2023年新春対談:日本の豊かな海と水産業のV字回復を目指して 水産改革の道のりを行く(前編)

2023年新春対談:日本の豊かな海と水産業のV字回復を目指して 水産改革の道のりを行く(前編)

水産庁は、農林水産省の外局として、「水産資源の適切な保存及び管理、水産物の安定供給の確保、水産業の発展並びに漁業者の福祉の増進を図ること」を任務としています(農林水産省法37条)。

2021年に水産庁長官に就任した神谷崇さんは、入庁以来一貫して水産行政に取り組み続け、これまでにシーフードレガシーが開催した東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS)にもたびたび登壇。

2023年の年初に当たり、日本の水産改革を牽引する神谷長官と、「海のレガシーを未来へ残す」ことを目指す株式会社シーフードレガシーの代表取締役社長 花岡和佳男が、水産改革のビジョンを語り合いました。

 

神谷 崇(こうや たかし)
1962年福岡県生まれ。1985年、九州大学農学部水産学科卒業。同年4月水産庁入庁。2006年 石川県農林水産部次長、2008年 水産庁国際課漁業交渉官、2012年 水産庁漁業調整課首席漁業調整官、2014年 水産庁資源管理部参事官、2016年 水産庁漁場資源課長、2017年 水産庁資源管理部長を経て2020年 水産庁次長。2021年7月水産庁長官に就任。
花岡 和佳男(はなおか わかお)
1977年山梨県生まれ。幼少時よりシンガポールで育つ。フロリダ工科大学海洋環境学・海洋生物学部卒業後、モルディブ及びマレーシアにて海洋環境保全事業に従事。2007年より国際環境NGOグリーンピース・ジャパンで海洋生態系担当、キャンペーンマネージャーなどを経て独立。2015年7月株式会社シーフードレガシーを設立、代表取締役社長に就任。国内外のビジネス・NGO・行政・政治・アカデミア・メディア等多様なステークホルダーをつなぎ、日本の環境に適った国際基準の地域解決のデザインに取り組む。

 

魚大好き少年が水産行政の道に

花岡:まず、神谷長官が水産庁に入られた思いや理由をお聞かせください。

神谷:子どもの頃から魚が好きで、幼稚園時代は大きくなったら漁師さんになりたいと思っていました。砂場には海の砂があったので、そこで貝殻を探したり、そんな遊びばかりして。小学校では読書の時間に図鑑ばかり読んでいて、読書感想文を書きなさいと言われたときに「図鑑しか読んでないから書けません」と言ったら先生に怒られました。

とにかく魚のことしか頭になくて、そのまま大学に行って、本当は研究者になりたかったのですが、公務員試験のときに研究職ではなく行政職で入り、今に至っているので、人生を熟慮して選択したというよりも、幼い頃からそれしか知らないでずっと来たという感じですね。

 

水産庁長官 神谷崇さん(撮影:帆刈一哉)

 

花岡:もう根っから魚がお好きなんですね。

神谷:このあいだ、さかなクンが水産庁に来たときに、すごくマニアックな川の魚の話をしたら、さかなクンもびっくりして、二人ですごく盛り上がって、マネージャーさんからもうそろそろ時間ですってストップがかかるほどでした。

花岡:僕も学生時代から海が好きで、海の豊かさに自分が溶けるのが気持ち良くて、その海が壊れていくことが悲しいなと純粋に思って、その気持ちのまま、前職のNGOを経て今に至っているので、魚が好きという思いを貫いておられる神谷長官のお話に共感します。

 

立場を超えて心が通じた出会い

花岡:水産庁での40年近いキャリアの中で、どんなことが印象に残っていますか。

神谷:2008年のIWC(国際捕鯨委員会)で、花岡さんと出会ったことは思い出に残っていますよ。

花岡:僕はあれが国際会議のデビューだったんです。当時、前職のNGO、グリーンピースに在籍していて、水産庁や日本政府の方々に名刺をお渡しして「日本から来ました」と挨拶しましたが、みなさん名刺で組織名を見ただけで、もうまともに相手にしてくれませんでした。その中で神谷さんだけは正面を向いて話してくださったことが、すごく記憶に残っています。

