持続する豊かな海を目指して、豊洲市場から吹く新しい風(前編)

持続する豊かな海を目指して、豊洲市場から吹く新しい風(前編)

豊洲市場は、2018年に築地市場から移転しました。築地市場が築いた伝統を継承・発展させ、生鮮食品流通の円滑化と価格の安定という機能に加え、産地や顧客・消費者の様々なニーズに対応し、さらに、環境に配慮した先進的な市場を目指しています。

その一角を担う水産卸会社・中央魚類 代表取締役社長の伊藤晴彦さんは、豊洲市場で新しい試みを模索し、2021年には、シーフードレガシーが開催した「東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS)」にも登壇。
2022年の年初に当たり、歴史ある大卸を引き継いだ伊藤さんと、「海のレガシーを未来へ残すために」2015年にシーフードレガシーを起業した花岡和佳男が、持続する豊かな海を目指すこれからの取り組みを語り合いました。

世界最大規模の豊洲市場で魚を扱う大卸

花岡:まず、日本の水産業における豊洲市場の役割と大卸の仕事について、教えてください。

伊藤:豊洲市場は、水産物、青果物を取り扱う総合市場です。取扱高は約3,700億円で、日本一大きいだけでなく、世界でも最大規模の公設市場です。

市場の役割はいくつもありますが、まず、卸売市場法という法律に基づき、市場に魚を出荷したい方の魚は全部、市場で取り扱わなければならないということになっております。そして、その魚に必ず値段をつけるという役割が市場にはあります。

その中で、中央魚類のような大卸は、全国の出荷者から荷物を扱わせていただき、それを仲卸、売買参加者に販売するのが仕事です。市場でセリをしている会社だとご理解いただけたらよろしいかと思います。

 

豊洲市場の鮮魚セリ場風景(写真提供:中央魚類株式会社)

 

花岡:豊洲市場の大卸7社の中でも、中央魚類は最大手ということですが、日々どれぐらいの種類の魚を扱っておられるのでしょうか。

伊藤:高級料亭から学校給食まで、幅広いお客様に向けて、ピンからキリまで、鮮魚だけでも600種類以上の多種多様な魚を取り扱っております。また、数量は豊洲市場の約25%を扱っている計算になります。

猛烈社員時代の思い出

花岡:中央魚類の社長に就任するまで、どのような仕事をしてこられたのですか。

伊藤:私は大学卒業後、ニチレイに入社して10年間勤務しました。ニチレイでは、業務用冷凍食品の販売部署で様々な新商品の開発に携わりました。

また、ニチレイがナンバーワンのシェアを占めていたダイエー(当時)のデリカ部門を担当し、それこそ365日仕事しました。当時、ダイエーは次から次へと出店していたので、そのたびにメーカーはみんな応援したのです。平日は、商談を重ねてサンプルを作って商品開発をして、土日は新規開店の応援が当たり前という、そんな時代でした。

中央魚類に入ったのは2000年の4月です。私の祖父に当たる伊藤春次は、中央魚類の創業者の一人で、中央魚類の三代目社長を務めました。現在、父が会長を務め、今は私が社長をさせていただいておりますが、中央魚類は決してオーナー企業ではなく、東証二部上場の公開会社です。

豊洲近郊に新しい配送センターを立ち上げる

花岡:社長就任から3年というところで、現在の取り組みについてお聞かせください。

伊藤:東京都がつくった場所である市場で、大卸としての役割をいただいているという制約があり、市場で何か新しいことを始めるのは、なかなか大変です。しかし、中央魚類も創業から74年経っており、時代と共に変化していかなければならない。それが少し遅れていると自分では思いながら、従業員たちと共に変化に対応しています。

例えば、2022年3月に配送センターを立ち上げる予定です。配送機能も市場の重要な役割ですが、ここではそれが不足しているため、豊洲から車で5分の豊海町に2,000坪ぐらいの、都心としては大型の施設を建設中です。

豊洲市場近郊の豊海町に建設中の配送センターのイメージ(写真提供:中央魚類株式会社)

 

豊洲市場で扱っている魚をより有効に活用できるようになり、その結果、より多くのお客様が集まることで、豊洲市場の価値をもっと高めるため、近郊に新たな配送拠点をつくるわけですが、その過程には様々な苦労があり、マルナカグループ(※)の仲間たちと一緒に取り組んできました。

花岡:先日、豊洲市場を見学させていただいた時、周りの皆さんが社長を慕って、元気に挨拶しておられました。今、“グループの仲間”とおっしゃったことにも、閉鎖されていない新しい風を感じます。

 

※マルナカグループ:中央魚類(株)傘下で、大型冷蔵庫や物流センターを有する様々な企業から成るグループ。

IUU漁業に対する問題意識

花岡:伊藤社長とは2020年、IUU(違法、無報告、無規制)漁業に由来する水産物の流入を防ぐことを目的とする水産庁の漁獲証明制度に関する検討会でご一緒しました。また2021年は、10月に開催したTSSSで、豊洲市場の大卸という立場から、IUU漁業のセッションにご登壇いただいたことに、次のステップへの手応えを感じています。あの場で、伊藤社長はIUU漁業による水産物の輸入をしっかりブロックすべきだと問題提起されました。そのあたりの問題意識を改めてお聞かせください。

