調達のプロがヒルトンで挑むサステナブル・シーフード調達目標達成(前編)

調達のプロがヒルトンで挑むサステナブル・シーフード調達目標達成(前編)

世界で最もおもてなしの心に溢れた企業であることをミッションに掲げるヒルトンは、これまで100年以上の歴史で30億人を超えるゲストを迎えてきました。ホスピタリティ業界のグローバルリーダーとして、ヒルトンは2030年までに環境負荷を半減し、社会的影響への投資を倍増させることを目指しています。

世界122の国と地域に6,700軒以上のホテルを展開する(2021年10月時点)グローバル・チェーンの日本・韓国・ミクロネシア地区(以下JKM)でサプライマネジメントを統括する大井智博さん。24年間アメリカでさまざまな業種の調達に携わった経験を経て、ヒルトンのサステナブル・シーフード目標達成にどう取り組んでいるのか、大井さんにお話を伺いました。

 

着任時は1%未満だったサステナブル・シーフード調達

―― 大井さんのお仕事について簡単に教えてください。

JKMのホテル全般の購買、調達を担当しております。当社で運営しているホテルが日本に14軒、韓国に4軒あり、フランチャイズのホテルがJKMトータルで7軒あります。客室、レストラン、料飲関係、宴会、施設に関わるものなど、ホテルで使うすべてのものの調達を見ております。

―― 現在、ヒルトンのグローバルコミットメントの一環でサステナブル・シーフードの調達目標の達成に取り組んでおられます。3年前にヒルトンに入社された頃のJKMはどんな状況だったのでしょうか。

ヒルトンはすでにいろいろなグローバルコミットメントを出していましたが、シーフードに関するオフィシャルな目標ができたのは2018年5月です。私が7月にヒルトンに入社する2ヶ月ほど前のことでした。

入社して最初にやってほしいと言われたのは、各ホテルの総支配人とコミュニケーションをとることでした。最初の3~4ヶ月はそれに集中するんです。アメリカの大統領でも最初の100日が肝心ってよく言いますが、あれと同じです。

その中で10月頃、JKM地区の料飲戦略担当を兼務しているヒルトン大阪の総支配人と会った時に、彼がサステナブル・シーフードの話を始めました。「2022年の12月までに、水産物調達量の25%以上をMSCASCの認証商品にするという目標を達成しないといけない」と。当時は認証商品の購入量って0.5%か0.6%……1%を切っていて、「これどうするんだ?」という話になったわけです。

―― ヒルトンのアメリカやヨーロッパはどういう状況だったのでしょうか。

おそらく、欧米では、オーガニックなものやサステナブルという考え方が進んでいるので、かなり高い数字だったと思います。

この25%という目標は、グローバル全体のゴールなので、ホテル数が多いアメリカが達成すればほぼ達成する感じはします。でも、例えば中国など、今ホテル開業が加速しているエリアでサステナブル・シーフードを使う割合が減っていけば、最終的に、グローバルでの25%にも影響してきますので、各地区で一生懸命やっているという状況です。

 

情報共有と客観的なデータが改善の鍵

―― ヒルトンに入社してみたら、そういう課題が目の前にあったわけですね。

はい。アメリカでさまざまな業種の調達をやりましたが、実は食品の調達ってやったことがなくて、まずは、サステナブル・シーフードとはどういうものかということを調べるところから始めました。

どういうことをしなければいけないのか? なぜこういうことをしているのか? それを私自身が理解していないと、ほかの調達担当者が理解するわけがありません。だから、最初はかなり勉強しましたね。

JKMでは1%を切っていたので、サステナブル・シーフードにはどんなものがあって、それは買えるのか、買えないのかを決めなければいけない。と言うのは、皆さんご存じの通り、その頃は認証商品というのはすごく高かったんです。それでも、スモークサーモンなど、まとまった量を買えば割安になるものもあり、いろいろ検討する必要がありました。

その中で一番大事だと思ったのは、情報を全てシェアすること、もう、ここなんですよ。皆さんが「知らない」のが一番のネックになると思ったんです。そこで、総料理長や料理長など、シェフたちにも情報を持ってもらうために、どんな商品があって、どれぐらいの価格差があるかといった情報も全部開示しています。

今JKMで代表を務めているティモシー・ソーパーが、本腰を入れてコミュニケーションを図ってくれました。サステナブル・シーフードの調達に関するレポートは私が出します。その時に情報のシェアの次に大事だと思っているのは、客観的に見られるデータです。

数字のデータが全てを表すかどうかは別として、数字を追いかけないと、皆さんに理解してもらえない。「あなたのホテルの調達割合はこのパーセンテージです」と伝えることによって、「他のホテルと比べてウチは少ない」という競争心のようなものも、各ホテルで芽生えてきているのではないかなと。やっぱり数字って説得力がありますので。

 

