誰もが当事者「ビジネスと人権」。法を道具に人権尊重を促進したい(後編)

誰もが当事者「ビジネスと人権」。法を道具に人権尊重を促進したい(後編)

「ビジネスと人権」をめぐる議論が日本でも盛り上がり、「人権デュー・ディリジェンス」という言葉を耳にする機会も増えてきました。

学生時代にカンボジアに飛び込んで肌で感じた「開発とは何か?」という問題意識が、その後「ビジネスと人権」に取り組む原点になっているという弁護士の佐藤暁子さんに、これまでの軌跡と今後の抱負をうかがいました。

(前編を読む)

 

開発途上国の法整備支援を志した学生時代

―― 弁護士を志した原点をお聞かせください。

母校が小中高一貫のミッションスクールで、小学生の頃から学校でハイチの子どもたちのために募金をしたり、カンボジアの地雷で足を失くされた方やフィリピンのスラムで働いているシスターの話を聞いたりといった教育を受けました。周りに国際協力の仕事で活躍している先輩や関心を持っている同級生がいて、将来の進路の選択肢として開発の分野について考えることもできる環境で、国連といった国際機関への憧れもありましたね。

その中で社会のルールや仕組みを知るということは面白そうだという漠然とした思いから、法学部の国際関係法学科を選びました。ちょうど法曹養成制度改革があり、いわゆる旧・司法試験とは全く違うスタイルの法科大学院ができた頃でした。

法律家として関わることができる国際関係の仕事をいろいろ調べていたときに、当時、弁護士の土井香苗さんが海外の法整備に携わる仕事をしたという記事を読んで関心を持ちました。なるほど、法律家が開発の分野で活躍できるテーマがあるんだと。法科大学院修了後、司法試験の合格発表までの間に、法務省で法整備支援を担当している部局でのインターンも経験しました。

―― カンボジアに行かれたのは司法試験の後だったのですか。

法整備支援をやりたいと言っている割には、いわゆる途上国の暮らしを全く知らなくて、法律作りに携わりたいのなら、その国の文化や社会を肌で感じなければと思い、司法試験に合格した翌日、「司法修習を一年遅らせてカンボジアに行きたい」と家族に伝え、親のスネをかじって行かせてもらいました。

カンボジアでは名古屋大学が法整備支援として現地の大学生に日本語での日本法教育を提供している大学でお世話になりました。ちょうどプノンペンの発展が著しい頃で、街中にお洒落なカフェなどもできていたのですが、一方で、トゥクトゥク(三輪タクシー)で15分も行けば、まだゴミ山に住んでいる子どもたちがいました。まだ電気も水道もない地方の家に泊めていただいたこともあります。

 

2010年カンボジア・プノンペンにて。在カンボジア名古屋大学日本法教育研究センターの学生たちと。後列左から2人目(写真提供:佐藤暁子)

 

発展って何だろう? 開発って何なんだろう? と考えるきっかけになりました。それが巡り巡って、その後「ビジネスと人権」というフレームワークになりました。私がカンボジアにいたのは2010年ですから、思えば国連でまさに「指導原則」の議論がされていた頃です。

 

留学と海外インターンを支えてくれた夫

―― 弁護士になってからオランダの大学院に留学されたのはなぜですか。

日本に戻って札幌で修習して、そのまま札幌の弁護士事務所に就職しましたが、弁護士としてひと通り経験を積んだら留学したいという気持ちはありました。それも法律学ではないものを学びたいと思うようになりました。

なぜかと言うと、法律家は法律についてはプロフェッショナルかもしれませんが、社会というものはそんなに単純なものではないというのが、弁護士になりたての私にとってはショックだったんですよね。生活保護や破産や一人親の養育費の問題など、法律があっても社会が変わらなきゃどうしようもないですし、社会保障や福祉については恥ずかしいほど全然知らなかったので、弁護士って役に立たない場面もたくさんあるなと。