伊藤:魚が育つきちんとした環境がないと、我々のビジネスは成り立ちません。水産業に携わっている限り、水産物を持続的に扱えるようにするため、環境に大きな負荷がかかるようなやり方で漁獲された魚は、扱わないようにしていかなければならない。魚が育つ環境を残してあげないと、子どもの代、さらに、将来の世代に迷惑をかけてしまう。それは強く意識しています。

花岡:水産ビジネスや魚食文化は豊かな海洋生態系の上に成り立っていて、その基礎がいま大きく揺らいでいますよね。IUU漁業は、生態系の回復と持続的活用を目指す漁業者が我慢して行う水産資源管理の精神を踏みにじるものであり、世界の海からの撲滅が求められています。その中で豊洲市場は、冒頭でおっしゃったように、卸売市場法上、入ってきた魚は全て受け入れるということですが、違法な漁業による魚が入ってきた場合はどうされるのでしょうか。

伊藤:我々は出所や経路が明らかな魚だけを扱う努力を進めていきたいと思っています。 はっきりとそうしないと市場がブラックボックス化し、違法漁業による魚でも市場に持って行けば換金できることになってしまいます。市場が皆様から評価されない場所になっては大変です。

花岡:そのためにも、IUU漁業に由来する水産物の流入を防ぐ水産流通適正化法のような法律がしっかり機能することが大事ですね。 この法律の成立は2020年末、施行開始は2022年末ですが、対象魚種の拡大や仕組みづくりが急がれますね。

伊藤:もちろんです。現時点ではまだまだ穴がありますが、水産流通適正化法がより進化して、本当にIUU漁業を撲滅して環境を守れるような仕組みに早くなってほしいと考えています。

 中央魚類株式会社 代表取締役社長COO 伊藤 晴彦さん(撮影:帆刈一哉)

 

トレーサビリティを率先して導入

花岡:おっしゃる通り、現状の水産流通適正化法はまだ穴もあり、その穴を埋めていく一つの課題が、トレーサビリティの確保です。実際、どこの誰が獲ったものなのか、ちゃんと合法的に獲ったものなのか、トレースバックする機能は、水産物流通の真ん中に位置する大卸にも大きく関わってきます。

特に、豊洲市場は世界中から集まる魚を多種多様なお客様の需要に合わせて提供する場所ですから、トレーサビリティの確保が難しい部分もあるかもしれませんが、伊藤さんはどのように考え、どのような活動をしておられますか。

伊藤:トレーサビリティの確保が「できない」理由は、挙げれば延々とあるわけですが、中央魚類は、豊洲市場でできることから、「まずやる」ことにしました。

中央魚類が扱う商品に自分たちでQRコードをつけるプロジェクトを進めています。そのQRコードの中に、まずは、商品名、産地、規格を入れます。

自社で率先してQRコードをつけて、販売先のお客様にアピールします。そして、競争相手である同業の大卸にも、「うちが仕組みを作るから皆で費用を分担して導入しよう」という話をすでにしています。さらには、出荷する漁業者や産地の出荷業者の皆さんにQRコードをつけてもらう活動もしていきます。

花岡:システムの構築やサプライチェーンへの浸透を先行させるのですね。確かにいきなり完璧を求めなくても、QRコードには、漁獲情報や、それが合法かどうかの証明の有無なども、後から載せることができますね。

伊藤:今後もっと多くの情報を入れられるようにします。そういう情報は、扱う人たちが皆、簡単に確認できるようになることが重要ですから。今はQRコードで進めていきますが、RFID(※)の電子タグなど、技術はどんどん進化しています。時代に遅れないように、自分たちがやれることから、変化を起こしていきたいと思います。

花岡:素晴らしいですね。

 

※RFID(Radio Frequency Identification):専用タグのメモリに記録されたデータを対応のスキャナを用いて読み書きする新しいシステム。交通系ICカードに使われるほか、製造・流通・小売りなどの業界でも採用されている。

 

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伊藤晴彦
1967年東京都生まれ。日本大学農獣医学部在学中に米・アラスカ州のアラスカ大学で一年間サケの遡上を学ぶ。卒業後、株式会社ニチレイに入社、業務用冷食を担当。2000年に中央魚類株式会社に転職。2018年同社代表取締役社長に就任。大型冷蔵庫や物流センターを有する様々な企業から成るマルナカグループを傘下に収める同社の最高執行責任者(COO)として、グループ企業の連携によるシナジー効果の最適化を強く意識し、水産物を中心とした食品総合卸としての発展を目指す。

花岡和佳男
1977年山梨県生まれ。幼少時よりシンガポールで育つ。フロリダ工科大学海洋環境学・海洋生物学部卒業後、モルディブ及びマレーシアにて海洋環境保全事業に従事。2007年より国際環境NGOで海洋生態系問題担当、キャンペーンマネージャーなどを経て独立。2015年7月株式会社シーフードレガシーを設立、代表取締役社長に就任。国内外のビジネス・NGO・行政・政治・アカデミア・メディア等多様なステークホルダーをつなぎ、日本の環境に適った国際基準の地域解決のデザインに取り組む。

 

取材・執筆:井内千穂
中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)、英字新聞社ジャパンタイムズ勤務を経て、2016年よりフリーランス。2016年~2019年、法政大学「英字新聞制作企画」講師。主に文化と技術に関する記事を英語と日本語で執筆。

写真:帆刈一哉