陸上養殖
陸上養殖 (Land-based Aquaculture)は、陸上に魚介類の飼育施設を建設し、その中で生産を行う養殖形態の総称です。この他、沿岸域で行う養殖や沖合で行う養殖もあります。陸上養殖は人間の生活圏に最も近い養殖形態で、人間の管理が行き届きやすいというメリットがあります。
参入企業の増加と法整備
海で行う養殖では漁業権が必要ですが、陸上養殖では、漁業権が不要で新規参入しやすいという特徴があり、近年、産業規模は拡大しつつあります。このような背景から水産庁は「内水面漁業の振興に関する法律」に基づき、陸上養殖業を届出養殖業として定め、令和5年4月1日に施行しました*1。政府はこの届出制度のよって陸上養殖の実態を把握し、産業としての位置付けを進めることになります。
図:東京海洋大学 海洋生物資源学部門 遠藤雅人准教授 提供
水利用とそのメリット
陸上養殖は、水の利用法に応じて3つに分けられる。用水を取水して直接、あるいは濾過してから取入れて利用し、用水を1回だけ利用する「かけ流し式養殖」、取水量を削減するとともに濾過装置を取り付けて環境の安定化を図る「半循環式養殖」、濾過装置により、水の入れ替えを可能な限り抑えて、完全に水質を維持する「閉鎖循環式養殖」に分けられます*2(下図参照)。
用水に関しては表層水を濾過して使用するほか、清浄性の維持や水温・水質の安定化を図るために地下海水を利用する形態も増加しています。また、閉鎖循環式養殖では、水道水に飼育される魚介類に必要な塩類を添加して利用する人工飼育水を用いることが可能であり、病原性微生物やウイルス等の感染を防止することができます。天然で漁獲する魚では、人間に害のあるアニサキスが寄生していることが多く、冷解凍せずに生で食べ、アニサキスが人間の体内に侵入すると激しい腹痛を起こします。陸上養殖では、餌が管理されており、養殖魚へのアニサキスの寄生が防止できるため、近年、生食用で提供するマサバの陸上養殖も増えてきています*3。
また、通常、トラフグは有毒性の餌を食べることで毒化しますが、陸上養殖の場合、有毒性の餌を与えないので、毒化しないというメリットもあります*4。
環境制御技術
陸上養殖では、施設養殖を行うことで、光環境を自由に制御できるという特徴を持ち、光、給餌の最適化を行うことで成長促進を図ったり、繁殖制御を行うことができます。これまでに緑色の光を照らしてヒラメやカレイを飼育すると成長が促進されること、ハタ類では青色の光で成長促進が可能であることも分かっており、その一部が実用化されています*5。さらに世界的に養殖が進められているアフリカ原産のティラピアでは、光周期を短くして通常は12時間の明るい時間、12時間の暗い時間を設けて飼育を行うところ、3時間の明るい時間、暗い時間を繰り返すことで成長が促進されることも分かっています。繁殖制御に関しては産卵期の光周期にすると卵や精子の形成が促進されることは多くの魚類で判明していますし、上述のティラピアでは6時間周期の明暗環境で飼育するとその形成が抑えられることも分かっています*6。
事業採算性と環境負荷低減
しかしながら、施設の建設費や用水の取水設備費等の初期費用、施設の養殖装置を運転するために必要なエネルギーコストが高いことがデメリットとして挙げられます。この点に関しては既存の使われなくなった建屋や取水設備を利用したり、廃エネルギーや余剰エネルギーの活用、さらには上記の環境制御を行うことで生産性を高めることでコストの低減を図ることが必要です。また、事業採算性を考えたブランド化などの販売戦略も陸上養殖を成功させるカギになります。水質汚濁物質の排出に関しては適正な管理のもと、自然環境にできる限り排出を行わない処理方法が求められています。特にこの水質汚濁物質を利用する方法として糞などの沈殿した物質を回収して畑にまいたり、液体として溶けている物質を野菜や海藻の肥料として利用するアクアポニックスは有効な手段であると考えられます*7。
*1 令和5年4月から始まる陸上養殖業の届出制について(水産庁栽培養殖課、2023年)
*2 陸上養殖の現状と課題〜サーモン陸上養殖を実証事例として〜(水産研究・教育機構 瀬戸内海区水産研究所 資源水産部 養殖生産グループ 今井智、2018年)
*3 陸に海を再現!!「陸生まれ・陸育ち」【完全陸上養殖さば】の養殖に成功しました!~アニサキスのいない安全なサバが食べれます~ 3月8日(水)“サバの日”~提供開始(フィッシュ・バイオテック株式会社プレスリリース、2023年3月6日)
*4 毒はどこからやってくる?『フグはフグ毒をつくらない』(株式会社成山堂書店コラム、2022年2月22日)
*5 北里大学の研究者らが開発: 緑色LEDでヒラメ・カレイの成長速度が1.6倍に(nippon.com、2022年3月29日)
*6 遠藤雅人・竹内俊郎 (2009). .閉鎖循環式養殖システムへの海洋深層水利用の可能性. Deep Ocean Water Research 10 (1) 41-47.
*7 BLUE & GREEN REVOLUTION ホームページより
執筆:東京海洋大学 海洋生物資源学部門 遠藤雅人准教授