そこから、社会と法律の関係、社会における法律の役割といった社会学的なところに関心を持つようになり、元々関心があった途上国の問題を掛け合わせると、開発学を学ぶのが良さそうだと。イギリスに短期で語学留学したり知人の紹介でオランダを訪ねたりする中で、ハーグのISS(International Institute of Social Studies)という大学院に留学することになりました。実務と研究の架け橋を謳い、アクティビストの教授がいるような大学院でした。ハーグの町自体も良いところでしたね。

 

オランダ・ハーグ留学時代。大学院ISSの学友たちと(写真提供:佐藤暁子)

 

―― 大学院修了後、日本に帰らずそのままタイに行かれたのですか。

国連のインターンを経験すると、開発分野での実務経験のチャンスが広がると言われ、タイのバンコクに移りました。そこで紹介された国連開発計画(UNDP)のアジア太平洋事務所で「ビジネスと人権」のプロジェクトのインターンに採用されたことが、現在の仕事につながっています。

 

2017年タイのバンコクにて。国連開発計画(UNDP)アジア太平洋事務所で「ビジネスと人権」のプロジェクトにインターンとして参画(写真提供:佐藤暁子)

 

実は、留学時に結婚して、先輩弁護士である夫も仕事に一旦区切りをつけて一緒にオランダで暮らしていました。留学時代もインターンも無給だったので、仕事を続けていた夫に支えられて学ぶことができ、感謝しています。

―― 現在はご夫妻ともに東京で激務の日々かと拝察しますが、ワークライフバランスはいかがですか。

夫にも心配されるのですが、やりたい仕事をやっていると、いくらでもやることがあるので、確かにちょっとやり過ぎです(笑)。コロナ前は1ヶ月半に1回ぐらい海外出張があったので、旅行を兼ねてリフレッシュしたのですが、それがなくなってしまって、座っている時間が長くなったのも良くないなぁと思います。

週末は一緒に料理を作って映画を見ながらお酒を飲んだり、スポーツ観戦が好きな夫の影響で、サッカー観戦にも出かけます。

先日は久しぶりにコンサートに行ってきました。実は、中学から大学までオーケストラでビオラを弾いていたんです。

 

タイの水産業界で見た先進的な事例

―― 「ビジネスと人権」の取り組みとして海外のポジティブな事例がありましたら教えてください。

バンコクのUNDPでインターンをしていた頃、水産業界に関して、当時、水産業大手のタイ・ユニオンで問題になっていた人権問題を改善しようとしておられたダリアン・マクベインさんにイベントでお会いしました。オーストラリアご出身でしたか、タイ企業が国外からサステナビリティ担当者を迎え入れていることは驚きでしたね。

タイは日本より一年早く、2019年にNAP(国連「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づく国別行動計画)を作りました。タイのシーフードセクターが、人権問題を改善しないのであれば輸入しないという警告をEUから突きつけられたことは大きな要因でした。EUはタイにとって重要な輸出先で、禁輸になると大変な損失ですから、タイ政府は本腰を入れて取り組んでいたんですよね。

ダリアンさんのプレゼンの中で、タイ・ユニオンが現地のNGOと協働して、漁船での奴隷労働などの人権侵害の問題に取り組んでいるという話が今でも印象に残っています。なるほど、そういうアプローチをちゃんと取れるんだと。

―― そのNGOというのは、日本で公開中のドキュメンタリー映画「ゴースト・フリート」に出てくるLPN(労働保護ネットワーク)(※)でしょうか。

(※)2004年にタイのソンポン・スラカエウとパティマ・タンプチャヤクルが創設した団体。主に移民労働者の人権侵害問題に取り組み、人身売買や現代奴隷の被害者などに支援を提供している。

その団体です!ソンポンさんたちの。その後、LPNに伺った時、サプライヤーに対して人権に関する研修などを行っていて、マネジメント側と労働者の当事者側に対してアプローチをしているということでした。そういうこともしないと変わっていかないんだと改めて認識できましたし、それが企業の取り組みの仕組みとしてきちんと回っていることに感銘を受けました。

