2019年11月に開催された東京サステナブルシーフードシンポジウムで、第1回ジャパン・サステナブルシーフード・アワードのコラボレーション部門の初代チャンピオンとして表彰されたこのプロジェクトは、代々、東京湾・船橋で漁業を営み日本初の漁業改善プロジェクト(FIP)「東京湾スズキFIP」に取り組んでいる海光物産と、魚群探知機等の漁撈機器画像や船舶の航跡、船上での作業状況等のデータをリアルタイムに収集、可視化する船舶プラットフォーム「ISANA」を開発しているライトハウスによるものです。
漁業の現場に根ざしたシステムづくりにより水産物のトレーサビリティを向上したこと、今後の日本の水産業にとって必須である漁獲証明制度と資源調査に貢献する取り組みである点が高く評価されました。
漁業と先端テクノロジーでタッグを組んだ海光物産の代表取締役社長、大野和彦氏とライトハウスの代表取締役CEOの新藤克貴氏に取り組みのきっかけや今後などについてお伺いしました。
花岡:
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お二人はどのようにして出会われたのですか?どのようなきっかけでこのプロジェクトが始まったのでしょうか?
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大野:
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2016年にMSC認証の予備審査を受けたところ改善点が判明し東京湾スズキFIP(漁業改善プロジェクト)に取り組み始めました。改善活動の中でトレーサビリティを確立させなければいけないことがわかり、エクセルのワークシートに週に1回漁獲データを手入力し始めましたが、それが非常に大変な作業でした。
そこで新藤さんたちから漁業IoTを使って革新的かつ合理的な漁業に変えていこうというISANAプロジェクトの誘いを受けまして、要望をお伝えしながらプログラムを作っていただき今日まで来ました。
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新藤:
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弊社は2017年9月に創業したのですが、創業時に社会課題を解決したい、特に誰もやっていないような領域に対してテクノロジーを活用して課題解決するという目標を立てました。中でも水産、海洋業界は貢献する価値もあって非常に面白いという結論に至りましたが、当時は業界の方と全くお付き合いがありませんでした。そこで弊社社員の友人のお知り合いから大野さんをご紹介いただき、「私たちは業界のことは全然知らないけれどもテクノロジーを使って何とかしたいです」とお話をしてみたところ、漁業現場や今回のISANAを使ったプロジェクトに繋がるような知見をいただき、最終的にサービス化させることができました。ですので大野さんは一番初めのサービスを作るきっかけになったと言っても過言ではないくらいお世話になっている方です。
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花岡:
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ありがとうございます。このプロジェクトが始まる前は手入力以外でログを取る方法は存在しなかったのでしょうか?そこが画期的な部分だったということですか?
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新藤:
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存在はしていましたが使いづらかったり、また、IoTはインターネットと船をつなげて構築するものですが、船がインターネットにつながっていないという問題がありました。これまでのログをより高度化しリアルタイムに取得する、そしてより使いやすくするためにはお客様の声を聞きながら改善することが重要です。その仕組みを作るためにインターネットと船をつないだところが一番新しいかと思っています。
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花岡:
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改めてお伺いしたいのですが、手入力していた頃とシステムを使っている現在とで、どれぐらい仕事の効率性が変化しましたか?
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大野:
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取らなければならないデータがいくつもあります。投網・揚網時刻、緯度経度、混獲種、漁獲した魚種とその魚体長。スズキに関しては魚体長ごとの漁獲量も記録します。このように事細かに1投網ごとに1年間、1回も逃さずにデータを取らなければなりません。1年分をまとめて入力できないので週に1回、休日にエクセルに入力してそれを一緒にFIPに取り組むNGOに送るというような作業をずっと続けていました。休日が休日でないような、大変手間のかかる仕事でしたが、今は船でのソナーや魚群探知機の画像や漁労作業状況を記録、確認できるようになったので少し楽になりました。
ただ、現在はリアルタイムでの入力が船上だとできないので将来的には音声入力にしていきたいと思っています。今までは私一人で入力作業をしていましたが、今は相方の船頭が引き受けてくれたので従業員の意識改革にもつながっていますし、とても良いシステムだなと思ってます。新藤さんには感謝してます。
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新藤: | ありがとうございます(笑)
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花岡:
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大野さんはエシカル漁師とサステナブル・シーフードの伝道師としても皆さんに知られていますが、何がきっかけでこのアワードに応募されたのかお教えいただけますか。
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大野:
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私は30代、40代の頃は漁獲に全身全霊をかけていた部分もありました。一方でこんなにたくさん獲っていいのか、市場で売れないものを獲る意味はあるのか、父達がスズキの幼魚のセイゴなどを沢山獲っているのを見て自分たちが将来獲る魚がいなくなるのではと疑問に思っていました。
欧米にはMSC認証のように明文化された基準があり、その中で管理された漁業を行うという考え方が定着しています。それをを私たちと同じような感覚を持ってる漁師さんたちにも気づいてもらいたい、それが何なのかをはっきり知ってもらいたい、漁業のあるべき姿を少しでも伝えられたら、と東京サステナブルシーフード・シンポジウムでも発表してきました。
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花岡: | ありがとうございます。本当に熱量を持って取り組んでらっしゃいますね!新藤さんはいかがでしょうか?
