世界と将来世代を見据えた視点を。 「グローバルコモンズ」を守れる水産業に(前編)

世界と将来世代を見据えた視点を。 「グローバルコモンズ」を守れる水産業に(前編)

金融分野での長年の経験を背景に、UNEP FI(国連環境計画・金融イニシアティブ)の特別顧問を務め、環境問題の解決へ向けたしくみづくりに精力的に取り組んできた末吉竹二郎氏。2018年にはJCI(気候変動イニシアティブ)を設立するなど、日本の社会と経済に地球環境への視点を導入する動きを牽引してきた視点から、サステナブル・シーフードの取り組みに何が必要と考えるか、お話をうかがいました。

 

末吉 竹二郎
UNEP FI特別顧問。1967年東京大学経済学部卒業、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。1994年ニューヨーク支店長、取締役、96年に東京三菱銀行信託会社(NY)頭取。98年日興アセットマネジメント副社長に就任、在任中にUNEP金融イニシアティブ(FI)運営委員に任命される。2002年以降は環境問題に本格的に関わり、UNEP FI東京会議を招致、「東京宣言」の発表に尽力。2003年UNEP FI特別顧問に就任。2011年、公益財団法人自然エネルギー財団代表理事副理事長。2018年、JCI(気候変動イニシアティブ)設立、代表就任。同年、公益財団法人WWFジャパン会長。

 

気候から「自然」へ視点を広げたとき、「海洋」が持つ意味

――長らく国際的な社会経済が環境問題に対応していくしくみづくりに取り組んでこられた視点から、サステナブル・シーフードの現状や近未来について、お考えや思いをお聞かせいただけますか?

地球環境の問題として、これまでは気候(Climate=C)に注目が集まっていましたが、今ようやく、生物を含む自然(Nature=N)にも目が向き始めています。今後はこの両方を注視していく必要があります。

その「自然」の大きな部分を占めるのが「海洋」です。これにはいくつかの側面があります。まず、海は地球のCO2の約3分の1を吸収することで、大気中のCO2濃度上昇を抑えています。ただ、CO2を吸収するほど海水の酸性度が高くなり、それが進むとたとえばエビ、カニなどの甲殻類はカルシウムを固めて身を守る殻をつくることができなくなってしまうそうです。

また、海水温上昇の問題もあります。水温が0.1°C上がるだけでも、生物環境としては大変なことです。典型的な影響としてはサンゴの白化や、魚の獲れる場所の変化。北海道でサンマが獲れなくなったり、日本海のサワラが太平洋側で獲れたり……シーフードの問題を、魚をはぐくむ海洋の問題として見ていく視点が必要だと思います。

 

サステナビリティを考えるには「遠くを見る目」が不可欠

サステナビリティという言葉の意味も、おさえておきたいですね。ノルウェー初の女性首相、ブルントラント氏が委員長をつとめた「環境と開発に関する世界委員会」が1987年に出した報告書「Our Common Future(我ら共有の未来)」*では、「持続可能な開発」と「将来世代のニーズを満たす能力を損なうことがないような形で、現在の世代のニーズも満足させるような開発**」、と定義しています。つまり「世代間の公平性」です。

今、あらゆるところでさかんに「持続可能」と言われていますが、多くは単に現在の世代におけるタイムラインを引き延ばす話です。本来の「持続可能」は子や孫や将来世代の人権、生活権を尊重するということです。たとえば日本で若い世代が漁業を継げなくなっている、これも将来世代の人権にかかわります。もちろん現在の世代への配慮もいるけれど、「遠くを見る目」は必須です。

 

*「Our Common Future(我ら共有の未来)」 「環境と開発に関する世界委員会」が1987年に公表した報告書で、「ブルントラント・レポート」とも呼ばれる。その中心的な考え方をなすのが「持続可能な開発」。環境と開発は共存しうるものと考え、環境保全を考慮した節度ある開発が重要だと考える。
** https://www.env.go.jp/council/21kankyo-k/y210-06/ref_01.pdf

「ブルントラント・レポート」とも呼ばれる1987年の報告書、「Our Common Future」

 

グローバルコモンズという考え方

この春にストックホルムでUNEP(国連環境計画)*の創設のきっかけになった「国連人間環境会議」(1972年、ストックホルム)の50周年会議が開かれました。

1972年の会議で国連が初めてとりあげた環境問題として、北欧での酸性雨の被害などの他に、海洋汚染がありました。日本でも70年代から問題になった「公害」は、原因と被害が目に見える範囲内にあります。ところが海洋汚染は、原因と被害が国境をまたぎ、因果関係がわかりづらい。

今日の環境問題は、国際的な対応がなくては解決できません。特に海洋は国境のない、典型的な「グローバルコモンズ」、地球のすべての人が共有する領域です。共有だからそこにあるものは誰でも自由に獲ってよい、という考え方を維持できなくなった今、いかにこの共有財産を守っていくかが課題です。

*UNEP(国連環境計画) 1972年の国連人間環境会議で採択された「人間環境宣言」「環境国際行動計画」を実施するために設立された、国連の補助機関。環境問題に関する諸活動の全般的な調整を行ない、また新たな問題への国際的な取り組みを推進する

 

社会を支える金融だからこそ、役割がある

――そういった方向へ世界が転換していく中で、金融の分野はどう関わっていくのでしょう?

