密漁を支援する構造を止める。 「水産流通適正化法」が変える、 日本の水産物流通の未来

密漁を支援する構造を止める。 「水産流通適正化法」が変える、 日本の水産物流通の未来

近年、非漁業者によるアワビやナマコなどの密漁が問題になっています。その数は右肩上がりに増え続け、それと同時に漁業者の漁獲量は大幅に減少しているのです。

こうした密漁を防止するための法律「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律(以下:水産流通適正化法)」が2020年12月に公布され、2022年12月までに施行されることが決まっています。この法律は、水産物が密漁を含むIUU(違法・無報告・無規制)漁業に由来しないことであることを証明するために、業者間での情報の伝達・記録を義務づけるもの。特徴は、国産及び輸入品の水産物において生産、加工、流通といった幅広い領域を網羅していることです。これまで規制のなかった水産流通を、大々的に見直す法律といえます。

お話を伺ったのは、水産庁加工流通課長である天野正治さん。水産流通適正化法の施行によってどのような効果があるのか、そこから目指す水産の未来について、語っていただきました。

 

密漁を支援する構造を食い止める

ーー改めて「水産流通適正化法」の概要について教えてください。

ポイントは大きく3つあります。1つ目は、違法に採捕される恐れの多い、特定の水産動植物を扱う漁業者、一次買受業者、流通業者、加工業者は、行政に届け出を出すこと。2つ目は、水産物に「漁獲番号」を付け、情報をサプライチェーン上の業者間で伝達すること。3つ目は、その取引記録を作成、保存することです。

これによって、業者の実態を政府が把握し、扱われる水産物が適正に採捕されたものであることを証明します。また、生産から販売までのトレーサビリティを確保するものです。


資料「水産流通適正化法について」より( https://www.jfa.maff.go.jp/j/kakou/attach/pdf/tekiseika-1.pdf

 

ーーなぜこうした法律が必要なのでしょう?

今、国内では非漁獲者による密漁が横行しています。また、海外からの輸入品においても、いわゆるIUU漁業による商品が入り込んでいるおそれがあります。非漁業者による密漁を含むIUU漁業は、水産業の持続可能性の追求に不可欠な資源管理の精神を蔑ろにし、適正な漁業を営む漁業者を不公平な競争に巻き込みます。これらの商品を消費すれば、結果的に私たちは、IUU漁業を支援することになってしまう。この構造を食い止め、漁業者、流通業者、消費者が安心してつながる世界をつくっていくために、今回の法律ができました。

現在、消費者に届いている水産物は、残念ながら違法に採捕されたものが完全にないとは言い切れない状態です。日本は世界有数の水産物消費国で、輸入水産物においては欧米に次ぐ世界第四の巨大市場です。この法律によって、違法な水産物の流入を止め、海の恵みを豊かな状態で未来世代に残す責務を果たすべきだと考えています。

そもそも、なぜ密漁の数がここまで増えているかというと、ダイビング道具やGPS機能など、漁獲のための機器が昔に比べて発達しているからなんです。つまり、プロの漁業者でない人が密漁しやすくなっているんですね。他にも、沿岸部の人口が減り、外から人が入りやすくなった地域もあります。密漁者の増加によって、資源には大きな影響が出るでしょう。ここでしっかり対応することが必要です。

岩などに固着するアワビは密漁のターゲットにされやすい

流通における抜け道をふさぐために

ーーこの法律に対して、関係者の方々の反応はいかがですか?

説明会などで最初にいただく反応は、やはり「難しい」「負担が大きい」というものが多いですね。産地市場を運営している漁協の方には、これまで必要のなかった、漁獲番号を発行する作業が生まれます。加工業者の方も、これからは番号ごとに管理が必要です。最初は大変だという印象があるでしょう。

同様に商品のトレーサビリティを確保している米や牛については、事故米やBSE(牛海綿状脳症)の問題があり、トレーサビリティについて消費者側からの要請が強かったんです。しかし水産物については、消費者主導ではなく、生産者や流通者の責務として協力していただく形。そういった中で関係者の理解を得るのは、なかなか難しかったですね。

ーー法律の施行によって期待できる効果は?