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新藤:
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現在のトレーサビリティの仕組みは、船団の運営支援サービスISANAを元に作っているのですが、600隻以上にご利用いただけるまでお客様の数も増えてきました。
操業に関する様々なデータを集めてタブレットで見える化できるようになり、今後の水産業において必ず重要な位置付けになっていくサステナビリティにこうしたデータを活用していきたい、と社内でも議論していたところだったので、良いタイミングでした。
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花岡:
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600隻という数にも驚きですが、アワードを通じてお客さまの中でサステナビリティへの関心が増えたということはありましたでしょうか?
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新藤: | 初対面の漁師さんに会社紹介する時にアワードについてよく話しています。受賞したこと自体で信頼度も上がりましたし、私たちのようなまだ知っている人が少ないスタートアップでも信頼してもらえるようになりました。また、トレーサビリティの仕組みがそもそもどういうものなのかとか、魚価向上にも効果があるのかとか、漁師さん側からもトレーサビリティ、サステナビリティ、今後の自分たちのやり方をどうしていくべきかを話すきっかけにもなっているので受賞した価値があったと思っています。
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大野:
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このアワードの大きな効果は、全社員が目標を共有できたことかと思っています。2019年11月に開催した弊社の創業30周年記念パーティでは200名を超える日頃お世話になっている皆様をお招きし、そこでトロフィーもお披露目いたしました。受賞をきっかけに日本IBMさんなど色々な企業の方とブロックチェーンを活用してこのシステムを進化させる共同プロジェクトを始めることができたのも大きな成果でしたね。
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花岡:
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記念パーティーには弊社もご招待いただきありがとうございました。大野さんや経営陣がスタッフの皆さんのことを大事にされていますし、社員のみなさんが一つの方向を向いている良いチームであることが伝わってきました。社内だけでなく社外のステークホルダーの皆様にもコミットメントを表明されていたのにも感銘を受けました。
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花岡: | 漁業現場にいらっしゃる大野さんにお伺いしたいのですが、テクノロジーを使うことに対してどうしてもまだ一歩を踏み出せない、新しいことをなかなか行えない漁師の方も多いかと思います。そういう状況は現場では変わってきているのでしょうか?
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大野: | 別の漁協の方に私たちが漁業者の立場として自分たちの取り組みを話すと身構えられてしまいますが、新藤さん達のようなIoTの技術を持った方々から実装事例を紹介していただくと、イメージが湧いてIoTに対するハードルが下がるように感じます。一緒にできることが良いことなんだと思います。
例えば他の船橋の底引き網の漁業者さんたちが獲った魚は一旦海光物産に預けられますが、自分の魚がこの先どこでどういう人が買って、どういう所で消費されていのかは必ず興味を持ちます。届けた先で自分の魚を「美味しかったね」と言ってくれることは漁師冥利に尽きますし、これほどのことはありません。みなさんのトレーサビリティに対する感覚がこのプロジェクトをきっかけに少しずつ目覚めてきていると思います。
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花岡: | ありがとうございます。新藤さんにお伺いしたいのですが、営業先として漁業者コミュニティは他のセクターと比べて一見アプローチが難しいのではないかと思うのですがいかがでしょうか?他と比べて可能性に溢れているセクターだと感じることはありますか?
