SDGsと出会って仕事が変わった 若者と大人のギャップに危機感、今やらなければ (前編)

SDGsと出会って仕事が変わった 若者と大人のギャップに危機感、今やらなければ (前編)

日本の1号店開店から今月で50周年を迎える日本マクドナルド。日本出店当初からの定番メニューであるフィレオフィッシュには近年、持続可能な漁業で獲られた魚が使われ、2019年から「海のエコラベル」とも呼ばれるMSC(Marine Stewardship Council、海洋管理協議会)認証ロゴが表示されています。

MSC認証ロゴを消費者の目に触れるところに表示するには、持続可能な漁業で獲られた魚としての「漁業認証」に加え、流通や加工の途中で非認証水産物の混在を防ぎ、また認証水産物のトレーサビリティを確保する、CoC(Chain of Custody、管理の連鎖)認証を受ける必要があります。

簡単ではないと言われるCoC認証を取得して、MSC認証ロゴを表示するにいたる経緯や活動、考え方について、またSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みによって変わったという仕事の考え方について、同社コミュニケーション&CR本部、CSR部マネージャーの岩井正人さんに聞きました。

持続可能調達の事実があれば十分だと思っていた

──2019年からMSC認証ロゴをつけたということは、そのときからフィレオフィッシュにサステナブルな魚を使い始めたのですか?

いいえ、実はロゴをつける前からMSC認証を受けた魚、具体的には決められた漁場・漁法で、決められた量の範囲で獲ったアラスカ産のスケトウダラを使っていました。

しかし商品のパッケージにMSC認証ロゴを表示するには、漁業認証だけでなく、サプライチェーン全体にわたるCoC認証(※)を受けなければなりません。それを取得できたのが、2019年ということになります。

 

※CoC認証:MSC漁業認証された水産物が、加工・流通される過程で非認証品と分別され、消費者の手に届くまでのトレーサビリティを確保されているとするもの

2019年、日本マクドナルドは25年ぶりにフィレオフィッシュをリニューアルし、加工の工程変更と同時にMSC認証をパッケージ上に表示した

 

──最初からCoC認証を取得されなかったのは、どうしてでしょう?

そのときは、必要ないと思っていたんです。企業として持続可能な調達は行っている。その事実があれば、幅広く外部に知らせる必要を感じていませんでした。

──そのお考えが変わったのは、何かきっかけがあったのですか?

SDGsの浸透が大きいです。その中で、企業がきちんと責任ある行動を取るだけでなく、それを消費者へも伝えていく必要が高まっています。

その消費者の意識レベルが、私たちが考えていたのとは違ってきている。学校や企業でよくSDGsのお話をするのですが、高校生、大学生とコミュニケーションする機会が増えて驚いたのが、彼らのSDGsに対する知識です。

ある高校では「イギリスに短期留学していたとき、むこうのマクドナルドでは、フィレオフィッシュにMSC認証ロゴがついていた。日本にないのはなぜ?」と聞かれてびっくりしました。30代以上はあいかわらず関心が薄いですが、中高生、大学生にとってはすでに当たり前のことになっています。

大人だけが知らない:10代と30代以上で大きく異なるSDGsへの意識

──10代の若者からの質問に、気づかされたんですね。

そうなんです。事実としてちゃんと責任ある行動を果たせていれば十分、ではなく、商品に表示して初めてちゃんと伝わるんだ、と気づいた。

イベントなどで中高生と話をすると、FSC(Forest Stewardship Council、森林管理協議会)、レインフォレストアライアンスなど、SDGs関連のマークを実によく知っています。MSC認証はむしろ認知度が低いくらいです。不思議に思って聞くと「授業で習うから」という。教科書を見せてもらうと、たしかに載っているんです。学生にとっては、当たり前の知識なんですね。

こうなると企業も、公共性のある基準を満たしていることを、裏付けをもって示さなくてはならない。

──それを若者、子どもたちから知らされたインパクトは大きいですね。

でも大人は関心が薄い。そのギャップはいつも感じます。SDGsをうたっているメディアの人ですら、MSC認証をご存知なかったりするんです。

1年半かけて、サプライチェーン全体の認証を取った

──実際にMSC認証のロゴを表示されるまでには、どんなご苦労がありましたか?

