持続可能でお客様に喜ばれる魚を育てたい。 地域と共に、水産業の新しい方向をめざす。(前編)

持続可能でお客様に喜ばれる魚を育てたい。 地域と共に、水産業の新しい方向をめざす。(前編)

日本サーモンファームは、青森県深浦町と今別町の中間育成場(*1)・海面養殖場(*2)を使い、トラウトサーモンのふ化から成魚までの生産工程を一貫して手がけています。特に深浦町の中間育成場は、世界自然遺産でもある白神山地の水源を利用しています。

同社は水産物の加工・販売を手がけるオカムラ食品工業グループのサーモン養殖を担う新興企業​​として2017年に設立されました。親会社はデンマーク、シンガポール、マレーシア、ミャンマー、ベトナム、台湾に拠点を持ち、サーモン世界市場の将来を見据え養殖業に進出し、中でも持続可能な養殖業の産業化を重視してきました。
その取り組みと、サステナビリティに対する考え方について、日本サーモンファーム代表取締役の鈴木宏介さんにお話を聞きました。

*1 中間育成場:(淡水で稚魚を育てる陸上養殖場)
*2 海面養殖場:区画漁業権の免許を受け海水で成魚まで育てる養殖場

 

深浦町に2ヶ所、今別町に1ヶ所の中間育成場と、深浦・今別町沿岸3ヶ所の海面養殖場がある

 

漁業者になるものだと思っていたが……

──日本サーモンファームさんは、持続可能な養殖に取り組み、早くからASC認証も取得されたとうかがいました。

最初にお伝えしたいのですが、私たちは持続可能性を追求していこうと努力していますが、まだまだ道半ばで、地域の皆様の協力・応援をいただきながら真剣に取り組んでいる状況です。

──もともと、なぜそうした意識で取り組みを始められたのでしょう?鈴木さんの背景を交えて、お話を伺いたいです。

私は千葉県の出身で、父は勝浦で漁師をやっています。小さい頃から港へ父を迎えに行ったり、水揚げを手伝ったりしていました。水産の世界が身近だったことから、大学も東京水産大学(現・東京海洋大学)へ行きました。

3年になってそろそろ仕事のことを考える頃になり、ふと周りを見回すと、魚の水揚げは激減し、漁師がどんどん減っている。「これでは漁師になれないのでは?」と気づきました。そういえば、父がいつも「昔はもっと獲れたのに」と言っていたな、と思い出し、魚の資源管理や環境変動など、さまざまな原因から漁業が厳しくなっていることを、現実の問題として初めて意識しました。

──当たり前と思っていたことが、できなくなっていたんですね。

地元漁師でないならどんな仕事ができるだろう、と考えて、水産庁の研究船やカツオの一本釣り船にも乗ってみました。視野を広げたくて、海外の会社で3ヶ月くらいアルバイトしてみたこともあります。

そんな中で、海外で出会った方の一人が、オカムラ食品工業の社長でした。とても先進的なことを考え、実行している会社だと思い、「働かせてください」と、学生の身で怖いもの知らずでお願いしてしまいました。それが始まりでした。青森の会社です。千葉出身で大学は東京の私が普通なら接点はありません。ラッキーでした。

 

白神山地から流れるミネラル豊富な水と日本海を北上した対馬海流が、津軽海峡の激しい流れによって混ざり、年間を通してさまざまな魚介類が水揚げされる日本海の海域。この北の海で育った日本サーモンファームの「青森サーモン」は身がしまり、脂がのっている

 

世界で圧倒的な人気のサーモン

──当時はまだ、サーモン養殖は始まっていなかったんですね?

そうですね。その後、デンマークでトラウトサーモン(*3)の養殖をしている会社を買収したのが始まりです。私もその会社へ行き、養殖現場の仕事に関わる機会にも恵まれました。

そこで生産した魚は、冷凍して、ベトナムの協力工場で加工していました。その工場での品質管理の仕事もしました。その後ベトナムで、「Tokyo deli」という日本食レストランの立ち上げにもたずさわりました。

ベトナムでも日本食は大人気で、立ち上げから3、4年で店は爆発的に伸びました。その中でもサーモンが一番人気で、生マグロと生サーモンを同じ量、同じ値段で出すと、サーモンの方が10倍売れました。東南アジア全体が同じような状態でした。日本でも数年前から「サーモンづくし」というメニューを聞くようになりましたが、東南アジアでは10年前から「サーモンづくし」が大人気です。それどころか世界全体でも、「水産物といえばサーモン」と言ってもよいほどの人気だということを、私も海外での経験を通して肌身で実感しました。

これを受けてオカムラ食品工業がサーモンの養殖に着手したのは6、7年前です。デンマークでの養殖技術を取り入れられることと、世界的なサーモン人気が衰えるどころかますます拡大しているのを見て「これからはサーモンの時代だ」と考え、社長に新規事業に参加させていただきたいと直訴しました。

 

※3 日本で「サケ・マス」と呼ばれる魚種全体を指す「サーモン類」は、太平洋サケ属と大西洋サケ属に分かれ、日本に出回っているアトランティックサーモンは大西洋サケ属、ギンザケやシロザケ、サクラマス、トラウトサーモンなどは太平洋サケ属に分類される。(こちらなど参照)

 

サーモン類の人気は全世界で大きく需要が伸びているが、アジアではこれまで北欧や南米の寒冷地からの輸入がほとんどだった

 

