日本の食文化をつなぎたい。 料理人と共に学び、 信じた道を走り続ける

日本の食文化をつなぎたい。 料理人と共に学び、 信じた道を走り続ける

東京のトップシェフ約30人が集まり、海の未来を考えるために設立された「Chefs for the Blue(シェフス フォー ザ ブルー)」。その発起人であり、代表理事を務めるのが、フードライターの佐々木ひろこさんです。

シェフス フォー ザ ブルーはこれまで、NGO団体や研究者、政府機関に学びを得ながら、サステナブル・シーフードに関するイベントや講演会を実施。企業や自治体と協業した、料理人ならではの活動は、メディアでも多く取り上げられています。

フードライターとして活躍していた佐々木さんが、海の課題に目を向けた背景、そして海の未来に向けて、シェフス フォー ザ ブルーが果たしていく役割について、お話を伺いました。

 

消費者の「明日から何をすればいい?」への答え

──シェフス フォー ザ ブルーの最近の取り組みについて、教えてください。

いくつかありますが、直近で特に力を入れたのが、「水産養殖×テクノロジー」に取り組むスタートアップ企業、ウミトロンさんと協働したプロジェクトですね。その一つが、クラウドファンディングからスタートした豊かな海とおいしい魚を未来につなぐシーフードアクション「うみとさち」の企画です。

このプロジェクトでは、サステナブルな養殖魚に対して、お客さんがどれだけ反応してくれるか、販売実証をしました。関東圏のスーパーで、環境負荷の少ない養殖魚を販売。添付されたQRコードにアクセスすると、シェフス フォー ザ ブルーのシェフが考案したレシピや、生産者、養殖魚に関する情報、“サステナブル”の背景などが見られる仕組みです。実際の食べ方を提案することで、レジまで誘導できますし、美味しければまた継続して買っていただくことができます。

養殖魚の大きな特徴は、天然魚と違って、一つの「いけす」にいる魚が、ほぼ同じ味に仕上がること。その味にぴったりのレシピを提供できることが私たちの強みです。レシピ作成には2ヵ月を費やし、かなり力を入れて提案しました。20年以上フードライターをしている経験から、どういうレシピであればお客さんに届くのかも意識しましたね。例えば、15分以内に作れて、主原料は3品以内にするとか、通年手に入る素材を使うとか。ごく簡単なものと、少しだけレベルが高いものを採用して、アプローチできる層が広い内容にしました。シェフ全員が二つ以上のレシピを考案し、その中からセレクト、ブラッシュアップして完成させたんです。

    「うみとさち」販売実証プロジェクト

 

──トップシェフ集団だからこそできるアプローチですね。反響はいかがでしたか?

今回は主に養殖魚のエコラベルASC認証*の真鯛を販売したのですが、「うみとさち」の真鯛を取り扱った店舗が全店の1日の真鯛売上で最大を記録したというお店もありましたね。一般的に、スーパーでサステナブルなものは売れないという先入観がありますが、お店側も手応えは感じてらっしゃるようです。

これまで、講演会やイベントを開催する中で、一般の参加者から絶対に聞かれたのが「じゃあ私達は明日から何をすればいいの?」という問いです。今までは、その答えに窮していたんですね。でも今回のプロジェクトによって「日々の食卓に何を取り入れたらよいのか」を提案できました。短期間、首都圏限定のプロジェクトでしたが、消費者に一つの選択肢を提示できたことは、とても大きかったと思います。「私達にできることがあった」という声を、たくさんいただきました。

消費者が変わらなければ流通は変わらないし、流通が変わらないと漁業者は動けない。漁業者だけでサステナブルに取り組むのは、やはり難しいです。私達は全方位にメッセージを発信しているつもりですが、中でも消費者に訴えることが大切だと思っています。

Chefs for the Blueのチームメンバー(WEBサイトより)

 

料理人がおもしろい

──佐々木さんはなぜフードライターになったのでしょう?

