IUU(違法・無報告・無規制)漁業は水産業のサステナビリティを脅かす存在です。
水産資源の減少、法律の範囲内で操業する漁業者や国への経済的損失、人権問題を招き、環境、経済、社会に深刻な影響を及ぼしています。こうしたIUU漁業に由来する水産物は、世界の漁業生産量全体のうち13-31%を占め*1、額にして年間260-500億米ドル*2にも上るとされています。IUUの撲滅は今や国際社会全体で解決すべき課題として認識されており、2015年に国連が採択したSDGs(持続可能な開発目標)の目標14の中でもその撤廃が明記されています。
では実際に、世界ではどのようなIUU漁業の対策が行われているのでしょうか?
漁業管理に関する国際的な枠組みが設けられたのは、1982年の国連海洋法条約(The United Nations Convention on the Law of the Sea 、UNCLOS) が始まりです*3。この条約は海の憲法とも呼ばれ、領海から公海、深海底に至る*4 、漁業や調査航海など様々な人間活動について規定しています。またこの条約で初めてEEZ(排他的経済水域)が設定されました。
さらに同年、条約内容を実施するために「国連公海漁業協定」*5が採択され、国際的に利用される資源の保存・管理においては、地域漁業管理機関(RFMO)が中心的な役割を果たすこと*6、沿岸国がEEZ内において実施する保存管理措置と、RFMO等が公海において導入する保存管理措置との間で一貫性を保つため、沿岸国と公海における漁業国が、RFMO等を通じて協力すること*6も定められました。
1995年にはFAO(国連食糧農業機関)の「責任ある漁業のための行動規範(Code of Conduct for Responsible Fisheries)」が定められました。これは、政府や水産業のステークホルダーが責任をもって水産資源の保全や管理を包括的に行うための基盤となる理念として設定され、日本を含む世界中の国々で採用されてきました*3。
さらに2001年、この行動規範の枠組みの範囲内でIUU漁業に特化した「違法・無報告・無規制漁業の防止、抑制及び廃絶のた めの国際行動計画(IPOA)」がFAOにより採択されました。様々な状況下で、旗国、寄港国、沿岸国、市場国の水産業界、コミュニティ、NGOなどが取るべき対応策が決められており、特に、政府については国内の行動計画を策定し、それを実施する上でのRFMOにおける役割について決めておくことも求めています*3。
2009年にはIUU漁業に関与した、あるいはその疑いがある漁船に港を使わせたり水揚げさせないための、世界初の法的拘束力をもった「違法漁業防止寄港国措置協定(PSMA)*6」が採択され*3、2021年6月現在、世界69カ国で批准されています*7。
2017年、FAOは、漁船とその操業(廃船まで有効)に関する情報を一元的に管理するツール「グローバルレコード(The Global Record of Fishing Vessels, Refrigerated Transport Vessels and Supply Vessels (Global Record)」を開発し、現在もIUU漁業を撲滅のための取り組みを進めています。
国連やFAOが定めたこのような枠組み以外に、各国政府や企業の指針となっているのがSDGsです。
例えば世界経済フォーラムと世界資源研究所により招集された、世界の政府や企業など水産業界のリーダー50人以上で構成されるFriends of Ocean Actionや、日本を含む世界の海洋国家14カ国で構成される「持続可能な海洋経済の構築に向けたハイレベル・パネル」はどちらもSDGsの目標達成を軸に結成され、IUU漁業の撲滅を活動内容に据えています。また、世界の政界や業界トップによる海の課題解決に対するコミットメントを発表する場として「Our Ocean」が毎年開催されています。
また、2019年に大阪で開催されたG20サミットや、2021年5月に行われたG7サミットでもIUU漁業についての議論がなされていることからも、各国首脳がIUU漁業を重大な課題として認識していることが伺えます(G7サミットの前段階として各国首脳はLeader’s Pledge for Nature に署名)。
こうした複数国間でのコミットメント以外に、各国政府はそれぞれに国内行動計画を定めたり(例:カナダ、韓国)、国家間での協定(例:EUと中国、タイとベトナム)を結ぶなど対策を強化しています。
政府レベルだけでなく水産物のマーケットでも対策が進んでいます。
例えば水産物を最も多く輸入するEUは、2005年に「EUのIUU漁業規則」を、その次に多く輸入しているアメリカでは、2018年に米国水産物輸入監視制度(SIMP)を施行しました。また、2021年2月には、150以上の企業が加盟する、水産業界における持続可能性を追求する主要な国際プラットフォーム(SeaBOS、GDST、GTA、ISSF、GSSI)が自団体のIUU漁業撲滅へのコミットメント、そして政府への対応強化を求める共同声明を発表しました。
また、こうしたプラットフォームや東アジアのNGOは、日本で昨年可決された、IUU漁業による水産物を市場から排除する「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律(水産流通適正化法)」に対しても期待を寄せています。
このように政府、マーケットレベルで対策が進んでいますが、課題も存在します。
まず1つ目はトレーサビリティについてです。水産物は世界で最も貿易量が多いコモディティであり、その流通経路は複雑です。IUU漁業由来の製品は、サプライチェーンに紛れ込み、きちんと資源管理された水産物と区別がつかない状態で小売や飲食店に運ばれます。実際、私たちが日々口にする水産物の中には「加工場まではわかってもその先の生産現場までは遡れない」というものも未だに多数存在します。
2つ目は、地域漁業管理機関(RFMO)の取り組みにばらつきが生じていることです。
現在、世界には13のRFMOが存在しており、それぞれで例えば、漁船の登録、船舶監視システム(Vessel Monitoring System)の搭載など対応策を決めていますが、1つのRFMO内でも、経済的な理由などから国によって達成度にばらつきがあったり、取り組み内容の報告や提出すべきデータが揃っていないこともあり、取り組みの評価がしづらくなっています*9。また、RFMO間でも取り組み内容に差異が生じています*9。
3つ目は、輸出入時にチェックするデータの統一性です。
EUの漁業規則や米国のSIMP、日本の流通適正化法では域内/国内に水産物を輸入する際に漁業に関するデータを記載した漁獲証明書の発行・届出が必要になりますが、この証明書に記載するデータも、先に取り組みを始めたEUとアメリカとでも差異があり、これらのデータを今後世界共通にしていく必要があります。
政府による調整には時間がかかります。それを待つだけでなく、自社が取り扱う全ての水産物において原料の生産現場まで遡れるフルチェーントレーサビリティを敷き、IUU漁業に関与していないことを確認できる水産物だけを消費者に提供する体制構築が、水産業界の企業に求められています。水産サプライチェーンの企業ができることは、これに関する課題を共有し、解決へ向けた協働を模索することではないでしょうか。