養殖をやるなら、大規模でやる

──将来性のあるビジネスとして、取り組み始めたんですね。

そうです。オカムラ食品工業の本業は水産加工ですが、原材料から始まる製品づくりから販売まで垂直統合のビジネスは、今後の大きな価値になると考えたのです。

デンマークの養殖場にいたとき印象的だったのが、働いている人が少ないにもかかわらず、みんなとても余裕があることでした。夏冬の休暇は長いし、給料も高い。それはデンマーク人の能力が桁外れに高いわけではなく、生産性が高いからなんだ、と理解しました。

その生産性を支えているのが、設備投資による機械化や効率化であり、それを可能にしているのが大規模養殖です。品質を向上させながら規模を大きくしてコストを抑えることで、価値を提供できる。だから自分達が養殖を行う中でも、着手時も今も、課題は大規模化です。

デンマークは環境面に対して非常に厳しく、ASC認証の取得は当たり前です。なぜそこまで?と思ったら、それも大規模ゆえでした。大量の魚を飼えば糞も出るし、餌も大量です。餌は栄養なので、それが流出すると環境への影響も大きい。デンマークの養殖業はおよそ100年の歴史があって、その中で規模の拡大と共に、環境への配慮も進んできました。我々も大規模でやっていけば、必ずそういう影響は出る。だからASC認証を取ることは、最初から前提でした。

ASCはビジネス継続のためにも必須

──ASCの認証取得は、最初から想定されていたんですか?

そうです。養殖を始めて2年で取得しています(※日本サーモンファームは2017年設立、2019年に日本で初めてASCサケ基準の認証を取得)。

──社内で「そんな認証を取る必要があるのか」といった反対や議論はありませんでしたか?

必要性には疑いの余地がないので、議論はありません。「金がかかる」とは言われましたが(笑)。オカムラ食品工業グループの企業ミッションは「海の恵みを絶やすことなく、世界中の人々に届ける」ことですから。

──企業理念の根幹に持続可能性があるんですね。

オカムラ食品工業の出発点は、魚卵(サケ・マスの卵)の輸入加工事業でした。その事業が成り立ったのは、そして現在も続いているのは、原産地のアラスカで魚の資源がきちんと管理されているからです。そのため、自分達が今後、世界の中で事業をしていく上でも、持続可能でなくては成り立たないと考えています。

 

淡水の中間養殖場。孵化場で卵からかえった稚魚は、天然魚と同じように淡水で育ち、大きくなると海水に慣らす「馴致」のステップを経て、海面の養殖場へ移す

 

デンマーク方式をモデルに

サーモンの養殖事業に手を挙げたものの、私は養殖については素人のようなものでした。それでもデンマーク式をモデルにしながら手探りで養殖を進めていくと、色々と教わったことの理由がわかってきました。大規模になるほど、環境を悪化させるリスクは高まる。ASC認証基準がいかに冷静に考えられているか、納得できるようになりました。

──ASC認証を取得する上で、苦労されたことや大変だった点はありましたか?

まず中間養殖場、淡水の養殖です。川から取水して排水するので、生態系に影響を及ぼさないようにする必要があります。念入りな排水浄化が求められ、これに応えられるような技術を常に追求しています。現在、海外製の浄化槽を導入し試験中です。

──主にデンマークの方法を取り入れているんですか?

ほぼその通りです。彼らがやってきた実績と技術があるので、我々も挑戦できています。ただし水量も、水質も、水温も、環境すべてが違いますので、基本的な考え方や技術は向こうのものをベースに、自分達の環境に合わせた設備を考えています。

──デンマークの人たちはやり方を教えてくれますか?

同じグループ会社ですし、私自身が昔、向こうで2年以上働いていたので、お互い気心も知れてます。何かあればすぐ電話して「これってどうなの?」と聞けます。それはとても頼もしい関係です。

──海外と、現場の専門家同士で情報交換できるのは貴重ですね。

そう思います。なので日本でも、ちょっと特殊な立ち位置にいると思います。

──それはなぜですか?

日本国内でサーモンの養殖は2タイプあって、ひとつが水平分業型。淡水養殖業者が稚魚を育てて、それを購入した海面養殖業者が大きくする形です。そしてもうひとつが、弊社のような垂直統合型。卵から成魚まで、淡水から海水へ移して育てます。国内でこれをやっているのは、数えるほどしかありません。

大規模養殖は垂直統合型を前提に取り組まないと、事業が軌道に乗る前に大規模化に必要な投資が続かなくなるリスクが大きくなります。また垂直統合型のメリットは、標準化や効率化、またお客様からの品質面でのフィードバックの改善サイクルを回す面で有利だと思います。

世界でぐんぐん伸びているサーモン類の需要。そのニーズに応えるにも、そして持続可能性を実現するためにも大規模養殖が有効、そしてそのポイントが、日本では少ない「垂直統合型」の養殖だと鈴木さんは語ります。日本サーモンファームでは、今後の大幅な拡大を見込んで余裕をもった陸上・海上の施設を整備していきつつあります。

 

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鈴木 宏介
千葉県勝浦市出身、東京水産大学(現東京海洋大学)卒。株式会社オカムラ食品工業に入社、デンマーク、ベトナム等海外事業にてサーモン養殖、加工、飲食業に携わる。2016年より青森県にてトラウトサーモン事業起ち上げに参加。2017年日本サーモンファーム株式会社設立、2020年より代表取締役社長。