ASC認証でマーケットと共にサステナブルな養殖業を育てたい(後編)

ASC認証でマーケットと共にサステナブルな養殖業を育てたい(後編)

「養殖が、環境への悪影響を最小限に抑えながら、人類への食料と社会的利益の供給において主要な役割を果たす世界」というビジョンを掲げ、ASCは、ASCが定める基準を満たした養殖業にASC認証を与えています。ASC養殖場認証取得者数は現在、世界で1,660養殖場、国内で89養殖場あり、また、ASCラベル付商品数は世界で20,410点にのぼります(2022年2月時点)。

世界各国の養殖の現場をつぶさに見た長年の経験を経て、現在はASC認証の日本での普及を推進するASCジャパン ジェネラル・マネージャーの山本光治さんは、養殖をめぐる日本の状況をどのようにとらえているのか、生産現場から流通・小売までのサプライチェーンに働きかけていくASCの仕事への思いを伺いました。(前編を読む

 

二極化する日本の養殖業界

―― 長年、海外で養殖の現場を見てきた経験から、日本の養殖業の現状をどう見ておられますか。

まず感じるのは二極化ですね。大きな企業が垂直統合して、種苗も社内で生産し、養殖場も持っているという形態もあります。ASC認証を取得しているのはそういうケースが多いです。

一方で、東南アジアとも似た小規模な個人経営で、さまざまな中間業者とのやりとりの中で成り立っている養殖場も多いです。東南アジアの現場でグループ化の流れを見てきた経験からすると、日本の漁協制度の強みをもっと発揮できることがあるのではないかと感じます。

難しいと思いますが、それぞれの形態に見合った政策を実施していくために、民間のさまざまなステークホルダーにできることがあると思いますね。漁業法改正という形で政府から底上げするような動きも必要ですし、企業のイノベーションの余地もまだまだあるのではないかと。

 

宮崎県串間市にある黒瀬水産のASC認証を取得したぶり養殖場(写真提供:山本光治)

 

進化し続けるASC認証

―― AIPなどに取り組んで、ASCの基準を目指していくことが、おのずと養殖のイノベーションにつながるのでしょうか。

生産者にとって自分で情報を集めるのは結構大変だと思うんですよ。ASC認証は、グローバルのトレンドを反映しベストプラクティスが詰まった国際基準ですので、うまく活用していただければと思っています。

もちろん、“今日のベストは明日のベストではない”ので、イノベーションが起きている中で、ASC認証の基準も変えていく、ステークホルダーのインプットで改善していくという作業をしています。

―― 今後のASC認証の改善ポイントを教えてください。

まず、現在ある12の魚種(※)ごとの基準を一本化します。マグロ、ウナギ、サバなど、まだカバーできていない魚種がたくさんありますが、これまでの基準作成は、策定の段階でさまざまな関係者の意見を何度も聞く長いプロセスなので、それを魚種ごとにやっていくのは効率的ではありません。まずは一本化することによって、基準の骨組みが整理され、今後、魚種を追加しやすくなります。

それから、エサの問題です。2022年の秋から、飼料会社を対象とした審査が始まります。これまでは養殖場が審査対象で、エサの部分は養殖場が飼料会社のデータをもらって審査員に提出していたのですが、とくにエサ原料を取り巻く複雑な環境面や社会面の影響を考慮すると、飼料会社自身を対象として厳密に審査するのは必要不可欠な流れかなと思います。

 

(※)ASC認証は、サケ、ブリ・スギ、淡水マス、スズキ・タイ・オオニベ、ティラピア、パンガシウス、二枚貝(カキ、ムール貝、アサリ、ホタテ)、アワビ、エビ、カレイ目の魚類、熱帯魚類、海藻の12種の魚介類を対象としている。

 

ASC認証の認知度を高めるために

―― 日本国内でASC認証はどれぐらい認知されているのでしょうか。

2019年の調査データでは、一般消費者の認知度は1割程度です。今年また認知度調査を実施します。15%ぐらいまで伸びているといいのですが……。やはり、ヨーロッパでは4割から半数近くの国民の認知があるという状況と比べると、日本では、業界関係者にはある程度認知されているかもしれませんが、消費者レベルではまだまだです。マーケットの力を借りて機能する認証制度ですから、マーケットの認知度が上がらないと全体がうまく回りません。