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新藤:
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営業については最初は手探りでしたが、大野さんのような仲の良い漁業者さんやお客さまからご紹介いただいたことで徐々に導入件数も増えていきました。実際、今新規で使っていただいているお客さまの8割以上がご紹介によるものです。要望や使い心地をストレートにフィードバックしてくれる方が多いので製品改善も非常にしやすいですし、海外輸出の将来性もあるのでポテンシャルが高いと思っています。
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花岡: | プロジェクトのこれからの展開についてはどのようにお考えですか?
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大野: | アワードの受賞をきっかけに日本IBMさんからコンタクトいただき、ブロックチェーンシステム「IBM Food Food Trust」を活用したプロジェクトが始まりました。これをきっかけに今回のコロナも踏まえ、非対面型のビジネスモデルへの転換を目指していきたいと思っています。漁業現場では新藤さんたちの漁獲データ入力システムを使い、その先の漁港での水揚げ、加工、出荷、料理店、料理レシピのデータも総合監視の基につないでいきたいです。
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花岡:
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ブロックチェーンを使ったトレーサビリティで「海から食卓へ」という意識を保全やサステナビリティにもつないでいくということですね。素晴らしいですね、ありがとうございます。
新藤さんからもお願いします。
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新藤:
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IBM Food Trustのブロックチェーンの仕組みを活用して漁業現場のトレーサビリティをより社会実装に近づけていくことを目指しています。
そのほかには漁獲データを活用して資源評価やその海域でFIPをするための現状把握や簡易診断ツール、例えば今までの漁獲の操業記録データから大まかな資源評価ができるような仕組みを作ってきたいと思っています。テクノロジーを活用して資源評価にかかるコストや手間を簡易化してより低コスト化できるようにしていければいいなと思っています。 |
花岡: | 今回のようなプロジェクトを始める、広げる上では何が重要だと思いますか?
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大野: | やはり想像力とか行動力です。漁業の現状、魚が小さくなったことの原因を悶々と考えているだけでなく、これから自分たちの海、世界中の共有財産と捉えて将来どうしていきたいのか、あるべき理想の海の姿を特に海で働く者たちに本気で考えてもらいたいですね。
一人では何も動かすことができませんが、まずはやってみることが大事だと思います。自分が正しいことをみなさんが認めてくだされば、必ず賛同したり自分もやってみよう、という方も出てきます。まずは発信したり想像して行動してみる。してみたいことをやってみることじゃないかと思います。
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新藤:
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大野さんのような課題意識を持つ現場の方と私たちのようなテクノロジーを持っているエンジニアやベンチャーがいかにコラボレーションできるかが大きなポイントかと思っています。ひたすら現場に行って漁師さんと話しながら物を作っていくこと。私たちのサービスもそのようにして段々作られてきました。
水産業のテクノロジーはまだバリエーションが少なくIoTを使った工夫ができる余地がまだ沢山あります。興味があればどんどん参入してやってみた方が良いと思います。
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花岡: | 水産庁もスマート水産事業でIoTの導入を進めていますし、漁業とIoTのコラボレーションは今後更に広がりそうですね。
最後に、今年のアワードへのエントリーを考えている方々、これから活動を加速させていこうとされている方々に対してメッセージをお願いします。
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大野: | 自分達が取り組むこと、これからこういう風にして行きたいということが少し形になったら、こういったアワードに応募したり、皆さんの前で発表すると良いと思います。どんどん仲間が増えてきます。私も2連覇達成を目指しているので皆さんがライバルです(笑)。
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新藤: | サステナビリティは基本的に人類の寿命を超えた超長期的な地球規模での便益を目指すものですが、それは人間のモチベーションに依存すると実現が難しい。ですがそういう時にテクノロジーを使えば人類の寿命やモチベーションに制限されずにワークできるような仕組みが作れると思うんです。そう言った意味でサステナビリティを実現するのであればテクノロジーは絶対必要ですし、そういったテクノロジーを持った方が参入することでサステナビリティを実現できるような仕組みが作られればと思っています。もし今後水産に関係ない方が参入する場合は私たちもサポートするので是非取り組みを始めてみてもらえると嬉しいです。
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花岡: | 心強いですね、ありがとうございます。お二人とも本日は貴重なお話ありがとうございました。
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今年のアワードの応募締切は8月19日(水)まで!みなさまのご応募をお待ちしております。