水産業における気候変動「適応策」とは

水産業における気候変動「適応策」とは

前回のコラム(https://times.seafoodlegacy.com/archives/73960)でご紹介したように、気候変動によって海水温の上昇や酸性化が進み、それによって、海洋生物の生息域の大幅な変化や磯焼け、生育不良などによる漁獲量の減少などさまざまな負の影響が顕著になりつつあります。

気候変動の原因となる温室効果ガスを削減する「緩和策」に対し、こうした気候変動による影響を軽減、回避することを「適応策」といいます。特に影響を受けやすい一次産業は適応策が重要になります。では水産業の分野ではどのような適応策があるのでしょうか。

 

国の適応策

農林水産省では2015年に「農林水産省気候変動適応計画」を発表。特に気候変動の影響を受けやすい農林水産分野において、現在、そして将来の影響評価をしつつ、気候変動の影響に対応する品種の研究開発や品種や品目の転換、適応技術の普及等を推進していくことが述べられています。

水産業においては、①海面漁業、②海面養殖業、③内水面漁業・養殖業​​、④造成漁場​​、⑤漁港・漁村​​の五つの分野で現状分析と将来予測、適応策について書かれています。たとえば、海面養殖業​​の分野では高温に強いノリの品種開発、水温上昇によって発生する病気の対策などを強化していく、としています。

また、水産庁も2017年に、コンクリートなど人口の魚礁を設置する造成漁場での適応計画をまとめた​​「気候変動に対応した漁場整備方策に関するガイドライン」を発表しています。具体的な適応策の取り組みも多数紹介されており、たとえば和歌山県で行われている高温に強いカジメ(コンブの仲間)の品種改良、山口県では水温の上昇により、最近獲れるようになってきたキジハタのために魚礁の設置​​などが行われていることが紹介されています。

日本近海の平均海面水温(年平均)の長期変化傾向(℃/100 年)(左図)と海域区分(右図)
(「気候変動に対応した漁場整備方策に関するガイドライン」(水産庁、2017年)より)

 

さらに、今年10月には環境省から、「気候変動適応計画」が出され、閣議決定しています。水産分野では、拡大する気候変動の影響を的確に把握するため、資源評価の精度を上げたり、高水温に耐えうる品種、水温上昇にともなう新たな病原体の研究やワクチン、さらには赤潮の発生モニタリングシステムの開発を行うなど多数の対策が明記されています。

適応策の内容は専門性、資金、さらには社会全体での取り組みが必要となります。国だけではなく、地方自治体や実業者、研究機関さらには市民も巻き込んだ実施が実効性のカギとなりそうです。

では最後に、少し具体的な適応策をご紹介しましょう。

 

鳴門わかめも気候変動に対応

品種改良は適応策の代表例ですが、鳴門わかめで知られる徳島県でも高温に耐えるワカメの品種改良がはじまっています。多くのワカメ漁場がある紀伊水道でも、年平均水温が40年間で約1.5℃も上昇。毎年10月下旬に、1cmほどに成長したワカメの種苗を海に出す「仮沖出し」が​​行われているのですが、海水温の上昇にともない年々遅くなっています。遅くなると、成長が遅れ、品質も落ちてしまいます。そこで徳島県立農林水産総合技術支援センターでは南方系のワカメと交配した品種を開発。鳴門わかめのブランドに恥じない高品質のわかめが誕生し、すでに流通しているそうです。
(出典:「気候変動適応情報プラットフォームポータルサイト」https://adaptation-platform.nies.go.jp/articles/case_study/vol1_tokushima.html

 

高水温耐性品種のワカメと従来品種のワカメ(写真:徳島県立農林水産総合技術支援センター水産研究課より)

 

将来予測をステークホルダーで共有

ヨーロッパでは、気候変動によってヨーロッパ各地の海洋や淡水の漁業や養殖業の生産量などにどのような影響が出るのかをシミュレートすることができる「意思決定支援システム(Decision Support System (DSS))」​​があります。これは16ヶ国の21団体から成るEU出資のコンソーシアム​​「ClimeFish​​」が開発したもので、スコットランド西沿岸の漁業、ハンガリーの湖沼漁業、ギリシャの水産養殖業の3地域​​で活用されています。これによって、気候変動が進むにつれ、どんなリスクがあるのか、また(一時的であっても)魚の成長が早まるなどプラスの影響を把握でき、水産業界や行政、研究者などステークホルダーの意思決定が容易にできるようになる、というものだそうです。確かに、適応策は前提となる情報の共有、共通理解が重要です。日本でもこのようなツールがあると役立ちそうですね。
(出典「気候変動適応情報プラットフォームポータルサイト」:https://adaptation-platform.nies.go.jp/db/measures/report_146.html

これまでご紹介してきたように水産業の分野でもすでにさまざまな適応策が始まっています。
適応策を模索する中で、水産物の新たな魅力や強みを見つける機会になるかもしれませんが、その実行には多くの労力と技術、資金、そして時間が必要となります。また、品種改良された種がもともといた海洋生物に与える影響や魚礁の設置が海底環境に与える影響なども考慮していなかければなりません。こうした課題を踏まえると、根本的には早期のネットゼロ実現をはかり、同時に適応策を実施していくことが重要です。