―― 一般消費者の認知度を高めるために、どのように取り組んでいかれますか。また、サプライチェーンの水産企業などにはどのようなことを求めますか。

今の世の中ではSNSの力が大きいので、そこを軸にしたキャンペーンをやっていきたいのが一つ。また、学校などで若い世代への啓蒙に力を入れていきたいと思いますが、具体的に何をするのかです。教科書や図鑑などに載せてもらえるようになってきましたが、まだまだです。SDGsなどはテレビの子ども向け番組などにも取り上げられていますので、そういう形で世の中の流れにうまく乗って、授業や給食など、いろいろな活動をしたいと考えています。

 

2018年、サステナブル・シーフード・ウィークのキャンペーンとしてエビの被り物姿で講演を行った山本さん(写真提供:山本光治)

 

サプライチェーンの水産企業の方々にも積極的に販売先や消費者に向けてサステナブル・シーフードの発信をより強めてもらいたいです。

 

天然ものと養殖ものが共存する未来

―― 養殖そのものに対して日本人が持っているイメージはいかがでしょうか。海外との違いはありますか。

ありますね。そこはすごく面白くて、理由もいろいろ考えられます。日本って、食文化が豊かで、魚種の数も多いじゃないですか。逆に海外では、たとえば、イギリスのスーパーの魚売り場では魚種が極端に少なくて、両手で数えきれる程度の種類しかない。

魚の締め方をはじめ、日本には独特の魚食文化が発達し、美味しい魚がたくさんありますから、旬の天然ものが良いという感覚は当然だと思います。日本の消費者の中には、養殖ものと言えば、抗生物質で薬漬けになって、脂っこいダラダラした魚だというイメージをお持ちの方もいるでしょう。

しかし、実際には最近の養殖ものはしっかり品質管理されています。海外では、安定した品質を安定した値段で提供する養殖の長所が、より前向きに捉えられています。

グローバルな目で、今後も増えていく世界の人口のタンパク源をどうやって確保するかを考えると、間違いなく養殖が必要不可欠になります。私も魚が大好きなので、怖いのは、日本の魚食文化、美味しい魚の食べ方が失われることです。ですから、天然ものと養殖ものが共存していくのが食文化としてベストだと思います。

 

養殖という業界を育てたい

―― 長年、養殖一筋で貢献し続けてこられたモチベーションはどこから来るのでしょうか。

学生時代は、自分の養殖場を持って、何か美味しいものを育てて世の中に出したいと思っていました。その後、ちょっと違う道をたどってきましたが、振り返ってみると、養殖という業界自体を上手に発展させていくために取り組んできたわけで、それは、個々の養殖場で生産する環境を整えたり社会面を改善したりすることと、全部つながっています。やっぱり育てることが好きで。

―― ご自身の養殖場を持つプランはこれからでしょうか。

今やっていることが楽しくて、養殖への関わり方にもいろいろあると思うので、直近では自分の養殖場は考えていません。ただ、将来のオプションとして残しておきたいかな…と思います。

―― 今やっていることでいちばん楽しいのはどういうところですか。

ASCの仕事では、養殖の現場に行く機会もありますし、養殖業者の方々との話し合いもあります。かつ、養殖ものが実際に加工され流通するマーケットから小売まで、サプライチェーンの全てに関わることができます。

 

ASC認証商品をはじめ、サステナブル・シーフードの利用促進に取り組む和食レストランきじまの料理(写真提供:山本光治)

 

たとえば、ささやかな新年会をしたレストランでASC認証の魚を食べました。その生産者がASC認証を取る前の段階から知っているし、苦労して認証を取得したことも知っている、その魚がこの美味しい料理につながるのだという、最初から最後まで追えるような体験が嬉しいですね。

 

 

山本 光治(やまもと こうじ)
1978年茨城県生まれ。英国バンガー大学海洋生物学部卒、豪州ジェームズクック大学にて水産養殖学修士過程修了。2005年よりアジア太平洋水産養殖ネットワーク(NACA)にて、2010年より国連食料農業機関(FAO)にて、水産養殖職員としてアジアやアフリカなど20カ国の養殖現場での事業に従事。2011年に発行された「FAO養殖認証技術ガイドライン」の事務局を務めた。2017年よりASCジャパンの代表として国内の市場と養殖場におけるASC認証の普及を通じて環境と社会に配慮した責任ある養殖業の拡大に務める。

 

取材・執筆:井内千穂
中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2016年〜2019年、法政大学「英字新聞制作企画」講師。主に文化と技術に関する記事を英語と日本語で執筆。