小さい頃から外食する機会が多くて、食べることが好きだったんです。高校生のときには、お小遣いをため、グルメ本に載っているお店に行くのを楽しみにしていました。

そんな風に育ったので、料理雑誌を読むのも好きでしたね。あるとき、憧れていたフードライターの講座に参加する機会があったんです。講座に通う中で、彼女が私の書いた文章を気に入ってくれて、弟子入りすることになりました。

そして、フードライターとして毎日のように取材を重ねる中で、料理人の魅力に気づいていきました。私、料理もそうですが特に「料理人」が好きなんです。どの料理人にもお客さんを喜ばせたい一心と、生産者へのリスペクトがある。情が厚く、人間味がある人達なんです。世界中の料理人を取材していますが、中でも日本の料理人は技術力がとても高く、食材への思い入れも強いですね。

今回のレシピ提案もそうですが、どんな難題にも必ず応えてくれるんですよ、彼らは。絶対に美味しいものにして返してくれる。その職人魂をすごくリスペクトしています。

佐々木さんの書いた記事『シェフたちによる、コロナ対応医療機関支援プロジェクト』 https://dancyu.jp/read/2021_00004291.html

 

日本の食文化を下支えする魚介類。このままでは食文化をつなげられなくなる

──海の課題については、もともと関心があったのでしょうか?

いえ、最初は大手マスメディアからの情報しか得ていませんでした。ウナギとマグロの量が減っているのは知っていて、何となく食べないようにはしていたんです。今考えるとすごく浅い知識でしたね。他の魚種が減っているなんて、全く知らなかったんです。

あるとき、仕事で水産関係の取材をする機会がありました。そこで、漁業関係者や水産研究者にお話を聞いて、初めて日本の水産資源の現状を知ったんです。

特に印象に残っているのは、壱岐の漁師さんの話ですね。壱岐では、マグロの漁獲量が大幅に減ったことから、漁師さん達が産卵期に自主禁漁を続けていました。ところがその取り組みは、ほとんど知られていなかったんです。漁業者が声を上げても、社会に届いていない。その事実に、ショックを受けました。

自身の知識が無く、伝える責任を果たせていなかったことに、フードライターとして自責の念を感じましたね。同時に、「このままだと日本の食文化を未来につなげられない」という大きな危機感を抱いたんです。

私はずっと食に携わってきて、日本の食文化の素晴らしさは、他に類を見ないものだと確信していました。食材の幅が広く、日本料理はもちろん、中華もフレンチもイタリアンも、最高峰のものが食べられる。そして、手頃な価格で美味しい食に出会えるんです。完成度の高さ、料理の深さや広さ。世界中どこを見ても、こんな国は他にありません。

その日本の食文化を下支えしているのが、魚介類です。もちろん和食は魚介類がなければ存在し得ませんが、例えば高級フランス料理のコースでも、半分以上が魚料理。肉は数種類しかないけれど、日本人が食べる魚の種類は50~100種類にも及びます。多様な魚をさまざまな形で一皿に落とし込むのは、シェフのアイデンティティの表現方法だとも言えるでしょう。でも魚が獲れなくなれば、それができなくなってしまうのです。

 

光が見えない中、これが正しいを信じて

──日本の食文化存続への危機感が、海に関わるきっかけだったんですね。現状を知り、そこからどのように取り組みを進めていきましたか?

漁業者の話を聞いて、お寿司屋さんやシェフ達はどう考えているんだろう?と疑問を持ちました。ところが話を聞きに行くと、誰もその現状について知らないんです。私のように食に携わる人間も、料理人も知らない。それなら、一般の人が知らないのは当然ですよね。自分も含めて多くの日本人は、食卓に来た食材の背景を知りません。

そこでまずは、足元から勉強していこうと思いました。知り合いの料理人たちと一緒に、勉強会を開いたんです。声を掛けた30人みんな、来てくれましたね。海の現状を学び、資源管理が必要なことも共有し、話し合いました。

料理人からは「信じられない」という声もありました。でも実際に、仕入れの状況は変わっているんです。みんなその理由を知りたくて、勉強会に参加し続けてくれました。

「自分達に何ができるのか?」。彼らが一様に感じていたのは、そんな戸惑いと焦燥感だったと思います。その当時、2017年は、水産改革の話なんて全く耳に入ってこなかった状況です。政府や体制が変わらない中で、料理人である自分達に何ができるのかという焦りは大きかったですね。毎回議論が飛び交いました。

私個人としても、どこに向かえばいいのか分からず、まるで光が見えないトンネルの中を走っているようでした。取材で聞いた話を、私はもちろん信じていましたが、正しいという確証はどこにもないんです。政府も違うことを言っている。集まった30人の行動に対して、私は責任を負っているわけですよね。その苦しさと言ったら、なかったです。でも走り出してしまったからには、やるしかない。絶対にこれが正しいんだと信じて、学ぶことを続けました。

勉強会の様子

 

