今回のサミットのメインテーマでもある、漁業現場における人権問題。日本の水産物輸入相手国の第6位*であるタイの問題は、私たちにもつながっています。
明かされる現場の実態
「良い収入が得られる」そう言われて漁業者として働き始めたタイ人のLuang Por Prasert 氏。彼を待ち受けていたのは無給の長時間労働、睡眠不足、船長からの暴力、そして仲間の自殺でした。自らも事故で視力を失い、亡くなった漁業者を弔い慈愛を説くために現在は僧侶として生活しています。漁業の現場では奴隷のように働かされる事例が多く、暴力行為を見たことがあるタイの漁業者の数は59%にものぼります。彼は特別ではないのです。
現地住民のほかに、収入の低い周辺国からの移民も水産業に従事しており、彼らもまた同じような境遇に遭っています。例えばミャンマーの場合、現地の人材紹介企業と、そこに求人を依頼するタイの人材紹介企業とが求職者に対し、仕事の紹介料を過剰に請求するケースが多発しており、移民労働者の99%がお金を搾取されていると言われています。
さらに、タイ国内での労働環境の法整備自体も十分に整っているとは言えません。国内の3,900万人の労働者のうちの75%が労働の権利を保証されておらず、労働組合は2%しか結成されていません。移民労働者にいたっては新しく組合を結成できないなど、さらに厳しい環境での労働を強いられています。
一気に動いたタイ政府
こうした問題を解決するため、現地企業や政府はNGOと協働してきました。特にタイ政府は、2015年にEUから、IUU(Illegal, Unreported and Unregulated, 違法、無報告、無規制)漁業の可能性が高いとして、問題を放置した場合は輸入を取りやめることを警告する「イエローカード」を発行されたのを機に、この4年で一気に改革が進められています。
例えば、2018年6月にILO(International Labor Office、国際労働機関)の労働者、特に移民労働者の保護について定めた「1930年の強制労働条約(第29号)の2014年の議定書 」、2019年1月に船上や陸上の労働環境や社会保障などについて定めた「2007年の漁業労働条約(第188号)」にそれぞれアジアで初めて批准しました。さらに移民については、移民の管理用データベースが作られ、バンコクに支援センターが設置されました。
水産現場でも改善が進んでいます。その一つが船舶の登録と入出港管理システムの強化です。
漁船に搭載したGPSからその漁船の航行データや画像データなどを衛星を介して受信し、操業活動を監視するシステムをVMS(Vessel Monitoring System、漁船管理システム)といいます。タイ農業・協同組合省水産局は2015年にVMSのための漁業モニタリングセンター (Fishering Monitor Center、FMS)を設置、国際NPOのOceanMindとシステムを共同開発し、タイ周辺海域を4つに区分し、操業中の漁船も24時間監視できるようにしました。さらに法律により30t以上の漁船全てに対しGPSの搭載と登録を義務付け、現在6,000隻が登録されています。今年の年末までに30t未満の船4,000隻にも導入予定で、そうするとタイの商用船全てをリアルタイムでモニタリングできるようになります。
VMSには漁船のID、速度、漁業対象種、漁法なども登録されるため、IUU漁業防止も期待されています。
このように登録された船舶の操業中の管理がVMSですが、入出港時の管理も必要になります。それを行なっているのが海軍の管轄下にあるPort In Port Out Control Center(PIPO、入出港管理センター)です。PIPOはタイ国内に30か所あり、220の港を管理しています。漁船の所有者が出航前に送信する情報(乗組員の数、漁法など)と登録データを照合し、過去の操業データからその漁船のIUUリスクを分析します。そして出港前には漁網、乗組員のリスト、安全装置や医療器具などの装備が適切かなどを確認します。入港時には乗組員の休憩時間や登録された以外の魚種を漁獲していないかなどの検査を行います。FMSから不審な行為の情報が送られてくるとそれを記録・検査し、証拠のために空軍のヘリコプターが写真撮影することもあります。
乗組員の労働管理や漁獲物の同定手法の徹底化、データの精度の向上など課題が多く残されていますが、今後はAIを使った分析データの効率的な解析も視野に入れているということで、改善は今後も進みそうです。
企業やNGOによる対策
政府以外に企業もNGOと協働して対策を始めています。その一つが、ツナ缶(世界最大)やエビなどの水産加工事業を行うThai Union社です。
同社は12の子会社を所有し、従業員の77.5%が移民です。そのため人権保護については各国のルールに準拠していますが、自社でも倫理的な採用活動について定めたり、第三者機関による採用プロセスの監査、採用者への労働法や文化などの研修を現地NGOのMigrant Worker Rights Network (MWRN) や Labor Rights Promotion Network (LPN)と行っています。また、サプライチェーンの透明性をコアに掲げ、自社で使用する水産物を漁獲する漁船を全て追跡できるようにしたほか、2016年には加工場と漁船とが連絡を取り合うシステム、さらにそれを応用して、乗組員が家族と連絡を取れるようにしました。さらに、アメリカやイギリスなどと協働でThe International Transport Workers’ Federationを設立し、タイ全国の漁港にスタッフを置き、地域コミュニティを形成、トレーニングを行い、漁業者が地域水産業のリーダーになれるように支援しています(Fishers’ Rights Network)。
このように多角的に対策を進められるのはThai Unionが巨大企業だからかもしれません。しかし、自社が仕入れる水産物に注意を払う、現地採用やサプライチェーンの透明性の担保や監視強化のためのコストをシェアする、NGOの提唱を支持する、など同社ほどの規模でなくても企業としてできることはあります。例えばイギリスの小売業の8割は国際的な環境基金Environmental Justice Foudationが提唱する、水産サプライチェーンの透明性確立に向けた10の憲章(Ten principles for global transparency in the fishing industry)を支持しています。
「社会問題が解決できなければ環境問題は解決できない。今後のテーマは「コラボレーション」と「敬意」。自社の事業に組み込めることは何か、どのようなコラボレーションを始めるべきかを考えてほしい。」とアメリカでサステナブル・シーフードの企業向けコンサルを行い、人権問題解決のためのプラットフォーム、RISEを立ち上げたFish WiseのTobias Aguirre氏。日本は持続可能な資源管理についてようやくスタートラインに立ったばかりですが、「時すでに遅し」とならないようこの問題についても目を向けていく必要があります。
*1 平成29年度水産白書(水産庁, 2018)
(文:山岡未季)