100%一本釣りのポリシーがあり、内50%がモルディブ産。モルディブにてFishermen’s Community & Training Centerを設立し、地元漁師の教育を行う。
セインズベリーズ
(イギリススーパーマーケット/マーケットシェア16%)
マグロ類に関しては100%一本釣りのポリシーを持つ。
モルディブにおける持続可能なマグロ漁が与える社会経済的調査・研究に資金を提供。
MSC認証取得後も近海でのまき網漁の影響は残りますが、信頼の置ける供給先を確保したことにより、カツオの一本釣り漁は安定した産業としてモルディブ経済を支える存在となっています。また、モルディブ政府はIPNLFと共に科学的根拠に基づく予防原則の重要性をIOTC(インド洋まぐろ類委員会)に訴え、2016年にはカツオ類の漁獲規制に関するルールがIOTCにて採択、モルディブはここ10年弱でインド洋の国々をリードする存在になっています。
モルディブの漁師を支援する活動はさらに広がりを見せ、2017年2月にはMSC認証とフェアトレード(※)のダブル認証を取得したモルディブ産の一本釣りカツオを使用した缶詰が発表されました。この取り組みでは売上の3%が漁師の教育や生活水準の改善に当てられる仕組みになっています。
そして、一本釣り漁業をブランディングする流れは日本でも。2020年7月には、近海かつお一本釣り漁業国際認証取得準備協議会(※)によるカツオ一本釣り漁業が、MSC認証取得のための本審査に入りました。高知県と宮崎県が連携し、資源を将来にまで残す動きが日本でも盛り上がっているのです。
国の主要産業である伝統漁業を守るために政府・NGO・マーケットが協力し、成功例を収めたモルディブの一本釣り漁。その結果、海洋資源を守りつつも、ブランド力も高め、伝統を守りながら、収益も確保し、漁師の教育向上にもつながるなど、まさに三方良しとも言える好循環が生まれています。
日本でも、高知県や宮崎県での取り組みのように、一漁業団体ではなく、グループでの認証取得への動きが見られます。今後、これにマーケットが参画すれば、モルディブのようにブランド力を大幅に向上させることができるかもしれません。
モルディブはそんな可能性を示唆する先進事例と言えるのではないでしょうか。