効果については、漁業法と合わせて考えることが大事です。2018年に改正された漁業法では、密漁者に対して3年以下の懲役、または3,000万円以下の罰金を課す、厳しい罰則が新設されました。密漁者は当然、罰則を逃れるための抜け道を探します。今回の法律は、流通経路を可視化するので、密漁者の抜け道をふさぐことができるのです。

今までは、一度流通に乗ってしまったものを取り締まるのは困難でした。さまざまな場所で密漁物が混入している可能性は考えられますが、そこを闇雲に調査することはできなかったんです。しかしこの法律が施行されれば、立ち入り調査をする権限が我々に与えられます。

この調査のためにも、業者の届け出が重要なんです。これまでは、ナマコの加工業者がどこに何件あるかも分かっていなかった。それがすべて可視化され、届け出を出していない業者は、届出義務違反に問われます。

それから、通報による効果も期待できるでしょう。「違法なことをしている人がいたら教えてください」という努力義務があるんです。通報があれば役所は調査の契機になりますから、そこで発覚する事例も多いだろうと考えています。

大変な部分もありますが、それを乗り越えてやり遂げたときの効果はとても大きいと思いますね。情報を電子化することで日々の負担は軽くできるので、そのための支援はしていく予定です。水産業は電子化が遅れているので、実現できれば水産流通の大きな改革にも繋がるでしょう。

現場で話を聞くと、皆さん「私は信頼できる人から買っているから大丈夫」と仰います。でも、どこかで密漁品が混入している可能性があることは間違いありません。密漁は一度に獲る量が多く、成長の遅い底生生物を根こそぎ獲ってしまったら、資源はやがて枯渇してしまいます。流通業者も協力しなければ、将来自分たちの食べていく手段がなくなってしまうかもしれないんです。そのような想像力を持って、協力していただくようお願いしています。

複雑で、実態が不透明な日本の水産流通

ーー法律の構想から成立までに2年以上かかっているそうですが、苦労したのはどのような点ですか?

水産流通についての情報が少なかったことですね。これまでは、水産庁として流通業者に対して法的裏付けのある権限を有しておらず、業者の実態も把握できていなかったんです。そうした中で業界の人たちに話を聞き、仮説を立てながら、ゼロベースで制度を組み立てていきました。

今回の法律をつくるにあたり、欧米の事例は参考にしました。しかし、欧米であっても、まだ歴史的にはそれほど古い制度ではなく、悩みながら運用している部分があるという印象でした。また、日本は外国に比べて水産流通の仕組みが複雑なんです。複雑なうえに実態が分からないので、新たな法律をつくっていくのは大変でしたね。

しかし最終的には、国会で全会一致で法律を通すことができました。与野党問わず、これはやるべきだと判断してもらえたのは、大きな意義のあることだと感じます。

ーー法律ができるまで、実際にどのような議論があったのでしょう?

1つは、どこまで網羅するかという点ですね。現状、幅広い方々を対象とする法律になっていますが、最初は対象を絞ったらどうかという案もありました。例えば、産地市場で適正に採捕された水産物であることが証明されれば、その先は厳密に監督しなくてもいいのではという案です。

しかし、密漁者は水産物を流通のどの段階から流入させてくるか分かりません。市場なのか、加工場なのか、販売店なのか。そこで、やはり全部を監督しなければという意見が出て、今の形になったのです。

また、どの魚に漁獲番号を付けるかも大きな論点でした。これは、今の段階では決まっておらず、これから各関係者に話を聞いて決定する予定です。出発点が非漁業者による密漁を含むIUU漁業の防止なので、国産ではアワビやナマコ、輸入ではイカなどが、まずは対象になるのではないかと検討会では議論がありました。

もう一つの議論は、消費者に伝えるか否かです。商品に添付される品名や原産地の欄に、漁獲番号を載せるかどうかということですね。これについても活発な議論がありましたが、販売店のところまで適正に採捕された水産物であることが確認できれば、消費者は必ずそこから購入するはずなので、優先順位を考えて、現段階では必要ないという判断になりました。

15年ぶりに配属された水産庁での使命

ーー天野さん個人のキャリアについても、教えていただけますか?