シェフたちの努力でボトムアップ

―― その後わずか3年間でJKMでのサステナブル・シーフードの調達割合が20%近くまで上がりました。この急激な変化はどうやって起きたのでしょうか。

シェフたちが取り組みを少しずつ理解してくれて、「やっていこうよ」と努力してくれたことが、変化の一番の要因だと思います。努力してもらうためには、どんな魚種があって、どんな水産業者から何をどれぐらいの値段で買えるのか、情報が必要です。そして、「ヒルトンの中でも、ほかのホテルは違う魚を使っている」というような情報も共有をしていくことによって、徐々に変わっていきました。

とくに、当時のヒルトン東京ベイの総料理長が、このプログラムに同調してくれて、すごく手伝ってくれました。ヒルトン東京ベイはMSCおよびASCのCoC認証も取って、2021年の累計は、なんと62.6%だったんです。彼が異動したヒルトン東京の数字も今かなり上がっています。

―― シェフの意思で調達が大きく変わってくるのですね。ヒルトンではシェフはそれぞれに決定権を持っているのですか。

はい。会社として目指す目標は同じですが、各ホテルの総料理長が予算を管理し、決定権を持ってるので。認証商品ってやっぱり少し値段が高いので、その分をどこで賄うか、シェフならではの考え方がいろいろあります。例えば、出し方を変えるとか食べ物を捨てる量をコントロールするとか。サステナブル・シーフードの購入量を増やす方法をボトムアップで提案してもらえたのも、うまくいった要因だと思います。実際に現場が検討し実行しなければ、目標は達成されません。

始めはメニューにある魚の代わりに認証商品を使うというのがシェフの発想でしたが、私達のほうから「いや、認証商品が見つからないかもしれないし、見つかっても単に値段が上がるだけかもしれない。新しいメニューをつくったらどうか」という提案もしました。そうすると、「そういう認証商品があるのなら、それを使ったメニューにしてみよう」というホテルも出てくるんですよね。

―― 調達できるサステナブル・シーフードから新しいメニューを考えると。

そういうことです。逆発想ですね。


サステナブル・シーフードを使った料理(写真提供:ヒルトン)

 

サステナブル・シーフードを求めて水産業界とコミュニケーション

―― サステナブル・シーフードの購入にあたって、とくに苦労されたのはどんなことでしょうか。

サステナブル・シーフードの魚種の数が少なかったことです。2018年に私が入社した頃は、BtoBの商品は少なくて魚種も限られ、水産業者が売りたい商品とホテル側が買いたい商品に齟齬があって、調達が難しかったですね。
懇意にしている水産業者の方々とお話して、MSCやASCの認証商品をもっとまとまった量で欲しいという要望を伝えることによって、少しずつ、数字が伸び始めていきました。

―― ヒルトンの要望に応じて、サプライヤーが認証商品を増やしていったということですね。

コロナ前まではそんな感じでした。認証商品は輸入に頼っているところがありますから、コロナ禍の今はなかなか難しいです。

―― 江戸前の魚など、日本国内の水産物を使う際の課題はありますか。

国産の認証商品は、やはり、数に限りがあって料金的にも安くはありません。でも、「地元の食材を使う」ということも、ヒルトンの目標に入っています。だから、各ホテルで地元の食材をできるだけ使いたいという気持ちはあり、それもゴールの一つとして進めたいのですが、その食材が認証商品であればそれに越したことはないんですよね。
現時点では、認証を目指したプロジェクトであるFIPAIPを実施中であったり、まだそこまでいっていない漁業者さんが多いので、できれば、ヒルトンのようなエンドユーザーが期待しているということや認証商品にはこんな価値があるのだということを、もっとお伝えできればと思います。

2021年10月に、ヒルトンはシーフードレガシーUMITO Partnersと協働パートナーシップの覚書を結びました。両社とも水産業者側の立場にも近いので、様々な情報をホテルにも共有していただき、水産業者さんとコミュニケーションをとれるようになりたいと考えています。一度、漁業の現場を視察させていただきました。今後も、社員向けのセミナーなど、いろいろなことを一緒に企画していきます。

―― 国内のFIPやAIPの水産物も積極的に使っていくということですね。

認証取得や改善プロジェクトに取り組む供給元から購入することも、責任ある水産物の調達に該当します。まずは、認証商品25%という目標を達成した上で、次の話かなと思っています。

東京湾船橋でスズキの漁業改善プロジェクト(FIP)を行う海光物産を視察。

 

後編を読む>>>

 

大井 智博
1967年京都府生まれ。1986年に大学生として渡米。卒業後も米国に残り、営業職を数年経て、24年間様々な業種の調達に携わる。2018年にヒルトンに入社並びに日本へ帰国。日本・韓国・ミクロネシア地区内の調達方針と計画と取りまとめ、チーム編成や供給管理など購買調達業務を統括。グローバルな取り組みの架け橋としてもサポート。調達機能の向上、業務効率化、調達チームメンバーの育成等を目指し、持続可能な調達の実践を含む戦略的なイニシアチブを遂行している。

 

取材・執筆:井内千穂
中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2016年〜2019年、法政大学「英字新聞制作企画」講師。主に文化と技術に関する記事を英語と日本語で執筆。