やはりCoC認証を取るのが簡単ではありませんでしたね。サプライチェーンの全工程にMSCの監査が入るのですが、フィレオフィッシュの最終加工場は店舗なんです。全国およそ2,900店舗の中から無作為抽出で選ばれた何店舗かに、監査の人が直接来るというのはたいへんなことです。なかなかドキドキしますよ。

漁獲から下加工、冷凍、ポーションへの加工、店頭での最終加工まで、サプライチェーン全体で、認証されたタラの分別管理とトレーサビリティを確保した

 

それと、そもそもCoC認証を取ること自体が初めてだったので、監査に向けてサプライチェーンの担当者、工場、ディストリビューションセンター、等々の関係者とミーティングして、マニュアルを作って……わからないことばかりで、手探りの連続でした。

──かなり時間がかかりましたか?

2018年の初頭から7~8ヶ月はミーティングを重ねて、CoC認証を取得し、MSC認証のロゴを表示できるようになったのは2019年8月。具体的に動き出してから1年半かかりましたね。

全社横断で考え、決める場を持つことで、取り組みを推進

──そうやってMSC認証のロゴを表示できるようになるまで、イニシアティブはCSR部門が取られたんですね。社内での動きや、周囲の反応はいかがでしたか?

SDGs関係はどれもそうですが、全社が関わってくるんですよ。もちろん総論では誰も反対しない、いいことですから。しかし実行するとなると、費用はどこがもつのか、リーダーシップはどこが取るのか、となって簡単ではありません。

MSCのCoC認証についても、担当者どうしはとてもポジティブでしたが、実施するには財務にも、監査が店舗を訪問するには営業もかかわる。ロゴの活用については、マーケティングも。中身を伝え、発信していくには、広報も。ほとんど全ての部署が関わってくることになります。

──それは、お話を進めるのが大変そうな……

私たちの場合は、部署横断でこういうことを話し合うために、ステアリングコミッティがもうけられました。そこで1年ほどかけてMSC認証の表示へ向けた方針が決まり、そこからが具体的な作業です。

それでもマクドナルドでは、グローバルでSDGsに取り組む大きな流れがあったのでスムーズに進められたかもしれません。

せっかく苦労して表示できるようになったロゴですが、MSC認証の認知度は、決して高いとは言えないと感じています。ですから私たちとしても、このロゴがもっと広く社会に理解され、また社内にもさらに浸透していくことをめざして、活動を続けています。

 

>>>(後編では)岩井さんがこうしたテーマに取り組み始めたのは、CSR部門に移ってからだと言います。それまでの仕事とは性格の異なる課題の中で、新しい姿勢を身につける必要がありました。

 

岩井 正人
1984年日本マクドナルド株式会社入社。店長、また複数店舗の統括者として、お客様に「最高の店舗体験」をご提供すべく尽力。その後本社に異動、マーケティング部門、新商品開発担当を経て2014年9月よりCSR部にて環境関連を担当、2015年国連サミットの「持続可能な開発目標(SDGs)」採択に衝撃を受ける。2021年7月現在、全国約2,900店舗のマクドナルドとして社会的責任を果たすべく、サステナブルラベルの取得、SDGsの啓蒙など、地球環境に貢献する活動を推進。

取材・執筆:井原 恵子
総合デザイン事務所等にて、2002年までデザインリサーチおよびコンセプトスタディを担当。2008年よりinfield designにてデザインリサーチにたずさわり、またフリーランスでデザイン関連の記事執筆、翻訳を手がける。