最近、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉を耳にする機会が増えました。水産業界でもデジタル化が進められていますが、そもそも「デジタル化」や「DX」とは一体何なのでしょうか?
実は「デジタル化」と「DX」は異なるものを指します。
「デジタル化」とは、業務の効率化や生産性の向上のため*1、物理的に存在する物や業務フローをデジタルに置き換え、さらにオンラインに移行させることを意味します*2。例えば、紙のカタログをデジタルのデータにするのもその一つです。
一方、DXは「デジタル技術が人々の生活のあらゆる面で影響を与えるような変化*3」と定義されています。特に企業の場合、経済産業省によると「ビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」*4と定義されています。
つまり、DXは、デジタル化によって製品・サービスやビジネスモデルにもたらされた変革のことを指しているのです*1。例えばメルカリは、それまではパソコンを使って行われていたネットオークションをスマートフォンで完結させることで、「いつでも」「どこでも」「手軽に」できるサービスを生み出したDXの成功例として知られています*5。
では水産業でDXはどのように起きているのでしょうか?
海外に目を向けると、デジタル技術を活用することでサステナブルな漁業、養殖業、水産サプライチェーンに生まれ変わる取り組みが北米、中南米、ヨーロッパ、アジアなどで行われてきました。特に、サステナビリティに直結するトレーサビリティを向上や生産情報の追跡可能性担保のため、漁獲現場から水揚げ地、そして最終消費地までを追跡できるシステムやそれを可視化する製品やサービスが多く開発されています。
例えば、カナダのvericatch社は漁業現場用は、VMS(船舶監視システム)やGPSとも連動した、スマートフォンやタブレットで操作できる電子ログブック(航海日誌。漁業の場合、漁獲物や操業情報など漁業に関するデータも記録)や、漁獲量、漁具、漁獲地、混獲種の管理などの情報が登録できるアプリ(FisheriesApp)を開発しています。
さらに、この電子ログブックとFisheriesAppをサプライチェーンの起点とし、それ以降の川下からのトレーサビリティを担保する、KnowYour.Fishというソフトウェアを開発しました。このソフトウェアは、出漁ごとに発行されるIDを読み込むと、漁獲エリアから最終消費地までの情報をスマートフォンやタブレットで示すものです。
このような、サプライチェーンを川下から川上までトレースできるようにする試みは、近年、途中でデータが書き換えられることのないブロックチェーン技術を導入するようになってきました。日本でも、アイエックス・ナレッジ(株)、海光物産(株)、(株)UMITO Partners((株)シーフードレガシーより独立)、テクノ・マインド(株)、(株)ライトハウス、楽天(株)による「Ocean to Tableプロジェクト」が行われています。このプロジェクトでは、千葉県船橋で漁業を行う海光物産が取り組んでいる、スズキの漁業を持続可能にするためのプロジェクト(東京湾スズキFIP(漁業改善プロジェクト))により獲られたスズキのデータをデジタルで効率的に記録、保存し、そのデータをブロックチェーンによって共有するシステムを構築しています。また、最終消費者が漁獲地点から最終消費地までの経路がわかるアプリも開発中です。このプロジェクトのようなシステムが確立すれば、資源管理がこれまでよりもしやすくなり、トレーサビリティという新たな価値を提供できるようになります。
消費者はアプリを使うことで、購入する水産物の漁場から最終消費地までの経路をたどることができます。
また、養殖業でもDXは起きています。
例えばウミトロン株式会社は、機械学習によって生簀の中の魚の食欲を判定し、その状態によって摂餌量を調整する機能、また、これまでは生簀に毎日行って行わなければ行けなかった餌やりを遠隔でスマートフォンなどからできるようにするシステムを開発しました。これにより労働時間や餌の無駄が削減されることになりました。
上記のようにDXには漁業、養殖業、サプライチェーンの現場に導入されビジネスモデルを変えている事例もありますが、ルールの遵守状況を確認し、操業の透明性を高める例として、IUU漁業対策のためにもデジタル技術が活用されています。日本では行われていません、世界ではIUU漁業の対策の一つとして、IUUとなる行為が操業中に行われていないかどうかを調査するために監査員が乗船することがあります。しかし、船によっては乗船人数が限られていることから全ての漁船に監査員を配備することはできません。そこで船上にカメラを設置し、乗組員や漁具の動きなどの画像データとVMS(ビデオマネジメントシステム)を用いることで、その船の行動を人に代わって監視するEM(電子モニタリング)が普及し始めています*6。特に、コロナウイルス禍では感染拡大防止の観点から監査員が乗船できないため、以前よりもニーズが高まっています。
ここまで、色々なDXの事例を紹介してきましたが、DXは万能薬ではなく、現場が抱える問題をスムーズに解決するための一つのツールであることがわかります。特に、日本の水産業では若手や後継者不足、資源評価・管理の元となるデータ不足、効率的な養殖生産、加工業においては水産バリューチェーン全体の生産性向上などが改善点*7 となっています。
「DX」の手前の「デジタル化」に成功すればこれらの課題は解決しやすくなりますが、日本の水産業のスマート化(デジタル化、DX)*8 を進めるために水産庁が招集した「水産業の明日を拓くスマート水産業研究会」は、スマート化の導入のボトルネックを次のようにまとめています。
1. 漁業者とスマート技術開発者(企業・大学等)との信頼関係の構築に時間を要すること
2. データを部外者に利用されることに否定的な意見があること
3. 漁業者が ICT を使いこなせないという先入観があること
4. スマート技術の現場ニーズについて漁協や地域によって温度差があること
5. スマート技術の導入のコストが高いと考えられていること
6. スマート化の技術を導入するインセンティブが不足していること
これらを眺めてみると、DXが今後日本で浸透していくためにはデジタル技術を導入する側、特に生産現場へのサポートが不可欠といえます。サプライチェーンの起点となる生産現場をどのようにサポートできるのかを行政、ビジネスの立場から考えていく必要がありそうです。
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