 

出会いの頃を振り返る水産庁長官 神谷崇さんと株式会社シーフードレガシー代表取締役社長 花岡和佳男。(撮影:帆刈一哉)

 

神谷:当時、グリーンピースと水産庁の間にはいろいろありましたから。本当はお話することも憚られてたので、一個人として言葉を交わす感じでしたね。グリーンピースは水産庁のことは何であれ非難していたでしょ?

花岡:問題提起に強みを持つNGOでしたからね。

神谷:でも、それから5年ぐらい後でたまたま見つけた記事に、花岡さんが「WCPFC(中西部太平洋まぐろ類委員会)の北小委員会ではクロマグロの資源管理のため水産庁も最近ちゃんとやっています」と書いておられ、「ああ、どの組織にいようがちゃんと見てる人は見てくれてるんだ」と思いました。

2014年のIATTC(全米熱帯まぐろ類委員会)で、クロマグロに漁獲枠を導入しようとした時、メキシコが大反対したんです。今ではクロマグロの漁獲半減措置の提案は、日本の水産庁の大きな成果であるということになっていますが、個々の場面で、特にこれからクロマグロの漁獲を伸ばそうとしていたメキシコに、これ以上獲るのをやめる決断に至らしめる過程で花岡さんが大事な役割を果たされました。

花岡:問題提起は重要ですが、そればかりじゃなくて、やっぱり僕は解決するステークホルダーを増やしたり力をつけたりしていくのが大事だと思っていました。国際会議での日本叩きに嫌な思いもしていたので、水産庁が前に動いたことに勇気づけられましたね。

メキシコに関しては、あの海域のクロマグロのほとんどは蓄養され日本で消費されていたので、国内の大手商社群などに働きかけて、無責任にクロマグロの漁獲枠を増やすのは良くないというスタンスを明らかにしてもらいました。マーケット、業界、企業へのアプローチは、今のシーフードレガシーでも基本的な考え方は同じです。対立構図で問題提起を専門とするNGOから独立して、自分の組織を立ち上げたのは、あの時そういう経験をさせてもらったおかげでもあります。

 

国際交渉畑から水産庁長官に就任

花岡:漁業関係の国際会議で日本ってすごくやり玉に挙げられやすいんですが、神谷さんは、メキシコの例のように、たくさんの国際交渉を進められ、各国政府と合意を得ることに成功された人だと思います。何かその辺の秘訣ってありますか。

神谷:私は偉大な上司の下で個々の交渉の準備をやっていただけなので、秘訣というほどのこともないんですけど、事前のデータ分析は一生懸命やっていたかなと思います。戦うフィールドはどこなのか、碁盤みたいにタテ・ヨコがわかるようにして、お互いの位置をプロットしていくと、相手とぶつかるのはここで、相手が欲しがってるのはここだから、ギブアンドテイクと言うなら、ギブの部分はここにして、テイクをこうすればいいなとか。

花岡:それによってWin-Winの形をつくっているわけですね。

神谷:Win-Winに見えるけど、本当は日本の方が勝ってるのが理想なんですけどね(笑)。でも、相手もちゃんと勝ったと思えるようにするということですね。

花岡:2021年の夏、水産改革まっただ中の重責を担って水産庁長官に就任されたとき、どんな気持ちでしたか。

神谷:怖かったです。

役所はどこでもそうですが、技術系と事務系に分かれていて、事務系は、政治や予算などの分野を歩んで水産庁のトップに立つという育てられ方をするわけです。その意味で、僕は技術系の中でも特殊で、国際交渉と資源管理しかやってなくて、国内の予算とか法律とか、議員の先生に根回しとか、そういう経験はほぼゼロ。

