今こそ漁村文化と真っ当な漁師を守る時。現場に寄り添う研究者の言葉(後編)

今こそ漁村文化と真っ当な漁師を守る時。現場に寄り添う研究者の言葉(後編)

前編で「水産は、水産だけの世界に閉じこもって象牙の塔になるのではなく、社会と交流し社会のダイナミズムの中に入ってこそ、課題を解決していける」と話した清野聡子さん。これまで、地域社会の多様なステークホルダーの協働による持続可能な社会形成を訴えてきました。

対馬市民や対馬にゆかりのある人がオンラインで受講できる「対馬グローカル大学」(https://tsushimaglocal-u.com)や、海洋教育プロジェクト「九州大学うみつなぎ」(https://umitsunagi.jp/about)でも、これまで接点のなかった漁師と住民が直接話し合い、つながりを深める場を作っています。

その清野さんが、実際に漁業の現場に身を置き生活することで感じた実情とは。これからも日本の漁業が残っていくために変えなければならないこと、必要なことは何なのか、お話を伺います。

しがらみを抜け、声をあげる漁師の思いを大切に

——統括プロデューサーを務める「九州大学うみつなぎ」の活動内容を教えてください。

「九州大学うみつなぎ」は海洋教育プロジェクトですが、海ごみ問題をテーマに活動をスタートしました。ですが現在は、対馬や宗像の漁師にオンラインで日々の漁や水産資源についても話してもらうということを始めています。

漁師が自ら漁にまつわることを話してくれる回は、九州大学うみつなぎの中でも人気が高く、高校生などが多く参加しています。漁業は現場の雰囲気を知る機会が少ないこともあり、実際にどんな仕事をしているのか、漁師がどんなことを考えているのか関心を持っている学生が多いようです。

漁師も、これまでは何かやりたいことがあっても物理的に漁村を離れることが難しいなどハンデがあったと思います。ですが現在はオンラインでつながれるようになったことで、漁村の外のあらゆる人たちとの輪ができつつあります。

漁師は海ごみや資源管理について問題意識を持っていても、漁村の中の関係性からそれについて発言するのは難しいという現状があります。それでも九州大学うみつなぎで腹を括って発言してくれるのは、なんとかしなければという明確な思いがあるからです。私たちはその思いを大切にしたいと思っています。

——今年の12月から水産流通適正化法が施行され、いよいよ現場でも取り組みが始まります。これを浸透させるために必要なことは何でしょうか。

私は対馬や宗像でトレーサビリティの取り組みを行ってきました。すると、当時はこの分野を研究する人があまりいなかったこともあり、情報を開示したくないという漁師がほとんどで大きな壁に阻まれました。水産の世界で新しいことを始めるには、「大事な情報が漏れてしまう」「これまでの習慣が壊されてしまう」という不安の問題が障壁になることがあるのです。

海洋基本法に海洋保護区の内容を盛り込む議論でも、漁業者や、時に行政からも「海洋保護区にすると魚が獲れなくなる」という反対の声がありました。しかし、国立公園である利尻島の利尻昆布など、国際的には海洋保護区である国立公園をブランドの付加価値にしていると思います。

情報リテラシーが浸透していないと、持続可能な水産のために重要な動きがあっても、不安からくるネガティブなイメージや噂が広がってしまいます。そして、規制をしてもそれに対する抜け道を探すなど、悪い方向へ向かってしまいます。ですので、水産流通適正化法に関しても、内容を正しく理解し、前向きに捉える意識を持たなければならないと思います。

真っ当な漁師が食べていける環境をつくらなければ、漁村は壊滅する

——海の課題を解決するために必要なことは何でしょうか。

流通や小売の事業者も含めた水産関係者が、真っ当な漁師が儲かる環境をつくることです。

熊本県のアサリ偽装問題についても、ここ数十年は問題とされながら改善されず続いてきたことです。ですが、これをおかしいと考える人が増え世論が動いたこと、本物の熊本県産天然アサリの価値が認められる状況ができたことでやっと明るみに出ました。

正直者がバカを見るという状況では漁師がいなくなってしまうということを認識すべきです。今までは正直者や出る杭は打たれてきました。その結果、若者がいなくなり、漁村自体が消えていこうとしています。

偽装品が儲からないシステム、本気で真っ当な漁業をやりたい漁師が食べていけるシステムをつくる。そのために漁業者と漁協、流通、小売が連携し、そこに社会的関心が集まり評価されることで、漁業が生き残っていける。今はその瀬戸際だと思います。