農林水産省に入省後、最初は食品流通に関わりました。入省6年目のときに、一度水産庁に配属されています。そこで、水産基本法という多方面に影響を与える法律に、初めて関わって、制度を作る大変さと魅力を学びました。

その後、麦の政府買入という主要食糧法に残っていた大きな制度を、関係者との困難な調整を経て、生産現場を強くする等の観点から廃止する作業に携わりました。また、ユネスコ無形文化遺産に登録された和食の振興や、農林水産物の輸出振興などに関わった後、15年ぶりに水産庁に戻ってきました。

ーー幅広い領域を経験されていますが、現在の水産庁での使命についてはどのように感じていますか?

もともとダイビングや釣りが趣味で、海は好きなんです。日本人は魚をよく食べるし、海には親しみがありますよね。私は和食の振興に関わっていたこともあり、日本は魚に関しては、世界に先駆けていると思っていました。ところが、再び水産庁に配属されてみると、規制に関しては欧米に比べてやや遅れていることが分かったんです。それゆえに、輸出において不利になったり、水産資源が枯渇する可能性も生じている。背景を勉強するうちに、この水産庁において、もう少し頑張らなければいけない領域があるんだと理解したんです。だから、自分ができることは精一杯やろうと決めました。

水産庁の中でも加工流通課は、魚が水揚げされてから消費に至るまでの、あらゆる仕事に関わる課です。国はどうしても漁獲や養殖などの生産部分にリソースを割きがちですが、ビジネスの観点で言うと、本来は水揚げから消費までの占める割合が大きい。しかし、今まではそこを民間に委ねきっている部分がありました。その反省も込めて、今回の流通適正化法ができたんです。この法律ができたことで、我々の仕事がこれからどのように変わっていくのか、とても楽しみにしています。

流通・加工は大きな可能性を秘めている

ーー2022年の法律の施行に向けて、今後の動きを教えてください。

まずは漁獲番号を付ける魚種の議論を進めていきます。それから、情報の伝達を電子化するための検討を始めます。

今まで漁協のシステムは、それぞれのシステム会社がバラバラに管理していました。魚の獲り方や名前が、漁協によって異なるからです。しかし今回の法律ができたことで、システム管理にも横ぐしを刺す形になるでしょう。これをやり切ると、水産業の電子化がすごいスピードで進んでいく可能性もありますね。

現場からは、パソコンでの入力が面倒だという意見もありますが、今後音声入力が可能になったり、その伝達もできるかもしれません。そうなると、今までの紙に書く伝達よりも、もっと早い世界が実現できるはずです。声によって入力し、それがそのまま記録になれば、今回の法律で課せられる義務も果たせます。しかもそのシステムが高価ではなく、どこでも使えるものであればいいですよね。

ーー最後に、天野さんがこれから注力したいことを教えてください。

今まで目を向けられてこなかった流通・加工に、もっと力を注いでいきたいですね。ここ数十年、問題になっているのは、つくったのに売れない、無駄になってしまうという現象です。消費者の意見が反映された生産や加工が行われず、「つくったんだから食べてよ」という構造がありました。

この構造を改善するために、流通・加工が果たす役割は大きいと考えています。流通には消費者のニーズを生産者へ伝える機能があり、加工には商品を消費者が食べやすい形にする機能があるからです。今回の水産流通適正化法は、こうした流通を強化するツールでもあります。

法律の施行に伴って、冷凍技術や解凍技術がさらに発達したり、AIによる自動化も進んでいくかもしれません。輸出面では、水産流通適正化法に対応することで、外国に流通しやすくなるメリットが生まれます。外国では取引記録の提示を求められるためです。輸出を増やすための取り組みにも、今後注力していきたいですね。

さらに、コロナ禍で外食が減る中、魚を家庭でいかに消費するかという課題も出ています。家庭での魚の消費には、捌くのに時間や手間がかかるというハードルがある。そのハードルを下げる工夫、商品自体を変えていく取り組みもしていきたいです。

さまざまな要素が絡み合い、大きな可能性を秘めている水産の流通・加工。水産流通適正化法の施行とともに、この分野にもっと活力を生み出していきたいですね。

 

天野 正治
水産庁加工流通課長。1995年農林水産省入省。食品流通局に配属される。2000年、水産庁にて水産基本法の制定に携わる。2005年、食糧法の一部改正に関わる。2006年に金融調整課に配属されてからは、農林水産省の金融全般、リーマンショック対応などを担当。その後、大臣官房参事官、輸出拡大チーム長として農林水産物、食品の輸出振興を手掛ける。2018年7月より現職。

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