―― 漁業に関して言えば、MSC認証FIPにも、人権への配慮を加味しようという動きがあります。今の認証を取るだけでも大変なのですが。

そこは難しいですよね。本来搾取されるべきではないところを搾取することで利益が上がっているとしたら、やはり、そこは企業が負担すべきコストのはずです。ただ、ネガティブな負担感ばかりではなく、取り組むことで関わっている人が幸せになるのは、利他的で嬉しいはずではないかとも思います。

たとえば、サプライヤーの労働者が待遇の改善によって出身国に仕送りができて子どもが学校に行けたとか、子どもを児童労働に行かせなくてよくなったとか、貯蓄ができたとか借金が返せたとか、いろいろな個人のストーリーがあると思うんです。

人権を守るために値段が上がるとすれば、値上がり分の内訳が可視化されたら消費者も納得感がありますよね。

 

声を上げ続けることで社会の共有価値観に

―― 講演会やセミナーなどに引っ張りだこの佐藤さんですが、積極的に登壇しておられるモチベーションは何でしょうか。

まずは、「ビジネスと人権」について、多くの方々に知っていただきたいので、お声かけいただければ基本的にはお引き受けしたいと考えています。

アンケートなどでポジティブなフィードバックをいただくと、お話したことで何かを受け取った方の次のアクションにつながる、その道筋の一歩にでもなればと嬉しいです。もちろん、そうではない反応もありますが、その時は腹落ちしなくても、1年ぐらい経ってからでも「なるほど!」みたいな場面につながるといいなと思っています。

ジェンダーの問題もそうですが、やはり、たくさんの人たちが様々な方法で声を上げ続けることで、社会の中での共有の価値観になっていくのだと思います。それでも「まだまだ」、ジェンダーですら「まだまだ」なので、「ビジネスと人権」という、より広いテーマはもちろん「まだまだ」です。

 

2020年2月に東京で開催されたシンポジウム「責任ある企業行動とサプライ・チェーンの推進に向けて」にて。タイとマレーシアの「ビジネスと人権」のキーパーソンと(写真提供:佐藤暁子)

 

もう一つ、弁護士が人気のない職業になってきて、つまらない仕事だと思われているようで……弁護士の仕事の魅力も微力ながら伝えたいということがモチベーションの中にあります。

―― 佐藤さんにとって弁護士とはどんな仕事ですか。また、今後とくに力を入れていきたいことをお聞かせください。

法という手段というか道具を使って社会をより良くしていく。そして、その社会を良くしていくことによって自分自身も生きやすくなる。私にとって、人権やそれを守るための法律は自分自身をエンパワーするための道具でもあり、同時に、周りの人たちのエンパワーメントにもつながればいいなと思います。

中長期的なキャリアについては、ワクワクしつつ模索しているところですが、私は企業内で働いた経験がないので、もしもご縁があれば、企業の中でサステナビリティの人権担当として取り組んでみたいなと思っています。
弁護士法の第1条に、弁護士の職務は人権擁護と社会正義の実現とあります。改めて、職業的責任としてもビジネスと人権に取り組みたいです。

 

佐藤 暁子(さとう あきこ)
1984年東京都生まれ。上智大学法学部国際関係法学科卒。2009年一橋大学法科大学院修了後、司法試験合格。2010年在カンボジア名古屋大学日本法教育研究センターにて日本法非常勤講師。2012年弁護士登録。2016年オランダ・ハーグのInternational Institute of Social Studiesにて開発学(人権専攻)修正過程修了。2018年より国内でビジネスと人権の普及・浸透に取り組む。2018年~2022年4月、認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ事務局次長。2022年4月より、国連開発計画(UNDP)にてビジネスと人権プロジェクトのリエゾンオフィサー(在バンコク)。

 

取材・執筆:井内千穂
中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2016年〜2019年、法政大学「英字新聞制作企画」講師。主に文化と技術に関する記事を英語と日本語で執筆。

 

 

 

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