やがて自分達だけでなく、広くみんなに知ってもらうことで、ボトムアップによる意見形成ができるのではと考えました。そして同年、東京のトップシェフ約30人と、シェフス フォー ザ ブルーを設立(のちに一般社団法人化)。まず最初に実施したのが、キッチンカーのイベントです。サステナブル・シーフードの料理をキッチンカーで販売し、情報も一緒に提供しました。

メディア関係者にも声を掛けて、取材してもらおうとしましたが、なんと当日取材に来たメディアはゼロ。仕方ないので、自分で記事を書きましたね。その後、イベントや講演会を続けるうちに、徐々に口コミが広まり、取材される機会も増えてきました。それでもまだ、取り上げられるのはフードメディアか水産系のメディアばかりだったんです。

風向きが大きく変わったと感じたのは、理事の1人でもある石井真介シェフが、2020年にサステナブル・シーフード専門のレストラン「Sincère BLUE(シンシアブルー)」を立ち上げたときでしょうか。テレビや新聞などの大手マスメディアを含め、2ヵ月で50件以上もの取材が来たんです。きっと以前より、サステナブル・シーフードに対する切り口が生まれているんですね。社会面、経済面のほか、家庭面や生活面でも取り上げられました。関心が一般化し、社会が成熟してきたことを実感しています。

 

消費者に近い目線で旗振り役となる

──シェフス フォー ザ ブルーの、今後の取り組みについて教えてください。

企業や中央政府、地方自治体との協業は進めていきたいですね。特に可能性を感じているのが、地方との連携です。私達には料理人同士のネットワークがあるので、地方の料理人ともつながりがあるんですね。実際に今、富山の若い料理人達が私達の活動を見て、「富山の海をサステナブルにしたい」と声を上げたのをきっかけに、行政も絡めた協業を始めたところです。各地でコミュニケーションを取りつつ進められれば、いろんな可能性が生まれていくと感じています。

地方でサステナブルに取り組む漁業者もいるので、そういった活動もサポートしていきたいですね。そして最終的には、漁業者にも料理人にも、自走してもらうのがベストだと思っています。料理人と漁業者が手を組み、地元で経済を回していくことができれば、真にサステナブルな取り組みになるからです。

富山・射水のしろえび漁の漁船で

 

──シェフス フォー ザ ブルーの活動はそろそろ5年目に入りますが、最初の問い「自分達に何ができるのか?」の答えは見つかりましたか?

今、料理人の団体である私達にできるのは、みんなの旗振り役になることだと思っています。トップクラスのシェフが集まっているからこそ、インフルエンサーとしてできることは大きいはずです。また、日本のシェフは欧米等に比べて良くも悪くも身近な存在なので、消費者に近い目線でメッセージを発信できるのではないでしょうか。

料理人は、生産者と消費者、双方とつなげる手を持っています。時には、メディアとつなぐ手も。だから協業の仕方によっては、とても面白いことができると思いますよ。

もちろん、チームの店は皆席数が限られた個店なので、チーム全員がサステナブル・シーフードを使ったからと言って、市場が変わるわけではないです。それでも、食の業界、消費者、それからスーパーなどの流通業に向けて、「こういう方向に進んでいこう」と、方向性を示すことはできます。一緒に歩んでいきたいですね。

今、やっとチームが同じ方向を向いて、同じ歩調で歩けるようになってきました。社会に認められ始めたという意識も生まれています。トンネルの中にいる感覚は、今はありません。「こっちへ向かって走ればいい」という明確な光がある。もちろんその方法については、これからも議論を続けます。でも、私達が選んだレールは間違っていなかった。信じて走り続けたことは間違っていなかったと、チームみんなが感じています。

 

佐々木 ひろこ
日本で国際関係論を、アメリカでジャーナリズムと調理学を、香港で文化人類学を学び、企業勤務ののちフリージャーナリストに転向。フードライター、エディター、翻訳家として、食文化やレストラン、食のサステナビリティ等をテーマに雑誌、新聞、ウェブサイト等に長く寄稿している。ワールド・ガストロノミー・インスティテュート(WGI)諮問委員。
一般社団法人Chefs for the Blue(シェフス フォー ザ ブルー)https://chefsfortheblue.jp/

 

*ASC認証とは・・・国際的な非営利団体、Aquaculture Stewardship Council(水産養殖管理協議会)の運営する養殖水産物の認証制度。養殖水産物が社会的、環境的要素に配慮し、責任ある方法で育てられ漁獲されたことを証明する。全世界で1,000を超える養殖漁場が認証を取得している。GSSI認定認証。