水産庁資源管理部長として2019年TSSSで基調講演を行った神谷さん

 

だから未経験の分野にポンと放り出されたようで恐怖を感じましたが、過去ばかり振り返ってもしょうがないので、足りない部分をどうやって間に合わせていくか、今と先を見て生きるのに精いっぱいです。

 

水産改革で目指す日本のV字回復

花岡:日本の水産業界は衰退し続けています。それを回復させるのが、水産庁で神谷長官が取り組んでおられる水産改革ですが、何を目指す改革なのか、まずはビジョンをお聞かせください。

神谷:日本の水域にいる魚の資源が常にいい状態にあって、持続的に利用できて漁業者も潤うし、またこれから人口が少なくなっていく中で輸出に回して外貨を獲得する産業にもなっていくような、そういうものを目指したいと考えています。

 

水産政策の改革の全体像(資料提供:水産庁)

 

花岡:私たちがよく使う「サステナビリティ」という言葉は、環境と社会と経済の中心にあります。だから、環境、つまり資源がサステナブルであれば社会や経済がどうなってもいいということではなく、三つが合わさっていないとサステナブルとは言えないと思っていますが、同じ方向ですね。

神谷:どうV字回復させるかですね。僕が子どもの頃は、水産会社がプロ野球の球団を持っていました。大洋ホエールズですね。有望な選手を入れたいと思ったら、もう1頭クジラを獲ればいいという感じだったと聞きました。日本の水産業はすごいという中で育って、今振り返ると僕が大学4年生の時が生産量のピークでした。1985年に水産庁に入ってから今まで一貫して右肩下がりです。

 

漁業・養殖業の生産量の推移(令和3年度 水産白書のエクセルデータよりSeafood Legacy Timesが作成)

 

だから自分なりに一生懸命やってきたつもりでも、トータルで見ると、ひたすら下がり続けているのは、何かが正しくなかったんだろうと思います。それも、外国水域から追い出されたせいだとか、日本の水域に外国漁船がたくさん入ってきたからだとか、環境が変わったからとか、埋め立てが進んだからとか、全部、外部要因のせいにしていて、自分たちのやり方が正しかったのか、改善すべき点はないのかという視点が欠けていた気がします。

少なくとも自分が現役を辞めるまでの間に、V字回復の基礎をつくっていきたいと思います。

花岡:70年ぶりの漁業法改正がありました。毎年開催するTSSSの登壇者や参加者を見てもそうなのですが、漁業従事者だけでなく、小売業者、飲食店、給食事業者、金融機関、市民団体、消費者など、今の水産が抱える問題とその解決に関心を持つステークホルダーは確実に増えています。日本の水産資源は「国民共有の財産」であると法律に明記すべきだという声もありますね。

神谷:法律論としての是非には触れませんが、仮に「国民共有の財産」と書けば水産改革のロードマップが進むのかと言えば、書こうが書くまいが、例えばマダイに新たなTAC(漁獲可能量制度)を導入したいという議論をしていたら、反対する人は反対するわけです。水産庁としては、ここ数年のうちに10種類ぐらいTACを増やそうと、少ない職員で努力しているのだから、その実務を優先させたいですね。

法律の文言を変えるとなると、そこに水産庁全体がかかりきりになって、TACを増やす実務面が置き去りになってしまいます。それに、法律上「共有の財産」と明記している国はロシアとかノルウェーとか、それほど多くないんです。水産庁の限られたキャパシティを、TACの導入をどう進めるかに注ぐことが大事です。(後編に続く)

 

>>> 後編では、水産庁神谷長官とシーフードレガシーの花岡社長が、水産改革のビジョンを実現するための資源管理や流通の課題と展望を語り合います。

 

取材・執筆:井内千穂
中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2016年〜2019年、法政大学「英字新聞制作企画」講師。主に文化と技術に関する記事を英語と日本語で執筆。

写真撮影:帆刈一哉

 

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