1992年に「第1回地球サミット」と呼ばれるリオ・サミット(UNCED、環境と開発に関する国際連合会議)が開かれました。その頃、プライベートセクターで環境問題に関心を持っているのは工業分野の人が中心でした。自分たちの活動が直接的に環境に影響を及ぼしている認識があったからです。

一方、金融業界はお金だけを扱って、街中のオフィスできれいな仕事をしていると思っていた。でもよく考えればこの社会、経済は、金融なくして成り立たない。その金融が、なぜ地球規模の課題に無関心なのか?

そこでリオ・サミットを機に、主にヨーロッパの銀行に声をかけ、30数行が参加して始まったのが金融イニシアティブ、UNEP FI*です。当時は僕もまだ銀行勤務でニューヨークにいましたが、その頃の日本の銀行はまったく関心を示しませんでした。

 

*UNEP FI(国連環境計画・金融イニシアティブ) UNEPと、200を越える世界の金融会社とのパートナーシップ。金融機関、政策者、規制当局と協調し、経済的発展とESG(環境・社会・ガバナンス)とを両立する金融システムへの転換を進める

 


UNEP FI日本グループのパンフレット。アジア太平洋地域には日本を含め4つのグループがある。日本では15社の金融機関がパートナーとして署名参加している

 

お金の流れを変えれば、未来は変わる

金融がより具体的な役割を担うために、2015年からTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の活動がはじまっています。気候変動に関連するリスクとチャンスの両面から、企業が将来シナリオと戦略を描いて、財務データ、すなわち金額で開示する、という制度づくりです。この情報をもとに金融機関が融資先を審査すると、お金の流れが変わります。

この制度を義務化する動きが、各国で始まっています。そして「C=気候」だけでなく「N=自然」を取り上げる議論も、国連を中心にTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)として始まっています。気候変動や生物多様性に関わる情報を開示しなくては、企業が生き残れなくなる。こうした大きな流れの中に、シーフードのこともあるのです。

 

TCFDでは、気候変動に関連して発生する、自社のビジネスにとってのリスクと機会に何があり、それをどうとらえ、リスクを回避し機会を活かすかの戦略を、財務情報として企業が開示することが求められる。出典:『気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)──気候関連財務情報 開示タスクフォースの提言の実施』日本語訳 TCFDコンソーシアム、特定非営利活動法人サステナビリティ日本フォーラム 監訳 長村政明、TCFDコンソーシアム企画委員会(2021年10月)

 

最後は消費者の選択が経済のサイクルをつくる

人はお金になるとなれば、とたんに金儲けに走ります。ニューヨークにいたとき、日本食ブームで築地のマグロが珍重されるので、ボストンで揚がったマグロをいったん築地へ送って、それをまたニューヨークへ送り返して「築地のマグロ」として高値で出していました。日本国内でも同じようなことは起きています。「獲った魚をできるだけ高く売りたい」と考えるのも、それはそれで当然のことです。

ということは、結局は消費者の選択なんです。この問題は、一部の業界や専門家の話ではなく、日常的な食生活の一部です。海の幸について、世界の消費者がどんな選択をするか? 最後の決め手はそこです。

ある日本の総合商社の子会社がノルウェーで行っているサーモン養殖では、いけすに数十万匹いるサーモンを、1匹ずつITで固体認証し、ストレスを減らす管理をしています。魚のウェルビーイングを確保し、かつストレスを減らすことでサーモンがよく育ち、美味しくなる。これに消費者が価値を見出し、ビジネスとして成功した。こういう経済のサイクルをつくっていく必要があります。

 

海洋資源を保全し、海の生き物のウェルビーイングを尊重する養殖方法が、美味しいサーモンをつくる、というビジネスが生まれている(写真はイメージ)

 

後編では、ビジネスの動きとして、気候変動による実質的な打撃を受けていやおうなく始まっている対応と、一方で「新しいゲーム」として競争の始まっている、GX(グリーントランスフォーメーション)に触れます。その中で世界の動きから取り残されてきた日本、なぜそうなったのかの理由や背景、政府や経済団体など既存の枠組みを越えて始まっている取り組みについて、また今後の経営者に求められる姿をお聞きします。

 

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取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。