——日本の海にイノベーションを起こすためには、どのような心構えが必要でしょうか。

技術的なイノベーションだけでなく、それを使う人のイノベーションも含めて考えることが大切です。革新的な技術が生まれても、それを受け入れて主体的に使おうという人がいなければ意味がありません。

使いやすくて肉体的にラクになる、単純作業をしなくてよくなり時間の余裕ができる。そういった技術で、現場はもちろん漁業という産業自体が持続可能にならなければなりません。また、そういった新しい技術を受け入れられる若い漁師の存在も大切です。

 


2022年4月に熊本で開催された「第4回アジア・太平洋水サミット」のユース分科会

 

今年の4月に熊本で「第4回アジア・太平洋水サミット」が開催されましたが、そこで私がオーガナイザーのひとりとなり「ユースセッション」を行いました。Meaningful Youth Engagement(MYE、意味のある若者の参加)をテーマに、若者に「発言させてあげる」のではなく、「エンゲージ(引き込む、参加させる)」することで社会を改革していく必要性を議論したのです。

水産は、今の状況でも残ってくれるような、やる気のある真面目な人たちで再構築していくことになるでしょう。やる気のない人などがふるい落とされ漁業の世界から去った後も、それでもなお漁業をやりたいと残った人たちが、新たな日本の水産をつくり、これからの海のあり方をつくっていくと思います。

それを支えるものとして新たな技術が導入され、肉体的・時間的余裕が生まれて、皆が余裕を持って続けられる産業になっていけばと思っています。

 


「第4回アジア・太平洋水サミット」には高校生も参加し、意見交換を行った

魚だけでなく、漁村の文化や生活を保全することが大事

——そういった漁業の改革を応援するために、企業や個人はどのようなことができるでしょうか。

良い例として、福岡県にある糸島の取り組みが挙げられます。糸島の漁業協同組合は以前から対面の販売所などをやってきましたが、現在は地元の海鮮丼屋と協力して「地魚ツーリズム」を実施しています。参加者は漁師や研究者に直接会って話を聞いたり、大きな市場では引き取ってもらえないような小ロットの魚を販売所で買ったりすることができます。マルチステークホルダー・プロセスで皆がアイディアを持ち寄って商品開発をするなど、経済がうまく回っていっている好例だと言えるでしょう。

また、その土地の魚だけでなく、風習や伝統行事、食文化なども含めた漁村全体、そこに住む人の生活全体を包括的に応援していただけたらと思います。魚は獲る人がいて、その人たちが住んでいる町があり、文化がある。それを包括的に守っていくという姿勢が、漁村を存続させます。小売業者も、魚だけでなくその土地の工芸品を扱うなど、地域文化とセットで紹介することがこれからは求められます。

漁師は漁の傍らで農業をやったり、大工仕事をしたり、工芸品を作ったり、料理もできたりと、さまざまな可能性を持っています。そういったスキルを収入につなげる取り組みもできるのではないでしょうか。

個人でもぜひ近くや故郷の漁村を訪れ、土地の文化に触れ、土地の人と言葉を交わしてください。漁師には昔ながらの風習に興味を持ってもらうことで内発性が生まれますし、訪れる側は漁師と触れ合うことで、漁村が抱える課題も見えてくるはずです。ごみ拾いや行事の作業を少しでも手伝う、土地の料理や余っている魚を食べる、二拠点居住を考えるなど、関わり方、手伝い方はさまざまあると思います。遠隔で事務作業分担なども効果的かもしれません。企業としてでも個人としてでも、一緒にやれることはたくさんあります。市町村などを通じてアプローチするのもありますが、まずは漁村を訪れてみてください。

 

清野聡子(せいの さとこ)
神奈川県逗子市出身。海岸散歩の面白さに3歳で目覚め、研究者の道を目ざす。1989年東京大学農学部水産学科卒業。1991年同大学大学院農学系研究科水産学専攻修士課程修了。博士(工学)。東京大学大学院総合文化研究科助手、助教を経て2010年より九州大学大学院工学研究院 環境社会部門 准教授。専門は海岸・沿岸・流域環境保全学、生態工学。

 

取材・執筆:河﨑志乃
デザイン事務所で企業広告の企画・編集などを行なった後、2016年よりフリーランスライター・コピーライター/フードコーディネーター。大手出版社刊行女性誌、飲食専門誌・WEBサイト、医療情報専門WEBサイトなどあらゆる媒体で執筆を行う。